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心の扉(Epilogue)

 思ったよりも荷物は少なかった。

 人生の半分近くを過ごした場所だが、よく考えれば食うか寝るか以外は物をろくに必要としない身分である。これから季節も短いが美しい夏が来る。冬と違い、装備が少ないのはこれから長旅をする身としてはありがたい事だ。

 彼に与えられていたのは、宿房の一番上の部屋。当然ながら眺めがいい。この景色も見納めかとしんみり眺めていると、扉の向こうからそんな気分を台無しにする騒音が聞こえてきた。


「ル、ルネットさーんッ!! まだいますか!?」


 足音も激しく古い木製の扉を壊しかねない勢いで飛び込んできた人物の額に、ルネットの指による一撃が炸裂した。

「ぐはっ!」

「うるさいよ、バウリー。人が浸っているのを邪魔しやがって……」

「ううっ、痛い……」

 額を押さえてうずくまる姿を完全に放置して、ルネットは自分の指を眺めながら何でこれは暴力行為にならないのかねえ、とどうでも良い事を考えていた。

「ひどいじゃないですか……! ルネットさんが出る前にと思って、急いで持って来たんですよ!?」

 よよよ、と泣き崩れる(もちろん嘘泣き)弟分の神官の手に何やら握られている事に気付き、ルネットはようやく彼を労う事にした。

「おお、それはご苦労」

「それだけですか!?」

 あからさまにショックを隠さない、この大げさすぎる反応も今日で見納めだ。かと言って、特になんの感慨もわかないが。

 大体、五つも年下のくせにこの自分よりデカい図体という時点ですでに可愛くない。その手から半ば奪い取ったのは彼宛の書簡だった。

(手紙? 誰からだ?)

 山を二つ越えれば会える距離(平野育ちだと脅威らしいが、彼等にとっては近所と変わらない)の為、手紙など両親からも貰った事がない。正確には手紙というものを手にする事も初めてだ。こ

 眉間にしわを寄せつつ、表、裏と確認し、なんとなくついでに陽に透かしてみたりする。裏の隅には見覚えのない字が自分の名を綴っていた。

 ふと閃いたのは、記憶に残る一つの名前。

 どう贔屓目に見ても不審物なのだが──何故かその文字だけで誰からのものかわかった。

「……へえ?」

 口元が緩むのを自覚しつつ、ポン、とまだ座り込んでいるバウリーの肩を叩く。

「よくやった。ありがとう」

「!?」

 裏のない笑顔付きでのルネットの言葉に、バウリーがまるでこの世の終わりでも見たような顔をして硬直してしまった事は見なかった事にする。いつも通りに放置してまとめた荷物を背負い、彼は扉に向かう。

「それじゃあ、バウリー。元気で」

「ハッ! 今……、何か見てはいけない何かを見たような……」

「……ほう」

 最後の最後に失礼甚だしい発言をかましたバウリーに、再び『愛』の籠った一撃を炸裂させる。

「ったく、僕がいなくなった後はもうちょっとしっかりしてくれよ? お前はいつも一言多いんだ」

「あうう……。わ、わかってますよ。ルネットさんも主神殿に入る以上はもうちょっとこう、大人の余裕とか知性みたいなものを身に着けた方がいいっすよ?」

「はは、余計なお世話だね」

 ひらりと手を振り、別れを告げる。別れをしんみり惜しむなんて性に合わない。バウリーもそんな彼の性格がわかっているからだろう、最後は笑顔を浮かべて手を振り返してくれた。

 今まで世話になった神殿の長、主位神官やその補佐などに挨拶し、今までとは逆の方角へと旅立つ。

 ──目的は北の主神殿。

 その道のりは遥か遠く、だがかつて齢七歳の子供が旅してきた位だ。大人の自分が弱音を吐く訳には行かないし、吐くつもりも毛頭ない。

 神殿が見えなくなってから、そこでようやく書簡を開けた。

 もう少し届くのが遅かったら、この書簡を受け取るのはずっと先になっていた事だろう。何しろ、主神殿があるのは北の際果てに一歩手前辺りだ。溶ける事のない永久凍土を超えたその向こうにある。

 神の加護のある神官以外には簡単に行ける場所ではない為、こうした書簡類は結果的に食料品の買い出しなどで主神殿の神官が外に出向く時まで、最寄りの村で留まる事になるのだった。

 自分の運の良さとついでに神に感謝してから改めて文面を見ると、子供の文字ながらも生真面目な性格を表したような丁寧な文章が綴られている。

(──どうやら、うまく大神殿に馴染んだようだな)

 別れの瞬間に、一生懸命に笑顔を作ろうとした幼い顔を思い出す。自分でも、どうしていつまでも忘れる事が出来ないのか不思議で仕方がない。

 それでも、ケアンと共に旅をしたあの一月に満たない旅が、今の自分に強い影響を与えた事は事実だった。

 『神官が何の為に存在しているのか』

 今はそれに付け加えて、何故ケアンのような子供が大神殿に召喚される事になったのか、そうしてまで神殿が何を追い求めているのか、という謎も追いかける日々だ。

 今ならわかる。ケアンの武器は、その笑顔よりも無意識に人に与える影響力だ。それが良い事なのか、ルネットにはわからないが、それでもいつかもしまた会う事があれば伝えたいと思う。

 あの旅で自分の『夢』は広がったのだ、と。

「そっちも、頑張れ」

 詳しくは書かれていないが、どうやら何かを見つけたようだ。その事を嬉しく思うし、同時に負けられない、とも思う。

 好奇心がおもむくままに。

 解明するかどうかもわからない謎を追いかけて。

「よっしゃ、行くか!」

 書簡を懐に仕舞い込み、ルネットは掛け声も高らかに北の果てに続く道を歩き始めた。

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