ミモザ ―貴方の名前も知らないまま、私はその声に恋をした。音信不通になり途切れた声、再会を告げる最後の朗読―
◇
「琴音、もう寝なさい。明日も早いのでしょう」
階下から聞こえる母親の厳格な声に、琴音は「はい、おやすみなさい」と、いかにも『聞き分けの良い娘』らしい声音で返事をした。
部屋の明かりを消し、ベッドに潜り込む。厚手の遮光カーテンの隙間から、わずかな街灯の光だけが部屋に差し込んでいた。窓辺に置いた小さなミモザの鉢植えが、暗闇の中でかすかに揺れている。
門限は二十時。外泊は禁止。派手な友人と遊ぶことも許されず、親の敷いたレールの上をただ静かに歩く日々。窮屈で、息が詰まりそうで、けれど反抗する勇気もない。
そんな琴音にとって、ベッドの中だけが、世界で唯一の『自由な隠れ家』だった。
琴音は枕元からスマートフォンを引き寄せ、使い古した有線のイヤホンを耳に差し込んだ。起動するのは、フォロワーがたった一人しかいない、音声配信アプリの鍵アカウント。
マイクを口元に近づけ、親に聞こえないよう、毛布にくるまって小さな声で呟く。
「……こんばんは。今日も、あっという間に一日が終わっちゃいました。でもね、窓辺のミモザの蕾が、少しだけ膨らんでたんです。それが今日の、私だけの小さな特別」
なんてことのない、誰の目にも留まらない日常の吐露。
けれど、録音を終えて投稿ボタンを押した数分後──画面に小さな通知が灯った。
『こんばんは、ミモザさんの声はやっぱりいい声だね。ざわざわした心がすっと落ち着きます』
コメントの主のアカウント名は、シンプルに『慧』。
彼こそが、このアカウントにたった一人だけ存在するフォロワーだった。
すぐに通話のリクエストが届き、画面をタップする。イヤホンの奥から、鼓膜を優しく撫でるような、低くて、少し掠れた心地のいい声が響いた。
『こんばんは、ミモザさん。今日も一日、お疲れ様』
「……こんばんは、慧さん。お疲れ様です」
『うん。今日も大変だった?』
「いつも通りですよ。でも、慧さんの声を聴けたから、なんだか元気になっちゃった。」
イヤホンの向こうで、慧がふっと小さく笑う気配がした。その吐息の音さえも、まるで耳元で直接囁かれているように近くに感じる。
本当は、お互いの顔も、本名も、何をしている人なのかも知らない。
けれど、世界中の誰に本音を打ち明けるよりも、このイヤホン越しに繋がっている時間の方が、琴音にとっては圧倒的にリアルだった。
『……君の声、なんかホッとするんだよね。』
甘く、どこか切なさを帯びたその声に、琴音の胸がトクンと跳ねる。
これは家族には知られてはいけない、夜だけの秘密の逢瀬。この時の琴音はまだ、知る由もなかった。
耳元で自分を優しく甘やかすこの声が、昼間は世界中を熱狂させている、あの天才声優・REIのものであるということを──。
◇
「……よし、これで控室の準備はオッケーかな」
11月、秋晴れの文化祭当日。
琴音は、普段は教授たちが会議で使う大きな教室の前に立ち、小さく息を吐いた。胸元には『学園祭実行委員会』と書かれたネームプレートが揺れている。
厳格な両親に「大学の公式行事だから」となんとか説得して勝ち取った、初めての実行委員の仕事。今回のゲストは、今アニメやSNSで爆発的な人気を誇るという声優・REIのトークショーだった。
(声優の、REIさん……。本当にすごい人気なんだな……)
講堂へと続く廊下には、当選通知を持った同世代の女の子たちが、今にも泣き出しそうな顔で列を作っている。
テレビもSNSも制限されて育った琴音には、その熱狂が少し遠い世界のことのように思えた。
琴音にとっての「大好きな声」は、世界にたった一人しかいないからだ。
夕べのイヤホン越しに聴いた『慧さん』の声を思い出す。
『明日、ちょっと大きめの仕事があるんだ。上手くいくといいんだけど』
『応援してます。慧さんの声なら、きっとたくさんの人に届きますよ』
『……ありがとう、頑張るよ』
いつも優しく、どこか寂しげに響く、私の大切なリスナーさん。
琴音にとって、彼は何者でもない、夜だけの愛おしい秘密だった。
「琴音ちゃん! 悪い、受付の資料を講堂のステージ袖に届けてくれない!?」
「あ、はい! すぐ行きます!」
