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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
二章『祝福なき婚礼、誓いの怪盗』
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30話『神聖なる反逆』

 ──来た。


 その瞬間、俺の全身の細胞が総立ちになった。筋繊維の一本一本が硬直し、骨の奥から震えが突き上げてくる。喉の奥が勝手に鳴り、背筋が凍るのに、それでも胸の奥が熱くなる。


 上空から注がれるのは、神罰と呼ぶにふさわしい黒白の閃光。


《断罪闇光(サンクティオ=レイ)》。


 レオニスが満を持して放った、世界そのものを断罪する光と闇の制裁。大気が振動し、天蓋が軋む。空の全てが、一つの意志のもとに歪められていく。


「闇に堕ちた光を、光に成り果てた闇を」


 それは、ただのカウンターじゃない。

 神の裁きを、神に返す──


「そのすべてを、この刃に映し、照らし、打ち砕く──!」


 フィリアが叫ぶ。声は震えていなかった。むしろ、この嵐の只中にあるのが似合いすぎているほど、凛と響いていた。


 華奢な腕が天を指す。その手にあるのは、世界を貫く一振り。聖なる名を冠するその剣が、咆哮のように輝きを増していく。


 放たれた魔力の奔流に真っ向から立ち向かうフィリアの姿に、一瞬、視線を奪われる。というか、吸い寄せられた。


 光が、大気を焼き裂いた。いや、それはもはや“空間ごと”ねじ切っていた。


 視界が白と黒の交錯に染まり、音という音が、すべて──すべて消し飛ぶ。


「《神聖なる反逆ディヴァイン・リベリオン》ッッッ!!!!」


 天を斬り裂く絶叫だった。

 ただの技名の発声じゃない。魂の芯から搾り出すような、覚悟と怒りと願い、すべてを詰め込んだ叫びだった。


 それが、嵐の中心に立つ少女──フィリア・ルミナリアという存在を、確かにこの世に刻み込んでいた。


 彼女こそが、当代《勇者》。


 その剣が、雷鳴を超えて、闇を貫いて、《断罪闇光》へとぶつかった。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」


