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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
一章 『参上、モノクローム怪盗団!』
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8話『恋は、寄り道の途中で』

 グリと食事をした夜。

 私の心の中は、どうにも整理がつかないまま、宿に戻ってきた。


「おかえりー、勇者ちゃーん」


 扉を開けた瞬間、ほとんど空を飛びそうな勢いでソファから跳ね上がってきたのは、魔法使いのノア。ピンクの髪がふわっと跳ねて、いつも通りのテンションだ。

 その後ろで、戦士のダリオが腕を組んだまま、じとっとした目でこっちを見ていた。よく見ると普段は腹が立つほど無表情な彼の口角がほんの少しだけ上がっているように思えた。難易度の高い間違い探しのような誤差なのだが。


 ああ、これもう完全に見てたやつだ。空気が「見たぞ感」で満ちてる。部屋の隅にまで濃厚な“詮索する気満々オーラ”が染み渡っていた。


「……なにか、あった?」


 とりあえず知らぬ顔で訊いてみた。が、ノアは満面の笑みでコクコクと縦に頷いた。もう、尋問する気しかない。


「うん、うんうん。ありましたとも。私たちは見てしまったのです。夕暮れの酒場の隅っこで、勇者と見知らぬイケメンがいい雰囲気でお食事してたところを!」


「ぶっ!!?」


 肺がびっくりして喉が閉じた。出たのは声じゃなくて、変な音だった。たぶん肺も困惑してた。ノアはその私の反応を見て、「ほら見た~!」と自信満々な顔でダリオを振り返る。


 そして、その“ほら見た”の相手──ダリオは黙ってノアの肩に手を置き、うむと頷いていた。二人はどこか“夫婦の連携技”みたいな完成度で、こっちを上から見下ろしてくる。


 うん、知ってる。このふたり、付き合ってる。いちゃいちゃしてる。いつもだ。


「ねえ、ねえフィリアぁ。あの人って何者? 新しい仲間候補? それともさあ……デートのお相手?」


「ち、違うもん! ます! ちが、ちがいますっ!」


 語尾が割れた。なにかが壊れた。というか平常心が粉々に散らばって、回収が不可能な感じになっていた。

 わかってる。私はテンパってる。バレてる。バレてるのに必死で隠そうとして余計に怪しまれてる。


「ふーん? でもさー、手、握ってたよね?」


「触れただけです!! あれは! たまたま!」


 ぶんぶんと手を振る。儀式のように否定する私。ちがうもんちがうもん。

 でも右手が妙に熱を持っていて、思わず背中に隠してしまった。ノアがその動作を見逃すはずもなく、「ふふふーん」と意味ありげな笑みを浮かべてソファに戻っていった。


 ああ、からかわれるのって、こんなに破壊力あるんだな……。


 けれど、本当の問題は、その直後だった。


「……で、実際どうだったんだ?」


 ダリオが、不意に問いかけてきた。表情は変わらない。けれど、声だけが少しだけ柔らかくて。


「な、なにが?」


「飯食って、楽しかったか? 別に責めたりしているわけではない。俺もノアも、お前にいい人ができないかな、と前から思っていたところだ」


「ダリオ~、言い方がダメだってば。“できないかな”って、まるで今までモテなかったみたいじゃん」


「実際そうだったろう。フィリア、他人の好意に気づかんし」


「ぐ……!」


 言い返せなかった。否定しようと思っても、現実が邪魔してくる。

 確かに、恋愛とか、そういうのとは縁がなかった。ずっと旅ばかりで、仲間の命を背負って、使命に追われて、気がつけば“誰かを好きになる”なんて考える余地がどこにもなかった。


 でも、今夜だけは──ほんの少しだけ違った。


 酒場の薄明かり。あたたかい食事。笑ってくれる優しい顔。

 不器用なのに、私の言葉をちゃんと受け止めてくれた普通の青年のこと。

 グリさん──。


 ……いや、違う。“普通の青年”というよりも、もっとこう、何かを隠しているような、それでいて妙に人の気持ちの機微に敏感な人だった。


 そして、なぜか彼と話していると、ふと──昨晩戦ったあの敵、モノクローム怪盗団の団長、アッシュのことが頭をよぎる。

 全然似てないのに。いや、本当に、外見も話し方も何もかもが違っていて、あっちはキザすぎて腹立つし、ふざけてばっかりだし、敵だし、何よりあんな奴にときめくとか有り得ないし……。


 なのに、どこか。ほんの、ほんの少しだけ──彼の影を、グリさんに感じた。


 笑うときの声のトーン。ふと目を伏せるときのさりげない間。

 こちらが困っていると、わざと冗談を言って場を軽くしようとする不器用さ。

 どれも似ていないのに、重なる一瞬があって──そのせいで、頭の片隅がずっとそわそわしている。


 それをどう言えばいいのかわからなくて、口をつぐんだ。


 すると、ノアがふわっと笑って、あったかいお茶を一口。


「でもさ、イケメンとご飯食べて、楽しい時間過ごせたのはどうだった?」


「…………」


 一拍、置いて。


「……はい。正直言うと──イケメンで、顔はタイプだし。ユーモアあって、優しいし……どきどきしてました」


 ぽつりとこぼれた言葉に、自分の顔が一気に熱くなっていくのがわかる。耳の先まで真っ赤だ。

 ダリオが「マジか」とぼそりと呟き、ノアは「おおーっ!」と拍手。やめて、やめてほんと、やめて。


 でも、頭の中に浮かんでいるのは、あのときのグリさんの言葉だ。


『不安とか、絶望とか、そういうやつらはもうとっくに退治してる──頑張り屋さんの綺麗な手だよ』


 あれは、ただの励ましだったはずなのに。どうしてだろう、あんなに胸の奥に残っている。

 優しい声だった。真剣で、少し照れくさそうで──それでいて、どこか寂しげだった。


 その声色が、アッシュのそれと重なって聞こえたのは……気のせい、だと思いたい。


「じゃあそれ、恋かもね~?」


「えっ……」


 ノアの言葉が、ふわりと落ちてきた。

 “恋”という単語は、想像していたよりもずっと重たく響いて、私は言葉を失った。


 わからない。本当に、わからない。

 でも、もう一度、あの人と話してみたい──そう思う気持ちは、確かに胸の奥にある。


「でも、いいじゃん。恋だって、冒険の一部だよ。ね、ダリオ」


「巻き込まないでくれ」


 そう言いながらも、ダリオはノアの髪をくしゃっと撫でる。その仕草が自然すぎて、リア充は大爆発してくれて構わないと本気で思った。


 私はといえば、どうなんだろう。

 恋なのかどうかもよく分からない。でも──


「……恋じゃなくても、あの人とまた話してみたいな」


 そう呟いたら、ノアは「ふーん」と優しく笑って、ダリオは「お前らしいな」とぼそっと言った。


 ほんの少しだけ、胸の奥があったかくなった気がする。

 それが恋じゃなくても。運命じゃなくても。


 でも、あの人にもう一度会いたいって、そう思えるなら──


 それは、世界を救う旅の途中で、

 ほんの少し、寄り道してるみたいな──そんな気持ち。

とりあえずこちらで一章というかプロローグ的なのが終わりです。

こっから二章入ります。

めちゃくちゃ筆が乗った章なんでぜひ楽しみにしててくださいね。

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