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銀色の月  作者: 閑恨葬災
1/3

開幕前夜

吸血鬼という言葉についていまさら何か説明する必要は恐らくないだろう。

数多の作品の中の登場し数多の殺戮を繰り返す存在。人の血を好み、聖水や十字架を避け数百年の時を生きる人外の存在。日の下にいることを許されず、夜の世界に生きる獣。

だからこそ、いや、あえてと言うべきかその対極の存在について語ろうと思う。


ヴァンパイアハンター

吸血鬼を殺す殺戮に対する殺戮、鬼を殺す鬼、不死に死を与える狩人。

それが俺、武蘭銀次を語る上で最も重要な言葉だろう。



      ---1---



太陽が沈み、訪れる夜。遥か昔ならば町は闇に包まれ、足元すら見る事の叶わない世界だった。

だが、歴史の層を重ねる事によって、人は夜を消し去り、常に光の中に存在することを可能にした。電灯の煌く町に闇は無い。だからこそ、光の無い闇はより暗くより重き意味を持つようになった。



「まぁまぁ、大丈夫だって少し一緒するだけだから」

「えぇー、そんなこと言って他の女の子にも声掛けてるんでしょ」


派手に髪を染めた見るからに調子のよさそうな男は冬にも関わらずやたらと露出の激しい女性の腰へゆっくりと手を回す。女もその手に抗う事無く自らも同じように男の体に腕を絡ませる。

互いに酒が入っているらしく二人の足取りはおぼつかない。


「他の女なんか声かけねーよ」


男はここぞとばかりに進行方向をぐいと左に傾ける。向かった先は暗い路地。煌びやかな町から闇の中へ。

人目が無い事を確認すると、男は女性を壁へと押しつける。見つめ合う二人。


「ちょっ、もうここでー!?」

「別に、嫌いじゃないでしょ」


女性は少し恥ずかしながらもゆっくりと瞳を閉じる。

それを見ると男はゆっくりと顔を近づける。女に唇ではなく首元へと。




「がぁぁあああ」

女性は唇の暖かさで無く、目の前で上がった断末魔によって目を開いた。


「よいか銀次、まず狙うべきは頭部だ。意識を刈り取る事によって仕事がしやすくなる」

「はい、父様」


女性の前に広がる異様な光景。唇を許した男の顔面から銀色の太いナニカが飛び出している。それを掴んでるのは男の後ろにいる50代くらいの渋めの男性。その男性はまるで何事もなかったように刺さるナニカを握りながら隣にいる少年へと話しかけている。


「ああごぉ」

「ひぃっ」


男が吐きだした赤い液体が女性の顔面を全く染め上げる。あまりの恐怖、あまりの異様さに叫び声すら上がらない。


「そろそろだ。一度離れるぞ、銀次」


男の顔面に突き刺さっているナニカを一気に引き抜き、現れた二人は距離を取る。

そこで、最大の異質が女性を襲う。

男の顔面に空いた穴がゆっくりと塞がっていくのだ。見るも無残に潰された男の顔面はまるで映画の巻き戻しのように復元された。


「いやああああぁぁぁぁ」


堰き止められていた水が溢れだしたかのように叫び声が夜の路地裏を震わせる。

女の断末魔を気にすることなく初老の男性は隣の少年への説明を続ける。


「見たか?これが治癒能力だ。いかに脳を貫いたとしても油断をするなど愚の骨頂だ」

「はい、父様」


復元した頭を触り、異常がないことを確認すると、刺された男は放心状態の女にゆっくり近づく。その動きは顔面を刺される前と何一つ変わりない。


「だいじょぶ?」

「あああぁぁ…」


男に優しい声にもあまりの恐怖で女は返答することすら出来ないでいた。それでも女が生きていることに男は安堵する。

震える女を心配するように優しく女の頬に手を当て、

「ひくぁ」

首をもぎ取った。


まるで熟れた果実を枝から毟るように軽く女の頭部を切り取ると、あふれ出た赤い液体を顔に近づけ喉を潤す。

顔も服も赤く染めながら男は恍惚の表情を浮かべる。

ひとしきりの食事を終えると、枯れ果てた頭部を路地裏の奥に無造作に投げ捨て、ようやく強襲してきた二人と向き合う。


「お前らあれか?俺たちを狩ってる奴か?」


しかし、男の質問に父と呼ばれる男性は答えようとはしない。それどころか目を合わすことすらない。


「どうやらこれはまだ人を止めてから日が浅いようだ。」

「何故です?父様」

「我らの事を知らないうえに、気配の消し方に優雅さが感じられん。一級の吸血種ともなれば、その一挙一動は貴族のそれと変わらぬほどの流麗さを持つものだ」


まるでそこになにも居ないかのように隣の少年への説明を続ける。


「おい、なに無視してんだテメェ。この俺様が質問してんだぞそれに答えなきゃテメェに存在価値なんてねぇんだよ!」


怒りを露わに紅の体を弾けさせ、一瞬にして女の首を刈り取った凶手を初老の男性に向ける。

だが、その一撃は空を切る。

隣にいた少年はその場にいる。それなのに標的の男性だけがいない。


「入りの足さばきも甘い。腕の振りも単調。分かったか銀次。これが初期段階のコイツらの力量だ」


重みのある声は後ろから響く。


「なっ、テメェ俺の攻撃を避けたってのか!?」

「愚かな。貴様が勝手に外しただけだ」


初めて男性は自らの敵に視線を合わせる。その眼は冷たく、とても人の眼光とは思えない鋭さをはらんでいた。


「クソがっ!だったら先にガキの方を……えっ!?」


そこで、男の動きが止まる。視線の先には自分の腕。否、自分の腕だった物が映る。

男の右腕には見知らぬアクセサリー。肌が見えなくなるほど突き刺さった銀色の十字架。


「なんだよコレ……痛くねぇ。痛くねぇけど動かねぇぞ!テメェなにしたんだっ」


再びの質問にも答えることは無い。それでも言葉を返す。


「――銀花粉葬――」


声の直後に男の右腕が爆ぜる。音も光も塵も色も形も一切を残さず弾ける。

男の叫びが空間を満たす。断末魔を涼しく受け止める異様な二人。


「銀次、我が武蘭家の滅葬術はなんだ?」

「煌花滅葬です、父様」

「そうだ。我が血統に伝わる秘奥。見せるの初めてだな」


叫び続ける男に近寄り、その頭を強く握りしめる。男の叫びは止まらない。

それでも握ることを止めはしない。

男の声とは反対に小さな声で一言。


「――煌花滅葬――」


刹那。男の全身を太い杭が貫く。右手に刺さった十字架とは比べ物にならない太さの杭だった。


貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き貫き



そして、男の肉片が全て消える。

貫くという行為のみで存在を消し去る殺戮方法。それが煌花滅葬。



数分の出来事だった。

謎の男は消滅し、女は分断された。そして現れた二人は静かに路地を離れる。


コートの男は路地を数歩出た所でおもむろに携帯を取り出し誰かへと電話を掛ける。


「私だ。今回は従血種だった……そうだ、仕事と言うほどのモノでもない。これで帰る」


単調な言葉で通話を終え、携帯電話を懐に押し戻す。


「銀次。帰るぞ」

「はい、父様」


静かな夜に起きた狂気の戦闘。

これが武蘭銀次の始まりの夜。






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