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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
幕間『それぞれの日常だったりラブとコメだったり』
36/63

35話『クロうを労うご褒美を』

 シロと俺があんなこと(健全)をしてから数日。目覚めはいつもよりもやけに静かだった。

 カーテンの隙間から差し込む淡い光と、部屋の外から控えめに響くノックの音が、俺を目覚めへと誘った。


 コンコン。


 まだぼんやりとまどろみながら、俺は手を伸ばして布団の端を払い、体を起こした。目の前に広がる景色はいつもと変わらないはずなのに、どこか違和感を覚えた。視線の先に、部屋の入口にぽつりと立つ姿があった。


 クロ──いつもは破天荒で、俺の寝室のドアをぶち破らんばかりに元気に突入してくる彼女が、今日はまるで別人のように、そわそわと挙動不審で控えめに立っていた。


「あ、アッシュ〜……えっと、その、暇?」


 その声はいつもの威勢とは程遠く、小さくて、まるで震えているみたいだった。クロは目を合わせることもなく、そっと壁に寄りかかっている。普段なら、「おらぁ、起きてんのかよ! さっさと来い!」と叫んで全力で駆け込んでくるはずなのに。


「……忙しい、じゃ。おやすみ」


 そう言って俺は再び布団に包まろうとする。


「……うぅ」


 いつもなら大声で爆発するんじゃないかと思うくらいの突っ込みをするものだから、そんな塩らしい様子に俺は眉をひそめてベッドの縁に腰掛け、クロの様子をじっと見つめた。


「どした? 体調でも悪いのか?」


「べ、別に! ちょっと……しゃべりたかっただけ!」


 彼女はそう言うけれど、顔色も悪くないし、声に熱っぽさもない。なのに、どこか落ち着かない。まるで子供が秘密を抱えたみたいに。


 俺は腕を組み、じっと待つ。クロは目を逸らしながら、口元をぎゅっと引き結んで、やがて小さな声で呟いた。


「この前さ、シロと……一緒に寝てたじゃん」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中にあの夜の光景がよみがえった。確かに、シロは不安で押し潰されそうだった。俺もそれを受け止めるつもりだったし、あの時は寝相が悪すぎるクロを隣に寝かせるのは無理があった。


