27話『開戦、その祝福を打ち砕け』
「さて、“神の祝福”の代わりに、暴露と反逆を始めましょうか」
壇上に立った俺は拡声器を片手に、軽く笑った。
──ああ、俺は今、歴史のど真ん中で悪目立ちしている。
貴族たちの間に走るざわめきは、最初は戸惑い、次に恐怖、そして最後に怒りに変わった。騎士の一団が、練習通りのぎこちない動きで剣に手を伸ばす。
たぶん、こういうのを「様式美」って言うんだろう。
どんなに顔ぶれが違っても、こういう連中は“剣に手を伸ばす”ところまでがテンプレートでできてる。
でも今日は、そうはいかない。
俺は構わず言葉を続ける。
「シロもいるんだろ、ここに。……色々、下調べはしてきたからな」
もちろん、これはハッタリじゃない。ハッタリはもっと大げさにやるもんだ。
シロがこの式場に連れてこられるって確信したのは昨晩。
クロが帝都の地下を這い回って集めてきた断片情報。シロが自力で隠した“痕跡”。見張りすらもこの会場に回す徹底ぶり。それと、俺のどうしようもなく悪い勘。
俺とフィリアが立ち並び、その正面に相対する男は口を開いた。
「ほう。鋭いな」
レオニス・バルナス。バルナス帝国の第一王子にして、未来の玉座の所有者。
だがその実態は、違う。
外見だけ立派で、中身は空っぽの、魂の芯から腐ってるやつ。
そんなのがこの国を率いるって? 冗談じゃない。
だから今日、俺たちはここに来た。
レオニスの指が、すっと鳴る。
重たい扉が軋みながら開かれる。鎧を纏った従者が無言で現れ、その背後には、両腕を後ろで縛られ、首には魔力を封じる拘束首輪をつけられた少女──シロがいた。
フィリアが息を呑む。
「シロ……!」
俺も、一瞬、呼吸を忘れた。
「まったく……遅いよ、アッシュ」
当の本人はというと、いつも通りの薄い笑みを浮かべていた。
状況が最悪だろうと、俺に文句を言えるだけの元気はあるようだった。
その笑顔に、どこかで少しだけ救われる。少しだけ、な。
「無事そうで何よりだ」
俺がちらとだけ視線を送ると、シロは目で「まぁね」と返した。
この目配せは何度やってきたかわからない。
こっちが何も言わなくても、シロは俺の考えを読み取るし、俺も同じだ。
この距離でも、それは変わらない。
こちらを見ていたレオニスが、壇上の階段を一歩降りながら告げる。
「人質などというせこい真似はせん。そんなことをせずとも、貴様らを倒すのは容易だからな」
静かに、しかしどこか嘲るような口調だった。
「……後悔するぜ?」
俺の声は自然に出た。脅しでも怒りでもなく、ただの予告。
「させてみるが良い」
レオニスは短く返した。言葉の重さも、意味も、何もなかった。
でも、それでいい。
これから言葉よりも重いものを、ぶつけ合う時間だ。
この“茶番劇”に、俺たちの手で終止符を打つ。
──それだけの話だ。
次の瞬間──。
パァンッ、と何かが炸裂する音がした。だがそれは魔法でも爆薬でもなく、ただ床を強く踏み鳴らした音。
それはまるで、この神聖なる聖堂に、地響きの前触れを告げる鐘のようだった。
同時に、天井から石くれが降り注ぎ、冷たい破片が無数の影となって四方へ跳ねた。床の魔力陣が赤く瞬き、じわりと血の臭いが漂う。焦げた匂いと混ざり合い、空気は一変した。
戦いの匂いだ。
俺とフィリアは互いの視線を交わし、同時に動き出した。レオニスの剣が、鋼の刃を煌めかせてこちらに振り下ろされる。
「来い!」
俺は手に握る拡声器を捨て、素早く剣を握った。
