9話~あと一歩が届かない~
「ッラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
両脚を走らせながら、煉人は裂帛の気合と共に二挺の拳銃から銃弾を殺すべき相手へと迸らせる。
銃弾の数は6発。1発は敵の頭上。1発は敵の足元。2発は敵の右側。2発は敵の左側。
まさに四方八方。退路など存在するはずもない。
「はぁぁぁっ!!」
しかし、元々ソフィアに退路など必要なかった。
両手の指の間に挟んでいた計8本の血の剣を巧みに操り、奔ってきた6発の銃弾を余すことなく総て大地へと叩き落とした。衝撃が爆音となりて世界を揺らし、それに比例するようにして膨大な量の砂塵が宙を舞い、煉人とソフィアの視界を埋め尽くした。それを一瞬でアドバンテージだと悟った煉人は、両銃のトリガーを引き絞り、銃弾を数発宙空へと奔らせた。
しかし、次の瞬間響いてきた音は、ソフィアの五体を穿った音でも、銃弾が弾かれた音でもなく、無音だった。
避けられたか、と悟った煉人は素早く追撃を加える。
視界が利かない以上は勘を頼りに銃弾を奔らせるしかない。右に3発。左に3発。1発1発が生きているかのように蠢きながら土煙を切り裂き直進していく。
しかし、次に聴こえてきたのもやはり無音だった。
視界が利かないからといって闇雲に撃ち散らかしているわけではない。煉人の攻めにおいて、『適当』などという言葉は一切合切存在しない。
だが直撃音はやはり響いてこない。
さすがに煉人は不安を覚えたのか、様子を見るように一旦射撃を止め、大地を固く踏みしめながらジリジリと後退りを始めるが――――
「こっちですよ、お兄さん」
「――――ッ!?」
突如耳をくすぐった柔らかい声と冷たい吐息に、煉人は生理的嫌悪感を覚え、すぐさま後方へと振り返りトリガーを強く引き絞った。
「あはっ!」
いつの間にか煉人の背後を取っていたソフィアは、悪戯の成功したような無邪気な笑顔を浮かべながら弾丸に剣の切っ先を奔らせた。至近距離だったにも関わらず、ソフィアの一閃は刹那のズレさえ生じることなく煉人の弾丸を捉え、それを地面へと撃ち落とした。
煉人はソフィアと距離を離すために、更に弾丸の疾走を続ける。しかしソフィアは舞うかのような動きでそれらを次々と撃ち落としていく。
そして迷いも恐怖も見せることなく、ソフィアは煉人へと突貫した。腕と腰を捻らせ、回転斬りを放つ。
「ッ……!!」
鋭く華麗な一撃。端から見ればおおよそ攻撃とは思えない一撃だ。動きとしては演舞のそれに近い。
煉人は咄嗟にバックステップしソフィアの一閃を躱そうと試みるが、リーチを測り違えてしまったために、脇腹の肉を僅かに抉られた。
「ぐっ……おォッ……!」
苦悶に表情を歪めながらも、煉人はトリガーを引き絞る行為を忘れない。
マズルフラッシュがソフィアの瞳を焼き、鉛玉が確かな殺意を宿しながらソフィアへと迸る。
熟練された達人でもおおよそ避けられないような超至近距離の鉛玉の一撃。しかしソフィアはやはりそれを何でもない物を弾くようにして、剣の切っ先を奔らせた。
炸裂光が迸ったと同時に、煉人の弾丸は糸で操られたかのように唐突に軌道を変え、ソフィアの後方へと飛んでいった。
「くっそ……化け物が……!!」
ほぼ零距離からの弾丸、しかも神器の一撃に反応出来るなど、化け物以外何物でもない。
それも偶然ではなく、総て狙って反応出来たと言うのだ。
恐らく、このままただ銃弾を打ち散らかしても、ソフィアを屠ることは叶うまい。距離を詰められ、この首を弾き飛ばされるのがオチだ。
それほどまでにソフィアの反射神経は凄まじく、そして何より速い。神器の一撃すらも、言うまでもなく煉人の動体視力でギリギリ追いつけないほどに。
「どうしました? 最初の威勢が欠片ほどもありませんよ?」
刃こぼれした剣を投げ捨て、ソフィアは新たな刃を形成する。
憎たらしいほどに余裕な笑みを浮かべながら、剣を躍らせ、ソフィアは煉人へと襲い掛かった。
「調子乗ってんじゃねぇぞ、このクソ女ァァァァァッ!!」
罵声を飛ばし後退しながら、煉人は殺意を乗せた銃弾を解き放つ。
されどその一撃はやはり、ソフィアが二、三度剣を躍らせるだけで威力を根こそぎ削られ、地面に叩きつけられた。
――足りない。圧倒的に火力が足りない。
奔る銃弾は、やはりどれもソフィアに届くことはない。今のままではソフィアの薄皮一枚切り裂くことですら至難の業だろう。
ならば如何とすれば、如何とすればよいと言うのだ?
既に『神格化』は使用している。これ以上の高位へと昇り詰める事は現在の煉人では不可能だ。
このままただ何の策も労せずに徒に銃弾を撃ち散らかしても、こちらが一方的に力を消費するだけ。故に、一重に渇望するは火力の上昇。それさえ叶えば、このような屈辱的な状況等易々打破できるというのに――――
「…………ッ」
――待て、と。煉人の思考に微電流の如き閃きが奔る。
そうだ。最初から『神器』の火力を上げるという思考自体が間違いだったのだ。何故ならそれは現在の自分では不可能だから。
ならば――『神器』で火力を上げさせればいいではないか。
刹那、煉人は疾風のような疾さを以ってして駆け出した。
屈辱ながらも、ソフィアに背を向けて、一刻も早く“その場所”に辿り着くため、早く、速く、疾く。
煉人が疾走を開始した瞬間、ソフィアは一瞬呆気にとられながらもすぐさまその表情を破顔させ、哄笑を轟かせながら煉人の後を追い始めた。
「あははっ! 弾遊びの次は鬼ごっこですか? いいですよ、付き合ってあげますよお兄さんッ!!」
癇に障る甘い声が後方にて響くが、まるでそこに誰もいないと思い込むかのように煉人は無視を決め込み、疾駆を続ける。確実な死を、彼女に与える為に。
今は一時の感情に身を任せこのトリガーを引くべきではない。次にトリガーを引く時は、奴に引導を渡し、勝利を掴む時だけだ。
「っ……ここだっ……!!」
そして煉人は辿り着く。目指していた“その場所”に。煉人は迷いを一切見せることなく、“その場所”の扉を蹴り飛ばし中へと飛び込んだ。
ソフィアも煉人の後に続く。しかしソフィアは“その場所”の名が書かれた看板を見上げると、怪訝そうな表情を作り、間抜けとも言える気の抜けた声を発した。
「ここは……スーパー……?」