結 一緒に居る
§
「で、用は何なの?」
建国記念日の祝日。
休日出勤は免れたけれど、その代わり入力が必要な書類を持ち帰る羽目になり。
外は一足先に春が来たようないい天気なのに、朝っぱらからひたすらカタカタとパソコンを打っている、私。
そして。
背後のコタツで、何故か美矢がミカンを食べながらのんびり新聞を読んでいる。
ついさっき、いきなりアポなしでのっそりとやって来て。
部屋に入るなり、
「うわ、外より家の中の方が寒いってどんだけ!」
って、勝手にコタツをつけて潜り込んで、テーブルの上にあるミカンを剥き始めた。
作りかけの書類のメドをつけたいから、私は美矢を放置したまま再びパソコンに向かったんだけど。
ふと気がつくと、美矢は黙ったまま新聞を広げて、勝手に寛いでいた。
無言状態に、ついに堪えかねた私の質問に
「あ?そう言えば何でここ来たんだっけ」
首を傾げる、美矢。
「あ~の~ねぇぇ、今貴方のおふざけに付き合っている暇ないのよ!さっさと思い出してよっ!」
苛立ちをぶつけると
「あ、思い出した!」
ぽん、と手を打って。
「来週、理沙が受験でこっち出て来るんだって。美奈も付き添って来るんだけれど、ウチかこっちに泊めてくれないかって話でさ」
「なあにそれ?私、初耳だけど」
宮江にいる従妹ふたりの名前が出てきたので、私は机から離れて、美矢のはす向かいに座った。
「おまえ、前に帰ったとき叔父さん達にもうちのおふくろにも激務アピールしてっただろ?だからおまえに振らないで先に俺に振ったんじゃないか?」
「あ~、そっか……。で、みなっちとりさっち来るの、平日?」
「確か試験が金曜日って言ってたな」
「うわ!来週は水曜が休みなのよ、どうしよう」
妹みたいに可愛がっていた従妹の正念場とあれば、張り切ってお世話してやりたい所なのに。
ああ、激務が憎い!
と。
「じゃ、やっぱりウチに泊めるしかないか」
美矢がやれやれ、といった感じで、言った。
「若い女子ふたりで両手に花?まあくれぐれも、ヘンな気は起こさないようにね?」
「起こすかよ!相手は従妹だぞ従妹!」
私の言葉に色を成して反駁する美矢に、思わず
「あら、そお?」
意味あり気に語尾を上げて返してから、しまった、と思った。
従妹に危うく手を出しかけたのはどこの誰?って。
言外にたっぷり、そういう響きが含まれていたと思う。
美矢も多分、気がついたんだろう。
黙ったまま目を丸くして私を見て、ぷい、と視線を逸らして。
「……アホな事したら三郎叔父さんに殺されるよ」
ぼそりと、そう言った。
……この間の事を知ったら、ウチの両親、ダブルで貴方の事を締め上げると思うよ?
多分太郎伯父さんと絹子伯母さんもそこに加わって、殺されるどころじゃないんじゃない?
突っ込みたくなるのを辛うじて堪えて。
「そ、だね」
にっこり笑いかけたら、美矢は私の顔に視線を戻して、すっと手を伸ばして来て
「……ばぁか」
私の額を、つん、と突いた。
突っ込めば良かった、かなあ。
でも何だか、変な挑発しているみたいで、嫌だし……。
§
この間、ここで美矢とふたりで、飲みながら話をした。
お互いにずっと心の中に抱えていた事を、何となく。
『……自分の気持ちも判らなくなったりして、結構悩んだよ』
『美矢の……気持ち?』
『例えば、それが恋愛感情……だったとしても、それで例えばだけど、もしも弓佳も俺の事、そう想ってくれた……としても、どのみちどうにもならない事だろう』
『……うん、そう……どうにもならない、よね』
どうにもならないから、目を逸らしていたと。
どうにもならないから、考えないようにしていたと。
そう。
『どうにもならない』って事を改めて確認し合った、はずなのに。
よく考えてみればそれは、お互いに相手に抱いている本当の気持ちの告白に、他ならなかった。
あれから何となく、メールのやり取りが増えた。
電話で話す事も、増えた。
私の休みの日にはこんな風にふらりと、美矢が訪ねて来る事が、多くなった。
一応文句は言うけれど、私もさらりと迎え入れている。
今日だって。
あんまりいい天気だから、さっさと持ち帰り仕事を片付けて、お昼は美矢を誘ってどこかでランチしようかな、って。
だから朝早くからパソコンと睨めっこしていたのに。
テキの方が一枚上手だった。さっさと先制攻撃を仕掛けてきた。
ふふ、と。
思わず口許に浮かんだ笑みを、目ざとく認めたのか。
「……何だよ、ゆん」
美矢が訝しげに、問うてくる。
「ん?イイオトコが目の前にいるな、って思って」
茶化すようにふっと笑ってそう言ってやると
「……ばぁか」
再びそう言って、美矢は私の前髪をくしゃくしゃっと、かき上げた。
それ以上、何もしないけれど。
でもこれって、多分、付き合ってるって事、だよね?
