考察 2
いつもは穏やかな笑顔を振りまくキャスターが、頬に冷や汗を流している。
「えー、速報です、速報です。今朝、星野市刑務所で――」
『死刑囚脱獄』という赤いセンスの無いテロップが流れた。
見慣れた景色が映る。私達の住んでいる景色。
テレビ画面に映る平凡ながらも美しい笑顔。
真実を知らない物が見たら、誰もこれが脱獄した死刑囚だとは気付かないだろう。
実際私もそうだった。
こんどはマスコミに囲まれながら進む女性が映った。
「警視監、今回の件に対する説明は?」
「責任はどう取られる御積もりでしょうか?」
「対策は?」
「釈明は?」
「ごくろう様ね」
編集長はそういってテレビのスイッチを消した。
「いいんですか?編集長、たしかお友達が県警察本部の警視監でしたよね?」
安浦真樹さんが立ちあがりながら聞いた。
身長二百二十二センチ体重百二十キロの巨体にも耐えられるパイプ椅子がこの世に存在した事に何故か感動した。
「悪いのは逃げた人。あの子は悪くない」
そう呟いて紅茶のカップを口に運ぶ長谷川明編集長。
私だったら、友達がテレビに出ていたらかなりテンションが上がるが。
と口にしたら『余計な所で子供っぽくなるんじゃない』という目で睨まれた。怖い。
「やな噂を聞きながら入れた紅茶は、やっぱり美味しくないわ」
そっと目の端でパッケージを見る。
北インドの直輸入物らしい。
ダージリンは解るが、その下に書いてある『S.F.T.G.F.O.P.』とはなんだろう。
ここは、“無駄知識皇帝”(私が勝手に付けた)の創さんに聞くのが得策だ。
「紅茶のおける最高ランクという意味です。要するにですね……日本で発売されている著名な缶入り高級茶でも、F.O.PかO.Pぐらいで、それ以上のものは一部の高級紅茶専門店にある程度ですね。その中でもあれは幻としか」
この台詞に関して意見と質問がある。
まず意見。要するにが要していない。
次に質問。何故十五歳も年下の子供に対しても敬語なのか。
とにかく、物凄く高い事とそれを美味しくないと言っている編集長はセレブだという事が解ればいいだろうと自己満足しておく。
それにしても、と考える。
殺人は、なんて悲しくて面倒くさい行為だろう。命を奪うという、ただそれだけの事なのにどうしてそこまで惹かれるのだろう。遠足の様な物だろうか。準備は楽しいけど、本番はつまらなくて後片づけは面倒くさい。終わっても、心の中のもやもやは消えない。恨みだか快楽だか逃亡だか言われているけど、そんな難しい熟語を並べられても解らない。
「そうそう真、宿題はやって来たか?」
真樹さんが体に合わない普通よりも少し落ち着いた声で聞いて来た。
あ、はい、とか言って時間稼ぎしながら鞄の中を漁る。この30歳位に見えながら熊の様な巨体を持ち、見た目に合わず穏やかな性格をしている真樹さんは、時々私に宿題を出す。宿題とかいいながら、提出は自由だが。今回は、確か何かと何かと違いを調べるとか何とか。見つけた。白いコピー用紙。
記憶…変わる
思い出…纏わりつく
一目見た真樹さんが一言。
「小難しい理屈は苦手なんだ」
「あなたが調べて来いと言ったじゃないですか」
意味が解らない。ここにある人、物、全部。私もいれて。