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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
幕間『それぞれの日常だったりラブとコメだったり』
37/63

36話『怪盗、そろそろ育てます』


 ──正義の名のもとに、今日もまた勇者は街の喧騒を蹴散らし、駆け抜ける。


「子どもたちが……森の中で魔獣に襲われてるって、本当ですか!?」


 広場の中央、広げたマントを風に翻しながら、フィリアは目を見開いて懸命に周囲の声に耳を傾けた。


 その胸に秘めたる決意と使命感が、背筋をピンと伸ばす。彼女の姿はまさに「正義の象徴」、街の希望そのものだった。


「うう……ほんとうです、勇者様……」


「うちの子が、昨日の夕方から帰ってこなくて……どこかで魔獣に襲われたんじゃないかと……!」


 泣きじゃくる母親の声は震え、目の前の年配女性はひどく怯えた様子で俯いている。顔色の悪い若者も、硬直した表情のまま訴えかけた。誰もが、ただのデマや作り話だとは思えないほど生々しい“本物の焦り”がそこにあった。


「わかりました! 私たち勇者パーティーが必ずや、その魔獣を討伐してみせます!」


 フィリアは、意を決したように高く腕を振り上げた。そのまっすぐな瞳は燃え盛る炎のごとく輝き、凛とした声は人々の心に力強く響いた。


「ノア、ダリオ、すぐに準備を整えて。すぐに出発するわ!」


「りょーかーい」


「はあ……また急な任務だな」


 桃色の髪を揺らしながら、魔法の支度を始める魔導士ノア。巨大な盾を背負いながら軽くため息をつく剛力戦士ダリオ。二人も、こうした急な依頼にはもう慣れたものだ。


 街の人々からは、喝采と励ましの拍手が降り注ぐ。勇者たちはその祝福を背に、疾風のように駆け出した。目的地は、噂の森の奥深く。あの暗い影の中で、子どもたちを襲う魔獣が待ち受けている——。


