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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
二章『祝福なき婚礼、誓いの怪盗』
26/63

26話『二度目の鐘は、誰を祝福する』


 それは、綺麗な朝でした。


 目を開けたとき、そこにはやわらかな光が満ちていました。


 帝都の朝は、どこか人工的なざわめきを孕んでるように感じられます。

 目覚めの鐘、衛兵の足音、遠くを駆ける馬車の音。それらが複雑に折り重なりながらも、この宿の一室だけは、まるで外界と切り離された小さな聖域のようでした。


「……朝、ですね」


 私──リシェルはベッドの上で静かに身を起こし、窓のほうへ視線をやりました。


 風が、カーテンをゆるやかに揺らしています。薄く編まれたレース地のそれが、まるで水面のようにひらひらと波打って──まるで、何かを誘うようでした。


 窓が、開いている。


 昨夜、きちんと閉めたはずなのに、と一瞬だけ眉をひそめますが、どこか懐かしい既視感のようなものが胸をよぎり、すぐにその表情は解けました。


 風の通り道にある小さな机の上に、一枚の紙がありました。


 何の変哲もない、一見すればただの白紙。けれど、私はその佇まいに、確かな気配を感じました。紙の上には、祈りにも似た魔力の残滓──文字の記されていないはずの面が、微かに淡く、瞬いている。


 私はそっと手を伸ばして、その紙に触れました。


 ──すると。


 まるで水面に手を浸したときのように、魔力がさざめき、やがて言葉が浮かび上がります。薄墨のようなその文字は、熱を持たず、ただそこに“在る”という意志だけを伝えてきました。


『一度目は失敗しました。

 しかし、今日──二度目は必ず成功させます。

 神の使徒に見届けてもらえるなら、これほど心強いことはない』


 それは、名前のない手紙でした。

 でも私は、読み終えるより先に、もう確信していました。


 これを書いたのは──あの青年。

 この間まで“グリ”と名乗っていた、あの人。


 優しい声をしていた。少しとぼけた調子で、けれど、その目は優しい人のモノでした。たとえ仮面の下で名を偽っていたとしても、あのときの熱だけは、確かに本物だった。


 そして今、この帝都で最も有名な名──“アッシュ”。


 帝国の皇子バルナスとの婚姻の儀の当日に姫を攫いだそうとした、黒と白の仮面の怪盗。

 愚かなほどまっすぐで、どこまでも不器用な、優しき嘘つき。


 私の心に、ひとつ、熱いものが灯るのを感じました。


 ──怖くないのでしょうか? 


