涙を嗤って
心と頭と体はそれぞれが別々で
全て思い道理にしようとしたら疲れて崩れる
全部が貴方を求めて
全部が叫んでるのに現実がうまくいきやしない
わかってるくせに貴方は頬笑んで困らせる なんて人なのだろう
Title:涙を嗤って
俺がいなきゃ何もできないだろう、口癖のように繰り返される言葉に辟易する。
彼は何度も繰り返して言うものだから本当に、もしかしたらそうなんだろうかと考えあぐねるのだ。
だから物は試しにと手を前にのばしてたちがろうとするのだけれど彼がそれを優しくつまんで、掴んで、そっと元に戻してしまうのだ。
「―――この手の先が見えてるとおもってる?」
そうと嗤って嫌味を吐く男が、私を抱きすくめて尚も続ける。
「見えない目で歩けば転ぶよ、ねえ俺が居て良かったね」
同意を求める声に私は何度繰りかえしただろうこのやりとりに、うん、とうなづくだけだ。
優しく手が腕を撫でて、顔を、頬を撫でて、首筋に息を感じる。
彼のサラリとした髪が、首筋をなでる。
指が皮膚を撫でて、熱が、吐息が、言葉がするりと体を舐めた。
「だから、俺を」
彼の言葉は、私には、毒だ。
強く頭を打った。その後遺症で目を患ってもう一年になろうか、未だに慣れないのはいつも隣に居るルディのせいだと思うのだ。
ルディ・ウェリニアは山の上にある古城にすむお貴族様だ、広大な土地を持ち、働かなくても食べる糧は手に入る。
そして私はその城下で貴金属店を営む父を持つ商家の娘だ。ルディの家とは懇意にしてもらっている。
その繋がりで私たちは幼馴染、という関係だった、なのにあの日からその関係が歪んだ。
ルディは、盲目故の暗闇で動けない私の良い腕となり足となり杖となり、まるで侍女さながらに面倒を見られるのだ、歩こうとすれば必ずルディが傍にぴたりとくっついてエスコートをする。
時には私自身が気づかない事にまで気をまわして私の世話を見る。
喉が渇いた、と言う前にお茶を用意して「そういえば喉が渇いたな、」と思いながら受け取る。
眠い、と思う前に私をソファーに移動させて、横たえる、そうして私は軽く睡眠をとる。
私はそれが恐ろしかった、まるで私は彼に掌握されてるかのようで、それと同時に罪悪感が私に積もるのだ。
彼は生活の中心に私を置こうとする、私を軸に、私の為に犠牲になってくれようとするのが、私には惨めに感じた。
歪んだ、と私は言ったがそれは彼の態度を見れば明らかであった。
今までのルディは良い兄のような存在であった、いつも笑顔で、何をしても受け入れてくれて許してくれる、安心する人だった。
それが、私の面倒を見る、と決めた日から彼は徐々に…隠していたのか、それとも気づかなかっただけか分からないが本性を現しはじめたのだ。
あれは、目を患って二日目の事であった。
どうしてもトイレに行きたくて、けれど周りに誰もいないようだったし、人を呼ぶベルすらもどこに置いてあるのかもわからないし―――いうなればそんなことで人を呼ぶのが恥ずかしかったのだ。
そこで私は壁伝いにそこへ行こうとした、部屋の中にトイレへとつながる扉があるのだし、何よりここは自分の部屋で毎日見ているのだからわかるだろうと思った。
立って、数歩あるいて壁伝いに歩く―――けれど、予想外に歩けなかった―――怖かったのだ。
すぐに何か手の先に当たるのだが、それが思っていたのと違うと、あっという間にわたしはどこに居るのか分からなくなった。
元の場所へと戻ろうとした―――が、何かにつっかかって私は派手に、馬鹿のように転んだ。
勢いよく転んで、私は真っ蒼になっただろう―――本当に、どこにいて、どこを向いていて、目の前に何があるのか、後ろには何があるのかまったくわからなかったのだ。
血の気が、サア、と引くのが音を立てて、頭のてっぺんから体を浚っていく。
戻れない、と思えば今まで感じなかった寒さが襲う、寝巻一枚だったのだ、その頃の季節は冬で、暖炉を燃やしていたはずだが、やはり足元や手の先は寒い。ブルリと体を震わせる。
…寒い。ああ、どうして私は人をまたなかったんだろう、寒い、寒い・・・。
「一人じゃもう何もできないよ」
そう、あの時彼はそう言って体を震わせた私にその言葉を降らせた。
「ひとりじゃ、なんにも」
無機質な声だった、何故だか無性に逃げ出したくなるような冷たい声だった。
「―――なんにもできない」
そうして彼は、
嗤った。
「歩くことも、物を取ることも、本を読むこともできないんだよ」
