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48話『怪盗と黒獅子』

 ──斧が、空を切った。


 鈍く唸る破砕音が響いた。でもそれは、何かが壊れる音じゃなかった。むしろ、“何もない”ことが証明された音だ。

 そもそも、受け止められるべき対象が最初から存在しなかった。

 だから当然のように、黒獅子の一撃は空を斬った。空振りってやつだ。


 そして、ハインリヒは感心したように呟く。


「……ほう?」


 彼は魔王軍の幹部にして、ゲーム内でも屈指の人気を誇る強キャラ、黒獅子ハインリヒ=ヴァイゼ。


 斧を振り下ろしたまま、目の前の焦げた地面をじっと見つめていた。なぜならそこにいたはずの少女──フィリア=ルミナリアの姿が、煙のように消えていたから。

 いや──煙ではない、あれは幻影だ。


 正確には、俺が作った幻影。


 その一方で、当のフィリアはというと、俺の腕の中でぐったりしていた。まるで俺に抱えられてるのが自然の摂理みたいに。

 ……というか、ほんとこの子、もうちょい自分の限界ってものを知って欲しい。


「……あ、っしゅ?」


 名前を呼ばれた。か細く、震えるような声で。


 フィリアは俺の顔を見上げてた。傷だらけで、泥と血にまみれた顔。それでも、目だけはしっかりしてた。


 誰かに助けられるのを待つんじゃなく、自分の足で立とうとして、でも折れかけて、それでも諦めきれなかった、そんな目だった。


「ったくよ……勇者ちゃんは、無理しかできないのか? 不器用で困るねぇ、ほんと」


 俺はいつもの調子で、軽口を叩いた。ちょっとだけ優しく、ちょっとだけ皮肉めいて、ちょっとだけ──本音を混ぜながら。


「ど、どうして……」


「どうしてもこうしても、そりゃあな。あいつ、魔王軍の幹部だろ? 助けるに決まってんだろ。だって勇者が負けて人類滅ぼされたら盗賊稼業も畳まなきゃだめになるじゃんか」


「でも……あなたは、紅蓮の盗賊団と──いや、なんでもない」


 フィリアが何か言いかけて、口をつぐんだ。その声には、迷いと痛みと、ほんの少しの疑念が混じっていた。


「あ? なんだよ、それ」


 問い返してみる。でも彼女は、それ以上は何も言わなかった。いや、多分──言えなかったんだろう。心の中で渦巻くものに、まだ名前をつけられていないのだろう。感情というのは、大抵そういうものだから。


