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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
幕間『それぞれの日常だったりラブとコメだったり』
35/63

34話『シロい夜には抱きしめて』

 陽が西の空を朱に染め始めた頃──ようやく、俺たちは“何もしない時間”を手に入れた。


 長く張り詰めていた弦が、ようやく緩んだような、そんな感覚。


 バルナス帝国を抜け出し、道中も無事やり過ごしながら、怪盗団はいつものアジトへ帰ってきた。

 帰巣本能ってやつかもしれない。外の世界でどれだけ派手に暴れても、帰る場所があるというだけで、少し呼吸が楽になる。


 ……埃っぽいのは相変わらずだが。誰も掃除してなかったのか、っていうか俺たち以外にする奴がいねぇなこれ。


 床はギシギシ。階段もギシギシ。扉はミシミシ。そして俺の関節も若干ギシギシ。


 だけど、不思議と心地よい。実家みたいな安心感というか、落ち着きというか。そんな場所だ。


「……たまには、こういうのも悪くねぇな。飯はうまいし、日本式の風呂はちゃんと熱いし──あと、誰も襲ってこない」


 窓辺に腰をかけて、煎れたてのハーブティーを啜る。口の中に広がるのはハーブと柑橘の香り、そして妙に場違いな“平和”の味。

 隣ではクロがソファの上で大の字になって寝転がり、ばたばたと足を振っていた。


「ねーねー、シロどこ行ったの? お昼からずーっと部屋にこもってるよ? もしかしてまた変なポーション作ってるとか? 前みたいに2秒で部屋中焦がすやつ!」


「……さすがにあれは懲りたんじゃねーの。まあ、確かにちょっと珍しいな。あいつが飯より静けさ選ぶなんて」


 普段のシロなら、食事時には誰よりも早くテーブルに着いて、「栄養価のバランスがどうのこうの」とか「食べながらの読書は非効率ですが、やめるつもりはない」とか喋り倒しながら、無限に食い続けてるはずなんだが──


 静かな食卓なんて、あいつがいる限り夢のまた夢。そう思ってた。


 ──でも。


 ここ数日、シロは不思議なほど物静かだった。


 脳裏をよぎるのは、あの日の記憶。


 魔力の奔流に身をさらしながらも、残された魔道符を全て使い俺を庇ったあの姿。

 傷だらけの体で、倒れそうになりながら、それでも最後まで諦める事なくこちらを見ていた、あの瞳。


 砕け散った魔道符。裂けたローブ。そして──信じていた。

「助けに来てくれる」と、それだけを信じて、ずっと待ってた。


(……無理もねぇよな)


 体はここに戻ってきても、心のどこかは、あの日の“牢”に置き去りになってる。

 あの子は、まだ本当の意味で日常に帰ってきちゃいない。


 ……いくら強くて、いくら理知的とは言え彼女はまだ15歳の子供なのだ。


 その日の夕飯時も、シロは姿を見せなかった。


 テーブルに並ぶのは、クロと俺、ふたりきり。静かな食卓──と思いきや、静寂は一瞬だった。


「アッシュー! このグラタン、アッシュの分だよね? 食べていい? ねぇ? 返事なかったら三秒後に食べちゃうからね? せーの、いち、にー──」


「待てコラ。それ俺の分だって言ってんだろうが」


 ……まあ、いつも通り。静かなはずがない。


 グラタンを咀嚼しながら、クロがふと、妙に真剣な顔をした。

 そういう時に限って、口のまわりはチーズまみれだったりする。


「……アッシュさ、これ。アッシュが行くべきじゃない?」


「んだよ急に。シロのことか? ……なんで俺?」


「だって、あの子アッシュのこと大好きじゃん」


「雑だな理由が!」


「雑じゃないもん! 私が行ったらきっと『クロじゃなくてアッシュがいい』って真顔で言われて帰されるよ? もう何回もやられたことあるし」


「うわ、ありそう……いや実際あるのかよ、それじゃあ反論できねぇ……」


 はぁ、と息を吐いて、俺は椅子を押しのけ立ち上がる。

 こんな時、面倒を押しつけられる役目ってだいたい俺なんだよな。リーダーだと思われていない節があるとは思う。

 まあ、悪くねぇけど。


 シロの部屋は、廊下の突き当たりの角部屋。いつも魔術書と香草の匂いが漂ってる場所だ。


 ノックする。数秒の沈黙の後──返ってきたのは一言。


『大丈夫です』


 ……はい、ぜんっぜん大丈夫じゃないです。


 大丈夫って言葉は、だいじょばない時に使うものなのだ。


 しぶしぶドアを開ける。鍵はかかっていなかった。

 部屋の中は薄暗く、カーテンがぴっちりと閉め切られていた。光の入らない静寂の中、ベッドの上に小さく丸まった背中がある。


 シロは本を開いたまま、こっちを向かない。顔をページの陰に隠して──読んでいるフリをしていた。


「何してんの。飯くらい食えって」


「……考え事してたの。いろいろと」


 その声は、いつもの理屈っぽさも棘もなくて。

 不意に子供に戻ったみたいに、妙に柔らかかった。


 俺は黙って壁に寄りかかる。腕を組み、ほんの少し間を置いてから、言葉を選ぶように口を開いた。


「じゃあ、飯持ってくるわ。……部屋食、お姫様待遇だ。感謝しろよな」


「……待って」


 その一言が、不思議なほどに切実だった。

 ただの言いかけでも、呼び止めでもない。“今だけは行かないでほしい”という、そんな温度を孕んでいた。


 足を止めた俺に、シロはゆっくりと手の中の本を閉じた。その動作は極端にゆっくりで、まるで時間を少しでも先延ばしにしたいかのようだった。震える手が、そのまま彼女の胸の内を語っている。