先輩に呼ばれ、琴音は我に返って走り出した。
資料を抱え、ゲスト控室の前の狭い廊下を急ぎ足で通り抜けようとした、その時。
カチャリ、と重いドアが開く音がした。
「じゃあREIさん、そろそろステージ袖へ移動お願いします」
「よろしくお願いします」
スタッフに促されて教室から出てきたのは、黒いキャップを少し目深に被った、背の高い男性だった。
(え──)
琴音は思わず足を止めた。
すれ違う、わずか数十センチの距離。彼がスタッフと喋りながら、琴音のすぐ横を通り過ぎようとした瞬間──。
「あ、ごめんね、そこ通るね」
それは、スタッフを気遣う、なんてことのない軽い一言だった。けれど、そのトーンが、響きが、琴音の耳に飛び込んできた瞬間。ドクン、と心臓が爆発しそうなほど跳ね上がった。
(嘘……でしょ……?)
芸能人には疎くREIという声優の声も聴いたことがなかった。
それなのに、今、耳の奥を、脳の芯を激しく揺さぶったのは、毎晩毎晩毛布の中で、私だけに向けられていたあの優しくて甘いビロードのような低音──『慧さん』の声そのものだった。
フリーズして動けなくなった琴音の横を、彼は何気なく通り過ぎていく。ただ、道を塞いでしまっていた実行委員の学生に気づき、彼は歩きながら顔だけをこちらに向け、キャップの隙間から綺麗に目を細めて笑ってみせた。
「頑張ってね」
そのまま彼は、多くのスタッフを引き連れて、眩い光が満ちる講堂のステージへと歩いていってしまった。
取り残された廊下で、琴音は抱えた資料を強く握りしめたまま、驚きで固まってしまった。
直後、講堂から地鳴りのように湧き上がった大歓声が、壁を震わせて伝わってくる。
(慧さん)
毎晩、誰もいない暗闇で、私の拙い言葉を優しく聴いてくれていた人。その正体が、今、何百人もの女の子たちを絶叫させている、あの「REI」というスターだったなんて。
(私の好きな人は……こんなに遠い、遠い世界の人だったんだ……)
お祭りのような喧騒の中で、琴音は自分の小さな恋が、とんでもない秘密に繋がってしまったことに、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
◇
文化祭が幕を閉じた翌日。
琴音は、緊張で冷たくなった手で、小さな紙袋と色鮮やかな色紙を抱えていた。
厳格な両親に「昨日の学園祭の、実行委員としての最後の仕事だから」と告げ、許可をもらって向かった先。そこは、都心にある有名な声優事務所の受付だった。
「すみません、先日大学のトークショーに出演していただいた、REIさんへのお礼の品と、学生からの寄せ書きをお届けに参りました」
「あ、学園祭の実行委員の方ですね。ご丁寧にありがとうございます」
丁寧に対応してくれる事務所の女性に、琴音はぺこりと頭を下げた。本当は、ここに来るのが怖かった。彼は雲の上の存在だと知ってしまったから。でも、実行委員としての役目を果たすため、そして何より、「もう一度、彼を見てみたい」という小さな下心が、琴音の背中を押してしまっていた。
その時だった。
「お疲れ様でーす。……あ、姉さん、次の現場の資料って──」
奥の廊下から、軽い足取りで歩いてきたのは、昨日とは違うラフな私服姿の慧だった。
キャップを被っていない彼の髪は少し跳ねていて、ステージの上の完璧なスターではなく、どこか夜のアプリで話す『慧さん』の雰囲気を残している。
「あ、REI。ちょうど良かったわ。先日の大学の実行委員の方が、わざわざお礼を届けにきてくれたのよ」
マネージャーに促され、慧が「え?」とこちらを振り返る。琴音の心臓が、耳の下でうるさいほどに脈打ち始めた。ばれたらどうしよう、でも、気づいてほしいような──。
慧は「わざわざありがとうございます。」と、爽やかな笑顔で琴音に近づいてくる。琴音は俯き、震える声をなんとか絞り出して、彼にお礼を伝えた。
「いいえ……。あの、REIさんの朗読、本当に素敵でした。……これからも、頑張ってください。応援してます。」
それは、ほんの一言。
いつもの『聞き分けの良い娘』の仮面を脱いだ、琴音の、優しくて、少し引っ込み思案な──ありのままの言葉
その瞬間、慧の身体が硬直した。
(──え?)
