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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
二章『祝福なき婚礼、誓いの怪盗』
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29話『逆転の一撃』

 私──フィリアは、モノクローム怪盗団のリーダーアッシュと共闘をしている。

 姫を、この国を守るために。


 こんな事になるなんて、最初の出会いからは想像もできなかった。

 だって、怪盗団と共に姫と国を守るために共闘するなんて──どんな物語なのだ、と思ってしまう。


 ファーストコンタクトで──彼は煙に身を隠し、ヤクザキックとか言って私を蹴り飛ばされたっけ。


 でも今は、誰よりも心強い味方だった。

 共に横に立つ事に、嬉しさと懐かしさを感じていた。


 最初は憎たらしく感じていたけど、段々とただ単に悪いやつでは無いのかなって思い始めてきていた。

 だって、街の人たちから、モノクローム怪盗団の悪い噂を聞いたことがなかったから。ミルディア王国の市民や貧困層からは、私もびっくりするくらいに支持されていた。「ポンコツだけど、私たちを見捨てない、憎めない奴ら」だって。


 そして、もう一つ。

 私が彼を気になり始めている理由がある。


 ──それは。


 彼のその眼差しが。皮肉を言いながらも立ち上がるその姿が。

 かつて“先代”勇者であった今は亡き──私の兄に、どこか似ているように思えてしまったからだった。



 夕暮れの帝都は、燃えていた。


 空が赤いのは、陽のせいじゃない。

 いや、たしかに太陽は沈みかけてる。けどこの赤はもっと濃い──どす黒い赤。

 火のついた蝋燭みたいに。息を吹きかけたら消えそうで、それでいて消せない炎。


 あの大聖堂の尖塔はもう半分崩れ落ちて、瓦礫の中から立ちのぼる煙には、かすかに焦げた魔力の臭いが混じっている。血と鉄と、戦争みたいな空気。

 誰が見たって、そこは「戦場」だった。


 もはや、どれが夕焼けで、どれが地獄の余熱かなんて、判別不能だ。


 姫とシロは近衛兵たちに守られ、戦場の最前線から避難させられていた。

 彼女たちに傷がつくのははまずい。というか、物語として詰む。

 近衛兵達はレオニスにとって本気を出すためには邪魔だったらしく、会場内の避難誘導に尽力しこの場にはもういない。


 だから今、ここに立ってるのは──俺と、勇者フィリアだけだった。


「……息、あがってんぞ」


「……知ってる……でもまだ、いける」


 フィリアは俺の隣で、肩で息をしながらも、剣を手放さなかった。

 左肩の鎧は割れて、そこから血が滲んでいる。

 それでも──この状況で、彼女は前を向いて立っていた。

 勇者ってのは、そういう生き物なのかもしれない。


 俺は一歩前に出て、崩れた瓦礫の上に足をかける。

 靴底がずるっと滑って、乾いた血の上を引っ掻く音が鳴る。


 バランスを崩しそうになって、それでも倒れない。


「……滑っても転ばないのが、成長ってやつかね」


 皮肉のつもりで呟いたのに、自分でもちょっと驚いてる。

 たぶんポンコツ時間の俺なら、もうとっくに尻もちついてた。

 今の俺は──なんだかんだで、戦場に立ててる。


 俺たちの正面には、ひときわ黒いシルエットが佇んでいた。


 レオニス皇太子。


 ──今となっては、あの皇子様とは似ても似つかない。


「……タフだね、ほんとに……」


 フィリアの声には、呆れと、少しの焦燥が混じっていた。


 それもそうだ。

 レオニスは、その右腕こそ大きなダメージを負っているのだが、ここまでの戦闘で致命傷を一つも負っていない。

 俺たちは魔力もポーションも使い切って、もはや気合とテンションだけで立ってるってのに。


「殿下。そろそろ倒れてくれないと、こっちが限界なんだけど」


 わざと軽口を叩いた。でも、それは願望に近かった。

 リソース? ゼロ。

 ポーション? ない。

 魔力? すっからかん。

 気力と根性? 今まさに寿命を迎えそう。

 ギャグ? ……そろそろネタ切れ。


 なのに──


「限界? それは良い……ようやく、この“舞台”が整ったようだ」


 レオニスの口元が、うっすらと綻んだ。


