OCF『サイレント・ヘイロー ――絶対零度の臨界点』
高度二万メートル。
成層圏の極寒と静寂の中を、黒い弾丸のような影が真っ逆さまに墜ちていく。
スカイヴェイル特殊降下部隊『ミラージュ』に与えられた最新型強襲スーツ、『ナノ・セラフ』。
首から下を覆う完全密閉型の漆黒の装甲に身を包んだ彼女は、姿勢制御のための微細な動き以外、一切の無駄を削ぎ落としたフォームで自由落下を続けていた。
目標は、眼下に広がる広大な雪原に偽装された、連合軍の無人資源採掘ステーション。
大気の壁がスーツの表面で摩擦熱を生み、強烈なGが彼女の華奢な肉体を装甲の内側へと押し付ける。
その物理的な負荷に呼応するように、彼女の腹部と最深部に深くロックされた生体接続端子が、低く無慈悲な駆動音を立て始めた。
『高度五千。神経同期、フェーズ3へ移行。生体炉、戦闘出力へ』
無機質なHUDの警告表示と共に、脊髄の底から脳天へと強烈な神経パルスが駆け抜ける。
セラフィック・オーダーから鹵獲し、独自に兵器転用したこの悪魔的なシステムは、パイロットの理性を容赦なく削り取っていく。
彼女は透明なホログラムバイザー越しに、鋭く息を呑む表情を晒した。
奥歯を強く噛み締め、内臓を直接かき混ぜられるような熱と、強制的な快楽信号の濁流に耐える。
白く透き通った頬は熱を帯びて紅潮していたが、彼女はプロフェッショナルとしての鋼の意志でそれをねじ伏せ、荒くなる呼吸を強引にコントロールした。
高度五百。パラシュートは使わない。
彼女の背中から、鈍い光を放つ放熱フィン——サイバーフェザーが展開される。スーツ内部のデバイスが彼女の肉体から搾取した莫大な熱量がスラスターへと変換され、落下速度を音もなく殺していく。
着地は、降る雪よりも静かだった。
ステーションの屋上装甲に降り立った彼女の頭上に、淡く発光する天使の輪が展開される。
広域戦術センサーが瞬時に建物の構造と、内部を巡回する無人警備シンセティックの配置を網膜に投影した。
彼女は音もなく身を沈め、愛機であるアサルトライフルを構えた。
それはかつてオーダーの聖堂騎士が用いた無骨な実弾銃を、スカイヴェイルのナノ技術で冷徹な暗殺兵器へと魔改造したものだ。
グリップから伸びた太いケーブルがスーツの腹部インターフェースと直結しており、彼女の体内で生成されたオルガ・エネルギーを直接、電磁加速の推力として弾丸に付与する恐るべき機構を備えていた。
換気ダクトを蹴破り、無重力のような身のこなしで施設内部の通路へと侵入する。
直後、通路の奥から二機の二足歩行型シンセティックが赤いセンサーアイを光らせてこちらを向いた。警告音声すら発さず、即座に腕部の機関砲を向けてくる。
彼女は一切の感情を交えず、ライフルのトリガーを絞った。
その瞬間、銃へ莫大なエネルギーを供給するため、スーツ内のデバイスが彼女の最深部を容赦なく駆動する。
ビクン、と彼女の身体が微かに跳ね、インカムのマイクが、甘く湿った、しかし苦痛に満ちた微かな吐息を拾う。
透明なバイザーの奥で、彼女の端正な顔立ちが快楽と痛みに微かに歪んだ。
放たれた四発の弾丸は、青白いプラズマの尾を引いて閃光となった。
厚さ十ミリの強化防弾鋼板で覆われたシンセティックの胸部コアを、紙のように容易く貫通する。
それぞれに二発ずつを正確に撃ち込む、完璧なダブルタップ。
二機の機械兵は反撃の暇すらなく、崩れ落ちて機能停止した。
しかし、安堵の時間は一秒たりとも与えられない。
銃の出力を上げた代償として、サイバーフェザーから陽炎のような熱波が噴き出し、彼女の内側ではシステムがさらなる同調を求めて乱暴に稼働を続けている。
剥き出しの頬はさらに深い朱に染まり、視界の端が白く明滅する。
彼女は荒い息を吐き、潤んだ瞳に冷たい殺意を宿したまま、ライフルの銃口を僅かに下げ、次のクリアリングポイントへと足音もなく滑り出した。
冷たい鋼鉄の迷宮の中で、彼女という名の兵器は、自らの血肉と尊厳を弾丸に変えながら、ただ静かに死を振り撒いていく。