 そして。


「……なかなかの腕前と見受ける。幻覚魔法とは……面白い。貴様、何者だ」


 静かに、斧を構え直すハインリヒ。その所作には無駄がなかった。殺意も焦りもない。ただ、そこに“在る”というだけでプレッシャーを生み出す。


 ──覚えている。

 クソ強かったボスキャラ。


 戦士としての矜持を持ちながら、奢る事なく目的のためであれば手段を問わない。抜け目のない男。


 敵キャラだが大人気のキャラだった。


 対立する相手でありながらどのような相手にも理解を示し──その上で矜持を元に完膚なきまでに絶つ。

 冷静で、理知的で、残虐で、それでいて戦闘狂で、しかし倫理観もリスペクトも高貴さも持ち合わせる男。


「何者かって?」


 でもまあ、こういう展開になったら、やるしかないよな。


「んな事聞かれちまったら──やるしかないよな!」


 俺は深呼吸一つして、指を鳴らした。


 パチン、と軽やかな音が戦場に響いた。


 次の瞬間、白と黒の影がどこからともなく姿を現す。


「──白い月光が、我らを照らし!」


「──黒い夜空に、混ざり込む!」


 姿を現したのは、白髪の冷静参謀・シロと、黒髪脳筋破壊屋・クロ。モノクローム怪盗団の誇る、優秀ただしうるさいな部下たちだ。


 そして。


「──ええと、その、今日って別に盗みに来てないよな? このパターンだと、何言えばいいんだっけ……」


 俺はあいかわず。


 だってさ、毎回キメ台詞言うけど、盗みがないならテーマに合わないだろ? それに、ポンコツ要素もたまに小出しにしないとタイトル詐欺になりかねないし。


 それを聞いてすかさず──


「毎回盗みにかけたセリフじゃなくても、いいんじゃない?」


 と、シロが冷静にツッコミ。


「律儀に考えて失敗しちゃうアッシュかわいい! すき! かわいい!!」


 と、クロがテンションだけで生きてる勢いで叫んだ。


 ……まったく、リーダーに対するリスペクトとかは無いのかこいつら。

 まあ、だけど、ちょっと安心するのも事実。こんなくだらないやり取りをしてこその俺達。


「あー、もうなんでもいいわ! 忘れろ忘れろ、せーのっ!」


「「「我ら、モノクローム怪盗団!!」」」


 はい。いつものヤツでございます。

 なんかもう、いろいろ間違ってる気がするけど、勢いがあれば大体なんとかなる。


「んで、俺が団長のアッシュってわけ。よろしくな、黒獅子“ハインリヒ”さんよ」


「……貴様が、ヴァルグを倒した“アッシュ”か」


 その一言に反応したのは、クロだった。


 ぷるぷると震えて、顔が引きつる。からの──


「倒したの私なんですけど!? ドカンってやったの私なんですけどーーーーっ!?」


「まあまあ、そう怒んなって。功績はチームで共有だろ? ね?」


 なだめても、クロの怒りゲージはうなぎのぼり。こいつの爆発は物理的だから怖いんだよなぁ……。


「せっかくだ。興味がある──貴様と一騎討ちをしたい、盗賊殿」


「やだね、お前みたいな強そうなヤツ、一対多で袋叩きにするのが定石だろ? それに、俺は盗賊じゃなくて、怪盗な」


 俺がそう皮肉げに返した時だった。

 ハインリヒが左手を虚空に突き出すと、空気が、ねじれた。


 何かが空間を割って、そこに現れた。


「きゃああっ♡アッシュ様ぁぁぁ! ミレイちゃん、アッシュ様がいるって聞いて、飛んできちゃいましたぁ♡♡」


 ああ、面倒なやつが来てしまった。


 魔王軍の狂戦士にして愛が重いメンヘラ地雷の化身──ミレイちゃん。ある意味、こいつが一番怖い。


「ミレイ。横の二人の相手を頼む──さて、これで存分に一騎打ちができるな」


「えぇ〜〜? あたし、アッシュ様と戦いたいんですけど〜? でも、あの泥棒猫二匹は個人的にぶち殺したいし……ま、いっか」


 目が笑ってない。瞳孔がハートなのにホラー。どういうバグだよ。


「ねぇクロ……今の聞いた?」


「聞いた聞いた。てか、あれもう“地雷女”の完成形でしょ。爆発させる必要ないくらい勝手に起爆しそうだよ」


「……というか、猫って言われたのは別にいいけど、“泥棒”って何? 私たちは怪盗。格が違うと思わない? 格が」


「しかも“アッシュ様”呼び!? いやいやいや、私たちのリーダーに色目使うとか、ぶっ飛ばすしかないよね? 正義だよね?」


 うちの二人がブチ切れる。修羅場とバトルを同時進行するのやめてくれ。


「……はぁ。混ぜるな危険って言葉、こういう時に使うんだろうな。めんどくせ」


 思わず天を仰ぐ。今日、曇ってんなぁ。


「いつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも──アッシュ様の隣にいるからって、調子に乗んなよ! 泥棒猫2匹が!!」


