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7話~生きるということ~

「…………ここ、は」

重い瞼を半ば無理矢理に開き、横になっていた上半身を起こす。

ボーっとする頭を、両頬をパチンと叩くことによって完全に覚醒させた。

続けて、辺りを見回す。瞳に映る景色は、ひたすらに花、華、ハナ――――

一面、色とりどりの花畑である。

……もしかして。いや、もしかしなくてもここは――

「天国……?」

そうだ。自分はバイスの一撃にて心臓を穿たれ、その命を無様に散らせたのだ。だからここにいても何ら不思議ではないし、疑問にも思わない。

「……?」

冷たく、優しい風が頬をくすぐった。風が吹いた方向へ目を向けると、そこには先まで存在してなかった、明々と輝く美しい川が在った。

何故川が? そう思い、川の向こう側へと目をやってみるが、霧のような物が深くかかっており、肉眼でははっきりと捉える事はできなかった。

「………!」

瞬間、六花は自分はまだ死んでいないのだと悟った。

だって、何故ならここは――


「三途の川……」


三途の川――――

現世と黄泉の国を繋ぐ、いわば中継点。

六花は今、その中継点のど真ん中に立っているのだ。

現世には肉体だけを残し、魂だけがこの中継点にあるという現状……すなわちそれは、彼女は今、生涯に一度の重要な選択を迫られていることに他ならない。

つまり、『生きる』ことを選択するか、『死ぬ』ことを選択するか、2つに1つ、どちらかを選ばなければならないということ。

更に言えば、『生きる』を選択するということは、勝てぬと判っているバイスに再び挑み、戦うことを意味する。

2つに1つ。両方をとる選択などありえない。

『生』と『死』は、刹那の時すら離れない、常に隣り合う存在。しかし、同時に、決して交わることのない概念でもある。故、『生』と『死』を両方その身に宿すなど不可能。

六花は『生』と『死』……必ずどちらかを選ばなければならない。

「……っ、く、ぅ……」

六花は押し潰した様な呻き声を上げながら、自身の頭を抱える。

どうすれば。どうすればいい? 生きたい。もちろん生きたいとも。だが、一時的な『生』を与えられたからといってそれが永久に続くわけではないだろう?

またあの、絶望のみが渦巻く地獄へと飛び込まねばならぬのだろう?

ならばそれは『死』よりも残酷で筆舌に尽くしがたい痛苦だ。

『生』とは酷であり、哀であり、虐であり、『死』以上である。

――――ならば。

「…………」

六花は足を前に運ぶ。六花は『死』を選択したのだ。

もういいだろう。自分は十分奮闘したはずだ。ならもう休んでいいだろう? 頑張らなくていいだろう?

死んで、いいだろう――?

六花は瞬間、考えるという行為を捨て去った。

このまま『死』へと身を委ねてしまえばきっと、いや必ず楽になれる。

それは疲れてしまった身体を癒すように、深い眠りにつくことと同義だ。唯一の相違点を上げるとするならば、今回の眠りは永久に続くということだけだろう。


「……もう、疲れちゃったよ」


六花は眠たげに呟いた。

そうだ。あとはこの眠気に身を任せるだけでいい。だから――――


「……おやすみなさい」


永遠の眠りにつこう――――




























『――――許容できぬな』



「――――ッ……!!」

しかし、永遠の眠りにつくことは叶わず、突如として三途の川より巨大な火柱が逆巻いた。

轟々と渦を巻き続けるそれは、六花の放っていた焔とどこか似ている。

そして先に響いた重低音。つまりこの焔を発現させているのは――


「スルト……」

炎の世界(ムスペルヘイム)より来たりし炎の神、スルトだった。

スルトは発現させていた焔で辺り一帯の景色を舐めるように呑み込む。同時に、業火を含む熱風が吹き荒れ、六花の肌をチリチリと突き刺した。

「っく……うぅ……ッ!!」

かつてない程の高熱の嵐に、六花は成す術なくその身を灼かれていく。

何とか瞳を見開き、眼前に壁のように聳え立つスルトを見つめると、対して彼もそれに応えるように燃え滾る業火の瞳を六花にぶつけた。

『許さぬ。断じて許さぬぞ。神の名を穢したまま無様に死に果てるなど。

我が名を穢しておきながら、小娘。貴様は安らかに眠れると思うのか? 

どうしても果てたいと言うのであれば――――我が極獄の焔に抱かれて逝け、小娘ぇぇぇぇ――――――――ッ!!!!』


オォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――――――――ッ!!!!!


世界の終焉を示唆するかのような咆哮が響き渡り、先とは比べ物にならない程の熱を内包した獄炎が大地より炸裂した。

「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!?」

六花は、獄炎に直撃さえしなかったものの、同時に吹き荒れた熱風に身を焼かれながら、スルトから引き裂かれるようにして大きく吹き飛んだ。

大地に叩きつけられ、辺りを舐めていた焔が更に六花に襲いかかる。

「うぁ……ッ!! つ、うっ……」

罪を捌くように、咎める様に、焔は六花の四肢に絡みつく。

熱い、熱い、熱い――――

痛い、痛い、痛い――――

様々な罪が、六花の皮膚を通して激痛へと変わる。

痛みと熱さに流した涙も、吹きあがる炎に攫われていく。

そんな激痛に身を捩る六花を嘲笑するように、スルトは再び口を開いた。

『焔により焼かれるのは、貴様の五体だけではない。誇りも、想い出も――そして貴様の想い人と交わした約束ですら燃やし尽くす。……その様子だと、どうやら覚えていないようだがな』