慧の脳裏に、強烈なフラッシュバックが起きる。
毎晩、仕事に擦り切れた自分を癒やしてくれる、世界で一番大好きな、あの「ミモザ」の声。イヤホン越しに、何十回、何百回と愛おしく聴き続けた、あの唯一無二の響き。
(……この声、ミモザ……!?)
慧は衝撃のあまり目を見開き、目の前の小柄な女の子を凝視した。俯く彼女の胸元には、昨日の大学の実行委員ネームプレートが揺れている。そこにある名前は──『琴音』。
「君、もしかして──」
慧が震える手で彼女の肩に触れようとした、まさにその時。
「REIさん! 車回しました、次の現場遅れます、急いでください!」
別のスタッフが廊下の向こうから血相を変えて走ってきた。
「あ、ちょっと待って、今──」
「ダメです、生放送遅れます!」
有無を言わさず、慧はスタッフたちに引っ張られるようにしてエレベーターへと連行されてしまう。
閉まる扉の隙間から、慧は必死に琴音を見つめていた。その目は「見つけた」という確信に満ちていた。
◇
しかし、運命は残酷だった。
その夜、事務所への訪問やお礼の片付けで、琴音の帰宅は20時半を過ぎてしまった。
玄関のドアを開けた瞬間、リビングで腕を組んで待っていた父親の怒号が響いた。
「門限を過ぎて何をしている! 大学の行事にかこつけて、夜遅くまで浮つくなど、我が家の娘として許さん!」
「お父さん、これは実行委員の仕事で……」
「言い訳するな!」
父親は琴音の手から乱暴にスマートフォンをひったくった。
「当分、これは没収だ。反省しなさい!」
自室に閉じ込められ、静まり返った暗闇の中で、琴音はベッドに突っ伏して涙を流した。
(スマホがない。アプリが開けない。これじゃあ、今夜、慧さんとお話することができない──)
同じ頃、連絡の途絶えた「ミモザ」のアカウントを前に、慧もまた、激しい焦燥感の中にいた。
「彼女が……琴音ちゃんがミモザだ。間違いない。……なのに、なんで繋がらないんだ……!」
繋がらない糸。遮断された世界。二人の距離は、すぐ近くまで迫ったはずなのに、ここで途切れてしまった。
◇
スマートフォンを奪われてから、3日が過ぎた。
夜のベッドの中は、息が詰まるほど静かで、冷たかった。慧さんの声が聴こえない毎日は、世界から色が消えてしまったかのようだった。
(せめて、お仕事の時の声だけでも、聴きたいな……)
日曜日。琴音は「大学のレポートを作成する」という名目で、ノートパソコンを自室に持ち込み開いた。
ブラウザからアクセスしたのは、毎週日曜日の夜に生放送されている、声優・REIの冠ラジオ番組。
番組の中盤、大人気の「即興一人朗読劇」のコーナーへ向かうため、番組は一度CMへと入った。
──その時だ。
カサリ、とイヤホンの奥で、マイクが服に擦れるようなリアルな雑音が混じった。CM中のはずなのに、BGMの裏で、低く掠れた、ひどく切羽詰まった声が漏れ聞こえてくる。
慧は、マイクが生きているとも知らずに、スタジオのスタッフに向けてぽつりと言い訳のように洩らした。
『……連絡つかなくて……。俺、あの「ミモザ」の声がないと、もう駄目みたいだ』
ドクン、と琴音の心臓が大きく跳ね上がった。それはファンを魅了する『REI』の演技ではない、あの夜のアプリの時と同じ、剥き出しで脆い『素の慧さん』の声だった。直後、スタジオ側が気づいたのかブツッとマイクの音が絞られる。
ネット上は一瞬で蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「今の声何!?」
「ミモザって誰!?」
数秒後、緊迫した空気のままCMが明けた。スタジオのREI(慧)の声は、一瞬だけ激しく上ずっていたが、マイクを引き寄せると、あえてフッと不敵に笑ってみせた。
