56話『盗賊、決別の戦い』
「まったく。火事場泥棒にもほどがあるだろ」
そうぼやきながら、俺は焦げた街の上を跳ねていた。かすかに炭の匂いと血の匂いが混じる。鉄の味を含んだ空気が喉に重く残る。
間も無く王城に到着する──その時、視線の先で王城の正門が悲鳴のような音を立てて崩れ落ちた。
火花が散り、石が弾け飛ぶ。爆発というには小さすぎるが、破壊の衝撃は十分だった。
クロが叫ぶ。
「門が……! 突入されたよ! アッシュ、あれ、たぶん──!」
見えたのは、真紅の外套を翻す影だった。まるで戦火そのものが歩いてきたかのような、不吉な存在感。
クルール。
紅蓮の盗賊団の頭領。そして──かつて、兄弟と呼んだ男。
だけど、今の彼は、俺が知っている以前の──いや、この前のまでのクルールじゃなかった。血のような色のマントに、闇に染まった魔力。人ではなく“何か”に近い気配。
「……行くぞ」
俺は短くそう言い、屋根を蹴った。
シロとクロが、それぞれの動きでついてくる。音もなく、風を裂き、煙を潜り、燃え盛る王都の空を翔けていく。
●
地面に足が着く瞬間、空気が変わった。
王城前の広場、紅蓮の盗賊団が王都の兵士と交戦していた。
その真ん中、佇む男──クルール。
舞い降りた俺たち三人。クルールが、紅蓮の盗賊団が、王都の兵士たちが、一斉に振り向く。
爆炎のオレンジが、俺たちのマントを照らす。
シロが一歩前に出ると、胸元から魔道符を一枚取り出した。
ピンと張ったその手は、緊張でも怯えでもない。これは、俺たちの“舞台”だ。
さあ、ここまで来たらやる事は一つ。
モノクローム怪盗団、参上ってことで。
「──そこまでだ、燃え上がる野望の諸君!」
俺の声が、火の鳴る夜に響く。
堂々と、演劇よろしく、口上が続く。
シロが言う。
「──白き月光が、炎を断ち切り」
クロが吠えるように。
「──黒き影が、欲望を打ち砕く!」
そして、俺が笑って言う。
「──燃え尽きる前に、見届けろ! 怪盗の逆転劇!」
──キマった。風が吹く。マントが舞う。
盗賊たちも兵士たちも、ぽかんと俺たちを見ている。
いいぞ、注目されてる。火の粉も気にならないほどに。
ただ、ひとつだけ。
「熱いな、いや、周りの火じゃなくて。それもそうなんだけどさ、もっと近くに熱源があるような──って、なにこれ……うわ、マント燃えてる!? シロ、水、水!」
「…………ほら」
シロは心底うんざりした顔で、魔道符を一閃。水の奔流が俺に襲いかかり、マントの火は消えた。ついでに肩までびしょ濡れになった。
「演出で熱くなるのはいいけど、実際に燃えないでよ、アッシュ」
「俺の情熱が抑えきれなかったんだよッ!!」
「下手な言い訳だなあ……」
クロはくすくす笑ってる。まあ、笑えるうちが華だ。
「忘れろ熱さ! 忘れろ羞恥心!」
「せーのっ!」
「「「我ら、モノクローム怪盗団!!!」」」
──マントは焦げ、足元は崩れ、それでも俺たちは立っている。
誰にも、この舞台を降ろさせない。
……沈黙。
紅蓮の盗賊団は口をあんぐりと開けてこっちを見て、兵士たちは混乱して動きを止めていた。
ま、まあ。
そりゃそうなるわな。
そんな空気を、あの男の声が破った。
「ははははは…………面白いねぇ! ──なぁんて。てめえ、ふざけてんのか? アッシュ」
クルール。
不敵な笑みを浮かべ、俺を見据えていた。
その顔には、表面的には笑った顔を見せているが、怒りと苛立ちが募っている。
「本気さ、これが俺たち──モノクローム怪盗団のやり方よ」
「はん、“モノクローム怪盗団”ねぇ……どうせのうのうと生きているとは思ったが──まさか、そんな低俗なおままごとだったとはなぁ」
「残念ながら、俺もお前もおままごと童貞だろ。血みどろの盗賊団育ちだしな」
俺が皮肉げに返すと、クルールは笑顔を一瞬にして消した。
「何しにきた? なんて、野暮なことは言うべきじゃねぇな」
