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悪役令嬢ですが、バッドエンドを全員生存ルートに改変します  作者: 蜜柑くらげ
第1章 悪役令嬢は、予定どおりに死ねない
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第1話 黒薔薇は、入学初日に予定を狂わされる

はじめまして。

本作を見つけていただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

 入学式の日、私は自分の破滅が順調に始まったことを確認した。


 王立セレスティア学園の講堂は、朝からうるさいくらい華やかだった。高い天井から陽光が落ちて、磨き上げられた床がきらきら光っている。新入生たちはそれぞれ家格に見合った顔をしていて、緊張している者、浮かれている者、早くも周囲を値踏みしている者と、まあ実に分かりやすい。私はその全部を横目で見ながら、静かに席についた。


 懐かしい、と思うほどの情緒はない。ただ、確認はできる。


 ここは前世で私がやり込んだ乙女ゲーム――『最後に散るのは、誰の花』の舞台。その序盤、入学式。攻略対象とヒロインが出会い、花を授かり、運命が動き出す最初の日だ。


 そして私は、悪役令嬢エルネア・ヴェルローズ。


 誰より正しく、誰より完璧に立ち回った末に断罪される、救いのない役だ。


 でも、それでいい。


 前世の私は、男ばかりの会社で、死ぬほど働いた。上場企業の総合職。結果を出せば認められると信じて、実際に地位は築いた。会議で笑われないように準備して、舐められないように数字を積んで、休む暇も削って働いた。それなのに最後は過労で、気づけば終わっていた。


 努力して、完成して、死ぬ。


 それが正しいと思っていたのに、前世の私は何も成し切った気がしなかった。なら今度こそ、役目を全うして終わる。悪役令嬢らしく全員を生かし、自分だけが断罪されて散る。それが、この人生の意味だ。


 少なくとも、今朝まではそうだった。


「それでは、新入生への“花”の授与を行います」


 壇上の教師がそう告げた途端、講堂の空気が少し変わる。この世界において花は飾りではない。運命、関係、罪、その全部を可視化するものだ。学園入学時にそれぞれの花がガラスケースごと手渡され、以後はそれが変化していく。誰と近づいたか、何を選んだか、どれほど傷つけたか。ぜんぶ、黙って咲き方に出る。


 趣味が悪い仕組みだと前世から思っていたが、分かりやすくて助かる部分もある。見えないものほど管理しづらいからだ。


 名前が順番に呼ばれ、壇上へ上がった生徒にケースが渡される。白、桃、青、黄色。攻略対象たちの薔薇も、そのうち出てくるだろう。


「アルディオン・レイヴェルト」


 来た。第二王子アルディオン。青薔薇。完璧主義で、正しさに取り憑かれた男。立ち居振る舞いは教本みたいに綺麗で、受け取った青薔薇も馬鹿みたいに美しかった。拍手まできっちり起きるのが、もう王子だなと思う。


「カイエル・グランフォード」


 宰相家長男カイエル。緑薔薇。笑っているのに何も見逃していない目をしている。ゲームでもこいつだけは苦手だった。攻略対象のくせに恋愛より先に異常値を拾う。厄介な観察者だ。


「ルーカス・フェルヴェイン」


 成り上がり貴族の末っ子ルーカス。黄薔薇。拍手の途中で軽く礼をし、次の瞬間には後ろの生徒に何か囁いて笑わせている。距離感がおかしい。ああいう手合いは予定外の行動をするから面倒だ。


 そして。


「リリア・フローレンス」


 ざわ、と空気が揺れた。特例入学の平民。唯一、花に選ばれたヒロイン。淡い金の髪に、赤い瞳。ゲーム画面そのままの見た目なのに、立ち方だけ少し違う。もっとおどおどしていたはずだ。こんなふうに、呼ばれた瞬間から堂々と前を向く子ではなかった。


 教師から手渡されたケースの中には、赤薔薇。


 講堂の空気が、今度は期待の色を帯びた。ヒロインが来た。王子たちと恋をする、物語の中心が来た。皆がそう思っている。


 私は違う意味で、彼女から目を離せなかった。


 リリアが誰とも結ばれなければ、死ぬ。


 それがこのゲームの例外ルートであり、最悪の裏設定だ。そして前世の知識どおりなら、今の時点で既にそのルートへ入りかけている。だから私は、彼女を誰かと結ばせる必要がある。誰でもいいわけではないが、少なくとも孤立死ルートだけは避ける。その上で、自分は断罪へ向かう。無駄なく、美しく、それが最適だ。


「……エルネア・ヴェルローズ」


 私の名が呼ばれた。


 生徒たちの視線がいっせいに集まる。ヴェルローズ家の一人娘。有力貴族。第二王子の婚約者候補。悪役令嬢として文句なしの立場だ。私は背筋を伸ばし、壇上へ向かった。余計な感情は切る。こういう場では、視線も噂もノイズでしかない。


