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55話『紅蓮の夜に、モノクロの正義を』

 ──焼けるような空気の中で、剣を振るう。


 紅蓮の盗賊団の数は想像以上だった。


 どこから沸いたのかってほど、そこら中に真紅のマントと怒声と火の手が見える。

 剣を振り上げてくる盗賊を斬り伏せては、次の敵へと駆け出す。そうやって、ただ、ひたすらに動き続けている。


(多すぎる……!)


 焦げた瓦礫のにおいが鼻を刺す。騒ぎに駆け寄ってきた市民の叫び、逃げ惑う子どもの泣き声、そして──


「《コード:アクア》!」


 ノアの声が響き、すぐに大量の水が建物を飲み込んだ。燃え盛る屋根を一気に打ち消すような冷たい音。彼女の魔術は正確で、鋭い。


「市街地北部、鎮火! ダリオ、盗賊団の制圧お願い!」


「任せろぉぉぉお!!」


 ダリオの咆哮とともに、大剣が唸りをあげて盗賊を数人まとめて薙ぎ倒す。文字通りの一掃。豪快すぎて、瓦礫ごと飛ばしてるけど。


 ……私はそれを横目に、自分の剣に力を込めた。


(迷ってる暇なんか、ない……!)


 この場はなんとかなる。三人で連携を取れば、この区画くらい、押さえられるはずだった。


 けれど。


(──なんで?)


 気づけば、瓦礫の向こうで、貴族の屋敷を襲っているのは……市民だった。


 赤いマントでも、盗賊の印でもない。ただの、普通の服。普通の顔。だけど、彼らの目は、どこか違っていた。


(まさか……市民が暴れてる?)


 意味がわからない。いや、わかるわけない。なぜ一般市民が、武器を手にして、兵士や貴族に襲いかかっているのか。


「ノア、ダリオ! 市民は傷つけないで! 彼らは……紅蓮の盗賊団とは違うから!」


 声を張った。でも、反応は──


「フィリア、危ない!」


 ノアが叫ぶと同時に、私の横をナイフがすり抜けた。振り向くと、市民の──私より一回りも上の男性がいた。


 震える手で、もう一度ナイフを振り上げようとしていた。


「やめて……!」


 思わず叫ぶ。でも、彼の目には“憎しみ”しかなかった。怖い。恐ろしい。けれど、それ以上に──悲しかった。


「……ノア、今のって……」


「まずいよ、フィリア。これ、市民が魔術の影響を受けてる」


 彼女の手が、小さく震えていた。珍しいことだ。


「怒りの情動を刺激する、拡散型の幻惑魔法……!」


「幻惑……?」


 まるで悪夢のような言葉。けれど、今目の前で起きている光景に、ぴたりと当てはまってしまう。


「まさか、それって──操られてるってこと?」


 でも、ノアはすぐに否定した。


「違う。操られてるんじゃない。もともと持ってた“怒り”を、焚きつけられてるだけ。つまり──これは、簡単には止められない」


「……っ!」


 街角で、大人が石を投げつけている。子供が棒を振り回している。兵士がそれを制止しようとして、彼らを傷つける。


(これが──“怒り”)


 ずっと蓄積されていた感情。

 それが、今、何かのきっかけで爆発しただけ。理屈じゃない。誰かがボタンを押した。

 市民の胸の中にあった“火薬”に、火をつけた。


「魔術は……どこから?」


「わからない! 解析中だけど、かなり高度な術式が使われてる」


 ノアの額には汗が滲んでいる。こんなときでも、冷静な彼女が──焦っている。


(そんな……)


 目の前の男性が、またナイフを構えた。殺意が、ある。確かにある。けれど、それは“彼自身の本当の意思”じゃない。


「止まって!! お願い、みんな!! これじゃ、危険すぎるよ……!!」


 叫んだ。振り絞った声だった。


 でも。


 誰も止まらなかった。


 怒りを焚きつけられた人々の中に、私の声は吸い込まれて消えていった。


(……ダメだ)


 一人一人に語りかけても、無理なんだ。もう、限界を越えてる。


 燃える街。剣を振り下ろすダリオ。氷と水の魔術で壁を作るノア。混乱と絶望と怒りが交錯して──私は立ち尽くしていた。


(兄さん……)


 そのとき、不意に思い出した。


 兄がよく言っていた言葉。


「フィリア。力ってのはな、誰かのために使うから“正義”になるんだ」


 でも今、私は──誰のために剣を振ればいいの? 


 盗賊? 市民? 兵士? ノア? ダリオ? 


