第一章
「よう、おはよう」
「遅いっつの!」
いつも通りに馴染みのスタジオに練習に来た俺を出迎えたのは意味もなくエアドラムをしていた俺の悪友「舘 渉」だった
「悪いな、寝坊した後にゆっくりと朝飯食ってた」
「言い訳になってないうえに悪びれてすらないな、おい」
スタジオに入り、荷物を降ろしケースからギターを出しながら遅刻の理由を言ったが呆れはしたが、渉は苦笑するだけで怒ってはいなかった
「まぁ、遅刻って言っても五分くらいだし」
「許容範囲内だよ」
ギターをチューニングしているとそれぞれ自身の担当であるベースとキーボードを弄っていた「長谷川 薫」と「八神 空」が相槌をうってくれた。
◇
余談ではあるが俺がいるこのバンドには未だに名前がない
その理由は今も笑いながらエアドラムをし続けている一応このバンドのリーダーだ
館渉…こいつにネーミングセンスが皆無である為だ。
俺はチューニングを終えると渉の方を向きいつも通りの疑問を投げかける
「いい加減にバンド名をきめないのか?」
俺がそう言うと渉はエアドラムをしていた手をピタッと止め待っていましたといわんばかりに立ち上がる
そして纏めて置いてあった荷物の中から自身の鞄を掴み中をあさり始める
「ふっふっふ…霧人よ待っていたぞ!その言葉!見よ!!昨日の夜遅くまで考えた俺の素晴らしいバンド名候補を!」
そう言い渉が差し出してきたノートを受け取るとギターを下ろす
近くにあった椅子に座り俺はあまり期待せずにノートを広げた。
そしてそのノートには案の定「ブレーメン」やら「フェアリイ・ダンス」等々、何処かで聞いた様な名前ばかりの羅列だった。
それを見た俺はため息を吐くと興味が出たらしい薫と空にノートを渡した
「お前、また昨日やったゲームからカッコいいと思った物を抜き出してきただろ」
「ぐっ」
椅子から立ち上がり立てかけておいたギターを持ちながら渉を見る
図星だった様で渉は言葉に詰まっていた。視線を移せば薫達も苦笑してる。
◇
「取りあえず、今日のも却下だな」
「くそぅ」
最早、何度目か分からないこのやり取りを終え薫がノートを片付けると今日も俺たちは何時もの様に練習を始めるのだった。
「じゃあな」
そう言い、俺はスタジオから出ると一人三人とは別方向である帰り道へと足を進めた。
朝から何時も通りだったのだが今日は昼飯にコンビニでのお気に入りがなかったそれにより何時もより少なかった為に何時もと違い空腹だった。
その為に俺は何時もは晩飯まで何も食べないのだが…
空腹に勝てずコンビニで肉饅とサンドイッチを買う為に寄り道をしたのだった。
今も思うのだがもし神様という存在がいるのならば…
これは必然だったのであろう。
この行動がなければあの出会いはなかったのだから…
肉饅を咥えながら歩いているとただ一つポツンとたっていた自動販売機を見つけた。
それだけなら何もなかっただろうが…
その自販機の前を通り掛った少女が足を止め何かを買うでもなく自販機の前後や左右…特にスイッチやディスプレイを興味深そうに見ていた。
此処でスイッチでも押していたのなら悪戯だと納得して気にも止めなかったんだろうが…
少女は逆に何もせずに自販機の前で仁王立ちしていたのだった。
そんなあいつが気になって…俺はあいつに、未夏に声を掛けたのだった。
しつこい様だが別に後悔する訳でないが…今思い返すととても教訓になる
「好奇心だけで行動すると碌な事にならない」ってな。
◇
「何って、只の自販機だろ」
さて、好奇心に負け自販機の前で仁王立ちする少女からの疑問に俺は首を傾げながら答えた。
当たり前だろう、この時には『まだ』日常の中にいた俺はそれこそさも当然の様に自販機の事など知っているのが常識の様に答えた。
「自販機とは何だ?」
ややあった沈黙の後に出した少女の問いに俺は財布を取り出しながら答える
「そりゃ、自販機っていうのはその名の通り自動販売機だろ」
うむ、改めて考えてみると自販機の説明ってどうすりゃいいんだ?
お金を入れれば品物が出てくる機械…だよな?そう思いながら俺は硬貨を自販機に入れ、ホットミルクティーのボタンを押す。
すると当たり前のことだが『ガコン』という音と共に缶が取り出し口に落ちてきた。
「おぉ、出てきたぞ!しかも熱い!」
そう言いながら少女は出てきた缶を掴み興奮しながら叫ぶ。
◇
「そりゃ、自販機だしな」
そう言うと少女は何と硬貨も入れずにボタンを押す…押す何度も押す。そうして何度か押した後に振り返り
「出てこないぞ?」
俺に何故だ?といった不思議そうな顔を向けてくる。本当にこの少女は何なんだろうかと俺はこの時に思った
「そりゃ、金を入れなきゃ買えないだろ」
俺は呆れながら少女の質問に答えた。するとあいつはそうなのか、と呟くと歩き出した。
本当に何なのだろうかとこの時の俺は心底思っていた。
「そうだ、お前、名前は?」
突如歩みを止めこちらを振り返りあいつは俺の名前を尋ねてきた。
「日々之…霧人」
この時、俺は何故馬鹿正直に答えたのだろうか、今でも謎だ。
◇
「そうか、ミカはミカだ。霧人は人間にしては親切だったからな。覚えておいてやる。」
そう言うとあいつ、ミカは赤いマフラーをなびかせ今度こそ歩いていった。
この時、俺は未夏が俺の事を『人間』と呼んだ事を疑問にも思わず…
只、不思議な奴だったなと思っていた。すっかり冷め切った肉饅を齧りながら思い出した様に呟いた
「あ、俺の紅茶!」
そう叫びつつ振り返った時には既に遅く、あいつの姿は周囲を見渡しても無かった。
まぁ、これが俺とミカのファーストコンタクトだ。
今思い返しても我ながら奇天烈だなと思う出会いだ。
俺はこの時、また、会ってみたいなと思いながらももう会うことはないだろうと思っていた。
翌日から『非日常』に巻き込まれる不条理なんか知らずにな。




