第1話 異世界帰りの勇者、死す??
「ふザKeるナaぁァァ!!」
怒号と共に黒い波動が解き放たれる。
爆風のような衝撃が戦場を走り抜け、敵も味方も容赦なく吹き飛ばされる中、俺だけが耐えていた。
姿勢を低くし、歯を食いしばる。
風に逆らい地面を踏み締める。
耐えて耐えて耐えて――ついに圧力が、ふっ、と弱まった。
直後、視線を走らせる。
仲間は全員無事。皆MPもSPも空っぽだが、HPは十分残っている。
よし、想定通りだ。
「次のフェーズに移行する! 全員、回復役を中心に固まって待機しろ!」
前回と同じ、最も手ごたえのあった作戦。仲間を下がらせ、最後まで力を温存した俺だけが前に出る。
このフェーズまで来たのはこれで3回目だっけ? まったく、何度も再挑戦させやがって。
今回こそトドメを刺してやる。
決意を胸に、俺は何時間も戦い続けた”敵”を睨んだ。
――魔王ネロクサス。
虚空に口を開けた異界の門から、その巨体が亡者のように這い出ていた。
朽ち果てた鎧と腐肉が境目なく溶け合い、背からは六本の腕が歪に伸びている。
これまでの戦いで肉は裂け、骨は露出し、紫色の血を垂れ流す。ボロボロでぐちゃぐちゃな、不気味な姿。
そう。既に魔王のHPは二割を切り、レッドゾーンにと注入している。
つまり、最終局面ってわけだ。
「Grrrwaaaーー!!!!」
知性を失った獣のような咆哮が轟く。魔王の全身から、傷口がミチミチと開き、禍々しくドス黒い闇のオーラが噴き出す。
同時に、ゲートが脈打ち、中から闇のオーラを纏った魔物の群れが溢れ出る。
どいつもこいつも様子がおかしい。眼は血のように赤く染まり、肉体は今にも破裂しそうな程に膨張していた。
暴走状態、あるいは狂化? まぁ、何だっていい。
「どうせ、お前の負けは決まってるんだからな」
やれ。
特殊な石を砕き、合図を送った瞬間、
――太陽が捻じ曲がった。
いや違う。空が支配され、小さなボールのように圧縮された結果そう見えているだけに過ぎない。
空に浮かぶ小さな人影。この世界で最上位の魔法使いが発動した≪スキル≫――それこそがこの超常現象の正体だ。
圧縮された空気は、姿形を変え、無数に分裂。槍となって空を埋め尽くす。
そして、雨のように降り注いだ。
一切の抵抗を許さず、雑魚敵を塵に変え、魔王の巨体を大地に縫い留め続ける。
完璧な足止めだ。
もちろん数秒しか保たないだろうが、それで十分。
MPとSPを回復するポーションを一気に煽り、今使える攻撃系のスキルを全て発動する。
「スキル ≪拳術・上級≫ ≪衝撃貫通≫ ≪波動の極意≫ ≪拳一貫≫ ≪鬼宿し≫ ≪空中機動≫ ≪属性付与・聖≫ 発動」
全身に鬼が宿り、拳へとあらゆる力が集中する。
今ですら何でも倒せそうな全能感があるが、さらに重ね掛ける。
体中に感じる生命のエネルギーこそがSPの正体。そのSPを自力で操り全身に巡らせる ≪スキル≫ 外の技術により、極限まで身体能力を強化する。
「よし、いくか」
槍の雨が止んだ頃を見計らい、漲る力を制御しながら全力で踏み込む。
――爆発。
一歩、二歩と地面を破裂させながら魔王へ肉薄。勢いのままに跳躍し、慣性が乗った拳を魔王の顔面へ叩きこむ。
空気が揺れる。
体が大きくのけぞったところをさらに追撃。何度も怯ませ続け、体勢を整える暇を与えない。
反撃する余裕を与えない。
たとえ無理やり攻撃してこようと、体勢を崩した状態なら脅威じゃ無い。回避は余裕だ。
「悪ぃが、ハメ殺させてもらう!」
魔王の周りを跳びまわり、これまでのフラストレーションを開放するように拳を振るう。
一撃ごとに波動と衝撃が炸裂し、腐肉を削り、骨を砕いていく。
攻撃を加えるたびに魔王のHPバーが目に見える速度で削れていき――残り1ミリ。
「<勇者の紋>解放」
手の甲に刻まれた紋章が輝く。拳が光に包まれ、悪を滅する聖なる武器へと変貌する。これがお前を倒すための最後のピース。
「終わりだ」
腕を限界まで引き絞り、魔王めがけて渾身のストレートパンチを打つ。
音速を超えた俺の拳から、聖なる光が解き放たれる。太陽のような輝きが魔王を呑み込む。戦場を照らす。
一瞬の静寂。
ピキッ、と魔王の体がひび割れる。亀裂が徐々に大きく、深くなると同時に、まるで石像のように色を失っていき――最後には砕け散った。
……終わったな。
さらさらと粉が舞い、どこかへと消えていく。
そしてゲートの方も――
バチィィィッ!!
……あれ? ……普通、魔王を倒したら閉じるんじゃねぇの?
予想に反して、ゲートは漆黒の稲妻を放ち、口を広げはじめた。周囲に存在した魔物やその遺品、大地、さらには光さえも吸い込み、どんどんと膨張していく。
まるで、世界を食い尽くすブラックホールだ。
「……貴様Raモ……道連れ……ダ……」
ゲートの奥底から消滅したはずの魔王の呪詛が響く。
おいおい、あのクソ野郎、最悪の置き土産していきやがったな!!