 それは、これまでのどの場面よりも「嬉しそう」な顔だった。


 奴は赤と金のマントをゆるやかに脱ぎ、宙に投げる。

 それが風にひらりと舞って──落ちるより早く。


 世界が、ずん、と軋んだ。


 音じゃない。これは、感覚だ。


 空気が揺らぎ、視界がねじれ、音のない振動が骨の奥まで突き刺さる。

 立っている地面ですら、どこか遠くの大地のように感じた。


「……おいおい。もう魔王軍の力、隠す気ねーじゃん……」


 自然と出た声だった。吐き捨てでも、冗談でもない。

 レオニスの背中から生えたもの、それは──翼。

 ただの翼じゃない。人間の常識を逸脱した、黒く、禍々しく、ねじれた“闇の器官”。


 それを見た瞬間、何かが決定的に壊れた気がした。


「──最初から、こうするつもりだったのね」


 フィリアが呟いた。


 レオニスの目が、赤黒く染まっている。

 その口元には、確かな笑みが浮かんでいた。


 こいつ、“癒着”とか“裏切り”とか、そういうレベルじゃない。

 最初から、“人間を超える”ために──


「さて、覚悟はいいか。勇者、そして……怪盗よ」


 レオニスが、地を蹴る。


「ついに怪盗って呼んでくれたな! ありがとよ皇子様!」


 俺が叫んだ瞬間、視界から奴の姿が消えた。

 瞬間移動じゃない。速すぎて、目で追えなかっただけだ。


「ッ……重っ!」


 フィリアが咄嗟に剣を構えて、受け止める。


 金属と金属の衝突。火花。地面の瓦礫が粉々に砕ける。

 フィリアの剣が軋むほどの衝撃──もはや質量の暴力に近い。


「行くぞ、フィリア!」


「了解ッ!」


 俺は即座に、横からレオニスの死角に回って蹴りを叩き込んだ。

 正面は無理だ。だったら、俺は横道から“バカ”をやる。


 ──連携は、既に完璧だった。


「光魔導弾、連射!」


 フィリアが剣を構え、青白い光の矢を次々と放つ。


 それはまっすぐにレオニスを貫こうとした──


 だが。


「小賢しい」


 レオニスが嘲るように笑い、翼を広げる。


 次の瞬間、すべての魔導弾が空中で消し飛んだ。


 まるで、魔力そのものを翼が“呑み込んだ”みたいに。


「……あれはただの翼じゃない」


 俺は言葉を飲み込む。


 フィリアが見上げていた。

 その目には、ほんの一瞬、絶望が浮かんでいた。


 けど──


「──でも、届かせる」


 俺はそう呟いた。誰に聞かせるでもなく、自分自身に。


 フィリアがこちらを振り向いた。

 彼女の目に、覚悟が宿っている。


「アッシュ。合わせるよ」


「ああ」


 俺は重力を無視するように空中で回転し、剣を構える。


 フィリアは地面に魔法陣を展開する──

 聖なる楔。魔力の鎖で、相手の動きを封じる術式。


 ギギギギ、と。金属音にも似た、魔力のねじれ音。


 輝く鎖がレオニスを絡め取る。

 その動きが、一瞬だけ止まった。


 今だ。


「ここまで付き合ってやったんだ。今度は──こっちのターンだ!」


 俺が剣を振りかざして突っ込む。

 フィリアも剣を光らせ、地面を蹴る。


 ふたり同時。


 気持ちがリンクした。呼吸も、鼓動も。


 一撃で決める。そうしなきゃ、こっちが終わる。

 レオニスの顔が、一瞬だけ、驚愕に染まった。


「いける!」


 そう確信した、そのときだった。


 彼の背後の魔力が爆ぜる。


「──甘いッ!!」


 レオニスの叫びが、雷鳴のように響く。


 爆風だった。


 いや、爆風という言葉では甘すぎる。

 空間そのものを破壊する、“闇の咆哮”が、レオニスの背後から爆ぜた。


「な──ッ」


「く、そっ……!」


 次の瞬間、視界が白に染まり、衝撃波が吹き抜けた。

 空間ごと──“爆ぜた”。


 俺とフィリアの突撃が、正面から薙ぎ払われた。

 視界が、白と黒に塗り潰される。

 空気が、壁みたいに圧縮されて押し寄せる。


 全身が弾かれた。


 瓦礫の山に叩きつけられて、肺の空気が全部抜ける。


 ゴン、と背骨が音を立てた気がした。

 喉から変な声が出る。口の中に広がるのは、鉄の味。


 フィリアも同様だった。

 彼女はがれきに背中を預けて倒れていた。

 鎧の装甲がひび割れ、剣が手から滑り落ちている。


 それでも、俺は──


「……ふ、ざけんなよ……」


 まだ、立てる。

 いや、立たなきゃ、終わるのは俺たちだ。