 帝国を敵に回すことも、命を賭けることも。

 まるで何も怖くないように、守りたい人のためなら、どんな役でも演じようと。


「……不思議なお方ですね、ほんとうに」


 私は小さく息を吐いて、膝の上に手を重ねました。


 窓から吹き込む朝の風が、まだ紙に残る彼の気配をさらっていきます。

 その余韻だけが、部屋に残りました。寂しさというよりは──そう、“祈り”に近い想いが、胸の奥に満ちてゆくのを感じながら。


「帝国中から追われ、国の根幹に刃を向ける……それでもなお、正しいと信じるもののために剣を取る人。

 あなたは──守るために、世界を敵に回す人なのですね」


 私は立ち上がり、机に両手を添え、もう一度その文字を見つめました。


 その言葉に、偽りはない。

 そして、その決意がもたらす結末が、どうか救いのあるものであるようにと──心の底から、願わずにはいられませんでした。


 私は胸元から、銀の十字架を取り出します。


 それは、神に仕える身である証であり、私自身を律する枷であり、そして、私が私であるための拠り所でもあります。


 誰かを赦すために、私はこの道を選んだ。

 そして今、赦されるべき誰かが、そのすべてを懸けている。


「どうか……どうか、神の祝福を。

 アッシュ様に、勝利と、そして……赦しを」


 私の声は、誰にも届かないほど小さなものでした。

 けれど、その声は確かに、この部屋に、そして窓の外へと溶けていった気がしました。


 カーテンが、またふわりと揺れました。

 その揺れは、まるで「ありがとう」と囁くようで──私の胸に、ひとしずくの光を落としてゆきました。


 もうすぐ、また鐘が鳴るでしょう。


 帝都のざわめきが戻り、人々がそれぞれの正義と日常を歩き出す。


 その中で、彼は今日、ふたたびこの街を“盗む”のだと信じています。

 誰かの未来を、奪うのではなく、取り返すために──。


 だから私は、祈ります。

 その行いが罪であろうと、罰であろうと、どうかその心だけは、護られますようにと。


 神よ。


 あの人に祝福を。

 たとえ仮面の裏に隠れていても、その瞳が誰かを想い、誰かのために立ち上がる限り──

 その人が、正しく在れますように。


 それは、綺麗な朝でした。


 すべてがはじまる前の、一瞬の静寂。

 でも私は知っています。

 この静けさは、嵐の前のもの。


 けれど、どれほど強い風が吹こうとも、祈りは消えません。

 あの人がその足で歩く限り、私もまた、この祈りを重ねてゆくのです。


 風が、窓から吹き込んできました。

 私はそっと目を閉じ、その風を、胸の奥深くで抱きしめました。


 ●


 帝国大聖堂。


 かつて、数え切れぬほどの祈りが捧げられ、祝福と涙が交差し、希望と絶望が同時に詰め込まれてきたこの場所に、今日もまたひとつの「式」が、始まろうとしていた。


 ──二度目の結婚式。


 皮肉なまでに、同じ舞台。

 皮肉なまでに、違わぬ演出。

 皮肉なまでに、予定調和。


 まるで、神が暇つぶしに押したリピートボタン。


 祭壇前。並ぶ参列者たちは、前回とほぼ変わらぬ配置に静かに立ち尽くしていた。誰もが整った姿勢のまま、息を殺し、視線を前に固定している。

 その姿はどこか、舞台装置のようだった。生きた人間というよりは、あらかじめ配置された駒。空気を読んでいるのではなく、空気そのものになっていた。


 外交官。軍幹部。聖教会の大司教たち。帝国騎士団。

 帝国の骨格とも言うべき連中が、まるで“模範的な傍観者”のように列を成している。目立つ者はいない。語る者もいない。そこにあるのは、ただ一様な沈黙だけ──否、それは沈黙ではない。


「抑圧」だった。


 無音の、無色の、無味の圧。まるで空気中に目に見えない重力が充満しているかのようだった。


 そして、その重力を象徴するかのように、警備は前回の式典と比較にならないほど強化されていた。


 両脇には近衛兵。無表情の仮面をつけたような男たちが、一糸乱れぬ陣形で並ぶ。聖堂の高窓には、目を凝らせば見えてくる狙撃兵の影──彼らの指は、すでに弓の弦にかかっていた。祝福と共に矢が飛ぶ式なんて、洒落にもならない。


