はたらくっていったよねえ?
※短編の課題文より
「風邪を引いたかもしれない」
「全軍をもって敵の補給部隊を強襲せよ!!補給路を断ち、ここで一気に攻めこむのだ!!」
「うおおぉぉおぉ!!」
「曹操様!この戦で1000体の討伐を突破いたしました。貴方こそ天下無敵の豪傑にございます」
「うおおぉぉおぉ!!」
中古ショップで数百円の捨て値で売られていた、画面上にひしめく敵をなぎ倒していく超有名人気ゲーム。昨日買ってきて、それから延々と猿のようにやりまくっている。それこそ時間を忘れてひたすら熱中している。
ザコ兵士が固まっている中心部に飛び込んでいき、超必殺技を繰り出す。すると面白いぐらいに爆炎が上がり、周りのザコ兵士が焼け死んでいく。
この爽快感がたまらない。やめられない止まらない。超必ゲージを貯めたら敵部隊に突っ込んで敵を掃討し、離れて散り散りの雑魚相手に超必ゲージを貯めて、また敵部隊に突っ込むの繰り返し。
バックに流れるヘビーメタルのサウンドがまた刺激的で高揚感をより一層高めて気分をハイにしてくれる。こんなにも気持ち良くさせてくれるゲームが、たった100円で買えてしまうのだからいい買い物をした。本当にいい買い物をした。リサイクルショップ最強!!リサイクルショップ最高!!
このゲームは、中国の三国志を舞台にしている。これまで三国志なんてまったく興味がなくて知識もゼロで、なんにも知らなかったけど、このゲームをはじめてから武将の名前をかなり覚えた。
特にこの、曹操という武将がいい。最高すぎる。ワイルドかつダンディー。文武どちらにも長けていて、自らの野望のために遠慮すること無く動く男。悪役の中の悪役。悪の支配者。そしていかにも悪い奴ですといわんばかりの渋声。これが……たまらない!!今まで萌え萌え☆きゅんきゅんとした女の子にしか興味がなかったが、曹操だけは別格。この人になら斬られてもいい!!
俺は心のなかで叫んだ。
ゲームの中では、俺の動かす曹操が、ちょうど弱体化した総大将と対峙するところだった。悪役らしく、ちびりちびりと敵軍をいびりつづけてリアル一時間あまり。弱り切った総大将をどういたぶってやろうかと、思索を巡らせていた。
そんな至福の絶頂の時を過ごしていた。突然、背後から物凄い衝撃音がした。何事かと思い、振り返る。
「……ねえ……ちゃん……?」
すると、そこにはメイド服姿の姉ちゃんが立っていた。凄まじい鬼の形相で俺を睨みつけ、プルプルと体を震わせ今にも爆発しそうな――俺にとっては――極めて危険な状態で。今の衝撃音も、おそらく姉ちゃんのものだろう。部屋のドアをわざわざ蹴破って入ってきたのだ。
「は・た・ら・く・っ・て・、・い・っ・た・よ・ね・え・?」
その声は姉ちゃんの口から発せられたが、声は本人のものとは思えないほど別人のようだった。内に潜む悪魔――地獄の番人――が代わりに喋っているんじゃないかっいう、およそ女性とは思えぬ声質だった。怒ってる。姉ちゃんはいつにもまして怒っているようだった。
それは、仕事から帰ってきて、一直線に俺の部屋にやってくるところにもその片鱗が感じられた。このメイド服は俺を喜ばせるためのコスプレでもなんでも無く、姉ちゃんの職場の仕事着である。だから、こんな格好で部屋に入ってこられたって、アニメのような神々しさや喜ばしさはカケラもないのだった。
「……おにいちゃん、はたらかないの?」
こっちは妹のリン。姉ちゃんのスカートの裾を掴んで、後ろから覗きこむようにしている。
リンはもう高校生だというのに、とても背が小さく、奥手で控えめな性格なせいで、見た目だけなら小学生みたいだ。ていうか、映画館とかバスとか小学生料金で普通に通りそうだ。
嗚呼……リン……かわいいよ。一途で健気な妹のリンを、俺は溺愛している。飛び上がって空中からおもいっきり抱きつきたい。そんなリンに『おにいちゃん、はたらかないの?』と心配そうな顔で言われると、さすがの俺も良心の呵責に苛まれる。神経の図太さだけが取り柄と言われる、この俺の心を突き動かすなんて……やるぞリン!! さすが我が妹よ!! あっぱれであるぞ!!
「明日っから、うちの店で働いもらうわ」
俺は驚愕した!! ええっ!! なに勝手に決めるんだよ!! それは嫌だ。それだけは嫌だ。絶対に……ぜったいに……ぜったいにはたらきたくないでござるっ!!
