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領主夫人は見習い中(4)

「サティンが叔母上だったの……」

 わかってしまうと、何となく裏も見えてくる。確かに毎日のように顔を見るだろうし、引き合わせるのも無理だろう。何しろ本人なのだから。

「なんでまた女官なんて……」

「そ、それは……!」

 最初から『コーディア』として会っていればこんな事にはならなかったに違いなく、ミルファの追求にサティン──コーディアは益々小さくなる。

 別に追い詰めたい訳でもないので、ミルファは慌てた。

「あの、何か理由があったんでしょう? 確かにちょっと驚いたけど……別に怒っている訳ではないからそんなに恐縮しなくても」

「いや、自業自得だからそこまで優しくする必要はないよ。ミルファ」

 しかし、ミルファの気遣いもジュールは一刀両断する。

「こんな事になると思ったから早く正直に話せと言ったんだ」

「う……。だ、だって……」

 ジュールの情け容赦のない言葉に、コーディアの顔は蒼白だ。正論だとは思いつつもミルファは気の毒になり、つい助け舟を出した。

「叔父上、そんな風に追い詰めたら話しにくいです」

「ミルファ様……なんてお優しい……」

 コーディアはその言葉に両手を組み合わせてじーんと瞳をうるませる。だが、付き合いの長さかジュールはそんなコーディアを甘やかさなかった。

「──私が全部話してしまってもいいんだな?」

 口調も穏やかでその表情は特別に険しい訳でもないのに、再びさあっと音を立てる勢いでコーディアの顔はさらに青ざめた。

「は、話します!」

 何となくそのやり取りで普段の二人の様子が垣間見れた気がして、ミルファは思わず二人の将来(主にコーディアの)を心配してしまった。

 ミルファが心配するような事ではないのだが、何と言うか──恋人同士の甘さみたいなものがない気がしてならない。なんだか、師匠と弟子とか、保護者と被保護者といった表現の方がしっくり来る。

 そう言えば話を聞いた女官がコーディアが鈍感だと言っていたが、いつもこの調子ならコーディア自身の鈍さがあったとしても、確かに気付きにくいだろうと恋愛事に疎いミルファですら思った。

「その……、最初は、ちゃんと『コーディア』としてお目にかかるつもりだったんです」

 ジュールの口から明かされるのがそれ程に嫌なのか、渋々といった様子でコーディアは話し始めた。

「そのつもりでご挨拶とか練習したし、ミルファ様の部屋の前まではその気だったんです。けど……、その、いざ、お目にかかろうとした時に、気付いちゃいまして」

「気付く? ……何に?」

「──前日にジュール様から挨拶をしておきなさいって言われてから、それはもう緊張していて、夜も眠れなくって……、多分そのせいだと思うんですが、普段通りの服で行ってしまったんです……」

 その時の事を思い出したのか、そのまま顔を真っ赤にしてコーディアは両手で顔を隠して俯いてしまう。余程恥ずかしいらしい。

 言われてミルファは初めて顔を合わせた時の事を思い出してみた。

(確か、あの時って……)

 やり取り自体は特に印象に残る物ではなかったので詳細は覚えていないが、服装ならはっきり覚えている。コーディアはその時、領館に勤める女官服を着ていた。だからこそミルファもコーディアの言葉──ミルファ付きの女官・サティン──をそのまま信じたのだ。

 あれが『普段通り』というのはどういう事なのだろうと思いつつ、ミルファはさらにコーディアの言葉を待った。

「気付いたのがもう、扉を叩いてしまった後で……。流石に逃げる訳にも行きませんし、かと言って女官の格好でご挨拶なんてしたら、ジュール様が恥ずかしいかな、とか……ミルファ様に軽蔑されるかも、とかいろいろ考えてしまって、それで咄嗟に……」

 そうした結果が、『サティン』となった訳だ。

「別にそれくらいで軽蔑なんて……」

「はい、実際にお会いしたらミルファ様は外見とか言動で人を判断するような方じゃないってわかりましたけど……。でも、何と言うかその……、引っ込みがつかなくなっちゃいまして……!」