 激突。


 それはもう、単なる攻防じゃなかった。

 まるで宇宙の二極が、偶然この一点で交差してしまったかのような、存在意義の衝突だった。


 フィリアが掲げる聖剣は、まばゆい金色の光を纏っていた。


 その光は──まるで命を削って燃やす灯火。儚くも、美しく、それでいて決して揺るがぬ焔。


 光と闇。昼と夜。正義と悪。信念と支配。

 そのすべてが、今この空間で真正面から衝突している。


 空間が軋む。空が裂ける。大地すら、その衝撃に身を捩らせる。


 轟音。衝撃波。空気が、破裂する。

 それでも、フィリアは剣を振るうのをやめない。


 ──否、やめられない。


 それが、《神聖なる反逆》の真の意味だった。


 強大な魔力を含んだ魔法、それも絶望級の破壊力を持つ一撃を反転し、敵に返す。


 それが、この奥義。


 だが、ただの反射ではない。光の鏡ではない。これは、“力”と“信念”のぶつかり合いを、“覚悟”によってねじ曲げる魔法だ。


 敵の暴力を、自らの命と魔力を賭けて否定し、その意味すら捻じ曲げて返す。


 だからこそ、《跳ね返す》には、それ以上の覚悟と、出力と、魂が必要なのだ。


「っ……くぅぅぅ……!」


 フィリアの唇が、噛みしめすぎて血が滲んでいた。歯を食いしばる彼女の横顔には、もはや恐怖も弱音もなかった。ただ、一つの意志が、そこにあった。


 肩は震え、剣を握る両手も限界の悲鳴を上げている。


 それでも、彼女は倒れない。

 倒れられない。


 この力はただのカウンターじゃない。跳ね返すには、跳ね返すだけの力がいる。


 フィリアの《神聖なる反逆》は、まるで美しくも危うい刀剣舞のように、ただ光と闇の境界線の上で、今この瞬間だけ、輝いていた。


 だが──


 剣先が、わずかに押し返される。


 そして、地面にひびが走った。

 フィリアの足元から、大地が“ひしゃげる”ような、重い音が響く。


 ズン……ズン……と、大地が割れていく。

 まるで巨大な何かが、地中を這っているかのような不吉な音が、空間を支配する。


「このままだと……魔力がっ……!」


 フィリアが呟いたその声は、もはや悲鳴だった。


 身体が削がれている。


 魔力と一緒に、命が削られている。


 その様子を見た瞬間、俺の中で、何かが──明確に、音を立てて、弾けた。


「……!」


 気づけば、俺は──


 フィリアの剣を握る手に、自分の手を重ねていた。


 無意識だった。でも、自然だった。いや、それ以外の選択肢など、最初から存在しなかった。


 やつを倒すには彼女に頼むしかない──だが、それは俺が“見物客”でいる理由にはならない。


「一人が無理なら──二人なら、どうにかなるだろッ!」


 俺は、叫んだ。


 そして、自分の中の魔力をすべて──勇者の剣に、注ぎ込んだ。


 全身が痺れる。脳が焼けるような痛みが走る。耳鳴りが世界を包み、吐き気が内臓を揺さぶる。けれど、それでもいい。


 俺も、“戦う側”でなければならない。


「「はぁぁぁぁぁぁあ!!!」」


 フィリアと同時に、俺も吠えた。


 その瞬間、聖剣が──明確に、輝きを増した。


 白と黒の《断罪闇光》と、黄金の《神聖なる反逆》。


 両者が正面からぶつかり合い、爆音が空を引き裂く。


 それまで押されかけていたフィリアの剣が、ほんのわずか──五分まで、持ち直した。


 けれど、それまでだった。


 限界ギリギリ。


 勇者という主人公と、サブキャラである俺。


 魔力量も、才能も、格も違う。

 拮抗はしている。確かに押し戻せてはいる。


 でも、俺の力を加えたとて、“跳ね返す”には届かない。


 あと一歩。

 あと一手。


 その“最後のカード”が──足りない。


「……くそったれぇぇぇぇぇ!」


 喉が潰れそうなほど叫んだ。



 ──その瞬間だった。



 まるで、天上の帳が裂けたかのように。


 眩い光が、唐突に世界の縁から滲み出した。


 俺の腰に括りつけていた小袋──戦闘の最中など気にも留めなかったそれが、まるで異世界の心臓のように、鮮烈な輝きを発したのだ。


 あたりの空気が、ピンと張り詰める。音が消えた。戦場の喧噪、破壊の轟音、炎の爆ぜる音さえもが、遠くなった気がした。目の前のすべてがぼやけて、ただ、その小袋の一点だけが、まるで神の意志でも宿しているかのように、世界の中心となっていた。



《精霊石》。



 懐から、淡く発光する水色の結晶が覗いていた。いや、覗いているどころではない。それは、まるで自らの意思を持つかのように脈動し、拍動し、呼吸するかのような光を放っていた。


 心臓の鼓動と同調するかのように、律動する輝き。触れてもいない。掴んでもいない。ただそこに「ある」というだけで、俺の全身を巡る何かが、明確に変わったのを感じた。


 ──突如、体が軽くなる感覚。


 鉛のように重く沈んでいた四肢が、ふっと浮き上がるような錯覚に襲われる。肩にのしかかっていた重圧が霧のように消え、喉元に絡みついていた絶望が一息で吹き飛んだ。


 力が、満ちる。否、滾る。湧き上がる。


 指先から腕、胸、腹、脚──身体中を駆け巡るそれは、もはや魔力などという生温いものではなかった。熱だ。命の奔流そのものだった。


「アッシュ……!」


 隣でフィリアが声を上げた。


 その瞳が俺を見つめていた。驚きと戸惑い、けれどそれだけじゃない。信じられないという戸惑いの奥に、確かに笑みが浮かんでいた。張り詰めていた空気の中に、小さな“希望”が息を吹き返した瞬間だった。


 剣を握る手にも、確かな変化があった。拮抗していた力の均衡が、ゆっくりと、しかし確実に傾いていく。押し戻されていた剣が、わずかに前へ進む。


 脳裏に、過去の知識がよみがえった。


《精霊石は、勇者と姫にのみ許された加護装備》


《精霊の魔力を解放し、魔力の最大出力を一時的に限界突破させる》


 ゲームをやっていた前世の記憶。どこかの設定資料で見た覚えがある。ご丁寧に説明文も付いていたっけ。


 でも当時は、その加護も効果もあってないような扱いだった。自動発動もしなければ、任意発動もできない。バグなのか設定ミスなのか、結局“空気アイテム”として扱われていたはずだ。