「拙者……ゴホッゴホッ……急に“風邪を引いたみたい”で具合がわるいようでござる……では御免」
わざとらしく咳をして、具合の悪そうな演技をした。ここにいては危ない。身の危険を察知した俺はこの場から離れるため、頭を下げ、そそくさと逃げようとした。しかし、その先には姉ちゃんがいた。仁王立ちした姉ちゃんが、鼻息をフンとならし、立ちはだかった。相変わらず顔は怖い。退路を塞がれ、今の俺はまさに袋のネズミ状態。
「ゲーム出来る元気があるんだったら、仕事ぐらい出来るでしょ!!」
……ち。計ったな。わざとゲームやってるところを狙ったか。諸葛亮並みの狡猾さに歯噛みせざるを得なかった。しかしこの計略、簡単に打ち破ってみせようぞ。
「いやいや、姉ちゃんトコ飲食業でしょ。風邪引きが調理とかしちゃあ、保健所が黙ってないわけで」
「マスクすれば問題ない」
「風邪で仕事中に倒れたら危ないっしょ?」
「そこまでひどいようだったら休憩させる。……ていうかそこら辺、全部わたしの副店長権限でなんとかするから、お前がいちいち気にしなくていい」
こっちの退路も全部塞いできやがった。どうも、今日の姉ちゃんは色んな意味で本気らしかった。
「……おにいちゃん、いつまでそうしてるの?」
と、また心配そうにリン。
「おい!!リンもこう言ってる!!おまえ、いつまでこんなこと続けてるつもりだっ!!」
俺は怒り狂っている姉ちゃんではなく、リンの方を向いて言う。
「リン……俺はな、目先の幸福より、ずっと遥か先にある真の幸福を得るために生きてるんだ。器の大きい男ってのは、みんなそうやって生きている……リンなら……わかるよな?」
中尾彬のような、ほがらかな口調で言ってみた。……うまく真似出来てるかな?リンはキョトンとした顔つきで、俺のことをただじっと見つめていた。まじまじと見つめていた。……どうやら、言っている意味がわからなかったようだった。
姉ちゃんは一歩踏み出して言った。
「先週入れたバイトの面接、なんでバックレた?」
姉ちゃんとのこういう押し問答は今日に限らず、頻繁に起こるのだった。大抵は小競り合い程度で、最後には姉ちゃんが折れて終わってくれるのだが、しかし。最近はこの問題を収束させようと言う思いが強くなってきたのか、行動がエスカレートしてきた。それが先週のこと。急に俺の部屋に入ってくるやいなや、片手に持った求人誌で頭を叩かれ『今日こそ働いてもらうから』等と言い、ちょうど目に入ったらしい近くのコンビニのバイト募集を指さし、勝手に電話して応募しやがったのだ。当然のごとく、俺は労働拒否権を発動した。『こんな応募は不当である!!』と。……率直に表現すれば、姉ちゃんが言うように“面接をバックレた”ということになる。
「……あ、あの時も、急に風邪を引いたみたいで、外へ出ることが出来なかったんだよ」
「てめえこら」
言い訳に終始していると、不意に胸ぐらをつかまれ、
「お前の風邪は、都合がわるいと発症する便利な病気らしいわねぇ。今その厄介な風邪を治してあげるわ」
思い切り、突き飛ばされた。後ろの壁に背中からぶち当たり、衝撃による痛みが全身を駆け巡る。胃液がこみ上げて吐きそうになるのを胸を抑えてこらえる。
「ゴホッゴホッ……」
そして咳き込む。今のは仮病じゃなかった。
「……おにいちゃん、だいじょうぶ?」
と、リン。
姉ちゃんは武闘派なのだ。小さい頃から空手だか合気道だか習ってて、腕力ではいつもかなわなかった。こうやって、なんでも俺のことを暴力で支配してきた。されてきた。その力関係すらも『……男のくせに情けない』となじられ続けた。しょうがないだろ。しかるべき場所で訓練を重ねてきた人とそうじゃない人に男女の差はもはや関係ない。今度もとうとう武力行使に出て、俺を屈服させようというのだ。
「……アンタは知らないだろうけど、いま人手不足でどこも大変なのよ。うちの店もバイトの募集だしたって、定員が埋まらない。深夜帯なんて時給1500円出しても集まらない。これ飲食店じゃ破格の条件よ。他のところもそうみたい。どこも苦労してる。それでも24時間店を開け続けなきゃならない。少ない人員で必死に遣り繰りしてね。私がこの歳で副店長やってるのだって、嫌でやめてったりで人がいないから。だから、働きなさい! うちの店で。」
姉ちゃんは一歩一歩ゆっくりと近づきながら俺に言う。
対する俺は……嫌だった。もはや、自分の中での論点は働きたくないとかいう話ではない。この女には嫌でも従いたくないという確固たる意志がそれの前にあった。
だから俺は……俺は逆らった。
大きく息を吸う。姉ちゃんが眼前に迫る。
「ボクが働かないことで、他の誰かが働ける。そんな譲り合いの精神にボカァ喜びを感じるんだよね」
目をつぶり、ほがらかに言った。……中尾彬のように。
ハァ……っと呆れたような溜息が聞こえた。……目の前で。そのすぐ後、顔面に強い衝撃が走った。それが原因で俺は事切れたようだった。
前回書いたものがテーマに沿わないということで同じテーマでもう一本書きました。