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58話『正義を買う悪徳貴族、勘が導く迷える勇者』


 クルールとアッシュが王城前にて決戦を繰り広げる一方。


 王都ミルディアの城下町。

 暴動の中心。


 かつて栄華を誇った白亜の街は、今や炎に包まれていた。


 民が怒り、瓦礫が積まれ、誰もが理性を手放していた。

 口々に「裏切られた」と叫び、「王家の怠慢だ」と呪い、「貴族を燃やせ」と暴れていた。


 ──まあ、どこの世にも、便乗するやつは湧くもので。


 そしてそこに、王都の片隅に佇む一人。

 小太りの、無駄に裕福そうな中年男性がいた。


 胡散臭さ百倍のド派手な紫の礼服、炎に照らされた金のボタンが煌めいた。


 立派な髭。

 立派なお腹。

 立派な年齢不詳。


 完璧な立ち姿に、完璧な笑み──だけど、どこか悪役じみていて。今からやることは悪いことではないはずなのに、側から見たら悪代官にしか見えない。


 その名も、エルセラ卿。


 王国貴族にして、濃い血筋と裏社会のパイプ、この街の政商を牛耳る男。

 最近は悪いことをしていないらしいが「猫好きで小太りの悪代官」として、事実一部界隈で有名な男である。


「──まったく、騒がしい連中だな。貴様ら、理性という概念は母親のお腹の中にでも置き忘れてきたのかね?」


 彼の眼前では、暴徒たちが王都の商店街を破壊していた。

 木箱を蹴り倒し、看板を焼き、無関係な老舗のパン屋に石を投げようとしている愚か者までいる。


 その瞬間、暴徒を見下ろすエルセラ卿がすぅっと手を上げた。


「おほん。今ここで貴様らに、人生最大の“テスト”を与えよう。名づけて──金か、暴力か、君たちはどっちが好きかね?」


 唐突に意味不明なクイズが始まった。


 そして次の瞬間──


「全員、目を見開けええいッ!!」


 エルセラ卿のマントが翻る。


 驚くくらいに大きな声と無駄に溢れる存在感に、暴徒達の視線が釘付けになる。


 ──すると。


 そのマントの中から、無数の金貨、宝石、銀貨、金銀細工のアクセサリ、まさかの金インゴットまでが空を舞った。


 シャララララララァ……という、あらゆる民衆が一発で理性を手放しそうな音。


 エルセラ卿の後ろに控える従者らしき人物達も、同様に金銀宝石を街の空へとばら撒いた。


「み、見ろ! あれは──金……!?」


「金貨ァァ!?」


「ダイヤ!? ダイヤ降ってるゥ!?」


「金の雨だああああああああ!!」


 さっきまで「クソ国家がァ!!」とか「全部ぶっ壊せェェ!!」とか言ってた連中が、一斉に金の方へダッシュする。


 悲鳴や怒号は、金への歓声と感謝にすり替わっていく。


 パン屋に石を投げかけた男は、金貨を抱えて感極まって土下座していた。


 その様子を見ながら、エルセラ卿は嘆息した。


「ふん。憎しみ? 怒り? 安い感情だよ。所詮その根源にあるのは“不安”と“不満”」


 振り返って、ポケットからまた金貨をぱらぱらと撒きつつ、毒舌モードに突入する。


「人は、自分が優遇されればそれで良い。根元にある不安や不満を無くせば諍いなど起きぬ。思想も正義も関係ない。……金で動くんだよ、金で」


 彼は何を隠そう、「政商を牛耳る男」。

 この程度の金銀財宝は、彼にとっては端金でしかない。


 そして、実際、民衆の感情を操作して暴動を止める一手としては──間違えなく正解だった。


 なぜなら、誰一人、もう建物を壊してない。


「破壊衝動? くだらない。……もっと上質な娯楽をくれてやる。黄金だよ黄金。ふははははははははは!」


 見よ、爆笑しながら金貨をばら撒くこの小太りの中年を。

 頭がおかしい? 違う、戦略的狂気だ。


 そして──その効果は、信じられないほど“テキメン”だった。


 人々は我先にと、火災も襲撃も忘れて金に群がった。


 ミレイが民衆にかけていた“幻惑魔法”。


 それを上回るほどに剥き出しにされた人間の欲望。


 偶然か、いや必然か。


 彼の選んだ選択は、魔王軍幹部の誇る強力な幻惑魔法を打ち破るというその一点において、ある意味では最も効果的なものであった。


 なぜなら、魔法の力で心の表層にある怒りや憎しみを強化したところで、その深層にある本能の欲望を前にしては、当然の如くかき消される。


 そしてその欲望は──金。


「……あれ、俺、何してたんだっけ?」


「火つけてた気がするけど……そんなことより金貨落ちてたぞ!」


「エルセラ卿が! 私たちに恵んでくださっている!」


「すごい! 宝石が転がってる!」


「見ろ! 金貨だ!! エルセラ卿の恵みだああああ!!」


 ……何だこの状況。


 民衆の目が次第に輝いていく。

 殴り合っていた男たちが握手を交わし、店を破壊していた少年たちが一緒に宝石を拾い始める。


 怒りを忘れて、我先にと恵みの金の雨に踊り狂う。


 エルセラ卿は、その様子を見て満足げに頷いた。


「ふむ。あとはこの“金の雨”の収束タイミングを間違えなければ……経済的ダメージは最小限に済む。まあ、たいした出費ではない。うむ、完璧だな」


 だが次の瞬間──


「エルセラ卿! これ、どう収集つけるんですか!?」


「こ、これ本物の宝石ですか!? 今年の予算がッ!」


「次年度の財政会議が地獄になるって、会計から連絡が……!」


 部下たちの悲鳴が、地面に落ちた金属音よりも虚しく響いた。


「──くだらん。この街が崩壊する事に比べれば、この程度安い出費だ」


 そう言って、また金貨を撒く。


「肉を切らせて骨を断つ! いや、金を拾わせ金を作る! 惨めだなぁ! 私のためにこれからも労働を続けるのだよ愚民ども! ふふふ……ふはっ……ふはぁぁぁっはっはぁぁぁぁああ!!」