こうしてふたりで会う事はよくあるけれど。
美矢は私に何もしない。キスどころか、デコチューレベルすら、仕掛けて来ない。
せいぜいが今みたいに、軽く触れるだけ。
散々、女性遍歴を重ねてきて、場数踏みまくりなのにそれって、何でなんだろう?
『斎姫』に手を出すのはまずいとでも思ってる?
私の前に巫女を務めた叔母も、その前の大伯母も、その後結婚している。昔と違って、斎姫だからって生涯乙女でいなくちゃならない訳じゃない。
私だって今までに付き合った彼氏が何人かいる。美矢もそれを知っている。
だから、そんな事が理由じゃないと、思うんだけれど。
もしかしたら。
『総領』だから、かもしれない。
宮江の総領としての美矢に、私との結婚は許されない。斎姫だからじゃなくて、血が近すぎるという理由で。
今はこうしてふたりで、気持ちを重ね合って一緒に居る、けれど。
いずれ総領を継ぐ美矢には、私との未来は、ない。
……だから、なんだろうか。
別にいいのに。
そんな事、始めから解っていて、それでも一緒に居たくてこうしているんだから。
『斎姫でも、悲恋でも、結婚できなくても、いいわ』
それは私の本当の気持ち。
それでもいいから、今こうしてこのひとの隣に、居る。
でも、美矢には美矢の思いがあるんだろう。
それが何だか判らないけれど。
美矢がそうしたいのなら、それでも、いい。
「仕事、片付けちゃうね。お昼に間に合わせるから、外でランチしよ?」
コタツから出て、私は再び机に向かう。
「その後、ウチ来てくれよ?」
「え~何で?折角外、気持ちよさそうなのに」
「お嬢さん方を泊めるのに、綺麗に掃除しておかないとまずいだろ?」
そこで私、はたと気がついた。
「……もしかして今日、直にその話をしに来たのって……ついでに掃除、頼むため?」
「正解!鋭いなゆん!」
……こんの、確信犯!
悪びれもせずにしれっと言う所がまた憎らしい。でも。
何時の間にか私の事、『弓佳』でもなく『ゆんちゃん』でもなく『ゆん』と呼ぶようになった。
その響きが心地良くて……どうしても、憎めない。
「あーもう判りました!じゃ、さっさと仕事片付けるから、邪魔しないでね?」
美矢の策にまんまとはまってしまう自分が、何だか口惜しくて。
剥れ顔でぷいっと、パソコンの方を向く、と。
コタツから出てきた美矢が、すぐ横に立って。
「掃除片付いたら、公園かどっかの梅、観に行こうか?」
私の頭をぽんぽんと軽くはたきながら、そう言った。
「そんな簡単に片付くような部屋なのぉ?」
わざと嫌味ったらしく聞くと
「それはゆんの腕の見せ所、だよな?」
「何よそれ!」
……いつも勝手なことばかり言って。
でも。
「俺も頑張るから。早く片付けて、行こう?」
頭をゆっくりと、優しく撫でられて。
「……解った。意地でも梅、見たいから、容赦なく片付けるわよ」
そう返しながら、私はちいさく、笑った。
……しょうがないか。
総領を護るのは斎姫の役割だから。
どこに居ても。
どんな時も。
私が、貴方を、護ってあげる。
一の姫だから。
斎姫だから。
そして何よりも、
――大好き、だから。
=完=