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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
二章『祝福なき婚礼、誓いの怪盗』
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22話『手のひらに残るもの、こぼれたもの』

 剣を握る腕が、震えた。


 クロは、俺の前に立ちふさがっていた。身体中に傷を負いながらも、その腕から放たれた奥義クラッシュ・コメットは、正面からレオニスの闇の奔流に立ち向かう、爆炎の衝撃波だった。


 シロは、残された数枚の魔道符をすべて展開し、俺たちを守る盾と化していた。もう、自分のために使うリソースなんて一つも残ってない。それでも──いや、だからこそ、彼女は迷わずその手を差し伸べた。


 黒き魔力と紅蓮の衝撃波が激突する。その中心に俺はいた。


 ──黒い魔力に、飲み込まれる。


 視界が、暗転。

 耳の奥が、金属音のように震える。

 上下も左右も、前後もわからない。

 爆風に吹き飛ばされた俺の体は、空中で何度も回転し、地面に叩きつけられた。


 全身が痛む。それでも──


「……クロっ!」


 俺の腕の中にいるクロは、ぐったりとして動かない。かろうじて意識はある。だけどその目には焦点がなく、呼吸も浅い。


「シロっ……!」


 その視線の先には、魔道符をすべて消耗し、動けなくなったシロの姿。瓦礫の下敷きになりかけながらも、彼女は俺たちの方を見て、かすかに微笑んだ。


 ──おかしいだろ。

 なんでそんな時に、笑えるんだよ。


「……さて、次はどうする?」


 レオニスの低い声が、聖堂の中心で響く。


「………………は?」


 俺は顔を上げた。あり得ない。今の攻撃を防いでなお、あの王子は、ピンピンしていた。

 しかも、剣に再び闇の魔力を纏わせている。


「なんで……そんなバグ技を連発できるんだよッ!」


 俺の叫びに、レオニスは小さく笑った。冷たく、ぞっとするような声だった。


「これが、正義の王子を加護する──姫の《祝福》だ」


 その笑みには、歪んだ誇りと絶対的な自信があった。


「断罪闇光《サンクティオ=レイ》──」


 またか。今度は、避ける余裕すらない。


 これ以上は防げない。魔道具も、魔法も、もう残ってない。


 俺は、無意識にクロの体を抱きしめていた。


 ──せめて、この子だけでも守らないと。


 黒い光が、また視界を覆う。スローモーションのように、すべてがゆっくりに見える。


 そのとき。


「アッシュ、クロ、逃げて……ね」


 かすれた、小さな声が、耳の奥に届いた。

 だけど──その声は、はっきりと、俺を呼んでいた。


「──シロ、待っ──」


 彼女は、最後の魔道仕掛けを起動させた。逃走用の“罠”。足元の床が爆ぜ、空間が崩落する。


 ばん、と乾いた音がして、地面が消えた。


 俺たちの下には、調査で把握していた地下道が広がっている。今回の任務のために、念入りに仕込んでおいた最後の脱出路。


「待ってるから……」


 落下する直前、シロの唇が、確かにそう動いた。

 クロをしっかりと抱きしめながら、俺は真っ逆さまに地下へと落ちた。


 直後、頭上で爆音が鳴り響く。

 天井が崩れ、土煙と魔力の残滓が地下まで降り注ぐ。


 ──このままじゃ、シロが……! 


「くそっ……!」


 地面に転がる俺の腕の中で、クロが小さく呻いた。まだ意識はある。


「大丈夫だ、クロ……今はとにかく、逃げるぞ。必ず、また迎えに行く」


 痛む体を引きずりながら、俺は短刀を片手に、彼女を背負い、脱出ルートへと走り出した。

 ここで引き返したとて勝ち目はない。

 それは何よりシロへの裏切り。

 彼女を助けるための最善手、それはここを離脱し救う手を探す事。

 辺りには他国の外交官や貴族もいる──その中でシロに手をかけられることは間違いなく無い。それに……フィリア。彼女達勇者パーティーは、立場的に今動くことはできないが、レオニスがシロの命を奪うようなことがあれば流石に止めるだろうという信頼。ゲームをしていたからこそそういう時に動く人物だと俺は知っている。

 論理的に考えて、ここは一時退却する以外にはありえない。


 ──だけど、頭の中にはずっと、あの微笑みが焼き付いて離れなかった。


 シロの微笑み。

 姫の瞳。

 レオニスの凶笑。


 全てが、俺たちの敗北を突きつけていた。


 ●


 一方、聖堂の中──


 瓦礫と爆風の残響が、ようやく消えた。


 舞い上がった砂煙が、まだ薄く宙を漂っている。天井には崩落した痕跡、床には黒焦げになった石片と割れた魔導灯。中央には吹き飛ばされた玉座と、めくれ上がった絨毯が散らばっていた。