『──はーい、CM明けました! REIの1人朗読劇のコーナーです!あはは、みんな驚いた? さっきのCM裏の声、実は今回の朗読劇の主人公の、一番お気に入りのセリフを練習してたんだよね。……それじゃあ、始めようか。今日の物語を』
慧はその場の即興で、手元にある台本のヒロインの名前をすべて『ミモザ』へと書き換えた。そして、圧倒的な熱量で演じ始める。
『……どこに行っちゃったんだよ、ミモザ。お願いだ、俺の前に現れてくれ。──俺、あの「ミモザ」の声がないと、もう駄目みたいだ』
自分の本音を完全に物語のセリフとして昇華させ、切なく、狂おしいほどの表現力で演じきったのだ。
ネット上のファンたちは一転して大熱狂に包まれた。
「さっきのは朗読劇の練習をしてたの!?」
「天才すぎる!」
「ミモザってヒロインの名前なんだね!」
けれど、パソコンの前で息を呑んだ琴音の目からは、涙が溢れて止まらなかった。
ファンはREIの練習していた所が放送事故で洩れたのだと思って歓喜している。でも、琴音には分かった。彼は、自分を探してくれているのだと。
(慧さん……会いたいな、私も声を聞きたいよ……)
スマホはない。アプリも開けない。このパソコンには、オンライン授業用のマイクがついている──。
◇
次のラジオ生放送の前日。土曜日。
琴音はノートパソコンの前に座り、震える手でマイクの録音ボタンを押した。親に声が漏れないよう、毛布を頭から被り、自分の「声」をデータに吹き込んでいく。
「REIさん……いえ、慧さん。私、ここにいます。スマホを親に取られてしまって、アプリが開けなくて……。でも、今も、ちゃんとあなたのラジオを聴いています。届いて、お願い……」
録音した音声ファイルを、番組の『緊急お便り募集コーナー』のメールフォームに添付し、送信ボタンを押した。
◇
慧はラジオに向けて打ち合わせをしていた。
「REIさん、明日のラジオのお便りフォームに、タイトル『ミモザ』っていう音声ファイルが届いてます。内容的にはREIさん宛てかなとは思うんですが聞かれますか?」
とスタッフからヘッドホンを渡された。再生ボタンを押した慧の耳に、ずっと探していた、世界で一番愛おしいあの「ミモザ」の声が届く。
『──スマホを親に取られてしまって……でも、今も、ちゃんと聴いています』
「……っ!」
慧は溢れそうになる涙を手の甲で手荒に拭うと、プロの顔に戻った。
翌日の日曜日ラジオのエンディング。ファンからのリクエスト台詞を読むコーナー。
慧はマイクの向こうのリスナーに向けて、悪戯っぽい声で語りかけた。
『さて、番組のラストなんですが……なんと先週僕がやった即興朗読劇「ミモザ」が、もの凄く大反響だったみたいで! ありがとうございます!そこで緊急大発表! なんと、あの物語の“エピローグ”をボイスドラマ化しちゃいました! 明日、公式YouTubeで配信スタートになります! 今夜は特別に、その冒頭のサンプルボイスを、どこよりも早く生披露しちゃいます。……心の準備はいいかな??』
完璧な、プロの声。けれど、彼はカメラの向こうにいる「たった一人の女の子」を見つめるように、今の自分の本気の想いを重ね合わせて、サンプル原稿のセリフを紡ぐ。
『──先週はお騒がせしたけれど、僕の片想いは、ちゃんと届いていたみたいだ。 だから明日、僕たちの出会った記念日と同じ「15時」に、「あの黄色い看板の教室」の前で待っているね。僕の好きな物語の続きを、今度はちゃんと、君の生の声で聞かせてよ。』
パソコンの前で琴音は息を呑む。
「黄色い看板の教室」──あの日、二人が初めてすれ違った、あの大学のゲスト控室。
(これは宣伝にカモフラージュした慧さんからのメッセージ??)