クルールの手には、一本の短刀があった。
黒い刀身に、赤い光が脈打っている。まるで魔力そのものが刃になったような、そんな“逸品”。
「昔の俺とは、何もかも違うぜ。今の俺には、魔力もある、強力な武器もある」
伝説の短刀《紅焔》。
魔王城のラストダンジョンで拾える、強力アイテム。俺の売り物の短刀とは武器の格が違う。
目の前の男は、魔王軍の支援を受ける際にそんな物まで貰っていたとは。
「魔王サマからの入社祝いってか?」
「ほざけ」
盗賊団が武器を構える。兵士たちは咄嗟に防戦体勢──でも、数も力も、完全に分が悪い。
戦況は圧倒的に紅蓮の盗賊団が優位。
俺はシロとクロに目配せした。
「シロ、クロ、頼む。こいつは俺が、周りは任せた」
シロが頷き、魔道符を一斉に空中へ展開する。炎を断つ氷と水の魔力が、踊るように広がる。
「了解。十分で済ませる」
クロは拳を鳴らし、小さな爆発を発生させる。
「全員ぶっ飛ばしてくるね! アッシュ、そいつに負けちゃダメだよ!」
二人はすぐに行動を開始した。盗賊団の中へ、一直線に飛び込んでいく。
「ほどほどにな!」
爆音と魔法が交錯し、混乱の中に秩序が生まれる。
残されたのは、俺とクルールだけだった。
そこに立つ男の瞳には、もはや“かつての優しさ”など欠片もなかった。
あの日、笑っていたクルールは、もうどこにもいない。
「よう、アッシュ──クレアの墓前以来だなァ」
低く嗤いながら、クルールが足を踏み出す。砂を巻き上げるその一歩は、踏み潰すことしか考えていない怪物のものだった。
「冗談みてぇな真似しやがってよ。……お前、そんなお気楽に生きやがって──“あの日”を忘れたんじゃねぇだろうな?」
刺すような口調とともに、赤黒い魔力の波が放たれる。
俺は、苦く笑った。
「忘れるわけねぇだろ。……今の俺があるのは──お前と、クレアと、三人で過ごした日々があったからだ」
「……チッ」
その言葉が気に障ったのか、クルールの魔力の気配が跳ね上がる。空気が揺れ、地面が震える。明らかに常軌を逸している。
暴力そのものと化したその力は、肌にひりつくような警告を与えた。
「そういうところだよ。昔から嫌いだったんだ、お前のそういうとこ。……ふざけた真似してるくせ、いっちょまえにキザなセリフ吐いて。口先だけのペテン師がよォ!」
ぐらりと空間が揺れる。魔力が制御不能なほど暴走している。
まるで、自分の命などどうでもいいと言わんばかりだ。
「……その魔力、無茶だ。死ぬぞ、お前」
シロやノアのような魔術の専門家でなくても分かる。
その魔力は、生きている人間にとっては“毒”だ。
魔王から与えられた力──強すぎる代償を伴う力。大きすぎる魔力は、体内から食い破るようにして肉体すら蝕む。
それは、彼の身体の許容範囲を大きく超えていた。
「関係ねぇよ。俺がどんな力を持とうが……!」
クルールは、唸るように吠えた。
「俺はただ、壊すだけだ……! 貴族も! 王都も! そして──お前もなァ!!」
次の瞬間、黒い陽炎のような動きで、クルールが踏み込んできた。
「──この手で終わらせてやるよ、アッシュ!!」
咆哮とともに、黒い剣が赤い弧を描く。
「《紅焔・一閃》ッッ!!!」
炎を纏った短刀が、低軌道のまま地面を抉る。熱風と破壊の波が周囲をなぎ払った。
だが。
「……ったく、情緒ゼロだな、相変わらず」
その瞬間、俺はすでに後方に跳躍していた。
煙玉を地面に叩きつけ、視界が白く染まる。そして──
「《ファントム・レイヤー》、それから……《トリックアーツ:陽動幻影》」
もやの中に、俺の幻影が三体、同時に現れる。
右、左、正面。幻影たちは一斉にクルールに向かって突撃していく。
「さて、どーれが本物でしょうか?」
幻影たちが同じ口調で喋った。
「ハッ──舐めてんのか?」
クルールの目が鋭く光る。
「そんなもん……俺が教えた技だろうが!」
彼が叫んだ瞬間、短刀・紅焔が真横に薙ぎ払われた。