 しかし、そんな彼らの背中を、別の視線が冷たく見据えていた。


 街の外れの古びた家の屋根の上。


 そこに身を潜めていたのは、灰色の髪の青年。変装のフードを深く被り、無造作に焼き菓子を口に運びながら、その様子を呆れた顔で眺めている。


「……おいおい、まさか本気であれに飛び込むつもりかよ」


 アッシュ。

 モノクローム怪盗団の団長。


 怪盗の仮面をまとい、影から世界を見守る影の支配者。その正体は、誰も知らないただの“通りすがりの変人”(本人談)だ。


「事前情報ゼロ、現場の偵察もなし。突っ込んでボコボコにされるだけの脳筋戦術……いや、逆に言えば、これぞ“勇者”って感じだな」


 彼は双眼鏡を構え、風に揺れる森の樹々をじっと見つめる。北風が冷たく頬をかすめる中、今夜は雨が降るという予報も頭に入れていた。


「森の魔獣たちはおそらく、谷間の湿った場所に集まるはず……だけど、情報があまりに雑すぎる。いや、逆に“整いすぎている”とも言える」


 泣きじゃくる母親のあの必死な表情。虚ろな目をした青年の無力感。それは計算された芝居でもなく、かと言って純粋な真実でもない、妙に“リアルな嘘”だった。


「……まさか、とは思うが、あれって……罠……だよなぁ」


 彼の呟きは、冷たい風にかき消されるように森へと吸い込まれていった。しかし、彼の身体はすでに動き出していた。黒い影のごとく、静かに森へと足を踏み入れる。


 ◆


 森は異様なほどに静かだった。あまりにも静かで、まるで森全体が息を潜めて何かを待ち受けているかのような、不気味な沈黙が辺りを包んでいた。


 魔獣のうなり声は一切聞こえず、鳥のさえずりも止まっていた。そんな異常な静けさに、フィリアは眉をひそめる。


「……変ね。痕跡は確かにあるのに、魔獣の姿がまったく見えない」


 彼女は剣をしっかりと構え、先頭を進む。焦げた木の枝、引き裂かれた幹、泥の中に残る足跡——確かにここには魔獣がいた“形跡”があった。


 その背後でノアが静かに指先を動かし、魔法陣が淡く光り始める。


「索敵魔法に反応っ! …………。!? 三、五……十、いや、もっといる! 完全に包囲されている!」


「──うそっ!?」


 その言葉の直後、茂みが激しく爆ぜて飛び出したのは——魔獣……のように見えたが、何かが違った。金属の仮面を被った獣型の影が、まるで狙いを定めたかのように一直線にダリオへと襲いかかる。


「うおっ!? ちょ、こいつら、めちゃくちゃ速い!」


 ダリオは咄嗟に盾を構えるが、相手の動きは常軌を逸していた。まるで獣のような姿だが、彼らの行動には軍隊のそれのような統率があった。連携し、包囲し、指揮の元に動いているのだ。


「ノア、後ろにコード:フレアを!」


「ええっ、詠唱キャンセルされましたけど!?」


「な──っ!? ダリオ、前を固めて!」


「くそっ、了解!」


 ダリオは剣を振り回しながら必死に敵を払おうとするが、包囲網は完全に閉ざされていた。前から二体、側面から一体、そして樹上から何かが跳び降りて襲いかかる。


「撤退だ! 一度引くぞ!」


 叫びと同時に、ダリオの足元が突然崩れた。

 鋼の罠がカチリと噛みつく冷たい音が響く。


「──ッ!? 足が動かない!」


「ダリオ!」


「ノア、早く援護魔法を!」


「詠唱ができない……妨害魔術みたい、敵はただの魔獣じゃないよ!」


「な、何ですって……!?」


 フィリアの表情に初めて焦りが走った。


 彼女の目はようやく事態の本質に気づき始めていた。


 この依頼が、あまりに完璧すぎるほどに“整いすぎて”いたこと。


 そして、相手が単なる獣ではなく、“人の知恵を持つ敵”であるということ。


 ──そして、何より。


 これは偶然の遭遇ではなく、明確に自分たちを標的に仕掛けられた“罠”だということ。


 誰かが、勇者パーティーを名乗る自分たちを試し、あるいは排除しようとしているのだ。


 この森は単なる戦場ではない。


 張り巡らされた、狩り場であり、罠だらけの檻なのだ。


 ──カチッ。


 乾いた金属の音が、森の静寂を鋭く切り裂いた。


 その瞬間だった。フィリアたちを包囲していた魔獣の背後、敵の一部が不自然にざわつき始める。


『ん? なんだ、様子がおかしいぞ……網が──うわっ!?』


 遠くから聞こえてくる声。


 敵の前線に仕掛けられていた魔力網が、突如として逆作動を始めたのだ。絡め取るはずの罠が暴走し、敵の数名が自らの動きを封じられた。


「くっ、やっぱり人間! でも、罠が逆に暴走したみたい!?」


 フィリアがそう声にすると──

 ノアの前に、ひゅんと小さな物体が転がってきた。


「これ……煙玉!?」


 一瞬で白煙が立ちこめ、視界が一気に遮断される。


 その隙にノアは咄嗟に魔法を発動する。今度は詠唱を妨害されることなく、呪文は静かに、確実に紡がれていく。


「助かった……でも、これはいったい……」


 一方、ダリオの周りの様子も密かに変わっていた。


 先ほどまで進路を塞いでいた苔むした大岩が、十数センチ、わずかにずらされている。


 微かな違いではあるが、確実に「逃げ道」が開けていた。


「……誰かいるのか?」


 呟くダリオに応える声はなく、聞こえてくるのは敵の混乱した足音と、苛立ち混じりの戦術指示だけだった。


 ただ一人──。


 誰にも気づかれぬまま、木々の上からその状況を見下ろす影があった。


 ──アッシュ。


 仮面に顔を隠し、黒マントをひるがえすその姿は、風とともに森の影に溶け込んでいる。


「はあ……なるほどな。まるで“狩られる側”そのものの動きじゃねえか」


 小さく吐いたため息の向こうで、アッシュの瞳は冷静に敵の布陣を読み解いていた。


(規則的な布陣、斥候の動き、連携……これ、ただの魔獣じゃねえ。訓練された兵士だ。相当な戦術教育を受けてる)