火花が散る。刃と刃がぶつかり合う激しい音。鉄の熱気が俺たちを包み込む。
●
「さあ、はじめようか。こちらも」
ヴァルグは両手を軽く構え、狂気の笑みを浮かべた。魔王軍幹部、その名にふさわしい魔力。狩人のような冷徹な瞳が、獲物を鋭く捉える。まるで次の瞬間に獲物を噛み殺すかのような静かな殺意が、大聖堂の重厚な空気を震わせた。
「下がれ!」
ダリオが怒声をあげ、盾を前に突き出す。金属同士が鳴る音が石の床に響き渡り、戦いの幕開けを告げる。その背後で、ノアの指が滑らかに動き、詠唱が始まった。
「コード:イグニス、コード:ゲイル……詠唱加速、開始」
炎と風が交錯し、うねるようにヴァルグを包囲する。赤い火炎の塊が竜巻のように旋回し、白銀の風がそれを駆け巡る。轟音とともに空間が裂ける感覚。だが、ヴァルグはびくともしなかった。
「爆ぜろ、バクハツ!」
クロの声が切り裂く。掌から放たれた炸裂魔法が竜巻に飛び込み、一瞬で爆発を起こした。爆煙と火炎が柱の一つを根元から吹き飛ばし、破片が無数に舞う。火薬の匂いが辺りに充満し、瞬間的に大聖堂が戦場へと変貌した。
だが、ヴァルグは動じなかった。
「グラヴィティ・フィールド」
彼の指先が一振りされると、空間の重力が歪む。攻撃魔法は岩の塊に阻まれ、辺り一帯が重くのしかかるようにうねり始めた。地面が呻くように揺れ、三人の身体を瞬時に鉛のように重くする。
「ぐっ……!」
盾を地面に突き刺すダリオの足が微かに震える。だが、彼の瞳は怯えず、堅く戦意を保っていた。
ノアはすぐに魔法の属性を切り替え、指を翻す。
「コード:フリーズ!」
冷気の霧が一斉に爆ぜ、空間の広範囲を凍結の膜で覆い尽くす。氷結の結晶が煌めき、舞い散った。
しかしヴァルグは氷結の層を容易く砕き、霧散させた。
「グラヴィティ・インパクト!」
床が跳ねるように歪み、重力が逆転。三人は宙に浮くかのような錯覚に襲われ、身体の制御を一瞬失う。
「フフ、なかなか面白い。もう少し暴れてもらおうか!」
ヴァルグの背中から黒い触手のような腕が無数に蠢きだした。人の形を逸脱した異形の暴力。肉体の限界を超えた因子強化がもたらす凶暴な進化体だ。
クロは呆れた声で叫んだ。
「喋りすぎなんだよ、変態!」
「ダリオ、今!」
「うおおおおおっ!!」
ダリオが咆哮とともに盾を構え、一直線に突進する。重力に抗いながらも速度は落とさず、全身の筋肉を爆発させた全力の一撃だ。
黒い触手の束が襲いかかる。
──激突。
盾と異形の触手が衝突し、轟音が大聖堂中に鳴り響く。地鳴りのような衝撃が壁を震わせ、ステンドグラスが微かにひび割れた。
砂塵が巻き上がる中、クロは冷静に構えを取り直す。背後でノアが次の詠唱に入った。
「コード:ボルテックス……!」
ノアの指先から雷撃が放たれ、黒い触手の周囲に巻き付く。電撃が裂けるように飛び散り、触手を切断していく。
「コード:ゲイル!」
暴風が吹き荒れ、バラバラになった触手が空中に散らばった。
しかし、ヴァルグは容易くそれを払いのけた。
「……これくらいで?」
彼が呟くと同時に、全身から黒い霧が吹き出し、触手はさらに増殖する。巨大な鎌の刃が幾本も飛び出し、三人を分断しようと振り下ろされた。
「ノア、ダリオ! 避けて!」
クロの叫びに合わせ、三人は即座に連携して回避行動へ。ノアは空中で連続魔法を繰り出し、ダリオは盾で刃を受け止める。クロは全身に爆破と衝撃の魔力を纏い、炸裂を繰り返しながら突撃を重ねた。