『それでは、お相手はREIでした。明日の15時をお楽しみに。また来週!』
番組のエンディングBGMとして流れてきたのは、音声アプリの通話の中で、二人が「この曲、すごく綺麗だよね」と笑い合っていた、誰も知らないマイナーな洋楽のメロディ。ヘッドホンを外した慧は、愛おしそうに画面の向こうへ微笑むのだった。
◇
翌日の、月曜日。
ネット上では「あと1時間でREIくんのミモザ・エピローグが公開される!」と、ファンたちがソワソワしながら15時までのカウントダウンを始めていた。
そんな中、琴音は親に「文化祭の片付けの最終報告があるから」と小さな嘘をつき、昼間のキャンパスを歩いていた。
スマホを持たない琴音の手元には、時間を確認するための古い腕時計だけ。
カチ、カチ、と秒針が重なり──ついに、15時を指した。
世界中のファンが一斉にYouTubeの再生ボタンを押したであろうその瞬間、琴音があの日、慧の声を初めて生で聴いた、あの「黄色い看板の教室」の前に辿り着く。
静まり返った廊下。
あたたかい初夏の太陽の光が、窓から床へと白い四角を作って降り注いでいる。
その光のなかに、私服姿の男性が一人、静かに佇んでいた。
黒いキャップを目深に被っているけれど、その洗練された佇まいは、間違いなく彼だった。ファンがネットの向こうで彼の声を聴いている今、彼は本当に、この場所に立ってくれていたのだ。
トツ、と琴音の靴が音を立てる。
そのわずかな気配に気づき、彼がゆっくりと顔を上げた。キャップの隙間から覗くその瞳が、琴音を捉えた瞬間、愛おしそうに、くしゃりと細められる。
慧は一歩、琴音へと近づき、あの夜のアプリの時と同じ、剥き出しの優しいトーンで微笑んだ。
「……やっと会えたね。ミモザさん?」
芸能人のことなんて何も知らない。けれど、目の前にいる人のこの「声」だけは、誰よりも知っている。堰を切ったように、琴音の目からポロポロと涙が溢れ落ちた。
「……初めまして、慧さん。ミモザです。また会うことができて嬉しい」
「うん、俺も」
慧は愛おしそうに手を伸ばし、琴音の小さな、少し震える手をそっと包み込んだ。その手のひらは、驚くほどあたたかい。
慧は周りに誰もいないことを確認すると、彼女の耳元にそっと顔を寄せ、悪戯っぽく、けれど世界で一番甘い声で囁く。
「ラジオ、最後まで聴いてくれてありがとう。もうスマホがなくても、こうして手を繋げるから、迷わないよ。……これからは俺の隣で、君の声をずっと聴かせてくれない?」
「はい……っ!」
イヤホン越しに始まった二人の逢瀬は、あたたかい光の中で、もう誰にも邪魔されない「本物の恋」へと変わるのだった。
◇