 けれど、ケースを差し出した教師の顔を見て、少しだけ眉を上げた。


 青ざめていた。


 ああ、そう。


 私は無言でケースを受け取る。中にあったのは、黒薔薇だった。


 完全な黒。光を吸うみたいな、ありえない色。ゲーム内でも、本来存在しない例外花だ。


「黒……?」

「初めて見たぞ」

「不吉すぎるだろ」


 ひそひそ声がすぐに広がる。予想通りだ。私はケースを持ち上げ、淡々と中を確認する。


 花弁は美しい。茎も葉も傷ひとつない。けれどガラスケースの端に、すでに細いひびが入っていた。


 ……早い。


 私の黒薔薇は、思考や選択と連動してひびが進む。修復不可。つまり、戻らない。それは知っていた。でも入学初日の授与時点で既に入っているのは、少し予定より早い。まあいい。進行している証拠なら、むしろ順調だ。


 私は席へ戻ろうとした。


「わあ、ほんとに黒い」


 すぐ横から声がして、思わず足を止めた。


 リリア・フローレンスがいた。近い。壇上から下りた私の進路に合わせるみたいに、自然な顔で寄ってきている。普通、平民の新入生が有力貴族令嬢にこの距離で話しかけるか。もう少し周囲を見るものでは。


「綺麗だね、それ」


 私は一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「……綺麗?」

「うん。不吉って感じじゃなくて、すごく綺麗」


 赤い瞳が、まっすぐケースの中を見ている。媚びるでも怯えるでもない、本気の感想だった。


 面倒だ、とまず思う。この子は本来、もっと周囲に合わせて遠慮がちに笑うヒロインだ。こんなふうに初手から悪役令嬢へ踏み込んでくるのは想定外すぎる。


「勝手に近づかないでくださる?」

「だめ?」

「だめです」

「そっか」


 返事だけは素直だった。なのに一歩も下がらない。


 おかしい。会話のルールを共有していないのか、この子は。


 私は軽く息を吐く。ここで目立つ応酬をするのは得策ではない。悪役令嬢らしさは必要だが、初日から雑に印象を悪化させるのは非効率だ。私は歩き出し、リリアを無視することにした。


 結果、彼女もついてきた。


 なんで。


「ねえ、ケースにひび入ってない?」

「気のせいでは」

「そうかなあ。私には見えるけど」


 見えるのか。嫌な指摘だ。私は足を止め、彼女を見た。リリアは私の顔を見上げて、なんでもないことのように首を傾げる。


「でも、少しくらい割れてもよくない?」

「よくありません」

「どうして?」

「戻らないからです」


 即答すると、彼女はぱちぱちと瞬いた。そこに悪意も挑発もない。ただ純粋に、不思議そうだった。


「戻らないと、だめ?」

「だめでしょう。壊れたものは壊れたものです」

「でも、壊れたあとどうなるかは見られるよね」


 その言い方に、少しだけ胸の奥がざわついた。


 観察、解釈、判断。私はいつもその順で考える。壊れる前に防ぐ。損失を避ける。完成度を保つ。それが正しい。なのにこの子は、割れたあとを先に見ようとする。


 非合理だ。だから切り捨てればいいはずなのに、妙に言葉が残った。


「エルネア様」


 低く整った声が入ってきて、空気が少し張った。振り向くとアルディオンがいた。第二王子。青薔薇を抱えたまま、実に絵になる姿でこちらへ来る。


「お困りのようでしたら、離れさせましょうか」


 台詞まで王子様で感心する。リリアはきょとんとした顔でアルディオンを見て、それから私を見た。


「困ってる?」

「少なくとも、静かではありませんね」

「じゃあ、ちょっと困ってるんだ」

「その解釈は雑です」


 私が言うと、リリアは小さく笑った。その直後だった。


 ぱき、と軽い音がした。


 全員の視線がケースへ落ちる。私の黒薔薇ではない。リリアの赤薔薇、そのガラスケースの角に、細いひびが入っていた。


 講堂の空気が凍る。


「え」

「今……」

「入ったわよね?」


 当然だ。ヒロインの花が初日からひび割れるなんて、イベント外もいいところだ。ゲームの知識がなくても異常だと分かる。私は反射的にリリアのケースを見た。赤薔薇自体は無事だが、ひびは確かにそこに走っている。


 最悪だ。


 死亡ルートの進行が、想定より早い。


 周囲がざわつき始める。噂は伝播が速い。ここで“特例入学の平民に不吉な兆し”なんて空気になれば、リリアは一気に孤立へ寄る。そうなればルート補正まで乗って、取り返しが面倒になる。