「ああ。まあ、シロもメンタル参ってたしな……。お前はダメだ、寝相が悪いからな」


 俺がそんな冗談を言うと、クロはむっと顔をそむけ、目を伏せた。


「そうじゃなくて……いいなーって思っただけだし。あれ……ずるいよ」


 彼女の声はか細く、震えているように聞こえた。普段はあんなに明るくて、わんぱくで、笑顔を振りまくクロが、今は小さく縮こまっている。


 胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


「だって、私だって、がんばったし……アッシュのこと、助けたし……!」


 唇を噛みしめながら、小さな瞳にうっすらと涙が光る。


「ちょっとくらい、甘えてもいいじゃん……」


 言葉が震えている。まるで少女そのものの不安と期待が、そこにあった。


「ほめて?」


 とクロは口に出そうとして、やめた。代わりに、こう言った。


「……よしよししてくれたら、許してあげる」


 クロの顔に恥ずかしそうな、けれど少し期待したような色が浮かんだ。

 そうして彼女は俺の横に来るとベッドに腰をかけた。


 俺はゆっくりと手を伸ばし、彼女の頭を撫でる。


「ったく……しょうがねぇな」


 クロは驚いたように目を閉じ、肩が小さく震えた。ああ、こういうことだったのか。普段のあの元気な仮面の下には、戦いの疲れと不安が確かにあったんだ。


 俺は黙って撫で続ける。すると、クロの体が少しずつ俺に寄ってくるのがわかった。細い肩が震えている。


 それが何より愛おしくて、そっと抱き寄せた。


「……アッシュ、もっと撫でてよ」


 震える声に俺は笑みを浮かべながら、さらにゆっくりと髪を撫で続けた。


 夜明けの静けさが部屋に残る中、クロは静かにベッドの端に腰掛けていた。

 いつものように明るく元気な彼女の姿はどこにもなく、まるで別人のようにしおらしく、まるで壊れそうな花のように小さく縮こまっている。


「……よしよし」


 俺は渋々ながらも頭を撫でる。普段のクロなら、そんな甘ったるいことは断じて受け入れず、逆にからかってきそうなものだが、今日は違った。


 彼女は目を閉じ、じっと俺の手の動きを感じている。彼女の細く柔らかな髪が指の間をすり抜けるたび、胸に不思議な暖かさが広がった。


「……もっと撫でて」


 掠れた声が、まるで夜の風みたいに静かに、でもはっきりと耳元をかすめた。


 その一言で、俺の手が止まる。驚いたというより、呆れたというか、可笑しくて、俺は思わず苦笑した。


「背中も……」


 クロは小さく言って、俺の方に背中を向けた。肩をすくめて、じっと俺の手が触れてくるのを待っている。

 猫か。

 完全に、なついた猫だ。


 でも、どちらにせよ、いつものクロじゃない。


「お前……ほんとにどうしたんだ? 熱でもあるのか?」


 思わず俺が聞くと、クロはぶんぶんと子供みたいに首を横に振った。


「ちがうってば! 今日は……そういう気分なんだよ!」


 その言い方があまりにも不器用で、逆にものすごくクロらしくて、俺はつい吹き出してしまった。


「ふーん。つまり……“甘えたい日”か?」


 わざとニヤついた声でそう言ってやると、クロは「ちがうもん!」と小さく唸って、膝を抱えた。図星らしい。耳の先まで真っ赤になってる。 


 俺は、そんなクロの背中をぽんぽんと優しく叩いたあと、静かな声で言った。


「……えらかったな。よく頑張った。ありがとな」


 その瞬間だった。クロの体がびくりと震え、俺の胸に、そっと顔を埋めてきた。まるで、ずっとそれを待っていたみたいに。


「うんっ……!」


 小さく震える声が、喉の奥から漏れた。目にはまた涙が浮かんでいて、彼女はまるで、溢れた気持ちをひとつずつ手渡すみたいに、俺に寄りかかってくる。


 いつもは誰よりも元気で、誰よりも騒がしくて、誰よりも前を向いているあのクロが、今はまるで、風に吹かれた子供のように、ひっそりと、でも確かに俺にしがみついていた。


 抱きしめた腕越しに伝わってくるのは、細い肩の震えと、あたたかい体温。それだけだった。でも、それだけで十分だった。


「……あったかい」


 クロが小さく呟いた言葉が、静かな部屋に落ちる。まるで子守唄のような声色だった。


 それは俺の心を、不意打ちみたいに揺らした。


 何も言えなくて、俺はただ、クロの髪を撫で続けた。何も言わなくてもいい気がした。今だけは、そういう時間だったから。


 ──が。


 突然、クロの体がぴょんと跳ねるように離れた。


「い、今のナシ! ナシですから! あれは幻覚! 魔法のせい!」


 顔面真っ赤、耳まで真っ赤、もう完全に茹でダコだった。


 なに言ってんだこいつ。


 俺が呆然としている間に、クロはがばっと布団を持ち上げ、その中に全力で逃げ込んだ。


「ばかアッシュ! 見ないでってば! これは事故! 事故なんだから!」


「いや、どう見ても自爆だろ」


 俺が冷静にツッコむと、布団の中で「わああああ!」と叫ぶ声が聞こえてきた。


 ほんとにこの子は、どこまでもめちゃくちゃで、可愛くて、めんどくさい。


「……で、布団から出てくる気は?」


「一生こもる! 出てきたら負けだもん!」


「何と戦ってんだよ」


 そんな攻防をしていると、タイミングの悪いことに──いや、むしろ良すぎると言うべきか──扉がノックされた。


 そして、すっと開いて、いつもの冷静沈着なツッコミ担当、シロが顔を覗かせた。


「……なにしてるんですか、今度は」


 その目は明らかに“またか”と言っていた。完全に呆れ顔だった。


 俺は、事情を説明する気力がなかった。なぜなら、布団の中から、クロが猛スピードで喋り始めたからだ。


「ちがうの!! これは事故! しおらしい事故なの!」


「しおらしい事故ってなに!?」


 俺がツッコむと、布団の中で「うわあああああ!!!」とまた叫び声。どうやら恥ずかしさのピークはまだ来ていないらしい。


 シロは額に手を当てながら、深いため息をついた。


「まったく……朝から騒がしい。アッシュ、私以外の女と寝たの?」


「あっれー? なんか意味違くなーい???」


「浮気はクロまでだからギリギリ許すけど……」


「浮気じゃねーだろ付き合ってもねーし、てかクロまでなら良いんだね!!」


 布団の中から「私は独り占めしたいよぉぉぉぉ」という声が響いてきて、もうだめだった。俺の胃が限界だった。


 ──こうして、朝の静かな時間は終了した。

 終わる頃にはだいぶうるさくなっていたけど。


 ほんのひとときだけ、クロの素直で弱いところを見せてもらえたのに、それはまるで幻みたいに、騒がしさの中に消えていった。


 でも、悪くない。


 いや、むしろ、すげぇ良かった。

 クロかわいいね。かわいい。


 こんな日常が、少しずつ増えていけばいい。そう思いながら、俺はまだ布団に潜っているクロの頭を、こっそり撫でた。


「……ばかアッシュ」


 布団の中から、小さな呟きが聞こえてきた。だけど、なんかその声は、ちょっとだけ嬉しそうだった。

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