 どんだけあるんだ、エルセラ卿。


 ●


 街は、少しずつ──ほんの少しずつだけど、地獄の様子から脱しつつあった。


 いまだに建物は平気な顔して燃えてるし、あちこちから助けを求める叫び声は響いてるし、なぜか屋根の上でタライを掲げて踊ってるおじさんまでいたけど。


 それでも、何もかもが焼き尽くされてた最初の地獄絵図に比べれば、ほんの少しだけマシになったと思いたい。たぶん。いや、思いたい。


 私たち勇者一行は、“紅蓮の盗賊団”をこのエリアから叩き出した。完全に、とは言わない。けど、少なくともここにはもう、あいつらの影はない。


「ふう……とりあえず、このエリアの盗賊団は何とかできたな」


 ダリオが大剣を肩に担ぎながら、ぐいっと額の汗を拭った。

 まるで戦隊ヒーローの決めポーズみたいな立ち姿で、相変わらずの兄貴肌。暑苦しいし、表情が硬い割には声がデカいし、物理で全部解決しようとするけど……それでも、頭は切れるし冷静だし、頼りになるんだよね、この人は。


「コード解析も順調。この辺りの市民たちには、すでに幻惑魔法を解除済みってわけ!」


 ノアが、空中に浮かぶ魔道陣をくるくる操作しながら、いつもの調子で笑った。

 ノリは軽いし、テンションは高いし、やたらポーズが派手だけど──それでも誰よりも頭が切れる。なんだかんだで真面目な人。こういう局面でのノアの存在感は、もう反則レベル。


「ありがとう、ダリオ、ノア。じゃあ、次は東側の区画へ──」


 そう言いかけた、その瞬間だった。


 胸の奥が、きゅう、と締めつけられた。


 心臓が一拍遅れて跳ねる。

 それと同時に、背中を冷たいものがぞわぞわと這い上がってくる感覚がした。


 理由はわからない。

 根拠なんて、どこにもない。

 それでも、はっきりとわかる。


 “何か”が、私を──向こうへ、もっと遠くへと呼んでいる。


 煙の向こう。燃える瓦礫の先。

 王城のある方から──。


 不安。焦燥。胸騒ぎ。

 感情とは呼べない何かが、波のように押し寄せてくる。


 私は、無意識に口を開いていた。


「……ごめん、ノア、ダリオ。私……王城に行かなきゃならない気がする」


 え、自分で何言ってるの? って一瞬だけ思った。

 でも、もう言葉は止まってくれなかった。


 どうしてそんなことを言ったのかは、自分でもよくわからない。

 けれど、体の芯から、否応なしに突き動かされていた。


「……“勘”ってやつ?」


 ノアが指を止め、私の方に目を向ける。

 その瞳に浮かんでいたのは、ほんのちょっとの呆れと、興味と、たぶん半分くらい諦め。


 ──ああ、またこの人の謎スキルが発動したわね、って目だ。


「うん。勘。っていうか、直感? いや、もはや本能……?」


「お前の“直感”はな、当たるときほどロクなことが起きないんだよな…………だが」


 ダリオが半ばため息まじりにぼやいた。

 わかってるよその気持ち。私も今めっちゃ不安だし、胃にくるし、テンションはゼロ。

 それでも、止まれない。

 だって──


「行ってこい。フィリア、お前の勘は今まで一度も外れたことがない。俺たちはそれを、誰よりも知っている」


 ダリオが歯を見せて笑った……というか、笑おうとした。

 でも顔の筋肉が硬いせいで、どう見ても“怒ってる人の顔”になってた。惜しい。

 この人も、だいぶ残念イケメンに分類されるだろう。


「それに、ある程度こっちが片付いたら、俺たちもそちらへ向かう。だから、安心しろ」


「そーそー、だから心配しなくていいから、行ってきなって! フィリアが動くべき時でしょ!」


 ノアの声も、ちゃんと届いてた。

 大丈夫。彼らがいるなら、きっと街は守られる。


「……ありがとう」


 心配してないって言ったらウソになる。

 でも、誰かがやらなきゃいけないなら、私が動く。それが勇者ってもの──いや、それが、私ってもの。


「じゃあ、行ってくる!」


 私は軽く手を振って、その場を駆け出した。

 瓦礫の山を飛び越え、煙の匂いにむせ返りながら、それでも足を止めずに走る。


 焼け焦げた空の下。

 目指すのは、王都の中心──ミルディア城。


 風は逆巻き、熱と煙が目に沁みた。

 それでも、一歩も引くつもりはなかった。


 だって、あの人が──アッシュが、きっとそこにいる。

 私の“勘”が、そう叫んでる。


 ……そして。


(……何か、危険な気がする)


 胸にひっかかっているのは、ただの直感。

 でも私はこれまで、それを信じて何度も救われてきた。


 なら、今もきっと、信じていい。

 止まってる時間なんて、ない。


 ……アッシュ。


 名前を思い浮かべた瞬間、足が自然と速くなった。


 燃え落ちる空を仰ぎながら、私は強く奥歯を噛みしめる。


 まだ迷ってる。正直、怖い。


「私、まだ迷ってる。でも、でもね──」


 誰にも聞かせるつもりなんてなかった。

 けれどその言葉は、煙の中に確かに響いた。


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