密やかにもせずふふふ、と笑むのだ。
私はその声を疑った、彼がそんな笑うはずなんてない、一緒に悲しんで、励ましてくれるはずだと。
「どうしたんだい?大丈夫だよ、心配しないで」って。
けれど声は予想をずっと裏切る、唖然として声の方向を見ることのできない目が向いた。
「視線が合ってない目」
彼が呟いた。
―――もう、
「心配しないで、」
涙が熱い、鼻の奥がしびれる、ああ泣くことってこんなに痛いことだったんだろうか。
「俺がなんでもしてあげるから」
―――なにも言わないで―――。
頬を伝う熱い涙を彼が指で拭うのを感じた。ああ、こんなに近くにいたんだ。
唇に触れる、きっと彼の唇だろうか。舌が唇を割る。
初めてのキスだというのに、心が音を立っててヒビ割って、熱い中身が零れた気がした。
そして、私はその日のうちにルディの家へと運ばれた、とぼとぼとしか歩けない私はルディに抱きかかえられて馬車に詰め込まれた。
母は泣いて私を励まし、父は泣く母を宥めながら何かあったらすぐに手紙をよこしなさい、と震える声で私を送った。
馬車の中で私はルディの膝の上で、お茶や菓子を勧められたり、頭を撫でられたりと、始終落ち着かなかった。
落ち着きがなかったのはルディもで私を甲斐甲斐しく世話を焼いた、馬車の中で彼が子守唄を歌いながら私の背中を撫でてくれる、それが一番心に残る。
こんな世話は今でもずっと、続いている。
屋敷について、私は本当に困ったのだ。
慣れた自分の部屋じゃないものだからどこに何があるのか、どうすればいいのか、全く分からなかったものだから。
彼が居る時は全て彼が行き届きすぎた世話を焼くが、彼が居ない時は侍女が私の世話を焼く―――けれど、この侍女が一番困らされているのを私は彼女たちの蔭口で知るのだ。彼女たちの噂話が私の情報源であった。
彼女たちは何もできない木偶の棒である私を目の前に、聞こえないだろう見えないだろうと小さな声でささやく。
1つ、私に不必要な情報を入れてはいけない、
1つ、私から目をはなしてはいけない、
1つ、不必要に親睦を深めてはいけない、
1つ、1つ、、、
聞いた時、私はつい笑ってしまったものだ、ルディは私をどうしたいのだろう、これではまるで、囚人のようだ。
“あのいらした若奥さま、商家の娘ですって”
“商家?貴族ではなくて?ならなぜ?あんな顔が…”
“それが、、、”
…不思議に思うのだが、人の噂というのは時としてあてになるのだから困るのだ。
「ねえルディ、私の目って本当に治らないのかな」
「治らないってお医者様が言ってたよ、それに別に治らなくてもいいじゃない、」
そうぼやいた彼が私に服を着せて、髪を拭き始める。お風呂ももちろん彼がすみずみまで処理してくれる。
こうした時、私は自分の存在意義なんぞ考えてみるのだが―――すぐにやめる。
彼が髪を香る…せっけんの香りがしているだろう。私は手を顔に寄せた、デコボコのある顔。
「治って欲しい、」
そう言って、顔に触れる。
彼の、あのまた無情な声が降ってくる、分かっている。
「なんで、別にいいでしょ、俺がこうしてなんでもしたげてるんだから」
「私は、誰かに私っていう荷物をしょってもらうのは嫌なの」
――言えなかった言葉を吐いた、これを言ったら彼の機嫌を損ねるのは、わかっている。
頬をはさまれる、そうして後ろに引き倒されて、彼の膝の上に寝転がる、嗚呼こういう時に目が見えないという事のなんと恐ろしいことか。
「別に俺は好きでやってるんだ、荷物って何」
「ねえ、私の顔、傷だらけで汚いでしょ?見なくても触れば分かる」
手を伸ばす、頬をはさむ手をさすった。彼のごつごつした骨ばった手、慣れた感触。
感情も何もわからないけれど、渡井はこれが好きだ。
「私が、あの崖から落ちる前に見えたの」
好きだ、好きだ、好きだ、
この手だけじゃなくて、私は、貴方が
好きでした、
「 私に手を伸ばすルディ、 」
―――若奥さまが目を患ったのは崖から落ちて頭を打ったからだそうで
―――丁度お隣には若君がいらしたそうよ
―――若奥さまは足を滑らせて岩上から雪の積もった山林へと落ちていった
―――若君は助けようとしたけれど、それを侍従たちが止めて
―――ああ、それで。
(ああ、それで、ルディは私の世話を焼くのか)
道理で憎まれ口も叩くはずなのだ、俺がいなきゃ俺がいなきゃって。
あの男は大してない責任感に駆られたのだろうか?