 ミレイがブチギレて突撃。


「アッシュは重い女、嫌いです」


「それシロが言う!? え、ちょ、──わ、やめ、ほんとごめんなさい!!!」


 よく分からないが、たぶん戦闘開始。


 見てる分には楽しそうだけど、俺の胃には優しくない。


 そして、そんなドタバタをよそに、俺とハインリヒは、ただ向かい合っていた。


「それでは──こちらも、一戦交えようか」


 ハインリヒの声は低く、そして熱かった。殺意じゃない、憎悪でもない。ただ、“本物”の気配がそこにあった。


「──あんまおっさんと遊ぶ趣味はないけどな。……まあいいぜ、かかってこいよ」


 俺も一歩、前へ出た。


 これは、戦いだ。

 けど、ただの殴り合いじゃない。

 これは、命と命が交差する、“対話”だ。


 言葉じゃ届かないものを、剣と魔法で語り合う。そんな、ただ一度きりの──本気の時間が、始まった。


 ──短刀を、両手に握った。


 両手持ちで短刀。


 見た目からしてかっこいいだろ? 


 ゲーム的に言えば、“二刀の極意”というやつだ。


 ゲーム内では、短刀のスキルにポイントをアホみたいに突っ込めば解禁される上級スタイルで、要するにテクニカル系上級者用スキル。

 攻撃力は落ちるが、手数と機動力、それに防御が強化される。


 レオニス戦では採用しなかった。理由は単純で、手数を増やして火力を下げると、あのクソ堅い野郎に通らなそうだったから。だが、今の相手は違う。


 ハインリヒ=ヴァイゼ。黒獅子の異名を持つ、魔王軍最強の斧使い。


 ゴリゴリの戦士タイプに見えて、その実、斧の一撃一撃は計算され尽くしている。いわば、豪腕にして技巧派。──まったく、キャラ盛りすぎじゃね? 