「や……く、そく……?」

ドクン――――と、胸の鼓動が大きく躍動した。

『約束』というワードが脳内を揺さぶった瞬間、自分の中で決定的にズレていた軸が元通りに修正された気がした。

……そうだ。約束。大切な人との約束。

約束、約束、約束、約束、約束、約束――――――

照れたように顔を赤く染めながら『約束』を口にする『大切な人』。

それに対し、自分も頬を赤く染めながら憎まれ口を口にする。

自分の言葉に怒り出す大切な人。

約束に応える自分。

約束、約束、約束。

……そうだ。確かに約束は(ここ)にあった。どこにも消えてなんかいなかった。燃え尽きてなんかいなかった。死んでなんかいなかった。約束は――――生きている。

「…………!」

それを自覚した瞬間、六花の心が蘇生を開始した。

瞳に炎が宿る。魂に炎が宿る。

綾瀬六花に――――『生』という名の炎が宿る!!


「う……ぁ……あぁぁぁぁぁァァァァァァ――――――――――ッ!!!!」


『――――ッ……!!』



「き、る……生きるッ!! 私は死なない、無様にでも生き足掻いてやる!! 

約束があるから、まだ(ここ)に残ってるから!! その約束を果たすまで、私の心は果てない!!

綾瀬六花は死なない!! 死ねと言われたって死んでやるもんかァッ!! 

私は――――生きて――――」


途絶えかけの意識を無理矢理に繋ぎとめ、六花はスルトに向いその足を走らせた。

飛び散る火の粉が身を焦がしていく。されど六花は止まらない。否、止まれない。

現在六花の五体を振り回しているのは他ならない彼女自身の心だ。

心とは理屈では説明できない物。心とは未知であり、無限の可能性を秘めている奇跡の産物なのだ。

その奇跡の産物が、六花の内にて覚醒した。故に、六花は走る。疾走を続ける。

身体がいくら焼かれようとも。絶望に打ちひしがれようとも。

奇跡(こころ)が死なない限り、大切なもの(やくそく)がある限り。

六花は何度でも起ち上がり、そして――――――



「生きてッ……お兄ちゃんとデートするんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――ッ!!!!!!」



――――何度でも、生き続けるだろう。


「うぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁ―――――――――ッ!!」


咆哮を上げながら、自身の身体を嬲り続ける焔を切り裂き、六花はスルトの眼前へと躍り出た。

そして、鋭く、紅く燃え滾る瞳をスルトにぶつける。

その瞳は、先とは何もかも違っている。輝きも、内に秘めたる決意も覚悟も、何もかも、総て――

あからさまに変質した六花の瞳を見つめ、スルトはそれに応えるように問いを投げた。

『小娘。貴様はどうしたい? 死にたいのか?』

「……死にたく、ない」

『ならば生きたいのか?』

「……生き、たいっ……!」

『生きるということは、先の戦場へと再び飛び込むことと同義だぞ? それでも生きたいのか?』


「生きたいッ!!!!」


『………………』

スルトは思案するように瞳を閉じる。

いつの間にか辺り一面を侵していた炎は掻き消え、景色が元の姿を取り戻した瞬間と同時に、僅かの間静寂が世界を包み込んだ。

冷たい静寂が、うるさいほどに空気中に木霊する。

そして、やがてスルトは静かに瞳を開き――

『受け取れ、小娘』

「え……? わっ……!」

突如として、宙空より、一度手放したはずの『煌焔を冠す聖剣』が六花の手元に落ちてきた。

突然の事象に六花は戸惑いながらも、聖剣の柄を、今度こそ手放してしまわぬように強く握りしめた。

闘志を奮い立たせてくれる熱が六花の身体に流れていく。熱が心にまで伝導し、綾瀬六花という1人の少女に、『生』という(ともしび)が宿った。

『貴様を試させてもらった。それでこそ、我が名を宿し人間。死を思いながら戦うなど、元よりこのスルトの性質ではないんでな』

「……じゃぁ……」

『あぁ。このスルトが貴様を生かしてやる。故に、全力で生きろ。生き足掻け。生きることを諦めるな。その(ほのお)が途絶えるまではな』

「……うん。私はもう諦めない(しなない)。この約束が胸に生き続ける限り……私も生き続ける」

六花の揺るぎない決意を聞き届けたスルトは、途端に絶笑を天空に轟かせ、その興奮を具現するように再び虹色の景色を巨人のような焔が呑み込んだ。

『よし……良し良し、善しっ!! 綾瀬六花、貴様の覚悟、確かにこのスルトが受け止めた。貴様の命は今よりこのスルトが補う。故にお前は、気後れすることなくその命を燃やし、生き続けろッ!!』


「――――言われなくてもッ!!」


スルトは六花に応え、六花はスルトに応え、今確かに、一人の少女と一人の神の命が堅く繋がった。

繋げた物とは、絆だとか愛だとか、そのような大層な物ではないが、二人は確かに、何よりも強く繋がったのである。二人を繋げた物とは単純にして明快。

そう――――炎だ。二人を繋げた物は、紛うことなき炎。

炎という名の信念。炎という名の心。炎という名の――命。

それが総て繋がった故に、二人の(いのち)は一つの(いのち)となったのだ。

そして――――


『往くぞォォォォォォォォォォッ!! 綾瀬六花ァァァァッ!!!

この炎――――貴様に捧げてやるッ!!!!』


「うぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァ――――――――――――ッ!!!」


一つとなった六花とスルトは、その身に、その心に、獄炎を纏いながら、『生きる』という名の地獄に抗い挑戦するため、現世へと続く回廊を超疾走で駆け抜けていった。



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