 プレイヤーからは“宝の持ち腐れ”“エア装備”なんて散々な言われようだった。


 要するに──俺も、“ちゃんと使ったことがなかった”。


「……主人公補正ってやつかね! 勇者ちゃん……!」


 思わず、口元が緩む。

 こんな土壇場で、笑えている自分に驚く。


 だがその笑いには、確かな実感があった。


 指先から、押し込まれていた力が、するりと逃げた。

 今までこちらに襲いかかってきていた光と闇の奔流が、少しづつ、でも確実に前に進んでいた。


 剣を握る感覚が、確かに“変わった”と感じた。


「それはよく分からないけどっ! でも、いける!」


 フィリアが叫ぶ。その顔に、希望が戻っていた。

 さっきまでのあの張り詰めた表情とは違う。苦悶の中にも、確かな意思が宿っていた。


「ああッ! さっさと終わらせようぜ」


 精霊石から放たれる魔力が、俺たちの体内を一気に駆け抜ける。


 まるで熱を持った風のように、神経を這い、血流を遡り、五感すべてを覚醒させる。視界が冴え、聴覚が澄み渡る。時間の流れが変わったと錯覚するほどの集中力が、全身を満たした。


 炎でも冷気でもない。なのに、内側から湧き上がるその力は、魂にまで浸透してくる。


 それは、単なる魔力ではなかった。


 希望だった。

 運命に抗う、たったひとつの手段だった。


「俺と──お前でな」


 右手でフィリアの剣に触れながら、そう告げた。


 フィリアも頷く。無言で、それでも力強く。


 その刹那──


 聖剣が、眩い閃光を放った。


 光そのものが音を立てているかのような、錯乱と破壊と創造の轟きだった。


 世界が、音を呑み込んだ。


 耳鳴りすらしない沈黙。

 風も止まり、炎も凍り、空気が震えるのさえやめた。


 刹那の静寂。


 それは、ただの“技”ではなかった。


 共鳴。


 この一撃に込められたのは、俺の魔力でもフィリアの魔力でもない。“俺たちの”魔力だった。


「「──いっけえええええぇぇぇッッッ!!」」


 叫んだ。


 声が、腹の底から突き上げるように迸った。

 喉が裂けそうなほどの絶叫。それが、戦場の全てを貫く。


 そして──


 剣が、走った。


 風が千切れるような音を立て、大気が爆ぜる。暴風のような斬撃が放たれ、床がめくれ、柱が軋む。


 空が震えた。


 フィリアの究極奥義《神聖なる反逆ディヴァイン・リベリオン》。


 それが、《断罪闇光(サンクティオ=レイ)》を正面から穿ち、砕く。


 光と闇が、砕けた。


 均衡していた力が、崩壊する。


 まるで神話の一節が、現実となったかのような光景だった。天と地が引き裂かれ、色彩が反転し、正義と悪が共に消失する瞬間。


 そこに残ったのは、黒と白の螺旋だった。


 だが今度は、それを黄金の輝きが包み込み“逆向き”に回転し始める。


 否応なく収束し、力を蓄え、矛先を変える。

 レオニスに向かって、一直線に。


 まるで言っているようだった。


 ──「お前の正義は、ここで終わりだ」と。


 地面が割れた。

 大聖堂の柱が次々に崩れ落ちる。

 天井がひび割れ、光が入り込む。


 レオニスの顔に、初めて“恐怖”が宿った。


 あれほど余裕綽々だった男が、今、確かに目を見開いている。


《神聖なる反逆》によって返された魔力は、ただの反射ではない。こちらの魔力と融合し、強化され、意思を持った反撃として叩き返されたのだ。


 その光は、世界そのものを包む金色の閃光だった。


 天井が砕け散り、ステンドグラスが光の花となって舞い落ちる。柱が倒れ、床がひび割れ、聖域に築かれた虚飾が、音を立てて崩れていく。


 白と黒。

 正義と悪。

 真実と嘘。

 過去と未来。


 すべてが、その一撃に呑み込まれていった。


 そして。


《断罪闇光》が──完全に、砕けた。


 怒涛の魔力が、収束と同時に炸裂する。


 黒と白の螺旋が、黄金に染まりながら回転し、レオニスの身体へと吸い込まれていく。膨大な魔力が一点に集束し、彼の奥義をそのまま飲み込みながら、暴力的なまでの力で叩きつける。


 もはや抵抗など意味をなさなかった。


 帝都大聖堂を包んだその光景は──まさに、世界そのものの色を塗り替えるものだった。

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