 部屋に流れる沈黙は、やけに長くて、重くて。

 誰も口を開かないまま、互いに探していた。言葉ではなく、ただの「隙間」を埋める何かを。


「……少しだけ」


 そう呟いたシロは、布団の端をめくり、ぽんぽんと空いた隣を指で叩いた。

 なにそれ、何の儀式? 俺にどうしろっていうんだ。


「なんだよ、それ……」


 文句を言いつつ、俺は渋々ベッドに腰を下ろす。


 ふわりと香るシロの髪の匂いに、一瞬だけ息が詰まる。

 ……と、次の瞬間。


「おわっ」


 不意に腕を引かれて、ベッドに倒れ込んだ。抵抗する暇もなく、二人並んで寝転ぶ形になっていた。


「……シロさん? こーゆーのは大人になってからだよ?」


「うるさい。変態。変な想像しないで」


「いやいやお前が引きずり込んだんだろうが」


 言い訳してるうちに、俺はもう仰向け状態。狭いベッドの上に、妙な間合いで寝かされていた。


 シロは俺の隣で膝を抱え、どこか所在なげに目を伏せていた。視線を合わせようとしない。だが、わかる。


 彼女の中にあるものは、普段の理詰めのロジックじゃ説明できない──そんな類の感情だった。


「……少しだけ。ぎゅってして」


 その声は、いつもの論理的な冷静さとは正反対だった。

 まるで、夜道で迷った子供が「こわい」と言うような、か細くて、頼りない声。


 ……ああもう。

 どこまでポンコツなんだ、こいつは。


「ったく……しゃーねぇな」


 呆れたふりして片腕を伸ばし、そっと抱き寄せる。

 その瞬間、彼女の身体が小さく震えた。


 触れてわかる。肩の線の細さ、背中の冷たさ、どこか力の抜けた抱きしめ返しの弱さ。

 強がりの仮面が、静かにほどけていくのが伝わってくる。


 ──戦いが終わったあと、誰がその傷を癒やしてくれるのか。

 魔術でも、薬でも癒せないものが、たしかに存在する。

 そして俺には、それをどうにかする手段も力もない。ただ、こうして黙って隣にいることしかできない。


 ……それでも、そうしてほしいと誰かに思われたのなら。

 その無力さにも、少しだけ意味がある気がした。


「……なに赤くなってんだよ」


「……顔、見るな」


 布団の中、シロは小さく縮こまりながら、耳まで真っ赤になっていた。

 お前、頼んできたの自分だろうが。


 そのうち、シロの呼吸が少しずつ深くなり、ゆったりとした寝息に変わっていった。


 俺はその髪をひと撫でしながら、静かに目を閉じる。


 ……明日も、何事もなく日が昇りますように。

 ──そんな、ひどく凡庸な願いを、ただ心の中で繰り返した。


 ●


「おっはよー……って、アッシュ!? 今シロの部屋から出てきた!? ちょっとちょっと! これ全年齢対象の冒険譚だよ!? 急にジャンル変更しないでくれる!?」


 翌朝、廊下に出た瞬間、飛びかかるようにしてクロが俺を指差した。


「いや、そういうんじゃねぇよ……」


「へぇ〜〜? じゃあ何してたのかな〜〜? もしかして一緒にお風呂入って──」


「それはお前の願望だろうが! いいから落ち着け!」


 そう言ってると、ちょうど後ろの部屋の扉が開いて──

 シロが寝癖全開、顔を真っ赤にして飛び出してきた。


「ち、ちちち違うから! ただ一緒に寝てただけで! あの、誤解しないで! 変な意味はないから!」


「その言い訳がすでにやばいっつってんの」


「えっ……? 一緒に寝たの……?」


 クロの目がキラーンと輝いた。


「なにそれずるい! 私もアッシュと寝たい! えっちな意味の方でも全然いいよ? いやほら、顔赤くないし? むしろ今なら健全にいける!」


「全力で断る。あと健全の定義見直せ」


「え〜〜!? なんで!? いいじゃんちょっとくらい! アッシュぅ〜〜、お願い、ぎゅってしてぇ〜〜〜!」


「やだ。お前、寝てる間に肘かましてくるじゃねーか」


「えへへ、それも含めて愛情表現〜♪」


 朝の廊下は、やけに騒がしくて、ちょっとだけうるさくて──でも、たまらなく懐かしい温度を孕んでいた。


 そしてその日のシロは、明らかにいつもよりご機嫌だった。


 朝食では口数が少し多くて、笑い方もほんの少しだけ柔らかかった。

 魔術講義はなぜか三割増しで長くて、クロに怒られても「ふふ、なるほど」なんて言って流していた。


 俺のことは、何事もなかったように見て──でも、ほんの一瞬だけ、目が合うと照れて目をそらした。


 たぶん、それで十分だった。


 平穏な日常。

 戦場の勝利や魔法の秘宝よりも、はるかに価値のあるもの。

 それは、手にした者にしか分からない、尊い“今”だった。


 そしてきっと、俺たちはまた戦いの中へ戻っていく。

 誰かを守るため、自分の手で壊したものを取り戻すために。


 それでも──


 ほんのひとときだけでも。

 こんな日常が、終わらなければいいと願ってしまう自分がいる。

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