 瓦礫の隙間から身を起こした俺の目に、まず飛び込んできたのは、血まみれで笑っているレオニスの姿だった。


「……くそ」


 口の端から血を拭って呟く。

 こっちは剣すら握り直すのに時間がかかるというのに、あいつときたら──。


 その姿はもう、「皇太子」なんてカテゴリじゃ括れない。

 人間の枠を外れたなにか。

 人の理から滑落した怪物。


 闇の翼が、音もなく膨張していく。

 ぐにゃりと空間ごと歪めながら、左右対称に伸び、ねじれ、開いた。


 そして、次の瞬間──


「──ようやく、隙ができたな」


 レオニスの声は、もはや笑っているのか叫んでいるのか、判別すらつかない。

 だが、その口元には確かに、勝利を確信した者だけが浮かべる、邪悪な“余裕”があった。


「これで終わりだぁぁぁあ!!」


 闇が、咆哮する。


 天を突くほどに隆起した魔力の奔流が、レオニスの背後に巨大な魔方陣を形成し始めた。

 白と黒の光が幾重にも絡まり、渦を巻く。

 まるで天上の神が使う秤のように、絶対的な正義と悪が両天秤で釣り合っている。


 ──否。違う。


 これはもう、「善悪」じゃない。

 “正しさ”そのものが歪んでいる。


「──断罪闇光《サンクティオ=レイ》ッ!!」


 レオニスの剣が天を穿つ。

 そしてその剣に、黒と白の二重螺旋の光線が収束していく。


 重力をも無視する速度で──いや、重力ごと書き換える“力”で。


 空間が軋んだ。

 空が唸った。


 俺は、息をすることすら忘れていた。

 あれは──この国に伝わる伝説の奥義。

 だが、それは闇の魔法により歪に凶悪な技へと昇華していた。


 そこにあるのは、天罰の光。

 それに加わる、破滅の闇。


 それは「裁き」じゃない。「絶望」そのものだった。


「……来た、アッシュ」


 ふと横を見れば、瓦礫の向こうから立ち上がる影がある。


 フィリアだった。

 左肩から血を流し、右手に剣を持ち直しながら、俺を真っ直ぐに見ていた。


 その瞳に宿るものは、恐怖でも、諦めでもなかった。


 覚悟──だった。


 俺は思わず笑った。血が滲むのも構わず、口元だけで笑った。


「相手の高威力魔法……戦場に散らばった濃密な魔力……これ以上ないタイミングじゃねーか」


 そう。条件は整ってる。


 ここまでの戦闘で、大気中には異常な量の魔力が漂っていた。

 無数の魔導弾と、ぶつかり合う魔力を込めた剣戟、

 瓦礫に染み付いた残滓。

 レオニス自身の膨大な魔力。

 クロ達とヴァルグの激しすぎる魔法対決。


 そして今、この状況。

 サンクティオ=レイの発動。


 これ以上はない。

 これ以上の“舞台”は、この世界のどこにもない。


 フィリアは、そっと剣を天に掲げた。


「この奥義は……全てを“返す”技」


 ──それは、勇者の剣に託された最後の力。


 “世界を裏切る者”に立ち向かうための、たった一つの逆転の可能性。


「やれるか?」


 俺が問うと、彼女は迷いなく頷いた。


「やれるよ。アッシュと一緒に──やる」


 ああ、そうか。


 この瞬間を、俺たちはずっと目指していたんだ。


 戦って、倒して、終わらせるために。


 “俺たち自身が選んだ”この戦いを、全うするために。




「──我が剣は、裁きを拒む剣」




 地面が光った。


 フィリアの足元から、緻密な魔法陣が瞬く間に展開されていく。

 その輝きは、レオニスの放つ禍々しい闇と正面から対峙しても、一歩も退かない黄金の力。


「虚偽の正義よ、歪んだ神意よ。

 この身を焦がそうとも私は抗う。

 世界が否と叫ぼうとも」



 剣が、輝きを増していく。


 魔力のうねりが収束し、大気を切り裂く光線が、フィリアの剣に吸い寄せられていく。


「闇に堕ちた光を、光に成り果てた闇を」


 それは、ただのカウンターじゃない。

 神の裁きを、神に返す──


「そのすべてを、この刃に映し、照らし、打ち砕く──!」


 全ての正義に、正義の反逆をする者の剣だ。



「《神聖なる反逆ディヴァイン・リベリオン》ッッッ!!!!!!」



 フィリアの瞳に、確かな光が宿る。

 それは、世界の理に抗う“勇者の意志”。


 剣が一閃する。

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