 考えるより先に、私は動いていた。


「あら、大げさですこと」


 わざと少し高めの声を出す。周囲の視線がこちらへ集まったところで、私は自分の黒薔薇を軽く持ち上げて見せた。


「こちらなど授与時点で既にひびが入っていましたのに。今さらそれくらいで騒ぐ必要がありまして?」


 一拍遅れて、ざわめきの向きが変わる。リリアではなく、私へ。


 それでいい。悪役令嬢が場をさらうのは仕事のうちだ。


「それとも皆さま、黒薔薇より赤薔薇の方が怖いとでも? ずいぶん可愛らしい感性ですのね」


 くすりと笑うと、何人かが明らかにむっとした顔をした。よし。標的が散った。


 アルディオンがわずかに目を細める。意図を読んだ顔だ。さすがに頭が回る。だが、それ以上に面倒なのは――横のヒロインだった。


「エルネア様って、優しいんだね」

「違います」

「今かばったよね?」

「場を整えただけです」

「それを、かばったって言うんじゃないの?」


 言わない。少なくとも私は言わない。


 なのにリリアは嬉しそうだった。ひびの入ったケースを両手で持ちながら、妙に晴れやかな顔をしている。普通、ここは不安になる場面だろう。自分の花に異常が出たのだから。なのにこの子は、私に話しかける理由が増えたみたいな顔をしていた。


 なんなの、このヒロイン。


「おもしろいものを見たな」


 別方向から、軽い声が割って入る。ルーカスだ。黄薔薇をくるくると回しながら、こちらへ歩いてくる。やめてほしい。今日一日で主要人物が全員集まる必要はない。


「初日から花にひび、しかも二人。退屈しなくていいね」

「面白がる場面ではありません」

「そう? でも、予定どおりじゃない方が楽しいだろ」


 その物言いに、私は少しだけ眉を寄せた。ルーカスのこういうところが苦手だ。人が必死に管理しようとしている盤面に、楽しそうに手を突っ込んでくる。


 さらに最悪なことに、少し離れた場所でカイエルがこちらを見ていた。笑ってはいない。ただ、観測している目だった。私とリリア、アルディオン、ルーカス。ひびの入った二つのケース。さっき私が動いた順序まで、きっと拾っている。


 面倒が一気に増えた。


「失礼しますわ」


 私は会話を切って、その場を離れようとした。初日にこれ以上イベントを重ねる必要はない。情報整理が先だ。


 けれど一歩踏み出したところで、制服の袖がちょこんと引かれた。


 振り向くと、リリアだった。


「放課後、お茶しない?」

「しません」

「じゃあ、明日は?」

「明日もしません」

「すごい。予定の断り方が上手い」

「褒められても困ります」


 リリアはまるで気にせず、ひびの入ったケースを抱え直した。


「でも私、エルネア様と話したいな」

「なぜ」

「だって、黒薔薇なのに一番まともそうだから」

「褒めていませんよね、それ」

「半分くらいは褒めてるよ」


 半分なら褒めていないのと同じだ。


 なのに、周囲の重かった空気が、少しだけ崩れた。誰かが小さく噴き出し、張り詰めていた視線が分散する。……わざとか。いや、この子の場合、天然の可能性が高い。それがいちばん厄介だ。


 私は袖を引く手を静かに外した。


「リリア・フローレンス」

「うん」

「あなたは少し、距離感を学んだ方がいいと思います」

「エルネア様相手に?」

「特に私相手にです」

「じゃあ頑張る」

「今すぐ一歩下がってください」

「それは難しいかも」

「なぜです」

「もうちょっと仲良くなりたいから」


 返ってきた言葉が軽すぎて、すぐには意味を飲み込めなかった。


 仲良くなりたい。


 そんなふうに、当たり前みたいに言われたことが、前世でも今世でもほとんどなかった気がする。利害でも打算でもなく、ただ近づきたいと言う声音だった。


 ばかな、と思う。こんなものに揺れる予定はない。私は悪役令嬢で、彼女はヒロインだ。ここは対立の位置であり、友情イベントの席ではない。関係は管理すべきもので、流されるものではない。


 そう判断しているのに、なぜか胸の奥が少しだけ騒がしい。


 講堂の窓から入る春の風が、ケースの表面を撫でた。私は何気なく黒薔薇へ視線を落とす。


 ひびが、さっきよりわずかに伸びていた。


 授与されたばかりの黒い花は、静かに、確実に崩れ始めている。計画どおりのはずなのに、その進み方だけが妙に落ち着かなかった。


 ――入学初日から、予定が狂いすぎている。


 それなのに私は、何がいちばんまずいのかを、まだ正確には言葉にできなかった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


この物語はここから少しずつ“予定のズレ”が広がっていきます。

もし少しでも続きが気になったら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。

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