序 斎姫伝説
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その昔。
瀬戸内のとある海域を強大な力で支配していた水軍の一族がいた。
本拠地である島――宮江島――の名にちなみ、その本姓を『宮江』という。
この宮江一族は、古くからある慣習を代々守り続けてきた。
古来、
『一の姫は一族を護る霊力を神から授かる』
と言われている。
その言い伝えに則ったしきたりであったろうか。
すなわち、一族の直系の家に生まれた長女を『斎姫』と称し、巫女として生涯神に仕えさせる事――と。
「じゃあ今みたいに、斎姫になれる子がいない場合どうしたんだろうね?ばばさま」
「今だっているよ、ちゃんとね」
「だって、直系って、本家の事でしょ?よっちゃん男だしひとりっ子だよ」
「ほほ……じゃあ、美矢やおまえのお父さん達が子どもの頃の本家は、誰の家かわかるかい?」
「本家ってずっとよっちゃんの家じゃないの?おじいちゃまとおばあちゃまがいるんだし?」
「そうだよ。で、その本家のおじいちゃまとおばあちゃまの子は男の子が三人と女の子がひとり。これはわかるね?」
「ええと、太郎伯父さんと、うちのお父さんと、三郎叔父さんと、凪子叔母さん?……あ、だから凪子叔母さんが斎姫?」
「そうだね」
「でも、凪子叔母さんの次に斎姫になる女の子はいないじゃない。そこでおしまいなの?」
「そういう場合はね、そのまた子ども達の中から選ぶんだよ。宮江の名前の男の子三人の子ども達からね。それだったら女の子がいるだろう?」
「うん。わたしと、三郎叔父さんちのみなちゃんとりさちゃん」
「美奈と理沙はおまえよりも小さい」
「そうだね」
「だから、おまえが宮江の一の姫なんだよ、弓佳」
戦国の、いつの頃かはわからないが、一族の総領の嫡男が、従妹の姫と恋におちた。
時の総領家は男兄弟ばかりで、総領の弟の長女であるその姫が一族の『一の姫』であった。
それまで巫女として神に仕えた総領の妹が亡くなると、その後を姫が継ぐ事になる。
一族の護り人たる斎姫との恋。
それは例え一族の総領であろうが、決して許されぬ禁忌であった。
「お母さんお母さん、みなちゃんがね」
「なあに?」
「大きくなったらよっちゃんのおよめさんになりたいって言ったの」
「……まあ」
「まだあの子三歳なのに。だいだいよっちゃんのどこがいいんだろうね?」
「……」
「わたしだったらぜったいよっちゃんなんかやだわ、あはは」
「あのね弓佳、これだけは覚えておいてね」
「なあに?」
「弓佳とよっちゃんはね、結婚は出来ないのよ」
「……お母さん?」
「絶対駄目なの。わかった?」
相想いながらも引き裂かれるふたり。
彼の元服と同時に、姫は斎姫の任に就いた。
やがて総領を継いだ彼は、戦の中で海に散った。
そして姫は、彼の死と、一族の総領たる彼を護る事が出来なかった自らの無力を悲しみ、彼の後を慕って海に身を投じたという。
――私の一族に代々語り継がれてきた古い伝説である。