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寄生樹  作者: hiro0720
第1章
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14.異世界でハプニング

光がゆっくりと消えると、アイリーンと母樹の分身体はふわりと宙に浮かぶ感覚に包まれた。

 次の瞬間、足元に冷たい湿った土と落ち葉の感触が伝わり、二人は静かに着地する。


 あたりを見渡すと、空は厚い樹冠に覆われており、淡い緑の光がもやのように差し込んでいた。

 枝葉の隙間から射す光は点々と揺れ、森の奥に潜む影がかすかに動く。湿った苔の香り、遠くで小さく滴る水音――まるで時間が止まったような静寂が支配していた。


「……ここ、どこなの?」

 アイリーンの声は小さく震えていた。

 母樹の分身体が目を細めて周囲を見渡す。


「魔力の気配が……強い。間違いなく、ここは元の世界とは違う場所です」


 薄暗い森の中、二人の影は揺れる葉と一体化するように伸びた。

 その時――枝が揺れる音が遠くから聞こえる。風ではない。確かな生の気配がある。


「……お気をつけください、アイリーン様」

 母樹の分身体が低くつぶやく。森は静かだが、確かに何かが二人を見ていた。


 やがて、川のせせらぎが耳に届く。二人はそこで休憩を取ることにした。

 水は透き通るほど澄み、底の石まで見える。

 アイリーンは靴を脱ぎ、川に足を入れてはしゃいでいた。


 その時――


「きゃああっ!」


 森の奥から、女性の悲鳴が響いた。

 アイリーンは顔を上げ、すぐに駆け出した。


「アイリーン様、駄目です! 行ってはいけません!」

 母樹の分身体の声も届かず、少女はどんどん森の奥へと走り抜けていく。


 やがて、開けた場所に出た。

 そこには、角を生やした三メートル近い怪物がいた。

 巨大な剣を振るい、冒険者らしき男女を次々と斬り伏せている。

 その背後には豪奢な馬車があり、怪物は今まさに馬車へと襲いかかろうとしていた。


「やめて……!」


 アイリーンは震える手で足元の小石を拾い、思い切って投げつけた。

 石は見事に怪物の頭に命中する。


 怪物はぎろりとアイリーンを睨み、標的を切り替えた。

 ゆっくりと、少女の方へ歩み寄る。

 逃げようとしても体が動かない。

 足が震え、呼吸が止まりそうになる。


 剣が振り上げられた――その刹那。


 地面がうねるように盛り上がり、怪物の足元から無数の枝が伸びた。

 それらはまるで生きているように動き、怪物の剣をかわし、絡みつき、そして――貫いた。

 鋭い木の枝が次々と突き刺さり、怪物は血を噴きながら崩れ落ちる。


「アイリーン様!」

 母樹の分身体が駆け寄り、少女の体を抱きとめる。

「お怪我はありませんか?」


「うん……大丈夫。今の、母さんがやったの?」

「はい。従枝を使いました」

「すごい! パパみたい!」


 母樹はクスッと笑みを浮かべる。

「ヒロト様には遠く及びません」


 だが、周囲を見回したアイリーンの表情が曇る。

 血を流して倒れている冒険者たちがいた。


「母さん、この人たち……助けられないの?」

 母樹の分身体は一瞬、視線を逸らした。


「人間の治療など、私の務めでは……」

「お願い、母さん。放っておけないよ!」


 アイリーンの真っ直ぐな瞳に、母樹はしばし沈黙した後、ため息をついた。


「……仕方ありません。アイリーン様のご命令とあらば」


 母樹の枝が静かに伸び、倒れた冒険者たちの体を包み込む。

 淡い緑の光が放たれ、血が止まり、裂けた傷がゆっくりと塞がっていく。

 やがて彼らの呼吸が穏やかに戻り、命がつながれたことを感じ取った。


「よかった……ありがとう、母さん」

「お礼を言われるようなことではございません。……まったく、ヒロト様そっくりですね、あなたは」


 母樹が苦笑すると、アイリーンは照れくさそうに笑った。


 その時、馬車の扉が開き、一人の少女が姿を現した。

 絹のドレスをまとった品のある美少女――彼女は何かを口にしたが、言葉が通じない。

 お互いに困ったように見つめ合う。


 そこへ、遠くから馬の蹄の音が響いた。

 振り返ると、一台の馬車が物凄い勢いでこちらへ向かってくる。

 手綱を握るのは修道服に身を包んだ女性だった。


 彼女は近くに馬車を停めると、迷いのない足取りでアイリーンのもとに歩み寄る。

 そして、静かに頭を下げた。


「――お待ちしておりました、アイリーン様」


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