 自分でも、わからなかった。


(でも、止まらなきゃいけない。誰かが、止めなきゃ)


 足を一歩、踏み出す。


 そして、また一歩。


 私は──それでも、立ち向かうと決めた。


 “何か”を守るために。たとえそれが、まだ見つからなくても。


 街の奥から、また新たな火の手が上がった。


 夜の帳に、王都の悲鳴が焼き付けられる。


 私は剣を握り直した。


 ●


 王都は荒れていた。

 至る所に炎が燃え盛る。


 比喩でも、物騒なたとえ話でもなく、ガチの物理的な火柱が、目の前で天を突いている。


 赤い。黒い。煙たい。人の叫び。逃げ惑う足音。怒号。そして、なんかもう、空気そのものが怒ってるみたいだった。


(ああ、うん。これは──)


「この展開、俺の想定の遥か上行っちゃったなぁ……」


 誰に聞かせるでもない独り言を吐きながら、俺は全速力で駆けていた。もっとも、出発はやや強制的だったけど。


 数分前。


「はい。焦げてるけど、パン。お腹が空いたら、戦はできないから」


 シロが俺の手に押し込んできたのは、もはやパンと呼んでいいのか怪しいレベルで、片面が真っ黒に炭化した物体だった。


 これ、噛んだら「キィン!」って戦場で聞く様な金属音がしそうだなぁ。ある意味、武器にも転用できそうな強度だ。主食にも護身具にもなる、万能焦げパン。なんなら主食の方が向いていない。


「……うわぁ、いい焼き加減だなぁ。アレか? 武器兼用的な?」


「ちゃんと中は柔らかいと思うよ。たぶん」


 たぶん、ってなんだよ。


「まあ、ありがと」


 文句を言いながらも、俺はそのパンを受け取った。

 ……なぜなら、そのパンには懐かしい味がして、あの時を思い出す様な気がして、今度こそ大切なものを守るんだと言う決意を再度、固めてくれるから。


「アッシュ! 早く行こう!」


 後ろでクロが叫んでいる。満月のように丸い目をさらにまん丸に見開いて、焦りと決意と若干の興奮が混じった表情だった。


「ヤバいよこれ、市民も暴れ出してるみたい、止めないと!」


「市民が?」


「うん! なんか暴動になってる! 盗賊団だけじゃないよ!」


(……やっぱり、か)


 これだけ火の手が上がってて、盗賊団の数だけで済むはずがないとは思ってたけど。


 王都全体を、“戦場”に変える気か。


「はぁ……」


 重く息を吐いて、空を見上げる。空はどこまでも赤かった。なぜなら、視界に映るのは空ではなく、灰と煙に覆われて、炎を写した地獄の天井だったから。

 星も月も空も、煙に呑まれて、見えやしない。


 そんな中でも、俺たちは走る。シロの装備が風にたなびいて、クロのツインテールが揺れる。


 でもまあ、想定以上に悪い状況だとはいえ止めるしかないのは明らかだった。

 この炎の中で、止める側に立つしかないってことは、目の前に燃えている火を見るよりも明らかだった。


「アッシュ。どうする?」


 隣を走るシロが、風の中で問いかけてきた。いつもの無表情。だけど、目だけは静かに燃えてる。


「……わかんねぇなぁ、市民まで暴れてるとなると。でも──」


 言葉を切って、懐の焦げパンをぽん、と叩いた。


「腹が減ってちゃ、戦もできないしな。とりあえず、行けるとこまでは行こうぜ。市民を止めて、紅蓮の盗賊団を叩く」


 そう言うと、二人は──何も言わずに、にかっと笑った。


 クロは爆弾の入った袋を肩に担ぎ直し、シロは手のひらから魔道符を浮かべてうなずいた。


 ……クロ、それを持っているとお前が火をつけた側みたいだな。いやホント、無茶苦茶な連中だ。


 けど、俺はこの不思議な仲間が──嫌いじゃない。


 ●


 街の至るところで火柱が立ち、煙が空を曇らせ、怒声と悲鳴が耳を裂いていく。瓦礫、崩れた石畳、血の跡。どこもかしこも、修羅場だった。


「──で、これが俺の“想定の範囲内”って言うなら、誰か俺の脳みそ開いて中身を検査した方がいいかもな」


 俺は風に乗せる様にぼやきながら、瓦礫の山の上に立っていた。手元には焦げたパンが一個。さっきシロに押し付けられたもので、軽く投げれば人を昏倒させられそうな硬さを誇っている。


