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40話『赤マントと灰色の夜』

 夜は、しんと静まりかえっていた。


 虫の声すら鳴り止む、張りつめたような暗闇。


 俺たちモノクローム怪盗団は、リードル旧市街のはずれにある廃工場跡に忍び込んでいた。


「はいはい、潜入成功〜っと。ねえアッシュ、こういうときって“ミッション・コンプリート! ”って言うの? 

 それとも“コードネーム、クロ。あーテステス”の方がいい?」


「前者は任務完了した時に言うやつだし、後者はマイクテストじゃねーか。あと“コードネーム・クロ”って、本名なんだからコードじゃねーだろ」


「えー、カッコよくない? コードネーム的には“ナイトメア・クロちゃん”とかでもいいけど?」


「黙ってろ“脳筋爆弾製造魔”」


「ちょっとー! それ絶対コードネームじゃなくて悪口でしょー!」


 無駄にテンションの高いクロが口をとんがらせて拗ねる。

 一方のシロはというと、工場の壁を指でなぞりながら眉間に皺を寄せていた。


「……この埃の薄さ、そして床に残った靴跡の数。明らかに定期的に人の出入りがあるね。見て、この配管の修理跡。誰かが意図的に保全してる」


「つまり?」


「ここ、“今も使われてるアジト”ってこと」


 言いながら、シロは小さくため息をついた。

 俺も地図を見てピンと来ていた。が、実際にこうして見ると、嫌な予感しかしない。


「例の赤マントの盗賊団のアジトかも知れない……関係ない場所に首を突っ込むのは合理的じゃないけど、どうする?」


「……そうだな。下手に揉めるとややこしくなる」


 ここが同業他社のアジトなら、無理に深入りする必要はない。

 俺たちの目的はあくまで“盗みのための実地調査”。“赤いマントの盗賊団”は全くの無関係な話だ。


 とはいえ──


「少し、気になることがある。俺はもうちょっと残る」


 不思議そうにこちらを見てくるシロとクロに、肩をすくめて告げる。


「お前らは先に戻っていいぞ。何かあったら追って合流する」


「はいはーい。アッシュが真面目な顔するときって、大抵“爆発禁止”って言われるやつだからね〜」


 クロは頬をふくらませて、指で地面をちょいちょいつつく。


「こんなに火薬もってきたのに……お蔵入りかぁ……」


「待て、そもそも今日持ってくるなって話したよなぁ?」


「えっ」


「“えっ”じゃない」


 クロの未練たっぷりな表情に苦笑していると、シロがため息をつきながらこちらに言った。


「一人で行動するのは非推奨だよ、アッシュ。……気をつけて」


「ああ、わかってる」


 ふたりが去ったあと、工場の奥へと足を踏み入れた。


 鉄と油の臭い。だがそれは、工場としての匂いではなく──現在進行形の“生活の匂い”だった。


 天井からぶら下がる照明が、不自然なほど新しい。

 壁にかけられた武器、ストーブ代わりのドラム缶、整理された寝具。


 誰かが、ここを拠点として使っている。

 しかも、それなりの規模で。


(これは……ただの夜盗のアジトってレベルじゃない)


