彼女の手
ふと気がつくと、後ろからついてきているはずの仲間の姿がない。元来た道を引き返すと、小部屋の角にぶつかり続けている姿を発見した。目の前は壁だというのに、前進の命令をコントローラから与えられているせいでなんとも滑稽な姿を晒している。ゲームの中の事とはいえ、少し同情した。
横をみると、自分の操作キャラクターを壁に激突させ続けている張本人がすやすやと寝息をたてていた。自分のキャラクターをひどい目に合わせているというのに、暢気なものである。
仲間を救うために、彼女の手からそっとコントローラを抜いた。仲間は前進をやめ、心なしかほっとした表情をしているように見えた。礼ならいらんぞ、当然のことをしたまでだ、と心の中で言っておく。
自分のコントローラを操作し、オプション画面からゲーム終了を選択する。終了と同時にセーブするかと聞かれたので、一応しておく。こまめな保存は大切だ。
時計を見ると午前1時15分を指していた。
「もうこんな時間か、寝ないとな。」
隣の人はもう夢の中だけれど、と心の中で突っ込みつつ、ゲーム機を片付け、一度眠り姫を起こしにかかる。布団まで移動させるためだ。
「舞、おい、起きろ。風邪引くから、ほら。」
「んー・・・・ん・・・んー?うん・・・・」
基本的に一度寝てしまうとなかなか起きないので、起こすのには苦労する。朝も自分で目を覚ます以外に、しゃっきり起きることがない。
「んーじゃないから、せっかく布団干したんだろ?ふかふかの布団で寝るんじゃなかったのか?」
「ね、るー・・・」
「寝るといいつつそこで寝ない、ほらいくぞ。」
「やー・・・」
そう言いながらこちらによりかかってくると、そのまま体をホールドしてきた。
「あったか、い・・・」
「そうだな、あったかいな。けど布団のがもっとあったかいぞ。」
「やーあー・・・」
ぎゅう、とさっきよりもきつく締めてくる。いつになく甘えてくる彼女に、抗えるはずもない。
「わかった、わかったから、ちょっと離せ。毛布とってくるから、待ってろ。」
「んー・・・」
不満気な返事をしてきたものの力を緩めてくれたので、頭を撫でてやった。しばらく撫で続けてやると、満足したのか拘束を解き、毛布の催促を始めた。
「寒い、毛布、早く。」
「はいはい、お姫様。」
拘束の解かれた体を動かし、毛布を取りに寝室へと急いだ。2枚の毛布を手に戻ると、彼女はまた寝息をたてていた。
「まったく、わがままなお姫様だな。」
そういいつつも口元がにやついているのが自分でもわかる。頬を軽く叩いて、なおもにやつこうとする筋肉に渇を入れた。
すやすやと眠る彼女に毛布をかけてやる。その横に自分も寝そべり、一緒に寝る体制を整えた。
「おやすみ、舞。」
そういってリビングの電気を消す。当然ながら世界は暗くなり、窓から月の光が差し込む以外に明かりはない。なんでもない夜のはずなのだが、いつもと少し違う場所というだけで、特別な夜に思えてしまうのは俺が単純だからだろうか。
そんなことを考えていると、ぎゅっと手を掴まれた。何事かと彼女のほうを向くと、眠たそうにこちらを見上げていた。
「どうした?」
「んーん、おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。」
そっと頭を撫でてやると嬉しそうに目を細め、そのまま瞼を閉じる彼女。それを見届けて、自分も眠るために瞼を閉じた。
いつもより少しわがままなお姫様を横に、少し違う寝床で、手の中に小さな幸せを感じながら。