顔に触れる、でこぼこの顔、皮膚がひきつれているのを指先が教える。
―――顔を、頭も一緒に木に削られて。
―――どうりで、お顔に傷が。
―――それだけじゃなく、おからだにも。
女をキズものにしたからって、責任感じておられるのでしょうねえ、と神妙に、彼女たちは口々にため息を吐く。
そんなため息なんて私がつきたいのに、周りが無理をするのだから、私は吐けないじゃないか。
(なんて、悔しいんだ、)
そうして面倒を見られてる自分も、面倒をみるルディも、なにもできない自分が、大嫌いだ。
彼が何を言う雰囲気もなく、私は黙った。
きっとルディは、困った顔をしているだろう、こんな事を言われたって、何も言えないだろうに。
よくて言い繕うだけだろう、それか、不満をぶつけるか、私は目をつぶって彼の言葉を待った。
何を言うか待っていたら、彼が私の頭を撫でた。するすると、何もなかったように触れる。
これをいうのに覚悟をいくらかつけてた私は多少勢いを殺がれて口を開いた。
「これでよかったんだよ、」
―――目を見開く、
―――私が。
クツクツと、いう声がデジャヴに感じる、彼はまた、嗤っている。
「あは、ははは、何を言うかと思えば、そうだよ、あのね、ルウの顔はきずだらけだよ、ボコボコしてる」
デジャヴだ、彼が嗤って私は苛む。
彼は相も変わらず私を嗤うのだ、愚かだと、惨めだと私を嗤って、馬鹿だと無言に訴える。
隠しもしない、言い繕いもしない―――私を、宥めもしない。
「体中だって傷だらけで傷跡が残ってるよ、これじゃあどこにもお嫁にいけない、」
彼が嗤っている。
「 だから、俺がもらった 」
また、本当にあの日の再現のようで、その言葉に私はまた、体中から力が抜けて、血の気がさあと引いた。
もう私には彼が何が可笑しいのか、何がうれしいのか、わからない。彼が嗤う。
「そう、一生そう思ってれば良いよ、俺に罪悪感を感じればいい、厄介になっていればいい。
だから―――大人しく、俺に任せればいい」
ふふふ、と嗤う、こんな時の彼は、本当に楽しそうだ。
「ぜんぶ、ぜんぶだ、ぜんぶ俺に出して、俺無しじゃもう立てもしないんだから。
言っとくけど俺はルウの世話を見るのが好きだから遠慮しなくていいよ、
ねえルウ、こんだけしてるんだからさ、」
頭が考えることを拒否している、なんでこんな男に私は惚れたんだろうか。
「俺を、愛して」
彼が呟く、彼がキスする、
その味はどこか切なくて、また鼻の奥が痛かった。
そう言えればいいけれど---私の最後のプライドが邪魔をする。
こんな傷だらけで、面倒な女に---好きな男と一生添い遂げるだなんて、できるわけがないじゃなか
愛しているから、愛してると言えないジレンマを抱えて、ルウはキスをただ受け入れる。
どうしたらいいのか、いい答えが見つかりそうもないけれど、ルウは、涙をこぼした。
偏愛+溺愛+軟禁+男の思うがまま+に見せかけた女の抵抗
作者の好きなシチュです。
男の人に頼らなくちゃだめなんだけど、ちょっと反抗する、愛され主役。
不幸のヒロインぶった人はリアルでも小説の中でも「うごごごごご…(怒)」と思ってしまうので、なんとかならないようにならないように、と思ってもなっちゃった。。。あーあ。。。
というわけで今回のヒロインはあまり気に入ってなかったりします。うごごごごご…(涙怒)