拳が触手に触れた瞬間、爆発が起きる。黒炎が巻き起こり、聖堂の壁を焼き焦がした。炎と影のぶつかり合いが視界を歪ませる。
「まだまだ!」
ヴァルグは黒い触手を自在に操り、連続攻撃を仕掛けてくる。しかし三人もただの的ではない。
ダリオは盾を軸に回転し、触手の動きを封じる。ノアは魔法で足止めし、クロは爆発魔法を撃ち込み隙を突く。
火炎が舞い、氷結が降り、重力が揺らぐ中、三人の戦闘は激烈を極める。
「いけるよ! 2人とも!」
クロが声を張り上げ、ダリオとノアは力強く頷いた。互いの役割を完璧に理解した連携プレイだ。ヴァルグの猛攻は徐々に押し返されていった。
爆炎が彼の触手を焼き焦がし、雷撃が増殖を阻止。ダリオの盾は刃を跳ね返し、ノアの氷結魔法が足を取った。
だが、ヴァルグの攻撃に一切の躊躇いはない。
「グラヴィティ・スマッシュ!」
大地が割れ、巨大な重力球が三人に向かって放たれる。
「クロ、避けて!」
ノアの叫びが飛ぶ中、クロは爆発魔法で急激に加速し、ギリギリで重力球の直撃を回避した。周囲の爆炎が一気に膨張し、巨大な火柱となって空間を焦がした。
「はぁぁぁぁぁあ!!!」
クロの叫びが響き、掌から火と爆発の魔法が集中し、連続爆発がヴァルグを一気に追い詰めていく。
大聖堂は激闘の炎と魔法の嵐に包まれ、三人の連携は、まさに爆発と魔法と鉄の舞踏そのものだった。
●
「ならば、王子としての“裁き”を受けよ──愚か者ども」
レオニスの声は無機質で、まるで拷問器具から漏れた鉄の悲鳴みたいだった。
そしてその手に握られた黒剣が、空気を裂いた。鉄の刃が光を拒むように黒く濁り、まるで夜そのものを鍛えて作ったような剣。そこに《祝福の因子》──人知を超えた力がまとわりついてるのが、皮膚越しに分かった。
冷や汗が背を伝う。これは、本物だ。まがい物なんかじゃない。
俺は剣を構えながら、ぼそりと呟いた。
「……その剣、黒いけどさ、ちゃんと研いでる? 錆びてんじゃね?」
どう考えても今言うことじゃなかった。知ってる、俺も。けど言っちゃうのが俺なんだよな。
案の定、横からフィリアの冷たいツッコミが飛んできた。
「そういうのいいから! アッシュ、行くわよ!」
俺たちは同時に跳ねた。
剣と剣がぶつかり合う。打撃の余波で床の石が砕け、空気が爆ぜた。
こいつ、やっぱりやばい。化け物じみた膂力と、鎧ごと魔力で強化された肉体。俺の斬撃は確かに命中してる。だが、刃が食い込まない。皮膚の表面にすら届いていない感触。まるで地面に剣を当ててるみたいな、変な跳ね返り。
「無駄だ。貴様の攻撃など、通じん」
レオニスが静かに告げた。ああ、うん、分かってた。でも、実際に言われるとムカつくな。
俺は地を蹴り、影の上を駆ける。敵の視界の外、死角を狙う。ステップ、ターン、跳躍。疾風のような動きでレオニスの背後に回り込むが、振り返る動作すらなし。
こいつ、完全に自分が“絶対”だと信じてやがる。俺たちの攻撃なんて、蚊の羽音くらいにしか思ってねえ。
フィリアが剣を突きつけながら、低く呟く。
「力も速さも規格外。やっぱり、こいつを正攻法で倒すのは無理そうね」
彼女の剣は完璧な軌道を描く。けど、レオニスは動かずに受け止める。剣と剣がぶつかる瞬間、逆に彼の黒剣がフィリアの剣を押し返していた。
「断罪闇光《サンクティオ=レイ》……その身を焼き尽くしてやろうか」
レオニスの身体に、光と闇が混ざったような奇怪なオーラが灯る。その中心から、空間が歪み始めた。