短刀から迸る炎の斬撃が煙を斬り裂くと同時に、二体の幻影が霧散する。
しかし──俺はすでにクルールの背後。
「今の俺は、昔の俺とは違うんだよ」
俺は囁くように言い、二刀を振り下ろす。
「──そうだな。違うのはお前だけじゃねぇ!」
怒号。
クルールが振り返り、魔力を瞬時に集中させる。
「今度は俺の番だ──《トリックアーツ:陽動幻影》!!」
地面から“影”が跳ねた。無数のクルールの影武者が一斉に殺到する。
俺が振り下ろした短刀は、幻影のクルールに当たり空を切る。
「……お返しか。さすがこの技の先輩。芸が細けぇな」
俺は口元だけで笑って見せた。
クルールの幻影は以前よりも滑らかで、より生々しい動きをしていた。
完全に、あの日の俺に教えてくれたその技を“上書き”してきている。
だが──
「盗賊のスキルはずっとお前の方が上だったよなぁ、クルール」
俺は短刀に魔力を込める。
「だけどな」
伝説の武器じゃなくても。
俺には鍛え抜かれた技術がある。
「喧嘩でも訓練でも──お前が一度でも俺に勝ったことあったっけか?」
俺は2本の短刀を高速で切り結ぶ。
一瞬にして全ての幻影は消え去り──
──いや、クルールの本体がいない。
「あの時とは違うって言っただろ! 今の俺には魔王の力があるんだよ!!」
上空からクルールの声。
煙幕に紛れて上空に跳んだ彼は、紅焔を振り下ろす。
「《紅焔・烙印》ッッ!!!」
空を切る音。
しかし、そこにいた俺もまた──幻影だ。
「なんッ……!?」
次の瞬間、俺は拳を突き出した。
それは、クルールの顎を正確に打ち上げた。
「ぐっ……が、あぁっ!!」
俺は、自身の幻影に身を潜めていた。
トリック・アーツだけではない、ファントム・レイヤーによる気配遮断の併せ技。
今、どちらかの短刀で切れば──今ヤツを殺せた。
だけれどそれは出来なかった。
俺は短刀を握る右拳で、彼を殴るに留まったのだ。
衝撃で吹き飛ぶクルール。地面を転がり、黒い血を吐いた。
「……て、てめぇ、アッシュ……! なんで切らなかった! なんで手を抜いた!! 俺のこと……俺のことを馬鹿にしてんのか!!」
それでも立ち上がる。その身体はもう魔力の暴走でとっくのとうに──この戦闘の始まる前に限界を超えている。
それでも彼は。
「ふざけるんじゃねぇよッ!!」
漏れ出る魔力をギリギリのところでその身に宿していた。
それは──呪いのような執念。
「喰らえええぇえええッッッ!! 《紅焔・獄焔牙突》」
紅焔に莫大な炎の魔力をを宿し、超音速で突撃してくる。
「……来いよ、クルール」
俺もまた、灰色のマントを翻して二刀で構えを取った。
激突。
短刀と短刀がぶつかり合い、空気が爆ぜる。
衝撃が地面を引き裂き、炎と灰が交錯する。
信念と執念のぶつかり合い。
信じたものの違いが、武器になってぶつかっている。
「なぜだァ!! なぜお前は逃げたァアアアア!!!」
──その言葉は、叫びではなく、泣き声だった。
技を防ぎ切った俺の二刀、一本でそのまま流れるようにクルールの短刀を流し、もう一本の短刀を横に薙ぐ。
「……逃げたのかもな! 俺は──」
叫ぶ。噛み締める。
短刀に胸を裂かれたクルールは、魔力の防御と鎧の防御がありつつも吹き飛び、返り血が俺の頬を濡らす。
「俺は逃げたのかもしれない。──お前から!」
「なんだよ、何なんだよそれは! 違うだろ! お前はクレアから逃げたんだよ!!」
「ずっと後悔してた。あの夜、あの瞬間、俺がもっと早く気づいていれば──お前を、止めていれば!!」
「だったらッッ!! 俺を止めてみろよオオオオ!!!」
「止めてやるよ、今度こそ!!!」
短刀と短刀で斬り合う。
何度も、何度も剣先が触れて火花が散る。
触れるごとに速度が増して、音を置き去りにしていく。
その最中にも関わらず彼の魔力は再び膨れ上がった。
それはまるで、彼の激情に呼応するように。




