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銀色の月  作者: 閑恨葬災
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第一夜 邂逅


静かな坂道をゆっくりと下る一人の少年。

カツカツカツと彼の靴音が通りに響く。他にあるのは浅い靄と辺りの民家から聞こえてくるテレビの音だけ。

一般的な生徒の通学時間には幾分か早いのだろう。グレーの学生服、通学鞄を持つ少年は彼以外に見えない。


少年の名は|武蘭銀次≪ぶらん ぎんじ≫。


「普段より少し遅いか」


左手の時計を見れば確かにいつもより五分ほど遅れていた。銀次は少しだけ速度を上げる。


幹咲高等学校。ここ幹咲町にあるなんの変哲もない公立高校。

使い古された意味での「なんの変哲もない」では無く本当になんの変哲もない学校だった。

スポーツが盛んな訳でもなく、芸術に力を入れていることもなく、優秀な人材を輩出しているわけでもなく。いい意味でいじめもなければ時代錯誤の番長なんて者がいる事もない。


あえて特筆するとしたら、たった今登校してきた武蘭銀次と今日転校してくる少女こそが幹咲高校の特別な点だと言えるかもしれない。



      ---1---


二のAと記されたクラスのドアを開け、自らの席に着く。時刻は七時五十分。登校時刻までは三十分もある。そのためクラスには銀次以外の生徒は一人もいなかった。

音の無い教室の中で銀次はゆっくりと意識を沈ませていく。

家の中で尖らせた神経を緩ませることは無い、それは他の生徒がいる場合も同じことだ。

誰かが登校してくるまでの僅かな時間が銀次の数少ない休息だった。


「相変わらずはえーな、銀次」


突然の呼び掛けに銀次の意識は一気に覚醒する。慌てて声の聞こえた後ろへ体を傾ける。

そこにいたのは長身の少年。爽やかな短髪、少し幼さの残る顔立ちは眼鏡によってうまく抑えられている。


「いつも言っているだろう。気配を絶って近づくな悠斗」


銀次は呆れたような笑みを浮かべゆっくりと立ち上がった。


「悪い悪い。もう癖みたいなもんだから勘弁してくれって」


注意を受けた少年、|花片悠斗<はなひら ゆうと>は全く気にしていないようだった。どうやら何度注意しても聞かないらしい。


「格好からするに朝練か?」

「あぁ、タオルを忘れちまったんで取りに来た」


銀次の言うとおり、悠斗は銀次のような学生服ではなく濃紺の剣道着を着ている。


「そうか、なら急いだ方がいいぞ。どうせお前のことだ、一時間目の数学の宿題は終わっていないだろう?」

「へっ?宿題なんて出てたか?」

「意図的にやっていないどころか覚えてすら無かったか。確かな事は二つ。宿題は確かに存在する、そして写すだけでも三十分はかかる。ついでに言えば俺は写させる気は無いからクラスの誰かに借りるんだな」


銀次の言葉を聞いて悠斗の顔が一気に青ざめる。数学の教師は石垣忠敬。まさに悠斗の所属する剣道部の顧問であった。


「おいっ!なんでもう少し早く言ってくれねーンだよ!」


急いでロッカーからタオルを取り出し、悠斗はダッシュで教室を出ていく。


「全く。落ち着きの無い奴め」


そう言って、銀次は自分の数学のノートを後ろの席の中に滑り込ませる。丁度その時、クラスの女子が登校してきた。


「おはよう武蘭君」

「おはよう貴咲さん」

「ホント武蘭君はいつも早いんだね。ところで、悠斗君の席に何入れてたの?」

「いや、悠斗のプリントが落ちてたんで入れただけだよ」


普段と変わりない朝が始まろうとしていた。


      ---2---


「全員席に着けー」


担任の一言でクラスの喧騒は一気に静かになっていく。


「いやー助かったぜ銀次、お前のノートが無かったら今日は歩いて帰れなかったかもしれないからな」

「今日限りだぞ」


担任に聞こえないように小さな声でお礼をし、悠斗は借りた数学のノートを返す。

受け取った銀次がノートを机にしまおうとした時、担任が不意に話題を変えた。


「実は今日、クラスメイトが一人増えることになった」


その一言に、クラスは再びにぎやかになる。

今は六月の半ば。転校生が来るとしても少々違和感の残る時期ではあるが、そんなことはクラスの全員にとって大した問題では無い。


「おい、おーおい!転校生だってよ銀次!どんな奴だろうな。とりあえず、男子だったら剣道部に入ってもらって、女子だったら女子剣道部に入ってもらうしかねーな!」

「結局剣道部には入れるんだな。昔から剣道一筋なところは変わらないな」


花片悠斗もその例外ではなかった。

みるみるテンションをあげていく悠斗に対して、銀次はいつもと変わらぬ落ち着きで答える。


「静かにしろー。まぁとにかく、転校生入ってきてくれ」


担任の声を合図に教室のドアがゆっくりと開かれる。

一気にクラスの生徒全員の視線が向けられる。現れたのは一人の少女だった。


腰ほどまである長い髪、整った目鼻立ちは美しさと言うよりも可愛さを表している。誰がどう見ても美少女と呼ばれる姿だった。だが、容姿もさることながら言葉では言い表せない不思議な『魅力』を持った少女だった。


少女はチョークを手に取り、きれいな字で黒板に名前を書いていく。

「|神良美月<かみら みつき>です。今日からこのクラスで一緒に学んでいくことになりました。どうぞよろしくお願いします」

凛とした声がクラスに響き渡る。


一拍おいて


クラスから大きな拍手が送られた。


「これはまたすげー可愛い子が転校してきたな。見ろよ銀次、クラス中の男子が釘付けになってんぜ」


おどけた様子で悠斗は銀次に話しかける。

だが、銀次からの返答は無い。


「おい、まさかお前まで神良ちゃんに魅了されちまったのか?」


机からぐいっと体を伸ばし前に座る銀次の顔を覗き込む。


その視線は確かに神良美月に釘付けになっていた。

だが、それは決して好意を持った視線では無い。獣のような鋭い視線だった。



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