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悪役令嬢ですが、バッドエンドを全員生存ルートに改変します  作者: 蜜柑くらげ
第2章 救いは、正しくなくてもいい
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第7話 正しさは、守るほど窮屈になる

 授業中も自然に距離を詰めてくるリリアに対し、エルネアは戸惑いながらも応じてしまう。自分がどう見られるかを優先してきたはずなのに、感情が先に動く瞬間が増えていることに気づき始める。さらに周囲からも変化を指摘され、計画に混じり始めた“予定外”は、もはや無視できないものになっていた。

 放課後の空気は、昼よりもずっと正直だ。


 授業が終わり、帰る者、残る者、誰かと話す者。人の流れがばらけるぶん、関係も露骨になる。教室に残る顔ぶれだけで、その日の“距離”がなんとなく見える。


 今日は、残る側だった。


「エルネア嬢、少し付き合ってくれる?」


 声をかけてきたのはルーカスだった。椅子を逆にまたがるように座り、こちらを見ている。あの姿勢でよく教師に注意されないものだと思う。


「内容によるわ」

「雑談」

「信用できないわね」

「ひどいなあ。カイエルと同じ扱い?」

「同列にしないでほしいわね。あちらは観測、あなたはただの思いつきよ」

「それ、だいぶ評価低くない?」


 ルーカスは笑いながら立ち上がった。否定する気はないらしい。むしろ楽しんでいる顔だ。


「まあいいや。歩きながら話そうよ」

「断る理由はあるのだけれど」

「あるのに断らないの、優しいよね」


 その言い方が、最近どうにも引っかかる。


 優しい、という評価をされるたびに、私は反射的に否定する。だが完全に否定しきれていないのも、自覚している。


 面倒だ。


「……少しだけよ」

「やった」


 軽い返事だった。勝手に喜ばないでほしい。


 校舎の外へ出ると、夕方の光が少しだけ赤みを帯びていた。中庭を抜け、人気の少ない裏庭へ向かう。昼とは違い、人の気配がほとんどない。話をするには都合がいい場所だ。


 ルーカスは途中で立ち止まり、くるりとこちらを振り返った。


「で、さ」

「何かしら」

「エルネア嬢って、“正しいこと”好きだよね」


 またそれだ。


 私は一瞬だけ目を細める。


「好き、という言い方は正確ではないわね」

「じゃあ何?」

「必要なだけよ」

「へえ」


 ルーカスは少しだけ首を傾げた。


「必要だから、やってる」

「そう」

「じゃあさ、それって楽しい?」


 その問いに、私はほんの少しだけ考える。


 楽しいかどうか。

 そんな基準で、今まで動いてこなかった。


「楽しい必要はないわ」

 私は答える。

「正しいことを選べば、結果が出る。それで十分でしょう」

「結果が出たら、満足?」

「満足、というより――納得、かしら」


 その言葉を口にした瞬間、少しだけ違和感があった。


 納得。

 それは前世で求めていたものだ。結果を出し、評価され、認められて、ようやく得られるはずだったもの。


 けれど、私は納得できないまま死んだ。


「納得ねえ」

 ルーカスがぽつりと呟く。

「それって、最後にできればいいやつ?」

「……何が言いたいの」

「いや、単純に疑問」


 彼は少しだけ空を見上げた。


「納得するためにずっと我慢して、最後に“これでよかった”って思えたら勝ち、ってこと?」

「極端ね」

「でもそんな感じじゃない?」


 否定しきれなかった。


 私は無意識に視線を逸らす。


「それが効率的よ」

 代わりにそう言った。

「無駄な選択を減らして、最短で終わる」

「終わる、か」


 ルーカスが小さく笑う。


「やっぱりそこなんだね」

「そこ、とは?」

「終わることが前提」


 心臓が、ひとつだけ強く鳴る。


 そこを突くのか。


「当たり前でしょう」

 私は平静を装って言う。

「人はいつか終わるものよ」

「そりゃそうだけどさ」

 ルーカスは肩をすくめる。

「エルネア嬢の場合、“ちゃんと終わること”が目的になってる」


 言葉が、少しだけ鋭くなる。


「……それの何が悪いの」