 簡単に姿を現して助けることもできる。だが、それでは意味がない。


「……直接助けるのは、誰にでもできる。ただ、自分で考えさせなきゃ意味がねえよなぁ」


 そう呟きながら、アッシュは腰の短刀を取り出した。単なる刃物ではなく、先端に小型の魔道機構が埋め込まれた特殊装置だ。


 それを軽やかに投げる。木々の隙間を縫うように、正確に敵陣へと放たれた。


 次の瞬間──敵の中央で、偽の魔導通信が発動した。


《警告。森の内部に第三勢力の介入を確認。全隊、速やかに再配置を実施せよ──》


 もちろん、これは本部からの通信ではない。


 しかし敵は一瞬、動きを止めた。


 その「ほんの一瞬」が、アッシュの仕掛けた“転機”だった。


「……気づけよー、勇者様」


 アッシュの声は、まるで風が木の葉を揺らすかのように、森の静寂に紛れて静かに囁かれた。彼は高い樹の枝の上に身を潜め、仮面の下で冷たい瞳を鋭く光らせていた。


 その声は、ただの風のざわめきではなかった。気づくべき者には、確かに届いていた。


「……待って! みんな、一旦、動きを止めて!」


 その瞬間、フィリアの鋭い声が戦場のざわめきを貫いた。彼女の声は確信に満ち、仲間の動きを強制的に止める。


「これは……ただの魔獣じゃない。動きが違う。陣形も、反応も……完全に、人間のそれよ」


 フィリアの観察眼は、戦いの流れを見抜いていた。彼女の瞳は敵の動きを追い、そこに計算された“意思”を感じ取った。


「ってことは……!」


 ノアが声を潜めて理解した。


「避け方も、人間のそれに準じるってことよね!」


 ノアの指先が魔力光に輝く。彼女は即座に敵の動きと反応速度を魔法で解析し始め、そのデータを詠唱にフィードバックした。


「次の攻撃は、もう避けられないはず……コード:ボルテックスッ!」


 ノアの呪文が雷の檻となって敵の退路を一気に封じた。複数の傭兵が鋭い閃光の中で身動きを取れなくなり、呆然と捕縛されていく。


 その間に、ダリオは咄嗟に地面に転がる罠を見て閃いた。


「罠か……いや、違う。誰かが罠をいじっている?」


 彼の戦士としての勘が告げる。敵の罠に見えるそれらの中に、明らかに解除されていたり逆に相手をはめるようにいじられているものがあると。


 ダリオは残された敵の拘束機構をあえて踏み抜き、そこに巻き込まれた罠を逆に誤作動させる。爆煙とともに、周囲の敵陣が混乱に陥る。


「罠が仕掛けらているのなら、全部潰せばいいだけだ」


 爆煙の中、ダリオの低く力強い声が響いた。彼の闘志がその場を包み込み、仲間たちの背中を押す。


 一方、戦況を冷静に見渡していたフィリアは意を決したように大声を放つ。


「みんな、いくよ!」


 その言葉は、ただのセリフではなかった。彼女の声には“勝利への執念”と“希望”が込められていた。


 形勢が一時的に逆転し、敵は撤退を余儀なくされた。彼らの通信機から、焦燥と動揺の混じった声が漏れた。


《……何者かが干渉している! 本計画は一時中断!》


 敵兵たちはその「何者か」が誰なのか知らない。だがその目線の先──木々の高みの影の中に、アッシュは冷静に立っていた。


 仮面の下で鋭く光る瞳の奥に、ほんのわずかな満足の光が宿る。


「さぁて、少しはマシになってきたか……勇者様?」


 そう呟くと、アッシュは身を沈め、風に紛れて森の闇へと溶けていった。


 ──静かに、しかし確実に、戦局の歯車は動き始めていた。


