59話『交差する、憧憬②』
──心の奥底が、軋んだ。
耳鳴りのような、爆ぜるような、いや、もっとこう──ひどく繊細なガラスが、内側からゆっくりひび割れていく音が、した気がした。
骨が軋んだのか、心が悲鳴を上げたのか。それとももっと奥の、過去そのものが砕けたのか。あるいは、“俺”という存在の輪郭が、焼け焦げて音を立てたのかもしれない。
分かるのはただ一つ。
あの時、口にできなかった言葉。
あの時、手を伸ばせなかった後悔。
その全部が、今──火の中で燃えている。
炎が目の前で暴れているわけじゃない。いや、ある意味そうかもしれない。
けど、本当の火元はここだ。胸の奥底から噴き出している、“俺”という可燃物そのものから、引火したこの感情。
灼けつくような怒りと悔しさ、そして──痛み。
その中で、クルールの声が響いた。
「俺と違って、クレアを失望させなかったお前が……!」
火花と一緒に、叫びが迸った。
「羨ましくて……憎かったんだよ……!」
その言葉はまるで、刃だった。
斬られた、と思った。心臓を。胸のど真ん中を。真っ直ぐに。
「俺が好きだったクレアはな……!」
──そう。俺も、知ってる。
「ずっと、お前のことを愛してたんだッ……!」
その声は、悲鳴だった。誰よりも強くて、誰よりも脆い、男の本音。
クルールの瞳が、赤かった。
炎のせいじゃない。怒りのせいでもない。
それは、もう涙すら枯れ果てたあとに残った──感情そのものの赤だった。
「俺は……お前にッ! 何一つ、敵わなかったんだッッッ……!」
その叫びは、懺悔でも嫉妬でもない。
もっと原始的な、魂そのものの“泣き声”だった。
あいつは、ずっと俺を憎んでた。そう思っていた。いや、実際そうだった。でもその根底には、どうしようもない羨望があって──
そしてそれ以上に、俺という存在をちゃんと“見て”くれていた事実があった。
それが──重い。
何より、苦しい。
「……んなの、関係ねぇよ」
低く、小さく、けれど確かに。
俺は、呟いた。
握る双剣に、無意識のうちに力がこもる。
クルールがクレアを、心の底から愛していたこと。
そして──クレアが、俺に……恋心を滲ませていたこと。
全部、分かってた。痛いほどに。分かりすぎるくらいに。
でも、俺はクレアの手を取るつもりなんて、なかった。
あの頃の俺にとって、幸せというのは──クルールとクレアが、笑い合ってる未来だった。
憧れだった。俺の世界に“色”を与えてくれたクルール。
優しくて、芯のある少女。でもどこか儚げだった、クレア。
二人が並んでる姿を見てるだけで、世界が少しだけ明るく見えた。
──その光を、俺は、全部、失った。
だからこそ。
だからこそ俺は──
もう一度、誰かを愛するなんて、できなくなった。
また何かを失うのが怖くて。
モノクローム怪盗団の2人を“仲間”として手放さないようにするだけで精一杯になってしまった。
大事なものを背負えば背負うほど、それが愛だの恋だのであるほど、崩れ落ちた時の音が、耳について離れない。
──許されない、って思ってしまった。
(我ながら……ほんと、気持ち悪ィよな)
誰かを想って、それでも何もできなかった俺が。
今さらになって、大事そうな顔して立ってるこの状況が。
笑えるほどに、滑稽だった。
でも──まさか、クルール、お前が。
俺に、憧れてたなんて。
知らなかった。
気づけなかった。
ただ、背中を追ってたはずだったんだ。
眩しいほどの、お前の背中。
“灰”の俺に“色”をくれたお前の背中を。
俺には絶対に届かないって思ってたその姿に、手を伸ばして──
必死で、必死で、必死で、走ってただけだった。
なのに、それが。
お互い様だっただなんて。
でも、だけど、そんなの──
「今は、もう……関係ねぇ」
目の前の“敵”に、センチメンタルなんて持ち込む余地はない。
過去の延長線で、この手に握る2本の短刀を振るう気なんて、これっぽっちもない。
「クレアは、誰かを“憎む”ために生きてたんじゃない」
その言葉は、呪いだ。
あの日、何もできなかった自分への、罰でもある。
だけどそれは同時に、俺が立ち上がるための、理由でもある。
「お前がそんなふうに生きてることが……クレアが一番、悲しむんだよ」
だから。
「だから、俺はお前を止めるッッッ!!!」
叫んだ。
喉の奥が焼けるほどに。
魂を燃やして──声を放った。
炎の中、俺の双剣が、音を立てて空気を裂く。
「うるせえ、うるせえうるせえうるせえうるせえ!!」
クルールが、返す。
喉が潰れかけてるのに、それでも、全力で叫んでくる。
「んな事、俺もわかってんだよッ!!」
瞳に燃えるのは、未練と怒りと──それ以上に、後悔。
全部混ざりすぎて、もはや名前のつけようがない感情。
けど、ただ一つ分かる。
それは本気だ。
あいつも、本気で──
生きてきた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
咆哮。
まるで魂そのものを燃やしてるような、紅蓮の魔力。
クルールの短剣が、火柱のように輝き始める。
それはもう、武器じゃない。
“意志”だ。
俺も、負けるわけにはいかない。
両手の剣に、全魔力を叩き込む。
黒と白──そして灰色が混ざった軌跡。
これは、ただの技じゃない。
俺自身の、“生き様”だ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
叫ぶ。
剣が唸る。
空間が、裂ける。
クルールが突っ込んでくる。
「アッシュゥゥゥゥッッッ!!」
俺も、構えた双剣で迎え撃つ。
「クルゥゥゥゥゥゥルゥゥッッッ!!」
二人の距離が、ゼロになる。
「《紅焔・一閃》ンンッッッッッツ!!!」
「《双影斬舞》ゥゥッッッツ!!」
剣と剣が、触れた瞬間。
世界が、爆ぜた。
お盆旅行に行きますのとストックがないので8/11〜8/29まで休止いたします!
良いところなんで焦らしです
再会楽しみに!
評価ぜひ!!




