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寄生樹  作者: hiro0720
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ぺぺの介入

「ぺぺ、あんたどうしたのよ? 突然テレビに出てくるなんて」

ヴィクトリアは目を丸くした。


ぺぺはモニターの中で、にこやかに手を振っている。

「まあ、ちょっとした遊び心です。それより――お久しぶりですね、ヴィクトリア様。こうやって話すのは……ざっと三千年ぶりですか。随分と可愛らしいお姿になられて」


「三千年……そんなに経つのね。魂のまま漂ってた自覚はあるけど。――で、その格好はもしかして、私の後を継いで女神になったってわけ?」

「ええ。ヴィクトリア様が息を引き取る間際、私に後を託されたんです」


その言葉にヒロトが思わず口を挟む。

「ちょっと待て。女神? 女神がなんでいきなりテレビに出てくるんだ?」


ぺぺはくすりと笑った。

「あなたは確か――寄生植物の……」

「ヒロトだ」

「ヒロトさん、ですね。初めまして、女神ぺぺと申します」


「それで、女神様が何の用だ?」

「何の用かと言われましてもね。ヴィクトリア様へのご挨拶と……少しばかりの助力を、と思いまして」


「助力?」ヒロトが眉をひそめる。「一体、何をする気だ」


「今の状況はすでに把握しています。――あなたが生やした木が子を宿し、信者たちはその子を“神の子”として崇め始めている。けれど、あなたたちはその子を普通の人間として育てたい。違いますか?」


ヒロトは渋々うなずいた。「……ああ、その通りだ」

「でしたら、私にできるのは一つだけです」ぺぺは静かに言う。

「人々の記憶から――その木と、その木に宿った子に関する部分を消し去ることです」


部屋の空気が一瞬で張り詰めた。

「おい、本当にそんなことできるのか?」

「いくら女神のあんたでも、記憶を消すなんて――」ヴィクトリアが不安げに言う。


ぺぺは微笑みを崩さずに首を傾げた。

「できますよ。ただ、消された人々は少しだけ“何かを忘れた気がする”違和感を覚えるでしょうけど。――どうされますか?」


ヒロトは黙り込んだ。

人の記憶を、こっちの都合で消すなんて許されるのか。

だが――それでも、守りたい。生まれてくる子を、穢れのない世界で。


「……女神ぺぺ、頼む。母樹とあの子に関する記憶を、人々から消してくれ」


ソファで丸くなっていたヴィクトリアが立ち上がる。

「ちょっと、ヒロト!」

止めようとしたその声は、ヒロトの決意に満ちた横顔を見て、喉の奥で途切れた。


ぺぺは静かに目を閉じ、ゆっくりと両手を広げる。

「……了解しました。では、少しだけ世界を静かにしますね」


その瞬間、空気が震えた。

外の喧騒が遠ざかり、風は止まり、時計の針さえも動きを忘れる。

ぺぺの身体から淡い金色の光があふれ、粒子となって窓の外へと流れ出した。


その光は街を包み、人々の心の奥へと静かに降り注ぐ。


――コンビニの前で談笑していた若者が、ふと空を見上げた。

「なんか……変だな」

「どうした?」

「いや、昨日まで何か……あった気がするんだけど……思い出せねぇ」

「はは、寝不足じゃね?」

二人は笑い合い、缶コーヒーを手に去っていった。


――ニュース番組のスタジオ。

昨日まで「謎の神木出現」と騒いでいたキャスターが、今は何事もなかったかのように天気予報を読み上げている。

スタッフも視聴者も違和感を覚えない。

ただ胸の奥に、ほんの小さな空白だけが残った。


――街路樹の下、老女が立ち止まる。

「ここに……不思議な木があったような……」

そう呟くが、すぐに孫の手を取って歩き出した。


世界が、元に戻った。


ぺぺはゆっくりと手を下ろし、優雅に一礼する。

「これで完了です。人々はもう母樹の存在も、あの子のことも覚えていません。

 ただ――ほんの少し、“大切な何かを見た”という感覚だけが残るでしょう。

 それは、あなたたちへの記憶の名残です」


やがてぺぺの姿はテレビ画面から消え、再び韓国ドラマが流れ出した。


――静寂。

時計の秒針が再び動き出し、車の音が戻る。

世界は、いつもの日常を取り戻した。


ヴィクトリアはソファで再び丸くなり、深く息を吐いた。

「これで……よかったのかしら」


ヒロトは窓の外を見つめたまま、静かに答える。

「……守るためだったんだ」





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