 ◆


 数日後──


 街の広場にある屋台通りは、今日も変わらず賑やかだった。


 肉の焼ける匂いと、甘い果実の香り。人々の笑い声が行き交う中、勇者パーティーの三人は、小さなテーブルを囲んでいた。


「で、結局なんだったんだあの森の一件?」


 口いっぱいに焼き菓子を詰め込んだダリオが、もごもごと話しかける。

 そんな様子を尻目に、フィリアは顎に手を当てて考え込む。


「敵は傭兵団……ってノアは言ったけど。じゃあ、あの“第三勢力の介入”って、結局……」


「……わからないのよ」


 ノアが、ぽつりと答えた。


 手に持つ甘い焼き菓子を見つめたまま、どこか心ここにあらずの表情だ。


「私たち、途中で気づけた。けど……あれは偶然じゃない。何かが動いてた。誰かが、私たちを……導いてくれてた?」


「確かに……煙玉、罠の逆作動、変な通信……。偶然が重なりすぎていた」


 ダリオが唸る。


「でも、姿は見えなかった。何者かがいたとしても、完璧に気配を消してた。あれ、プロ中のプロだよ」


「誰だったんだろうな、そいつ……助かったけど、正直ちょっと不気味だ」


 フィリアがそう呟いたときだった。


「よう、勇者様。あいかわらず街角で優雅なお茶会か?」


 ひょい、と横から伸びた手が、ノアの手元の焼き菓子を一つかすめ取った。


「──ッ!」


 三人の視線が一斉に向けられる。


 そこにいたのは、怪しげな格好をした怪盗の青年。片手に焼き菓子を持ち、のほほんとした顔でそれをかじっていた。


 アッシュだった。


「……あなた……」


 フィリアの目が細まる。


 アッシュは飄々とした態度のまま、かじっていた焼き菓子をもう一口。軽く手を振ってみせる。


「へえ、勇者様もたまにはハメられるんだな。完璧超人ってわけじゃなかったのか」


「……っ」


 さすがのフィリアもむっとした表情になる。だが、怒るというより、むしろ探るような眼差しだった。


「……あなたじゃないの? あの森で……」


 アッシュは、眉ひとつ動かさず肩をすくめた。


「俺? ただの通りすがりの怪盗だぜ?」


「ふうん」


 フィリアは視線を外し、そっぽを向いた。


「じゃあ“ありがとう”って言っても無駄かしら」


「おおいにく──無駄だな」


 アッシュはにやりと笑う。


「礼なんてされたら、こっちが困る。気に入らないなら、もっと強くなりゃいいだけの話だ」


 その言葉に、フィリアはピタリと動きを止めた。

 ふと、目を閉じる。そして、ゆっくりと息を吐き、微笑む。


「……そうね。絶対、次は助けなんかいらないようにしてみせるわ」


 その横顔は、ほんの少しだけ自信と決意に満ちていた。

 成長の気配。それは確かにそこにあった。


「……いい目だ」


 誰にも聞こえない声で、アッシュは小さく呟いた。


 そして、何事もなかったように、焼き菓子をもう一つひょいとつまむと、ふらりと人混みに紛れて消えていった。


 残されたフィリアたちは、しばらくその背中を見送る。


「……ねぇ、やっぱり、アッシュだったのかな」


 ノアがそう言うと、


「さあね、どこかのお節介焼きだったのかもね」


 フィリアはぼそりとそう呟いた。


 焼き菓子の甘さが、なぜだか少しだけ、胸に沁みた。

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