門前の信者
館の正門前は、朝の静けさとは打って変わってざわめきに包まれていた。数十人の信者たちが押しかけ、口々に声を張り上げる。
「“神の子”を見せてください!」
「せめて無事かどうかだけでも……!」
「国にとっての奇跡を、我らにお示しください!」
住み込みの信者や家政婦たちが必死に制止するが、信者たちの勢いは止まらない。
窓から門前の様子を見つめるヒロトは、低く呟いた。「……もう来たか」
隣にいるヴィクトリアは、尻尾をぴしりと揺らす。「しつこい連中ね……。このまま押し入られたら、あの子を見世物にされかねないわ」
ヒロトは決意を込めて言った。「止める」
二人はリビングを飛び出し、門へと向かう。
門前に立ったヒロトは、低く、しかしよく通る声で群衆に告げた。「やめろ。ここで何をしている」
その声に、ざわめきが一瞬止まる。やがて、一人の初老の信者が進み出た。
「ヒロト様……どうかお聞きください。我らはただ、この目で“神の子”を確かめたいだけなのです」
ヒロトは目を細め、吐き捨てるように言った。「いい加減にしろ。その子は神の子なんかじゃない。俺とヴィクトリアの子だ」
「しかし!」初老の信者は食い下がる。「母樹が媒介し、奇跡のように宿った命ですぞ! それは神意に他なりません!」
その言葉に群衆は一斉にうなずき、ざわめきが再び膨れ上がる。
「奇跡だ! 神の子だ!」
「国の未来を救う子だ!」
ヒロトは眉をひそめ、声を張った。「いいか、よく聞け! あの子は神でも奇跡でもない。ただの人間として生まれてくるんだ! そして俺が守る――世間のおもちゃにされることは絶対に許さない!」
その瞬間、ヴィクトリアが前に出た。猫の姿のまま鋭く睨む。
「いい加減に黙りなさい」
尻尾が床を叩くと同時に、空気がびり、と震えた。わずかな魔力の波に、群衆は顔を青ざめる。
「ひっ……!」
「ば、化け物だ……!」
信者たちは尻込みし、やがて住み込み信者に押し戻されるように退散していった。
門前に静けさが戻る。ヒロトは深く息を吐き、ヴィクトリアを見やった。
「やりすぎじゃないか」
「ちょっと脅しただけよ。本気でやったら、とっくに灰になってるわ」
ヴィクトリアはふんと鼻を鳴らす。だが、群衆が去った後の静けさは、不穏さを強めていた。
「……あれで収まるとは思えないな」ヒロトが独り言を漏らすと、頭の奥で声が響いた。
『ヒロト様……嵐はまだ始まったばかりです』
「母樹……」
『信仰の力は時に理を超えます。どうかお気をつけください。あの子を守れるのは、あなたとヴィクトリア様だけです』
ヒロトは目を閉じ、強く拳を握る。「……わかってる」
その時、館の奥から祥子が駆けてきた。顔色は青く、声は震えていた。
「ヒロト様……! ただの信者だけではありません。どうやら――国の行政機関までもが、この館に目をつけ始めております!」
リビングに戻ったヒロトはソファに腰を下ろし、沈痛な表情を浮かべた。「国の行政が動いただって? どうしたらいいんだ全く……」
そんなヒロトの心配をよそに、隣ではヴィクトリアが丸くなって韓国ドラマを見ている。
「おい猫! こんな大変な時によくそんなもの見てられるな」とヒロトが苛立つと、ヴィクトリアはちらりと画面を見て呟いた。
「うるさいわね、分かってるわよ。私だっていろいろ考えてるんだから」
その瞬間、テレビ画面に金色の玉座に座る女性が映し出された。
「……あんた、ぺぺじゃない!」ヴィクトリアが叫ぶ。
女性は微笑みながら答える。「何やらお困りのようですね、ヴィクトリア様」
国の行政とのごたごたなんて書けないから、早めに女神ぺぺ投入しました