 ──そして今に至る、となるのだろう。事情はわかったが、いろいろと謎は残っている。

 おそらく誰よりも事情を知っているであろう叔父に目を向けると、ジュールは何処か疲れたような苦笑を浮かべた。

 コーディアの意志を尊重してなのか、この状況でも説明する気はないらしい。仕方なくミルファは直接疑問をコーディアにぶつける事にした。

「事情はわかったけれど、何故普段の格好が女官服なの?」

「え。……わたしが領館の女官だからですけど、何か変ですか?」

 まったく疑問にも感じていない様子の返答に、ミルファは唖然とした。

「変って……、あなたは将来、南領主の妻となる人なのでしょう? 何故まだ女官をやってるの?」

 婚約までしているのなら、普通ならとっくに女官を退いて女主人となる準備をする物ではないだろうか。

 しかもコーディアは何処かから嫁いで来る訳でもなく、仕える側から仕えられる側に変わるのだ。相応の準備が必要となるだろうし、周囲からもそのように扱われるべきである。

 だが、今日顔を合わせた使用人達は誰一人今の状況に疑問を感じている様子はなかった。

 ミルファの言葉にその事に思い当たったのか、コーディアはぶんぶんとものすごい勢いで首を横に振った。

「とんでもないです! わたしは……その、人より鈍臭いし、今も女官の仕事ですら一人前じゃないんですもの。なのに、みんなに女主人として扱われていいはずがないんです!!」

「じゃあ、さっきの惨状はもしかして……」

「あ、あれは……! その、この頃ミルファ様にかかりきりでしたし、勝手を許して頂いたお詫びのつもりでジュール様にお茶をお持ちしたんです。けど……、うっかりひっくり返しちゃいまして……。その時にお茶だけじゃなくて花瓶の水まで被ってしまったので、ジュール様が着替えを取りに行って下さったんですけど、その間に少しでも片付けようとしたら何だかさらに状況を悪化させちゃったと言いますか……」

 とんでもない状況を見られた事を思い出したのか、しどろもどろに説明しながらコーディアの顔は今にも火を吹き出しそうなくらいに赤くなった。ほんの僅かな間に青くなったり赤くなったり忙しい。

「昔から何故か一つの失敗がどんどん大きくなっちゃうんです。本当に自分でも嫌になる位ドジで……だからせめて、女官としては一人前になりたいなって……」

「つまり──『一人前』になるまでは、結婚はお預けという事だよ」

 コーディアの言葉を一言で簡単にまとめるジュールに、思わずミルファは視線でそれでいいのかと問いかけた。この調子だと、いつ『一人前』だとコーディアが認めるやらわかったものではない。

 けれどおそらくその事も承知で求婚したに違いなく、ジュールはただ苦笑するだけだ。そんな二人の様子に気付かず、コーディアは必死な様子で言う。

「ミルファ様がこんなわたしなんかを認めたくないと思っても仕方ないです。でも頑張りますから!」

 何をどのように頑張るのかわからなかったが、真剣そのものの顔と握り拳つきで目標を語るコーディアにミルファが言える事はたった一つしかなかった。

「あの……、そう。頑張って」

「はい!!」

 ミルファの言葉を励ましと取ったのか、コーディアは嬉しそうに答える。その様子にミルファは何故か一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 ──その不安が的中し、コーディアの言う『頑張り』が、やはり人と何処か微妙にずれていると気付くのに、さほど時間はかからなかったけれども。