 白亜の聖堂は、この日だけは純白の牢獄だった。


 そんな中。


 中央のバージンロードを、ひとり歩む純白の花嫁。


 アメリア姫。

 アルヴィエーレ公領の姫にして、帝国の“女神像”。

 今日の彼女には、たしかにその名にふさわしいほどの美しさと──そして、ふさわしくないほどの無表情が貼り付いていた。


 ヴェールの下、透き通った白肌に浮かぶその顔からは、生気というものがまるごと削ぎ落とされていた。まるで感情を持つこと自体が、禁止された存在のように。


 だけれども、その瞳には。

 今度ばかりは希望が滲んでいることを――誰も気が付いてはいなかった。


 その傍に立つのは従者ではない。

 そもそも、従者など最初から存在しなかったのだ。

 代わりに立っているのは──ヴァルグ。


 優しげな微笑を浮かべながら、冷えきった蛇のような目をして、花嫁の肩に軽く手を添えている。


 その所作はあまりにも丁寧で、逆に恐ろしい。

 毒を持つ獣が、真綿で人の首を締めているような矛盾。


 純白の象徴の横に立つ黒衣の毒。

 この国の現状を、言葉よりも雄弁に物語る構図だった。


 そして、祭壇。

 その前に立つのは、レオニス皇太子。


 ──薄い笑み。

 ──計算された頷き。

 ──この世のすべてが自分の掌に収まっているとでも言わんばかりの眼差し。


 言葉はない。

 だが、その存在感だけで周囲の空気を支配していた。

 神父が聖書を掲げる。

 厳かに口を開き、儀式を始めようと──


 その刹那、ステンドグラスの光が、一筋、揺れた。


 まるで、神が目を逸らしたかのように。


 だが──


 爆音はない。


 悲鳴もない。


 あるのは、むしろ異様なほどの──静寂。


 その静寂は、まるで耳鳴りのように鼓膜を圧迫した。

 張り詰めた空気の中、その沈黙を破ったのは──


 金髪の、小柄な少女の声だった。


「──待ってください」


 その声は、大きくはなかった。

 むしろ、落ち着きすぎていて、妙に現実味が薄かった。


 けれど、はっきりと聞こえた。

 まるで、最初からその言葉を聴くために世界が黙っていたかのように。


 フィリア。

 勇者の名を与えられた少女が、ゆっくりと列席者の間を進み、壇上の中央へと歩み出る。


 ドレスコードを無視した戦装束。

 場違いなその姿。

 けれど、それ以上に異物だったのは、彼女の眼差しだった。


 まっすぐで、曇りがなくて、決して折れそうにない──

 そんな目をする人間を、この場の誰一人として想定していなかった。


 足元は震えていた。

 呼吸もやや早い。

 それでも彼女は、止まらなかった。


「……本日は、誠におめでとうございます」


 一礼。

 形式に則った、それだけの所作。

 だが、形式は、破るために存在する。


 顔を上げたフィリアが口にしたのは、祝福ではなく──


「──ですが、その祝福に、疑義ありです」


 ざわり、と。

 まるで水面に石が投げ込まれたように、観客席が揺れる。


 突然の割り込み。勇者の、謎めいた言葉。

 次第にざわめきが混じり合い、教会全体が低い熱を帯びていく。


 フィリアは一歩、前へ。

 堂内を見回す。

 その背後には、すでにノアが立っていた。いつの間にか。まるで影のように。


 ノアが起動した魔導具から、ふわりと宙に浮かび上がる幻像。

 それは、契約書の映像──帝国と魔王軍との交渉記録。


 次々と投影される。

 貢納された資源。

 召喚された魔物兵。

 実験台にされた捕虜の記録。


 密室で交わされた密約が、今や聖堂の空中にさらけ出されていた。


「これは──帝国と、魔王軍の癒着の証拠です」


 静かに、しかしはっきりと、フィリアは言う。

 その瞬間、通路を走り抜けて飛び出すダリオ。


「そして、これが“魔王軍幹部”のリストだ」


 手にした書類を、無造作にばら撒く。

 紙片が風に舞い、参列者たちの膝に、胸に、手元に落ちる。


「その中には──この場にいる者の名もある」


 ダリオの指が示した先。

 人々の視線が吸い寄せられる。


 アメリアの隣に立つ、黒衣の男──


「ヴァルグ・ネファリウス、魔王軍幹部にして──参謀」


 空気が、一瞬止まり、次の瞬間、爆ぜた。


 どよめき。激震。

 参列者たちは口を押さえ、席を立ち、隣を見て、誰かの反応を確かめる。

 口々に叫ぶ。


「この式は……姫のためでも、ましてや民のためでもない!」


 フィリアの声は、怒りに震えていた。


「この式は、国家の闇を──帝国の偽善を──隠蔽し、悪事を正義にすり替えるための、ただの“茶番”です!」


 怒号。抗議。困惑。


「何を言っているのだ!」

「ば、馬鹿な!」

「証拠は……!?」

「こんな場で……正気じゃない……!」