なんて文句を言ってるうちに、俺自身も強い力で吸い込まれそうになる。
くそっ
逃げられるか? ……速度的に無理だろう。
防げるか? ……通常の手段じゃ不可能だ。
極限まで思考が加速し世界がスローモーションに沈んでいく中、視界の端に一つのログが流れた。
【メインクエスト [魔王の討伐] をクリア】
戦闘終了判定。……なるほど、これならいけそうだ。
俺は瞬時にステータス画面を呼び出し、スキル構成を組み替える。対魔王用格闘ビルドから、剣術一点特化型へ。
最後の最高級ポーションを飲み干し、アイテムボックスの奥に眠らせていた一振りの剣を引き抜く。
「……まさか、あれを使う事になるとはな」
脳裏をよぎるのは、かつて異世界で魔王を倒したあの瞬間。
魔力が底をついた満身創痍の体で放った究極の一撃。
「<勇者の紋>解放」
今度は拳ではなく、剣へと聖なる力を宿す。
そして、全力で集中。
ありったけの剣術系スキルを重ね掛けし、剣を上段に構える。
SPを細かく精密に操り、全身の細胞ひとつひとつを意識し活性化させる。
おそらく、今でようやく勇者時代の俺の足元に及んだかどうかってレベルだろう。
だが、逆に言えば、そこまで勇者時代に近づいたってことでもある。
今なら、いける。
余計な力をすべて抜き、
静かに剣を振り下ろし、
――世界を断った。
ゲートに一筋の線が入り、真っ二つになる。
そして――俺の体は、剣を振り下ろした状態のまま動かなくなった。というか、世界の時が止まった。
……これ、フリーズしたな。
◇
視界が暗転し、見慣れたパソコンが目の前に映る。無事にログアウトできたようだ。
ゆっくりとVR用のヘルメットを外して、椅子から立ち上がる。そして全身の力を抜いてベッドへと体を投げ出した。
ぼふっ、と柔らかな感触に沈みながら、頭の中ではさっきの戦いを反芻する。
VRゲーム――〈ユニオン・ファンタジア~選ばれし勇者と復活の魔王~〉。略して〈ユニファン〉。
俺が最近ハマっているゲームで、寝食も忘れる程のめり込んでいたんだが……。
「……はぁぁぁ」
大きなため息をこぼす。
今夜こそ魔王を倒すと決意したんだ。だからこそ、徹夜してまで何度も挑戦し続け、やっとクリアしたってのに。
……フリーズして、やり直し?
苦労して積み上げてきたものを最後の最後で全部ひっくり返されたような気分だった。
怒る気力も湧かず、残ったのは虚しさだけ。
……はぁ。
完全に萎えた。何もやる気が起きない。
今日は大学の授業があるが、もう面倒だ。行きたくない。
徹夜したせいで眠いし。
「……寝るか」
俺は思考を放り投げ、押し寄せる睡魔に身を任せた。
◇
目が覚めた。
ぼやけた眼を擦りながら体を起こす。
うーんと伸びをしながら窓の外に目を向ければ、街が橙に染まっていた。
もう夕方か。
状況を理解すると、ぐぅ、とお腹が鳴った。
「あ~……腹減ったな」
のそりと起き上がり飯を漁りにキッチンへ向かう。
買いに行くのも面倒だし、カップ麺でも作って――あれ、無い?
棚の奥に手を突っ込んでも、近くのカゴをひっくり返しても出てこない。
こういう時のために常備している筈なんだが。……あ、そういやこの前使い切ったんだっけ? 買い足してなかったか。
一応、冷蔵庫も明けてみるが、ほとんど空っぽ。寂しい中身だ。まぁ、俺は料理しないから当然なんだけど。
――というわけで、食べるものが無い。
「仕方ない。コンビニ行くか……」
部屋着のまま外へ出る。
一度寝たおかげで頭はスッキリしていた。慣れた道を歩きながら、頭の中では考え続ける。
一体、あのゲートの異変は何だったのか。
ネットのゲーム仲間からはクリア報告も聞いてるし、普通にクリアできるはずなんだが……。
もしかして、本来なら特殊なアイテムか何かが必要だったのか? それを俺が無理やり突破したからフリーズしたとか?
「う~ん。一度その方向で探ってみて――ッ!?」
突如、背筋に悪寒が走り、――脳が、眼が、身体が、一瞬で戦闘態勢へと切り替わる。
思考だけが加速し、世界が置き去りになる。
……おいおい……今は青信号だぞ!?
横断歩道を渡っていた俺のすぐ隣に、大型のトラックが迫っていた。
近すぎる。
この距離じゃ、もう避けられない。
「……はぁ」
一気に全身の力を抜き、衝撃を受け流す準備をする。
今の俺の身体はかなり強く、異世界から帰ってきてからは傷一つ負ったことがない程だ。轢かれた程度で死ぬわけがない。
むしろ本気でぶつかればトラックの方がぶっ壊れるだろう。そうなると逆に運転手の命が危ない。
仕方ない。命だけは助けてやろう。
轢く相手が俺で良かったな――そんな皮肉を、窓の反射で顔も見えない運転手へ向けながら、衝突の瞬間を待つ。
そして、
俺は、宙を舞った。
――は?
なんで、こんなに……吹き飛んで……?……?
息が詰まる。音が遠のく。視界がぐるぐると回る。
意識が、暗闇の底へ沈んでいく。
次に目を覚めた時――俺は異世界に転生していた。




