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2話~終焉への序曲~

「そういえばソフィア。足は大丈夫なのか?」

この期に及んで、まだソフィアの足の具合が心配なのか、不安な表情でソフィアの顔を覗き込むバイス。

そんなバイスの過保護っぷりが面白かったのか、ソフィアはぷっ、と吹き出し、くすくすと控えめな笑い声を上げ始めた。

「兄様。ですから心配しすぎです。私の足は、この通り大丈夫ですから」

そう言って、バイスの目の前で自身の足首をぶらぶらと揺すってみせるソフィア。それを見たバイスは安心したように溜め息を吐くと、唐突に立ち上がり、ソフィアのその華奢な身体を優しく抱擁した。

「……んっ」

ソフィアは心地よさそうに、まるで子守唄を聴かされている赤子のように安堵し切った表情を浮かべ、バイスの胸に顔をうずめる。しばらく抱擁が続いたかと思うと、急にソフィアが顔を上げ、バイスに物欲しそうな視線をぶつけてきた。

「……昼間の続きをしようか。ソフィア」

「……えぇ。兄様」

昼間にかなわなかった、最愛の人とのキス。

今度こそ、愛し合う二人の唇の距離は零に還り――――。

「バイス様っ、ソフィア様っ!!」

――やはりまた、それはかなわなかった。

2人は露骨にハァ、と地の底のように深い溜め息を吐くと、どういう状況だったかを察した吸血鬼は慌てふためきながら謝罪の言葉を述べた。

「も、申し訳ありません……! お取り込み中でございましたか……」

「構わんよ。しかし今日はよく邪魔される日だな……。して、どうした? 侵略は順調なのだろう?」

「そ、それが……」

吸血鬼の男は、非常に言いづらそうに口ごもり、次の言の葉を紡げないでいる。

男の様子を見兼ねたバイスは、声を発せようとしたが、それを遮るように、ソフィアが先に男に声をかけた。

「どうかされたのですか?」

ソフィアの柔らかい声により、緊張が幾分かほぐれたのか、深呼吸を何回か繰り返すと、男は現在の状況を語り始めた。



……

………




「突如現れた2人の兄妹によって……我々が押され始めている……だと?」

バイスは怪訝そうに顔をしかめる。それはそうだろう。絶対的な力量差が存在する人間と吸血鬼……。

どのような兵器を以ってしても、人間は吸血鬼に対し、勝機を見出すことなど不可能なはずだ。

それをたったの2人の兄妹が覆したと言うのだ。怪訝な表情をするのも無理ないことだろう。

「はっ。このままでは……その……」

「全滅も時間の問題……か」

あくまで冷静に、バイスは自分達の状況を把握した。それに対し男は気まずげに目線を彷徨わせたかと思うと、最終的には顔をうつむかせながら「はい……」とだけ遠慮がちに呟いた。

「……そうか。……して、何人殺されたのだ?」

「……え?」

「何人殺されたのかと聞いている」

「は……はっ! 具体的な数は判り兼ねますが……恐らく、4分の1は……」

「――――そうか」

言葉は、静かに、冷たく発せられた。

だが――――

「っ……!!」

殺気という名の暴君は、旋風の如く吹き荒れた。この空間に存在する大気をズタズタに引き裂き、貪り、犯しつくす――。そのような、凶器とも言えるバイスの殺気を全身で受けた男は、無意識に歯をガタガタと震わせ、寒いわけでもないというのに全身を寒気が疾走したのを感じた。

自分とこの男はこんなにも格が違うのか――――。

改めてそう実感させられた男は、涙を流しながら恐怖に震え、目の前の現実(バイス)から逃れるように瞳を強く、ギュッと閉じた。

自分はきっと殺される。バイスを、間接的とはいえ憤激させたのだ。五体無事でいられるわけがない……。

男は半ば割り切ったように、自身の命を諦めかけたが――――


「我が同胞達に告ぐ。突如人間界に、2人の、極めて高い戦闘力を有す兄妹が現れたらしい。彼奴らの実力は計り知れない。徒に近づこうとせず、見かけたら即離脱しろ。その兄妹は――俺が直々に始末する」


「……えっ?」

男は思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。理由は様々あるが、いや、そんなことよりも……。

「バ、バイス様!? 何をおっしゃられますか! 危険にございます!! お考え直し――」

「――我が仲間達が!!」

怒号が空気を殴りつけた。バイスの怒号は重く、熱く、そしてどこか……哀しいものであった。

「我が仲間達の命が……散っているのだぞ。それを俺に、黙って指をくわえて見てろとでも言うのか?

出来ぬな。俺にそんなことはできない。故に俺が奴らを殺す。これ以上誰も……殺させやしない」

瞳と闘志は烈火の如く、燃え滾り。大切な仲間達を守り、討つべきもの達を必ず屠るという決意が、膨大な“気”と共に流出している。

――そうだ。この人はそういう人だった。

仲間を何よりも、過剰なほどに大切にし……失えば、大いに嘆き、憤激するのが……我らが王、バイスだった。

自分は莫迦だ。何が殺されるだ。寝言は寝て言え。

我らが王が……そのようなことをするはずがないだろう。

「……お前も、死なないでくれよ」

「……はいっ!!」

バイスの優しすぎる言葉に、男は少年のように、涙を飲み込みながら努めて明るく応えた。

「よし。では往ってくる。ソフィア、お前はここに……」

「私も往きますわ、兄様」

バイスが最後まで言葉を言い切る前に、それを遮るようにして、力強い口調でソフィアが言葉を発した。

その言葉を聞いたバイスは、しかし、負けじと強い口調と厳しい表情で、ソフィアに言葉を投げた。

「駄目だ。お前を危険な目に遭わせるわけにはいかない」

「兄様……大丈夫です。私の実力でしたら、兄様もよくご存じでしょう?」

「……しかし」

「それに……相手は兄妹なのでしょう?」

ソフィアは悪戯が成功した子供のように、意地の悪い、しかしどこか無邪気な笑顔をここぞとばかりに浮かべてみせた。バイスはそんなソフィアに対し、「あぁ、そうらしいが」とだけ淡白に答える。

すると元々美しい顔立ちであるソフィアの顔が更に輝き増すように、彼女は満面の笑みを浮かべて――

「なら……目には目を。歯には歯を。……兄妹には兄妹を。でしょう?兄様」

「…………」

ソフィアの言葉に、文字通り目を丸くし、驚愕の表情を浮かべるバイス。しかしバイスはすぐに喉をクツクツと鳴らしながら嗤い始め、挙句咆哮じみた嗤い声で大気を蹂躙した。

「くくく……くはははははははははっ!! そうだな、言われてみればそうだ!! 確かに、違いない。

なるほど、道理だ。くっくくくくくく……」

「お気に召しましたでしょう?兄様」

「あぁ、最高だ。……では、往こうではないか、我が最愛の女性(いもうと)よ。

感謝しろ、人間ども。今宵は我らが……貴様らの悲鳴で、貴様らへの終曲(フィナーレ)を奏でてやろう。

むせび泣き、悦びに打ち震えろ、劣等猿(にんげん)共っ!!!」

悲哀と憤怒と歓喜がごちゃ混ぜになった、もはやどう形容していいのか定まらないほどの、ありったけの感情をのせた咆哮と共に、人間界に、生きる悪夢が落ちてきた。


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