 嘲笑、怒り、恐怖。

 感情があらゆる方向からフィリアに向かって押し寄せる。


 ──だが。


 その渦の中心にいる男は、ただ静かに立っていた。


 レオニス皇太子。

 帝国の次代を担う男は、まるでこの展開を最初から知っていたかのように、穏やかな笑みを浮かべていた。


「……勇者様」


 その声に、皮肉も怒気もなかった。

 ただ淡々と、滑らかに。


「おふざけが過ぎますな。帝国を貶めるのは、あなたの務めではないでしょう?」


 その一言に、フィリアの唇が小さく震える。

 それでも彼女は、目を逸らさなかった。


「……いいえ、違います」


「そうでしょうか」


 レオニスの声は、まるで優しい教師のようだった。

 しかし、その奥に潜む冷たい刃は、誰の目にも明らかだった。


「あなたが“勇者”であるならば、世界の安寧のために、帝国の正義のために、その剣を振るうべきでは?」


 耳障りの良い正論。

 押し付けがましい理屈。


 だが。


「あなたにとって、それが“正義”なのですか?」


 フィリアは、わずかに目を横に向けた。

 ──その視線の先。


 ヴェールの奥。

 アメリアの瞳が、かすかに揺れていた。


 たったそれだけの、小さな震え。


 誰の目にも映らなかったかもしれない。

 けれど、そこにはたしかに、「人間の心」があった。

 その震えは──誰に届いたのだろうか。


 勇者が一歩も引かない事を察したレオニスは剣を抜いた。


「勇者様、もしあなたが本気だと言うのなら──私は帝国のため、正義のために、そして何よりも我が愛しのアメリア姫のためにも、貴女を討たなければなりません」


 軽薄な言葉。

 正義も愛も、そこにはない。


「……よく、そこまで思ってもない事を言えるものね」


 フィリアも剣を抜く。

 お互いの視線が交差する。


 ──その刹那だった。


 時間が、ほんの一瞬だけ、呼吸を止めた。

 空気がピンと張り詰めて、世界の全音がミュートされたような感覚。耳鳴りさえも消えた瞬間、代わりに訪れたのは──


 パリンという、乾いた破裂音。


 大聖堂の天井を飾っていた、巨大なステンドグラスが砕け散った。

 色彩の万華鏡が、一気に細かな破片へと変わり、まるで神の呪いか、あるいは祝福の皮を被った諧謔のように、空から降り注ぐ。


 静寂の中、耳に届くのは、宙を舞うガラス片が空気を切り裂く音だけ。

 赤、青、緑──煌びやかな破片が、光を乱反射しながら、神聖な祭壇の上に、ひらひらと舞い落ちてくる。


 まるで、天上の神がこの滑稽な式に「ノー」を突きつけたような光景だった。


 そして──


「ゴォォォォンッ!!」


 重低音が腹の底にめり込むように響き、聖堂全体がグラリと揺れた。

 誰かの息を飲む音すら、振動にかき消される。


 その音と同時に、天井から一本のロープが垂れ下がり──

 次の瞬間、まるで昔話の勇者のように、いや、おそろしく陽気な道化のように、それは降ってきた。


「またまたこんにちは、悪い子たち!」


 呑気で軽快な、悪ふざけ極まる声。

 クロだった。


 天井から勢いよく飛び降り、着地と同時にニッコリと笑う。

 片手に爆薬。もう片方には、やっぱりというか、なぜか食べかけのドーナツ。粉砂糖がまだ指についていた。


「最っ高にしょーもない再婚式に、最っ高の乱入をプレゼント! ちゃんと火薬もドーナツも持ってきたよ、抜かりなし!」


 言動のすべてがふざけているのに、なぜか、その存在が場を制圧する。

 混乱と笑いのボーダーラインを、爆薬一発で超えてくるのだから、たちが悪い。


 爆発的な登場をかき消すように、その背後に影がすっと降り立った。

 静かに、正確に、まるで自分の着地地点が初めからここだと知っていたかのように。


 灰色のマント。灰色の仮面。静かな威圧感。


 アッシュだった。


 モノクローム怪盗団のリーダー。その佇まいには、軽薄さも派手さもない。ただ、不敵な余裕と、どこか疲れた諦観と、そして……一抹の解放感が漂っていた。


「帝国の皆さま、ご歓談の途中、まことに失礼いたします」


 仮面越しの声は、妙に丁寧で、それが逆に恐ろしい。

 貴族たちの視線が一斉にアッシュに向き、空気が凍った。


「これはただの茶番です。帝国も、婚姻の儀も──俺たちの登場も、全部まとめて」


 笑うでもなく、怒るでもなく。ただ静かに、それを告げた。

 けれど、その静けさが一番刺さる。爆薬よりもずっと強く、鋭く、深く。


「……あ、ちなみにこれ、この前の再放送じゃないですからね。誤解なきよう。悪しからず。──クロ、例のアレやるぞアレ! いつものやつ!」


「オッケー! 待ってました、リーダー!」


 妙にノリのいい返事。呼吸も、タイミングも完璧すぎて腹立たしい。


「──1度目で逃したなら、2度目で奪う!」