+ + +


 ──そんな出会いから、さらに数年の時間が流れて。

「そういや、また届いてましたよ」

 ミルファの脈を測りつつ、今ではほぼ主治医と化しているリヴァーナが思い出したように口にした。主語が抜けていても何の事かわかり、ミルファは微笑む。

「定期便ね? 机の上にあったからもう見たわ」

 未だにコーディアの事をなんと呼べばいいのか悩む。『サティン』の時のように呼び捨てする訳にも行かないが、叔母上と呼ぶのも何となく違うような気がしてしまうからだ。

「ミルファ様、あまりあれを甘やかさない方がいいです。調子に乗って今では手紙どころか小包のレベルですよ?」

 リヴァーナの歯に衣着せない言葉に、ミルファは苦笑するしかない。

「確かにあれには毎度驚くけれど……。でもお陰で南領が変わりないってわかるから」

 それにコーディアの便りは、いつも明るい話題や他愛のない話ばかりで、読むだけでも何だか心が和むのだ。

 多くの命を預かる責任と、実の父へ刃を向ける苦悩を、ほんの僅かな間だけ忘れる事が出来る。

 それはきっと、コーディアが見返りなど求めず、心からミルファを身を案じて、少しでも厳しい現実を忘れて欲しいと願ってくれているからに違いないのだ。

 ついこの間までは、そんな無償の好意にすら、気付けていなかったのだけれど。

「……ミルファ様とジュール様は変な所でよく似ておられます。お二人ともあれに甘すぎますよ」

 呆れたようにリヴァーナは漏らす。そうだろうかとミルファは首を傾げた。

「そう? 私はともかく、叔父上は結構厳しい事を言っていた気がするけれど……?」

 ミルファだけでなく誰に対しても基本的に穏やかな物腰のジュールが、コーディアにだけは手厳しいのは周知の事実だ。

 それも愛情の裏返しというよりは、どちらかと言うと教育的指導に近いので、周囲も苦笑いをするしかないのだが。

「それでも最終的にはあれのわがままを許しているでしょう。……知ってますか?」

「何を?」

「あれだけ待たせた挙句に、ようやくまとまりかけた婚儀が一度流れたでしょう」

「え、ええ……、お祖父様が亡くなったからでしょう?」

 コーディアとジュールの婚儀は、本来なら昨年執り行われる予定だった。だが、ミルファにとっては祖父である前南領主・コリムの体調が思わしくなくなり、結局そのまま亡くなってしまった事で、婚儀は一度流れてしまったのだ。

「でも、もうその喪も明けたし……」

 言いながらも、そう言えばとミルファは視線を落とす。

 喪が明け、ミルファが帝都に発ってから幾度も便りを受け取ったが、そういう話題は一つもなかった。コーディアが恥ずかしがってそうした話題を避ける事は考えられたが、叔父であるジュールが知らせないはずもない。

 何だか嫌な予感がして目をあげると、相変わらずの鉄面皮でリヴァーナは話の続きを口にした。

「……コリム様の喪が明けたら、という約束だった婚儀が遅れているのは、あれがミルファ様が本懐を遂げるまではと言い出したからです」

「ええ!?」

 思ってもいなかった事に、ミルファは本気で驚いた。まさか自分の知らない所でそんな話になっているとは──。

「ジュール様の幸せを考えるなら、ミルファ様からもしっかりと釘を刺して下さい。私から見ても、流石に気の毒です」

「そ、そうね……」

 明日にはパリルの街を離れ、帝都へと向かう。

 生きて勝利を勝ち取る気はあるが、その保障は何処にもない。万が一があったら、叔父とコーディアは一生夫婦にはなれない気がする。

 果たしてなんと返事に書けば良いのかと迷いながらも、ミルファは心を南方に飛ばす。愛すべき人々がいる。離れても想ってくれる人がいる。それはきっと、とても幸せな事だ。

 過去に縛られ、人の好意から目を背けてきた自分に、コーディアもジュールも、そして亡くなった祖父も、惜しげもなく愛情を与えてくれた。

 そんな彼等に背を向けて戦いの地へ向かってしまった自分は、これから一体何を返せるだろう?

「返事には……『次に会う時は、一人くらい家族が増えている事を期待しています』って書いたらどうかしら」

「ああ、それはいいですね。いっそ『増えるまでは会わない』くらい書いたらどうです? あの二人には荒療治が必要ですよ」

「ふふ……、それはいいかもしれないわ」

 コーディアの長すぎる見習い期間を終わらせるには、確かにそれくらいの荒療治が必要に違いない。

 そしてそう書く以上、自分は彼等に再び会う為にも負けられない。たとえ、待ち受けるのが『父』であろうとも。

 そして全てが終わったら、今度は自分から手紙を出そう。今まで与えてくれた彼等へ、心からの感謝を込めて──。

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