57話『交差する、憧憬①』
斬った。受けた。踏み込んで、逸らして、もう一度踏み込んだ。
斬撃が火花を散らすたびに、鼓動が加速する。
俺の鼓動に呼応して、お互いの短剣の軌道は加速し続けて。つられてさらに、鼓動が速くなる。
けれど俺の中にあるのは焦りじゃない。
ただ──冷静な熱だった。
剣を交えるたびに、わかってしまう。
今の俺のほうが、強い。
手数でも、威力でも、間合いでも。すべてで──
クルールの剣は、次第に雑になっていった。
怒りと焦燥で、彼自身が彼を壊していく。
それでも構わない、そういう覚悟をした奴の動きだ。
「オラァァッッッ──!」
咆哮とともに突き出された剣を受け流すと、返す刀で奴の脇腹を浅く裂いた。
血飛沫が上がる。
瞬間、やつの身から溢れる高温の熱に血は蒸発し、煙のように薄く赤黒い蒸気が立ち昇る。
「ぐっ……!」
クルールが距離を取る。
同時に、何かを地面にばらまいた──爆弾だ。小型爆弾と、発光弾。
爆発。
一気に視界が光と煙で閉ざされた。
彼は──昔から、このようなフェイントはずっと得意だった。
「……!」
視界が遮られる。
爆炎が包む中で、何かが起動する音がした。
次の瞬間、地面の魔法陣が俺の足元に浮かび上がった。
「《トリック・アーツ:鎖縛》!!」
ギィン、と金属の擦れる音。
足元から、灼熱の鎖が数本、蛇のように這い上がってきた。俺に巻きつこうと──
「っぶね!」
後方に跳んでかわす。だが──一瞬、違和感。
避けた先に、足元の地割れ。
そこから別の鎖が飛び出した。
一本、俺の腕に絡みつこうとした瞬間──
「──燃えちまえッ!!」
クルールが叫ぶ。視界の向こうから、炎の魔力弾が──十発以上。
ただの牽制じゃない、殺意そのものが渦巻いている。
なら──
「……さすが、“お前らしい”トリックだな」
片手で握る短刀を鎖に突き出す。
火鎖を刀で強引に巻き取るように絡め、もう一本の短刀で地面近くの根元を叩き斬る。
ジャラッという音とともに、鎖の動きはクルールの意思から外れて、俺の短剣の先に残った。
「やっぱり、使い慣れてるな。トリック・アーツを……でもな──」
地面に叩きつけた一刀を切り上げるようにして魔力弾を迎撃。
爆炎が巻き上がる。
だけど俺は、逃げない。
それどころか。
「こっちから仕掛けてやるよ、クルール」
巻きつけた鎖をこちらの武器として利用する。
鞭のように振り回し、火花を散らしながら──クルールに向けて投げつけた。
「ッ……なッ!?」
鎖が、奴の右腕に絡みついた瞬間──俺は叫ぶ。
「《灰燼烈風》!!」
高熱の灰と炎による竜巻のような魔術を、鎖を媒介に一気に叩き込む。
鎖を辿るようにして、灰燼烈風はクルールに真っ直ぐ向かっていく。
「がぁッッッ!!」
竜巻のような灰と炎が、続け様にクルールの身体を包み込む。
そして瞬間、爆風。
吹き飛ばされるクルール。地面を転がり、体をくの字に折り曲げながら、咳き込む。
「がはっ、ごほっ…………くそっ! お前は、いつも、いつも……!」
顔を上げたクルールのその目に、焦燥と悔しさが浮かんでいた。
だから──俺は言葉を返した。
「クルール」
短く息を吸って、刀を構えながら。
「俺にとって……お前は“色”だったよ」
この世界に来て、絶望を覚えた俺に──生きる希望を与えてくれた。
「色のなかった“灰”の世界に、“色”をくれた。クレアと、
お前がいたから。──俺は、生きていられた」
「……なに、言って……」
クルールの表情は、困惑と──驚き。
「なのに。なんで、なんで──その俺が憧れたお前が、世界を灰色に戻そうとするんだよ」
怒鳴りたいわけじゃなかった。
でも、どうしても、叫ばずにはいられなかった。
「クレアは、そんな世界を望んじゃいない!!」
全力で踏み込む。
二刀を構える。刃が黒く染まる。
全身が熱い。
それは、戦場の熱のせいでも、ましてや俺たちの炎の魔法のせいでもなかった。
「──うおおおおああああッ!!」
急接近。まず一撃目、クルールの刃とぶつかり、火花を散らす。
そして、その影からもう一刀を──
「《双影斬舞》ッッッ!!」
二連の魔力斬撃が、逆方向からクルールの刃──紅焔ごと吹き飛ばす。
「がッ──!」
紅い火花が舞い散る。
衝撃に吹き飛ばされるようにしてクルールが後退。
その動きに、既視感がよぎった。
そう──
あのとき。
喧嘩したっけ。
理由なんて覚えていない。
どうせ下らない──幸せな理由で。
そしてクレアが止めに入る。
いつもの事だった。
釣られるようにして、様々な記憶が頭の中に反芻する。
小さな小屋の中、実践練習で俺たちは木刀をぶつけ合った。
何度も転がって、ふざけて。
──でも本気でぶつかり合った。
そのあとは、よくクレアの焦げたパンを食べたがら反省会をしたっけ。
俺たちは、あのとき。
あのとき、たしかに“兄弟”だった。
気がつけば、胸の奥が焼けるように痛くなっていた。
「──俺がッ!!」
クルールが叫んでいた。
立ち上がる。
血を吐きながらも、その瞳には、折れない何かが宿っていた。
「俺が、お前にとっての“憧れ”だと!?」
怒りが、混じる。
でも、それだけじゃない──その目は、泣き出しそうだった。
彼の短剣が、まるで爆発するように赤黒い焔を纏う。
地面を滑るようにしてこちらに接近──燃え盛る刃が、地面スレスレから俺の命を刈るように切り上げられる。
俺は、それを受け止めた。
刃と刃がぶつかる。
「俺が──」
クルールは、怒りと──なぜだか、悲しそうな顔をしていた。
「俺が、お前にだよッ!! 憧れてたのは、俺の方だったんだ!!」
その叫びに、俺の意識が揺らぐ。
「……な、ん」
視界の中で、炎が踊る。
「俺より強くて、賢くて、まっすぐで……」
クルールが叫ぶ。
その声は、涙を抑える子どものように、壊れていた。
怒りだった。
でもそれだけじゃない、悲しみ、嫉妬、羨望、そんな言葉じゃ言い表せないほど──その顔に。その声に。
複雑な感情が絡まり合っていた。
「俺と違って、クレアを失望させなかったお前が、クレアに笑顔を与えていたお前がっ……! 羨ましくて、憎かったんだよ……!」
言葉のたびに、刃が震えた。
心が震えた。
「俺が好きだったクレアはな……!」
視界の炎が、深紅に染まる。
「ずっと、お前のことを愛してたんだッ……! 俺は……お前にッ! 何一つ、敵わなかったんだッッッ……!」
──その声は、やはり怒りなんかじゃなかった。
全部の感情がごちゃ混ぜになっている。
──それはただの、“泣き声”だった。