「アッシュ、なにサボってるの。パンは歩きながらでも食べられるよ」


「いや、シロ。これ、食べ物というより武器。下手したら人間の頭蓋割れるよ?」


「アッシュの頭蓋骨から割ろうか?」


 その隣で、シロが冷ややかに言い返す。腕を組んだ姿は相変わらずきっちりしてて、表情だけは真面目だけど──その目はたまに、すっごく冷たい。


「アッシュ! 早くぅ! 暴徒が広場の方に流れてるって! ほら、行くよ行くよ行っちゃうよー!」


 そんな中、ひときわ元気に騒いでいるのがクロだった。

 破壊力抜群の爆発でこの焦げたパンより危ない物理で戦うムードメーカー。


「行くよーって……なに? 遠足気分なの?」


「まあほら! みんなでお出かけして、暴徒をぽかーんって叩いて、友情が芽生えて、ハッピーエンドで帰ってくるやつじゃないの? 遠足みたいなもんだよ!」


 ふざけた事をぬかしてはいるが、流石に冗談だと言うことくらいはわかる。

 クロなりに、雰囲気が悪くならない様に明るくしてくれているのだろう。


「違う違う違う。“ぽかーん”って表現は頭悪いからやめろ。せめて“制圧”とかにしてくれ」


「制圧ぽかーん!」


「もういいよ君は!」


 ……とまあ、こんな調子で、俺たち“モノクローム怪盗団”は、王都の暴動に首を突っ込もうとしていた。


 紅蓮の盗賊団の動きは、予想以上に速かった。


 そしてその裏で、なにか別の“魔術”が広がっている。市民が、怒りに飲まれたように暴れ始めているんだ。


(幻惑系の魔術、あるいは情動を刺激する何か。これが人工的なものなら、絶対に放置しちゃいけない)


 下手に貴族と市民の対立が激化すれば、この国の中枢が崩れる。今、それが爆発しかけている。


「──ん?」


 そんな時だった。俺がふと振り返ると、そこに──


「ふん。今回ばかりは──敵対関係ではないようだな」


 重低音ボイス。丸っこいシルエット。そして、どこか威厳のようなものをまとっているような気がする小柄な男がいた。


 全身金ボタンの装飾が光る紫の礼服。いや、それだけならまだしも、何だあのドヤ顔。


 ──見覚えはあるんだよなぁ。誰だっけ。


「……えっと、どちらさまで?」


「貴様……この私を忘れたとは言わせんぞ!」


 ぷるぷる震える小太りの男。ああ、だんだん思い出してきたぞ、この人。えーと……。


「貴様に記憶水晶を盗られ! そのせいで貴族会議で恥をかかされた、エルセラ卿だ!!」


「……あー、いたねそんなの」


「そんなの、とはなんだぁ!? 貴族の威信に関わる発言を軽々しく……!」


「いや、そういうのいいから。で、その“エルセラ卿”が、こんなとこで何してんの?」


 俺の問いに、エルセラは鼻を鳴らした。


「決まっておろう。こんな馬鹿げた乱痴気騒ぎを放ってはおけんだけだ。私の優雅な暮らしに支障が出る」


 ……なんという身も蓋もない理由。


「でもまあ、正直助かるわ。この状況、ちょっと俺たちの手には余っててさ」


「ふん、貴様に礼を言われるとはな」


「いや別に礼じゃねーよ勘違いするなよ、エロセラ卿……でしたっけ?」


「言ったな!? そこの白髪の娘、こやつをぶってよいぞ!」


「そういうの、私の職務範囲外です。個人の趣味でお願いします」


「ぴえええ、シロこわいよぉ……」


 クロが後ろでぶるぶる震えていたが、俺は気にせず話を戻す。


「で? 貴族としてどう動くつもりだ、エルセラ卿?」


「……ふん。こう見えて“裏のパイプ”は強い。貴族にとっても、下手に平民と対立しても得はない。我に賛同する仲間もおる。故に──この暴動は我々で鎮圧する。貴様は脇目を振らずに盗賊団を叩け」


 言いながら、彼は俺の胸ぐらいの位置まで来て、指を突きつけてくる。


「残念なことに、平民がいなければ、貴族も成り立たんのだ。貴様のような、下らん悪党でもな……今日ばかりは味方だ」


「……見直したぜ、エルセラ卿」


「勘違いするな。私は“損得”で動いているに過ぎん」


 そう言って、彼はマントを翻した。意外と様になってて腹が立つ。


「ねえアッシュ、協力してもらうなら、パン半分あげた方がいいかな?」


「いや、これ渡したら即座に投げ返されてバトルになるからやめとこうかクロ」


「うわぁ、そんなにダメなパンだったんだこれ……」


「ねえ、私ここにいるんだけど。よく作った本人の前でそこまで言えるよね」


 なんてくだらないやり取りをして、エルセラ卿の背中を見送ったあと俺はそっと、シロとクロに視線を向けた。


「……行くか」


「うん。今なら、王城の方に紅蓮の中核が集まりつつある。狙うならそこしかないと思われる」


「ぽかーんチャンスだね!」


「ぽかーんじゃねえよ、クロ。もっとボキャブラリーを増やせ」


「えへっ」


 その笑顔、可愛いから許す。


 でも、この状況を、どうにもならないと笑うのは簡単だ。


 だけど、どうにかしようとする奴らがいる限り。


 俺たちは、行く。


 この混沌を燃やし尽くす“紅蓮の炎”に立ち向かう、“漆黒と純白と灰色”の三人で。


 アッシュ・シロ・クロの三人──《モノクローム怪盗団》で。


 ──今宵の舞台は、燃える王都。

 幕が上がるは、灼熱の騒乱と、ほんの少しの、信念の物語。

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