フィリアが言ってた。これは聖属性と闇属性の混合魔法──本来なら正反対のエネルギーだ。それをねじ伏せて融合させてるってことは、こいつ、やはり《祝福の因子》に完全に適合してやがる。
「そうはさせない!」
俺は飛び込む。トリック・アーツによる強化された足技。足を彼の足元に打ちつける。狙いは詠唱を止めること。だが、その足元は大地に根差した大木のようにびくともしない。
しかし、狙いはそれじゃない。止められた足に力を込めて思い切り床を踏み締める。
大きな音が鳴り、振動が伝わり、床が砕けた。レオニスの体勢がわずかに崩れる。
「……チッ」
低く舌打ち。成功だ。詠唱が止まる。
体勢を崩されたレオニスはよろけながらも後ろへ下がる。
フィリアがすぐさま動いた。炎のように舞い、黄金の剣が風を裂いて走る。
その剣が、レオニスの鎧の二の腕あたりを砕いた。火花が散る。確かな手応え。
「さっすがフィリア──バカ火力さんきゅ」
「バカ火力いうな!!」
俺はその隙を逃さず突っ込む。剣の軌道を変えながら、連撃。腕、肩、腰、膝──あらゆる関節に連撃を加える。
だけど、壁みたいな感触。こっちの力がそのまま返ってくる。跳ね返された剣圧で俺の手首が痺れた。
「しつこいぞ」
次の瞬間、彼の黒剣が──大砲みたいなスイングで振り下ろされる。避けきれない。
衝撃。
俺の身体が宙に浮き、ステンドグラスに叩きつけられた。視界が回り、肺から空気が抜ける音がした。
「アッシュ、大丈夫!?」
フィリアの声。けど遠い。耳がキーンと鳴ってる。
それでも、立ち上がらないと。
俺はよろけながらも足に力を入れた。
「まぁな。背骨にヒビが入ってなきゃ、だけど……笑ってごまかす余裕は、まだある」
苦笑しながら、剣を構え直す。隣を見ると、フィリアも額に汗を浮かべながら同じように構えていた。
「こいつは俺たちが思ってる以上に、ずっと強い。だけど、俺たちもここで負けてられない」
俺の中にある焦燥と、冷静さと、戦意。それが全部混ざって、言葉になった。
「さあ、踊ろうぜ、フィリア」
次の瞬間、レオニスが踏み込む。剣が風を裂いて迫ってくる。
──完全に見切った。
フィリアが防御に回り、俺は背後から急襲。足元の瓦礫を蹴り上げ、目くらまし。
「っ……!」
レオニスの表情がわずかに歪む。その右腕。砕けた鎧の隙間を狙って斬撃。
剣先が肉に食い込む感触。
「痛いんだろ?」
そう呟きながら、俺は更に斬る。一点集中。そこしか通らないなら、そこだけを何度でも斬る。
フィリアも同じ場所を狙って、突き。鋭い一撃が走り、レオニスの右腕に血飛沫が散った。
「いくら“祝福の因子”で強化されようと、内側はただの人間の肉体……防げない場所はある。届かない攻撃なんて、ない」
息を吐く俺に、レオニスが睨みを向ける。
「…………この程度でいきがるなよ、盗賊如きが」
その声に怒りが混じった。
言葉と共に黒い魔力が剥き出しになった二の腕の周りを包み込む。再度堅牢な鎧を構築した。
しかし、右腕を庇うような構え。もう完全な万全じゃない。
だから、俺は笑う。薄く、皮肉気に。
「あっれー、痛いのかな? 温室育ちは痛みに弱いんだよな」
「黙れ!!!」
黒剣が振り下ろされる。だが、勢いがさっきより鈍い。
俺は剣を交わし、フィリアとタイミングを合わせて横から連撃を入れる。
剣舞のように、剣戟の音が響く。
補強されたとはいえ右腕には血がにじみ、神のようだった威圧感が、わずかに人間の顔を見せ始めた。
レオニスは怒りに満ちた目で俺たちを睨む。
でも、俺たちはもう止まらない。