「悪いとは言ってない」

「なら問題ないでしょう」

「うん。でもさ」


 ルーカスは、今度は真っ直ぐこちらを見た。


「それって、途中どうでもよくなるよね」


 一瞬、言葉が出なかった。


 途中。

 その単語が、妙に重く落ちる。


「どういう意味かしら」

「そのままの意味だよ」


 彼はあっさり言う。


「最後に納得できるかが大事なら、途中で何を感じたかって、あんまり関係なくなる」

「……」

「楽しいとか、嫌だとか、そういうの全部、“どうでもいい”に入る」


 それは、私が今までやってきたことだった。


 感情は後回し。

 必要なら切り捨てる。

 結果がすべて。


 それが正しいと思っていた。


「でもさ」

 ルーカスが続ける。

「それって、ちょっともったいなくない?」


 その言葉に、私は眉をひそめる。


「もったいない?」

「うん」


 彼は笑った。


「せっかく生きてるのに」


 軽い言い方だった。

 あまりにも軽くて、冗談みたいに聞こえる。


 なのに。


 その一言が、妙に胸に残った。


「……あなたらしいわね」

 私は小さく言う。

「全部軽くするの、得意でしょう」

「軽くしてるつもりはないよ」

「そう見えるわ」

「それはエルネア嬢が重くしてるだけじゃない?」


 返しが速い。


 私は一瞬だけ言葉に詰まる。


「正しさってさ」

 ルーカスは少しだけ声を落とした。

「守れば守るほど、動けなくなるよね」


 その言葉は、さっきまでのものよりずっと静かだった。


「こうしなきゃいけない」

「間違えちゃいけない」

「ちゃんと終わらなきゃいけない」


 ひとつひとつ、言葉を並べていく。


「それ全部守ってたらさ」

 彼は言う。


「途中で“これ嫌だな”って思っても、止まれないでしょ」


 その瞬間、頭の中に前世の光景がよぎった。


 終電。

 資料。

 上司の顔。

 評価。

 体調。


 ――止まれなかった。


 止まる理由より、止まらない理由の方が多かった。


 だから続けて、続けて、続けて。


 そして、終わった。


「……」

 私は何も言わない。


 言えなかった。


「ねえ、エルネア嬢」

 ルーカスが少しだけ顔を覗き込む。

「今の話、どう思った?」


 どう思ったか。


 そんなもの、決まっている。


 否定したい。

 全部違うと言いたい。

 正しい選択を積み重ねることが、間違いなわけがないと。


 でも。


 完全には言い切れなかった。


「……極端よ」

 私はようやく言葉を出す。

「全部が全部、そうなるわけじゃない」

「そっか」


 ルーカスはあっさり頷いた。


 追い詰めるでもなく、納得したふりをするでもなく、ただ受け取るだけ。


 その態度が、逆に引っかかる。


「でも」

 彼は最後に付け加えた。


「エルネア嬢がちょっとだけ止まりたそうに見えたのは、気のせいじゃないと思うよ」


 ――図星だった。


 私は何も返さない。


 返せない。


 ルーカスはそれ以上何も言わず、くるりと踵を返した。


「じゃ、今日はここまでにしとく」

「……勝手ね」

「そういう役だから」


 軽く手を振って、彼は去っていく。


 一人になった裏庭は、さっきよりも静かに感じた。


 私はその場に立ったまま、少しだけ目を閉じる。


 正しさ。

 納得。

 終わり。


 それが自分の軸だと思っていた。


 でも今、その軸が少しだけ揺れている。


 ほんのわずかだ。

 崩れたわけではない。

 ただ、ひびが入ったような感覚。


 ――ひび。


 私は無意識に、自分のケースを取り出す。


 黒薔薇は、いつもと同じ場所にある。


 そして。


 ひびは、確かに少しだけ進んでいた。


 昨日より、わずかに。


 だが、その伸び方が――


 どこか、不自然に見えた。


 まるで。


 何かに引っ張られているみたいに。


 私はその違和感から目を離せないまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。


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