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寄生樹  作者: hiro0720
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田所総一郎

よろしくどうぞ

ヒロトが「宗教を立ち上げる」と宣言してから、一か月が過ぎた。


建設現場の仕事は辞め、毎日が暇そのもの。

宗教法人の立ち上げから運営準備まですべてを仕切ったのは――祥子だった。


「俺、ただゴロゴロしてただけじゃないか……」

そんなぼやきを口にするヒロトをよそに、祥子はノートパソコンをカタカタ操作している。


元・新興宗教の信者だった彼女は、この分野にやたら詳しい。


宗教団体の名前は『森の光』。

ヒロトが適当に言ったものが、正式名称になっていた。


「ヒロト様、このような感じで仕上げてみました。どうでしょう?」

祥子が得意げに画面を見せてくる。


そこには黒背景に「どんな病や怪我も立ちどころに治す、奇跡の御業」のキャッチコピー。

さらに黒スーツ、オールバック、サングラスの男が両手をかざし、掌から光を放つ画像。


「……どこぞのハンドパワーのオッサンかよ」

思わず突っ込むヒロト。


「それがいいんです! この“怪しさ”が人を惹きつけるんですよ!」

祥子は真剣に力説する。


「……そうか」ヒロトは肩をすくめる。


ふと視線を下にやると、広告の下部には住所が書かれていた。

「おい、これ……市内でもかなり賑わってる場所じゃないか?」


「ええ、偶然空きビルを見つけまして。立地も最高、内装もすでに“癒しの館”として整えてあります」

祥子は胸を張る。


「ふーん。そんな遠くもないし、ちょっと見に行ってみるか」


すると押し入れから小さな影がぴょんっと飛び降りた。

「私も行くわ」

ヴィクトリアである。


こうして二人と一匹は現地へ向かった。



徒歩15分後。


「……なんだこりゃ」

目的地に着いた瞬間、ヒロトは絶句した。


外観からして異様。周囲の景観から完全に浮いている。


「景観を損ねるとか抗議こないか?」

「ふふふ、大丈夫です。この程度、何の問題もありません」祥子は余裕の笑み。


扉を開けた瞬間――


「……うわ、なんだこれ」

ヒロトとヴィクトリアが同時に足を止めた。


壁一面には怪しげな幾何学模様のタペストリー。

中央には金色の椅子。

その背後にはライトアップされた巨大な人工樹木がそびえている。

床は真紅の絨毯、両脇には謎のクリスタル。


「完全にカルトの内装じゃない!」

ヴィクトリアが耳をピクピクさせる。


「どうです? 信者候補はまず雰囲気に飲まれるんです。演出が大事なんですよ!」

祥子は胸を張る。


「……いや、悪い意味で本格的すぎるだろ。これ通報されないか?」

「ふふふ、信じやすい人には絶大な効果があります。もう準備万端ですよ!」


「俺は別に宗教ショーをやるつもりじゃなかったんだが……」

ヒロトはため息をついた。



三日後。


癒しの館はオープンした。


ヒロトは祥子の手によって、広告と同じ黒スーツ・オールバック・サングラス姿にさせられ、金色の椅子に座らされている。


「全然落ち着かないんだが……」

「大丈夫です! 堂々と座っていればいいんです!」


そんなやり取りをしていると、最初の客が現れた。


見た目は八十を超えていそうな老婆。

だが足取りは妙にしっかりしていて、ヒロトの前までツカツカと歩み寄ってきた。


「あんた、奇跡を起こせるんだろ? 私を二十代に若返らせてみな!」


「……は?」

あまりに予想外の要求に、ヒロトは耳を疑う。


「若返らせろって言ってるんだよ! できたら信者にでもなんにでもなってやるさ!」

老婆は半ばキレ気味だ。


ヒロトはしばらく考え、「分かりました」と小さくうなずいた。


そして老婆に近づき、胸のあたりにそっと手を添える。


――瞬間、光が広がった。


みるみるシワが消え、丸まった背筋が伸び、老婆の姿は若き美女へと変わっていく。


「……!」

そこに立っていたのは、誰もが目を奪う二十代の美女だった。


しばらく呆然としていた彼女は、やがて口を開いた。

「おいくらかしら?」


「お代は施術に見合うと思う額を払っていただければ結構です」


「……何ですって?」美女は眉をひそめたが、やがてカバンから札束を取り出した。

「今はこれだけしかないわ。また伺うわね」


そう言って館を去っていく美女。


「……なんとかうまくいったか」ヒロトは小さく息をついた。


「ヒロト様! 今の何ですか!? 本当に若返ってましたよ!」祥子は興奮を隠せない。

ヴィクトリアも呆然と見上げていた。


「まぁ、ちょっと細胞を活性化させただけだ」

「 化け物ね、アンタ」



その後も難病の患者や手足を失った人々が次々と訪れた。

普通の病院では助からない者たちを、ヒロトはあっさり治してしまう。


涙を流して感謝しながら帰っていく人々。

だが半信半疑で来る者が多く、用意している金は少ない。


「その点は抜かりありません」

祥子は用意していた「森の光」と印字されたカードを差し出す。

そこには口座番号と連絡先が。

「お布施はこちらに振り込んでください」


ヒロトは思わず内心で唸る。――抜け目ねぇな。



オープンから一週間後。


館に現れたのは――見覚えのある美女だった。

初日にやってきた、元・老婆である。


その隣に立つのは……テレビで何度も見た顔。

辛口経済評論家、田所総一郎。


「……マジかよ」

ヒロトは一気に緊張した。


美女は笑顔で近づき、大きなアタッシュケースを差し出す。

「この間はありがとう。おかげで楽しい日々を送ってるわ。これはお布施よ」


ケースを開けると――札束がぎっしり。


さらに美女は言う。

「私、貴方達の宗教団体に入信するわ。もちろん、夫も」


田所は鋭い眼光をヒロトに向け、短く一言。

「よろしく頼む」


それだけ言うと、踵を返して去っていく。

美女も慌てて追いかけるが、途中で立ち止まり祥子へ振り返った。


「そういえば、口座番号のカードを配ってるそうね。私にも頂けるかしら?」


「は、はい!」

祥子は慌ててカードを差し出す。


美女はそれを受け取り、颯爽と去っていった。



数週間後。


新聞の見出しには、こうあった。

《田所総一郎、テレビ出演を辞退。新興宗教“森の光”に入信》


ヒロトは記事を読みながら、深いため息をついた。

「……なんかとんでもないことになってきたな」


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