 ……だが、こちとらネームドキャラの成長期というヤツだ。


「……いくぜッ!」


 両者飛び込む。

 金属がぶつかり合う乾いた音。


 互いに踏み込んで、斬って、避けて、いなして、また踏み込む。俺は短刀の間合いに持ち込もうとするが、ハインリヒは常に一歩引く。あの斧の間合いに持ち込もうとしてくる。


 戦士としての格が今までの相手とは明らかに違う──そう思った瞬間に、俺の中の何かが叫び出す。


 ああ、これ、たまんねぇな。


「間合いの測り方、剣捌き……中々の練度だな」


「そっちこそ、全然気持ちよく攻撃させてくれないじゃないか。せっかくの初対面なんだぜ? 少しは接待プレイしてくれっての」


 ニヤッと笑って、もう一度距離を詰める。左手の短刀で牽制し、右手で斬り込む。


 それを逆手で受け止めたハインリヒの斧が、ほんのわずかに揺れる。

 が、そのわずかの隙すら、すぐに無に帰す。攻防の読み合い、半歩の攻防。その連続。


 時間が止まったような錯覚。だが、戦況は常に動き続けていた。


 ──レオニスと同等の火力。だが技術は、遥かに上。

 ──防御力は、まだ未知数。しかしレオニスよりは下だろう。

 ──総合的に見て間違いなくあの皇子様より強い。でも、相性最悪だったヤツと比べれば幾分かやり易い。


「昂るな……この高揚感。先代勇者と切り結んで以来だ」


「……へえ、伝説の勇者サマと比べてくれるなんて、光栄の極みだな」


 そのまま踏み込み短刀を振るう。斧を避け、回り込む。だが、また斧が迫る。紙一重でかわしつつ、短刀を斬り込む──が、当たらない。


 よし、じゃあここでちょっとだけ反則技だ。


 煙幕を──ポン、と撒いた。


 視界が灰に染まる。


 灰色の世界に紛れるように、俺は気配を殺し、姿を消す。


 ファントム・レイヤー。気配遮断型のスキルであり、死角からの急襲に最適。俺の用いる戦術の要。


 そして、狙い澄ました一撃を──


「チッ!」


 ──防がれた。


「やるね、あんた。マジで」


「なに、ただの読みさ。貴様の動きは既に幾度も観察した。あとは、経験と……勘、だな」


 かっこいいコト言うじゃねえかよ。


 ぼやいてる間に、彼の斧が地面を強かに叩いた。ドン、と衝撃。空気が一瞬、硬直する。


 煙が、吹き飛ぶ。


「その技、その技術、厄介ゆえに──同じ手は二度打たせない」


 なるほど。即興対応力も備えたタイプか。ほんっと、ゲームで遭遇したときもあり得ないくらい強かったなこいつ。


「そうだろうな。なら……これはどうかな?」


 俺は指を鳴らした。


 ──ドン。ドン。ドン! 


 爆発、爆発、爆発。


 煙幕に紛れさせて足元にばら撒いておいた小型魔導具爆弾が、煙幕が晴れきる前に連鎖的に爆発する。威力は単発だと弱いが、数と範囲で勝負すれば話は変わる。


「ふっ飛べ……!」


 爆炎が舞う。魔力が渦を巻く。だが──


「《奈落の影壁アビス・シールド》」


 ハインリヒの周囲に、黒い闇の壁が展開された。それは物理を拒絶する魔法障壁。爆発の衝撃はすべて、そこに吸い込まれていく。


 ──だが。


「それを待ってたぜ……《灰燼烈風ダスク・バースト》ッ!」


 俺が本当に狙っていたのは、こっちだった。


 爆炎と、それを守る闇の障壁を包み込むようにさらなる呪文詠唱。

 俺の手から灰色の魔力が溢れ、風とともに渦巻き始める。燃えるような嵐。炎と灰の暴風が、ハインリヒの闇の防御を削り取り始めた。


 この技は、防御貫通に秀でておりその上静止する相手を取り囲む地獄の檻でもある。


「くっ……!」


 ハインリヒの声が洩れる。ダメージは入った。確かに手応えはあった。レオニスと比べれば、彼の防御は鉄壁ではない。


 皇子様が、HPではなく防御に全振りだと例えるのであれば、ハインリヒは防御力も並以上に加えてHPがバカ高いタイプ。少なくとも、俺の攻撃が通らないことはない。


 ──だが。


「《暗影列断アンシャドウリッパー》!」


 黒い斧が、地面を砕く。


 瞬間、闇の閃光が走った。鋭い一線の衝撃波が空間ごと吹き飛ばす。俺の魔法は呆気なくかき消され、そのまま勢いで俺も後方へ──吹き飛んだ。


「がっ──!」


 地面を転がる。砂塵が舞う。肺に砂が入りそうになる。けど、そんなこと気にしてる場合じゃない。


「まじつええな、あんた……」


 肩で息をしながら、それでも笑う。たまらない。この殺気、この熱量、この緊張。


 ──戦ってる。命を削りあって、ぶつかってる。言葉なんかよりずっと、深く、速く、理解し合ってる。


「貴公こそ。ここまでの実力者、中々お目にかかれない」


 ハインリヒも、わずかに息を切らしていた。戦闘狂というわけではない。彼は理性の戦士だ。冷静で、合理的で、それでも命を張って戦うことに意味を見出すタイプ。


 ──そう、正義の逆は、また別の正義。彼が信じるものと、俺が信じるものが違うだけで。


「なあ、ハインリヒさんよ。こんな時に言うのもアレだが──中々楽しいな」


 俺がそう言うと彼は笑みをこぼした。


「ふふっ……失敬。こちらも同じ感情だよ、怪盗アッシュ」


 そして、また斬り合う。何度も、何度も。互いに傷を負いながら、それでも剣は止まらない。


 誰かの正義を斬ることで、俺の信じるものを守る。その矛盾をも味わうように。


 それが、俺とハインリヒの戦いだ。


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