 奥へと進んだそのときだった。


 ──ひゅん、と。


 風を切る音がして、背後に人影が降り立った。

 即座に体が反応する。背を向けたまま、短刀を逆手に構え──


「……やっぱり、そうか。お前か」


 ゆっくりと振り返った先。


 そこに立っていたのは、“赤いマント”を纏った、あの男だった。


 赤い髪に、鋭い目つき。痩身でありながら、どこか狂気を孕んだ立ち姿。


 そして、その口元に浮かぶのは、皮肉めいた──いや、殺気を含んだ笑み。






「久しぶりだな、アッシュ。……会いたかったぜ」






 ──クルール。



 そこに居たのは、この世界に転生してきた俺の過去の記憶そのものだ。



 それは過去に、地獄を共にした男。

 それは過去に、未来を語り合った男。


 俺と共に孤児として盗賊団に拾われ──その盗賊団を壊滅させた、かつての男。


 死んだと思っていた。そう思いたかった。

 けれどどこかで、どこかでずっと──


 生きている気がしていた。


 赤マントの男。それがクルールなら、すべてが腑に落ちる。

 過去の亡霊が、今もこの街で息をしている。


「……生きてたんだな」


「おうよ。お前みたいな変わり者が生きてるんだ、俺が死ぬわけないだろ?」


 クルールは冗談めかして笑う。

 その笑顔が、妙に幼く見えた。


 昔と同じ顔。だけど、目が違う。

 あの頃は……もっと、色があった。


「お前と俺は、まだ終わっちゃいないだろ?」


 何もかも忘れて、昔みたいに戻ろうとするような、その言い方が──胸に刺さった。


 だが、もう戻れない。

 あの夜、すべてが崩れた。お前が、クレアが、俺が、壊れた──壊した。


「終わったさ。とっくの昔に、な」


 俺の声が、やけに低く響いた。

 クルールはその言葉に、ただ小さく笑っただけだった


「……なあアッシュ。覚えてるか?」


 クルールの声が、夜の廃工場に静かに響いた。

 まるで誰もいない教会で祈るように、独白めいていた。


「俺が全てを奪ったあの日の事。クレアを殺した貴族も、クレアを売った盗賊団も──奴らから全てを、命を奪ったあの日の事を」


「……クレアのこと、今さら言うつもりか?」


「はっ、今更だ? 一生言い続けてやるよ。あの時の俺はただ奪ってたんじゃねえ。……取り戻そうとしてたんだ」


 言いながら、クルールは空を見上げるように視線を逸らす。

 その頬には、どこか懐かしさすら滲んでいた。


「大切な人を奪われた俺たちが、奴らから奪い返すにはにはそれしかなかった。だってもうよ、取り返すべき人は殺されてたんだから」


 ──そうだ。


 俺たちは、そうやって袂をわかったのだ。


 この世界に転生した俺は、自分自身が何者なのか当然知らなかった。戦争の残り火の中、孤児として拾われた先は盗賊団の一味。


 善悪の区別なんて、飯より後だった。


 誰かの悲鳴の上で、やっと眠れた夜だってあった。

 そんな中で出会った2人。


 クルールとクレア。


 兄妹みたいな2人だった。

 2人に出会えたから、俺は生き残り、俺はこの世界がかつてプレイしたゲームの世界で、俺がモノクローム怪盗団リーダーのアッシュだと気がつくことができた。


 ──けど。

 それは、それに気がついたのは2人と別れた後の話だ。


「……もう、過ぎた話だ」


 するとクルールは、目だけをこちらに向けて、冷ややかに笑った。


「過ぎた話、だと? ふざけんなよ、アッシュ」


 その目が、一瞬で怒りに染まる。

 こめかみに浮かぶ血管、喉元の震え。

 口調は抑えていたが、その声には激情が混じっていた。


「……あの夜、殺されたクレアを見捨てたのは、お前だ。お前だけが、やつらを殺さなかった。


 お前は俺を裏切ったんだよ。


 お前なら──お前となら、俺は何でもできると思ってたのに」


 その言葉は、ナイフより鋭かった。

 いっそ殴られた方がマシだった。

 それでも俺は、目を逸らさずに答える。


「……あの時の選択を、“裏切り”と呼ぶのか」


 クレアが、盗賊団から貴族に“売られた”夜のこと。


 俺たちは敵地に乗り込んだ。だが、もう手遅れだった。


 脳内にフラッシュバックする記憶、おもちゃのように扱われ、惨殺されたクレアの遺体。泣き叫ぶ俺たち、全てを殺しにかかったクルールの赤い背中。


 俺は、止めた。

 だからこそ──


「俺は、もう“正しかった”とか“間違ってた”とか、そんな言葉じゃ語れねぇんだよ」


 それを聞いて、クルールは俯き、ひとつだけ笑った。


「……違ぇよ。お前が“命まで奪うな”と言った事が、俺は許せなかったんだ」


 頭では分かってる。クルールの中で、罪を背負う場所が欲しかったんだ。


「俺と一緒に、クレアの仇を取るべきだったんだ」


「……仇なら取った」


「だがお前は、奴らの命までは奪わなかった。お前は逃げたんだ、クレアの死から、俺から」


 自分の中の罪悪感に、名前をつけて、形にしたかった。

 それが俺なら、都合がいい。


 でも。


 クルールの声が震えていた。


「俺たちさ、“世界を盗もう”って言ったじゃねえか。覚えてるか? “この腐った世界を盗んじまえばいい”って、言ったよな」


「……ああ、言ったな。何も知らないガキの妄言だった」


「違う! 俺は、本気だった」


 クルールが拳を握る。


「盗賊団だって、クレアだって……全部終わった。でも、俺には残ってたんだよ。あの言葉だけが、まだ、残ってたんだよ」


 彼は赤いマントを握りしめた。


「だからよ。俺は拾われたんだ。神に。……いや、“新しい神様”ってやつにさ」


 嫌な予感がした。

