考察 1
「あなたに取っての、現実とはなんですか?」
「考察、論理、実行――この三つです」
皆さんが取材から帰って来て、慌ただしくなったKK守沢編集室を何かをする当ても無い私は眺める。
全員〆切前だというのに、どこかしら落ち着いていた。
この雰囲気は好きだ。
外の妙に蒸し暑い空気とも、家の爽やかさを醸し出そうとして失敗した空気とも違う。
そして、皆さんの笑顔。
この二つに憧れて、私はここに通っている。
さっきから編集長の目線が何故か気になるが。
KK史上初の女性編集長らしい長谷川明さんは、いつもピンクのレディーススーツにスカーフを巻き、紅茶を飲んでいるのが基本体制。
ちなみにスカーフと紅茶を集めるのは趣味らしく、長谷川コレクションと呼ばれている。
「すみません、パソコン使ってもいいですか?」
「どうぞ」
いつも通りの素敵な笑顔で返事を下さった斎藤麗美さんに一礼しながら、私は小学校時代にクラス成績年間一位になって買ってもらった中古のノートパソコンを起動した。
たったそれだけで買ってもらったのかと思う人もいるのかもしれないが、これを手に入れるためには苦難の道のりがあった。
何せ私のクラスだけ名門私立中学に受験するという人が半分を占めるという事態だったのだ。オール5の人だって普通にいる。
それなのにこんな平凡公立中学に通っている私が一位を取れたのには理由があるが、その理由が根深すぎてここではとても書ききれない。
それに、あまり良くない思い出も含まれている。考えるだけだ吐きたくなる様な。決して私はこの表現を大袈裟な物とは微塵も思っていない。
そのため思い出話はここで切る事にする。
明日までの宿題は、明日習う物語文の初読の感想。
ワープロでもいいらしいので、今の内に仕上げて家で印刷しようと思う。
所詮教科書見開き四頁程の長さだ。五分もあれば十分に読める。そう私は思った。案の定挿絵もあったおかげで三分ほどで読み終わった。
そのままパソコンへ向かう。簡単なストーリーだった。男の子が小鳥を拾って、その小鳥が息絶えるまでの三日間を書いた物語。展開は単調過ぎて退屈だったが、表現技法は悪くない。いかにも教科書向けで。そんな感じに引用部分を長めに書く。すぐにノルマの長さまで到達した。最後に名前を打ち込み、終わり。これで宿題は済んだ。
「宿題、終わった?」
また麗美さんが聞いてくる。やっぱりいつも通りの素敵で、単調な笑顔。それでいて相手の警戒心を解き、好印象を与えるのには打ってつけの笑顔。人見知りで恥ずかしがり屋の麗美さんが考案した、優しさ。サラサラの肩までの黒髪に大きな眼。白人の様に透き通った白い肌。本人がこの自らの美貌をどう思っているのかは知らないが、後はあの優しさとしっかり物ぶりを発揮すれば、麗美さんは無敵だ。
「あ、はい」
立ちあがる。背丈が会ったばかりの頃は同じくらいだったのに、今ではすっかり追いぬいてしまった。この人、何センチだろうか。
「じゃあテレビ、付けようか」
言い方が少し子供向けのお姉さんみたいだったのが気に食わないが、このまんまるな童顔なら仕方ない。この前も病院で“ボク”って呼ばれたし。
どの局でもニュースしかやって無い。この時間帯なら当然だが。