 決め台詞、炸裂。

 でも、当然のように事件は起きる。


「あ、ちょっと待ってアッシュ」


「なんだよ、今すごく決まってただろ、名乗りの流れ的に」


「いや、シロの分はどうすんの? ほら、いつも“白いなんとか”って言ってたじゃん?」


「え、クロがやるんじゃなかったっけ? 代役ってことで」


「無理無理、私そういうタイプじゃないもん。私、黒担当だから。“白いなんちゃらー”とか言ったら、自分で爆笑しちゃう」


「……しょうがない。じゃあ俺が一人二役でやるわ」


 さっきまで絶対的な緊張に支配されていた大聖堂が、一瞬で漫才ステージになる。

 ポンコツの極み。でも、そのポンコツが、なぜか勇者パーティーの心を支えていた。


 アッシュが拳を握りしめ、名乗りを続ける。


「白い月を失っても!」


 クロがそれに乗る。


「黒い衝動が私たちを動かす!」


 ふたりは視線を交わし、にやりと笑った。


「──今回はマジで、姫を盗みに来た!!」


 右手を突き出し、堂々と指差す。

 ターゲットはただひとり。壇上の、あまりにも無表情な花嫁だった。


 空気が、凍った。


 誰かの落とした何かがカランと音を立てる。

 アメリア姫は、呆然とふたりを見つめたまま、身動きひとつしなかった。


 そして。


「「我ら、モノクローム怪盗団!! (二人編成!)」」


 堂々たる名乗り。茶番のようで、どこか誠実だった。

 すべてを台無しにする破壊者たち。だが、その手で守ろうとしているものがあるのだと、誰もが感じていた。


 クロが腰のナイフを軽く抜く。その動きには、冗談の皮を被った真剣さがあった。


「姫様、すぐに迎えに行くからね⭐︎」


 その声はあまりにも優しく、真っすぐで、ふざけていて、そして……本気だった。


「おやおや……あんまりはしゃぐと、花嫁が驚いて泣いちゃいますよ? おふざけはほどほどに」


 口調こそ柔らかいが、その声音は冷たく湿っていた。

 ヴァルグ──帝国魔導院顧問にして、魔王軍幹部。

 その男が、興味深そうにクロを見下ろす。


「コソ泥に、勇者ども……ふふ。まるで寸劇の舞台だ。誰が主役かはさておき」


 彼の足元から、黒い瘴気がすっとにじむ。

 それはまるで、聖堂の荘厳さすらも穢すかのように、音もなく広がっていく。


 アッシュは静かに剣を抜く。

 金属の擦れる音が、まるで鐘のように空気を震わせた。


 その様子を見て、フィリアはアッシュの隣へと歩み寄った。

 剣を構え、視線をまっすぐレオニスへ向けたまま、静かに言い放つ。


「……貴様ら、繋がっていたのか」


 レオニスは一拍の沈黙ののち、かすかに眉をひそめた。

 だがその顔は、怒りよりも──呆れ、あるいは“失望”に近かった。


「……まったく。虫けらどもが罠にかかるのはいいが、数が多いのは鬱陶しいな。鳥肌が立つ」


 彼は冷笑する。


「王子様、そいつは“集合体恐怖症”ってやつですよ」


 そんな様子に、アッシュはいつもの軽口をぶつける。


「おままごとのような芝居に命を賭けて……実に滑稽だな、アッシュ。

 だがいい。ならば俺も、その最期を見届けてやろう。──絶望の色で、染め上げてやる」


 ぞくり、と空気が震える。


 フィリアが鋭く息を吸い、言い放った。


「アッシュ、行くわよ!」


 短く、それだけ。

 その声に、躊躇はなかった。


 ヴァルグはそれを横目で眺めながら、肩を揺らす。


「さて……こっちはこっちで、お相手いたしましょうか。勇者殿の、その仲間たち」


 ノアが慌てて振り向く。


「ダリオ! クロちゃんの方、行くよ!」


「了解!」


 ダリオが短く頷き、ゆっくりと、だが確実に武器を構える。

 彼らの動きは、もはや即興とは思えないほど洗練されていた。


 この場に集ったのは、体制でも反体制でもない。

 敵でも味方でもない。

 ただただ真っすぐに、“何か”を信じた異端者たちだ。


 その様子に、ヴァルグは静かに目を細め、唇の端を持ち上げる。


「いい目をしてますね、皆さん。なら、潰しがいがある。実験には丁度いい」


 アッシュが懐から拡声器を取り出す。

 説明不要の異次元収納(多分)。 


「さて、“神の祝福”の代わりに、暴露と反逆を始めましょうか」


 その声が、聖堂の最奥まで届いた。


 天井が軋み、貴族たちが悲鳴を飲み込み、神父が青ざめて座り込む。


 だが──混沌の中心に立つ者たちは、誰ひとりとして動じなかった。


 まるで最初から、この瞬間を待っていたかのように。

 すべての秩序をぶち壊すために。

 すべての真実を暴くために。


 彼らはただ、静かに、笑っていた。

第二章クライマックス。

今週末日曜日に2章完了予定です。

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