 その“神様”って言葉の裏にあるもの。


 クルールは、俺の記憶の中のクルールは。ここまで狂っていなかった。壊れていなかった。瞳に宿す赤いゆらめきは、どこまでも邪悪な魔力を感じてしまう。


「俺は、もう迷わない。迷うのは、正義を語るバカな奴らの仕事だ。俺たちは、奪って生きる。殺して奪う。奪われないように。俺たち盗賊は、そういう生き物なんだ」


 クルールは俺に手を差し出す。


「だからな、アッシュ。もう一度──俺とやり直さねえか」


 風が吹く。

 ホコリが舞う。


「あの時の裏切りも、お前のその優しさを考えたら理解はできる。だけど今度こそぶち壊そう。この世界を。



 ──俺とお前なら、出来ないことなんてない」



「……いや、違う」


 俺は、そっと言った。


「俺は、“奪うために盗む”ことはしない。何かを“守るために盗む”。……所詮盗賊行為の犯罪者で独りよがりの偽善だとしてもだ。それが俺──アッシュの生き方だから」


 それは、クレアが望んだ“アッシュ”の在り方。

 そして、俺が焦がれた“アッシュ”の在り方。


「はっ、綺麗事かよ」


「いいや」


 俺は首を振る。


「それが、モノクローム怪盗団のやり方だ」


 そして、シロとクロが隣を歩きたいと思える“アッシュ”の在り方。


 言葉を返さないまま、クルールは俺を見つめていた。

 色褪せた瞳に、炎が宿っていた。

 数秒の沈黙のあと、彼はふっと笑った。


「そうかよ。……なら、次に会う時は、敵だな。──あの時の決着も、まだついていないしな」


 その言葉は、ひどく静かだった。

 なのに、全身が凍るほどの冷たさを帯びていた。


 クルールは、赤いマントをなびかせて、壁の影へと消えていった。


 俺は、動けなかった。

 足元に落ちた埃が、妙に騒がしく感じられた。

 その背中に、かつての相棒を重ねたまま──俺は、ただ立ち尽くしていた。


 ◆


 人気のない夜のリードルの街は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。


 フィリアは一人、石畳の上を駆けていた。

 それは、紅蓮の盗賊団の調査のためだった。


 モノクローム怪盗団とは違う、義賊を名乗るがただ破壊をするだけの集団。


 ふと、風が吹く。夜の空気にまじって、鉄のようなにおいが鼻をかすめた。乾いた血のような、埃っぽい、しかしどこか生々しい気配。


「……こっち、かも」


 誰に報告するでもなく、誰かに頼るでもなく。自分の直感を信じて動いていた。


 ──勇者の勘を。


 いつからこうなったのか、自分でもわからなかった。

 勇者としてのホコリはある。でも最近は、それが少しずつ、靄のように揺らいでいた。


(モノクローム怪盗団。義賊と呼ばれ、人々に紛れて、どこか正義を名乗らない正義のようで)


(……そしてアッシュ)


 思い出すのは、無愛想で、冷たそうで──でも、誰より仲間を想う男。

 レオニスとの戦いで共闘したあの日。ほんの一瞬だけ交差した信頼。彼らを悪と断言できない、自分の「正しさ」が揺らいだのはあの時からだった。


 そして。


「……ここ、廃工場……?」


 街の外れ、ほとんど忘れられたように放置された旧施設。

 鉄の扉はわずかに開いていて、そこから、微かな声が漏れていた。


 耳を澄ます。地面に伏せ、気配を殺す。

 その中で、聞こえてきた──


「……世界を盗もう」


 知らない声と赤いマント。

 そして、その向かいにいたもう1人の男。


 夜に溶け込む灰色の、見慣れた男。


(……え?)


 目を見開く。

 何の冗談でもない。二人の会話だ。


 しかも──“世界を盗もう”? 

 何かの比喩かもしれない。でも、タイミングが悪すぎた。


 最近噂されている、“紅蓮の怪盗団”。

 怪盗団とは名ばかりで、実態は狂信的な破壊集団。

 赤いマントをまとい、被害を気にせず貴族を襲う悪質な盗賊団。


 ……そのときだった。

 扉の隙間から、私は見てしまった。


 赤マントの男と、そして──彼の隣に立つアッシュの姿を。




「──俺とお前なら、出来ないことなんてない」




(嘘……)


 信じたくなかった。でも、事実は目の前にあった。


 誰とも通じていないこの夜に、怪しい集団と接触しているアッシュ。


 しかも、“世界を盗もう”なんて物騒な台詞まで。


 そして──あのマント。血のように赤いその布は、まさしく噂通りの“紅蓮の怪盗団”の象徴だった。


(あなたは、あなただけは……違うと思ってたのに)


 ふらりと膝が抜けそうになる。

 正義に迷う私は、あなたの貫く不器用な正義と交わったからこうして新しい正義を見つけられると思ったのに。


 でも音は立てられなかった。震える手を壁に添えて、じっと耐える。

 闇の中で目を凝らせば凝らすほど、現実の輪郭は残酷に鮮明になる。


(まさか……あなたが、“紅蓮の怪盗団”と……? 嘘でしょ……?)


 この場から駆け出したい。でも、足が動かない。

 冷たい夜風が、頬をなでる。その冷たさが、涙なのか風なのかわからなくなった。


 あのとき、ほんの少し信じかけた。

 アッシュのことを、信じてみてもいいのかもしれないと、そう思った。


 ──でも、それは思い上がりだったのかもしれない。


 物音一つ立てず、私はその場を離れた。

 胸の奥が、ずっと冷たかった。




 誤解の始まり。すれ違いの最初の一歩。


 彼女はまだ、この夜が後にどれほど大きな溝を生むのか、知らなかった。

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