売り言葉に買い言葉はやめたほうがいい―弁当ラプソディ―
思い付きのみです。
母は強いのです(本当か)
事の発端は母の作った弁当にあった。
学生生活の一日の大半の楽しみを占めるお昼ごはん。
その楽しみを奪われたら、誰だってキレに決まってる。
俺の通う中学校は弁当、買弁組とランチという学校側が提供するお昼ごはんシステムがある。
ランチ・システムは親に取ればとても安価で、提供する学校側にとれば給食費の回収が容易なシステムだ。なにせ先にお金を振り込んで数日後のランチの予約をとるのだから、現金先払いイコール給食費支払い率百パーセントという某国が提供する小学校の給食費未払い問題なんてなんだそれおいしいの?と莫迦にしまくることのできるシステムだ。それに予約をしない人は当日自分で弁当なり買弁なりすればいいわけで、学校側は責任は問われない。おおすごいぞランチシステム……という話はおいておいて。
なぜか母はこのランチ・システムを活用しようとしない。
理由は一つだ。曰く、
お金を振り込むのがメンドクサイ、らしい。
おいおいどういうことだ?
普通なら弁当を作るほうがよっぽど面倒くさいのではないか?ではあるが、母基準は違う。毎朝早く起きて弁当を作るよりも、ランチ・システムに入金しに行くために動くほうが面倒なのだ。マジか。わが母ながらわけがわからん。
というわけで、俺は入学以来、ランチのメニューが俺好みのうな重だったりラーメンだったりすると羨ましくて仕方がないわけで、ついつい横目にしつつ弁当を昼休みに広げる。
隣の芝生は青く見えるさながらに、ランチの奴は俺の弁当をよだれをたらしそうな勢いで見つめてくるが無視をする。
たまに交換するのはご愛嬌だ。
そんなある日の昼休み。
腹が減って死にそうな俺は、弁当を食すという本日最大のイベントを執り行おうと消しカスが残る机の上に弁当箱を置いたわけで。
弁当を包んでいるナフキンをほどいて、弁当箱を開ける瞬間が何より楽しみなわけで。
おお、至福の時!
俺は弁当箱の蓋をゆっくりと開けていった。
――――――――――くさっ!!!!!!!
弁当を開けた瞬間に漂う強いにおいに、周りの奴が俺の弁当箱を覗き込む。
チキン南蛮……っすか。マジっすか。
いや、俺チキン南蛮好きよ? 大好きよ?
でもさ、弁当にはなくね? くさくね??
つか、周りの奴の異常なまでの覗き込みが恥ずかしいんですけどどうしたらいいですかこれ。
近頃の密閉容器の半端ない性能に、脱帽っすわ。どんだけにおいを閉じ込めてんだよ……。
おれ、まじで、はずかしい。
死ねる。
…………死んだ。
「おかんっ!!! あれないわー!! なさすぎだわ!!!!」
家に帰りつくなり母親を責めても誰も文句は言わせない。
なにせ教室中の奴が俺のほうを見たんだ、弁当を開けた瞬間に。
俺、瞬殺だっての。
友人共は口を揃えて「うまそー」だとか「朝から作るのこれ? なにその神!」とかのたまったが俺にその言葉は響かない。
注目を浴びるか浴びないか、それがすべてだ。
今日の弁当は確実に浴びた。それも瞬殺レベルで。
俺には母に怒りを向ける権利がある!
「え? 美味しかったでしょ。なに文句いってんのよ」
「弁当箱開けたとたんに匂ったっての! みんなガチ見だっつの! 恥ずかしすぎだっつの!!!」
微妙なお年頃の中学生にあのパンチはない。
それを気づかないで平気であんな弁当をつくるのが悪い。
「……なにそれ。人が朝の早くから一生懸命作ったチキン南蛮がそんなに嫌なわけ?」
「やだよ。マジであれはない。どんだけ恥ずかしかったと思ってんだよ。あれだったらパンのほうがましだっつの」
「ほお?」
馬鹿な俺はこの時の母の一段低くなった声色に気が付かなかった。
もしこの時点できがついていてのなら……。
「へええ。パンのほうが私が一生懸命作ったお弁当よりまし、ですか。じゃあ何パンがいいの。あんパン、カレーパン、それとも」
「メロンパンで十分だって! チキン南蛮よかメロンパンがいいに決まってるって!!」
「……ほおお。言質はとった」
母のきらりと光った目元が怖い。
「なあ、もうそろそろ謝ったらどうだよ」
「そうだよ。さすがにこれはだめだよ。体力持たないよ」
「大丈夫」
「何が大丈夫だよ。じゃあ俺らからおかずとるなよ」
「だってお前んとこの弁当、マジでうまいもん」
「いやだからさ、それはお前が毎日メロンパンだからじゃね? お前んとこの弁当のほうがよっぽどうまかったって! だからさ、もう謝れよ、お母さんにさ」
あれから一か月。
俺の弁当は毎日メロンパンだ。
正確には違う。夕張メロンパンだったりチョコチップメロンパンだったり、ふんわりとろとろメロンパンだったりするが。ちなみに今日は抹茶クリーム入りメロンパンだ。メロンパンのバリエーションの多さとそれを見つけてくる母に脱帽する。
メロンパンがいいと宣言して言質をとられた翌日。
信じられないことに弁当の包みにはメロンパンが一つ入れられていた。
「だって、あんたがメロンパンがいいっていったじゃない」
母は強かった。……違う意味だが。
お金も安上がり~と喜ぶ母に何が言えるというのだろう、いや何も言えない。
俺はため息をついてメロンパンを鞄に突っ込んだ。
翌日も、そのまた翌日も。
バリエーションを変えて、毎日メロンパンだ。
一週間目にクラス中にばれ、二週間たつころには担任にばれ、呼び出しを受け。
虐待じゃないです。放棄でもないです。
先生方の心配はそっちか!と笑った。
三者懇談では担任からメロンパンの話になり、母は嬉々として事の経緯を担任にばらす。
担任、母に陥落。
俺、余計に意固地になる。
本当はメロンパンなんてもう見たくもない。
俺の中でメロンパンの好感度はマイナスだ。
だが母に謝るなんて今更でいない。
とうとう周りでは賭けが始まった。
俺が母に謝罪し、弁当を持ってくるのがいつになるかというくだらないものだ。
俺もこっそりかけてみようかな。この学年が終わるまでは続けてやるって。
そして今日も俺はメロンパンを頬張っている。
終わりは、見えない。