 静寂──だが、それはほんの一瞬のこと。


「追撃だ!」

「奴らを逃がすな!」

「地下道に抜けたぞ、包囲しろ!」


 怒号と叫びが、聖堂の四方から次々に上がる。混乱の中で兵士たちが剣を抜き、動き出そうとする。


 だが──その中心で、すっと立ち上がった者がいた。


 金髪をなびかせ、白銀の鎧を纏う少女。勇者パーティの象徴にして希望、聖剣の使い手──フィリアだった。


 彼女の足取りはゆっくりと、それでいて確かだった。剣を下ろしたまま、真正面を見据え、静かに、だがはっきりと口を開く。


「……待ってください、王子」


 その声は決して大きくなかった。

 けれど、次の瞬間には空間そのものが凍りついたように、全員の動きが止まった。


 重々しい沈黙。


「怪盗団の目的は、失敗に終わりました。姫は無事です。そして彼らは、明らかに撤退に移っています」


 フィリアの声には、激情も怒気もなかった。ただ冷静に、淡々と現状を述べるだけ。


「彼らは逃走に関して、我々のはるか上を行っていました。これ以上の追撃は、地理的にも戦術的にも、得策とは言えません。それどころか、混乱に乗じてさらなる被害が出る可能性もある」


 周囲の兵士たちが戸惑いの表情を浮かべた。明確な敵が目の前にいなくなった今、彼らはただ命令を待つ駒に戻っていた。


「まず優先すべきは、高官の方々、王族、そして参列者の安全確保です。この空間には、今なお危険が残されています」


 言葉に強い正義の色を乗せることも、感情的に訴えることもなく──フィリアはただ、“正しい判断”として告げていた。


 それでも、その場の全員が、彼女の言葉に従うしかない雰囲気が生まれていた。


 ノアもまた、フィリアの隣に立ち、手早く状況を補足する。


「逃走時の判断、速度、幻惑。あれは素人のものではありません。敵は、計画的な撤退を最初から想定していた。今、無理に追っても、こちらが地の利を失うだけです」


 肩にかかる桃色の髪を揺らしながら、ノアは辺りを見回す。


「それに……この式典は、帝国と王国──その他諸外国との和平の象徴でもありました。彼らを後回しにするような過剰な追撃は、国際的な批判を招くでしょう」


 事実、上層階の見物席では、各国の貴族や外交官たちが動揺し、ざわつき始めていた。彼らにとって重要なのは、事実ではなく“感情”である。


 その感情──すなわち、「姫は無事」「式は中止されたが凶行は未遂」「犯人は逃亡した」という事実の上にある「我々は無事である」という感情──があれば、帝国の責任は最小限に抑えられる。


 ノアの言葉に頷くようにして、数人の士官が兵の制止に動き始める。


 しかし、それでも尚、王子──レオニスだけは微動だにしなかった。


 黒衣に身を包み、剣を杖のように突き立てたまま、じっと立ち尽くしていた。魔力の残滓がまだわずかに剣から漏れている。


 しばらくの沈黙の後──


「……ふん」


 小さく、鼻で笑った。


「随分と理屈が立つじゃないか、勇者よ」


 低く、しかしよく通る声が聖堂内に響く。


「だがな、俺は覚えているぞ。奴らのあの目を。あれは、己の信念で動く獣の目だ。──礼儀も法も、通じはしない」


 レオニスはわずかに顔を上げ、残された瓦礫の向こう、怪盗たちが消えた方角を見やった。


 その目は冷たい。怒りでも憎しみでもない。ただ、“脅威”を見極める、軍官としての眼差しだった。


「……まあ、いい」


 ゆっくりと剣を収めながら、レオニスは小さく吐き捨てた。


「我が帝国に刃を向けし怪盗団よ。再び現れたなら──今度こそ、墓標にしてやろう」


 その言葉には、殺意だけでなく、自信と誇り、そして奇妙な“勝ち誇った笑み”すら滲んでいた。


 ──追撃を止められたことすら、まるで彼の計画の一部だったかのように。


 騒然とした聖堂の中。

 静かに幕が下りるように、帝国の兵たちは武器を収め始めた。


 この瞬間──モノクローム怪盗団と帝国との戦いは、確かにモノクローム怪盗団の敗北により幕を下ろしたのだった。


 ●


 そしてその夜。


 帝都の片隅、人気のない町外れに佇む古びた仮のアジト。朽ちた木扉が、ぎぃ……と軋んで開いた。


「……ただいま、っと……」


 その声は、まるで砂を噛むように掠れていた。


 黒焦げになったマント。裂けた袖口。土と血にまみれた姿で、俺──アッシュは、よろめくようにアジトの中へと足を踏み入れた。


 ……舐めていた。

 倒せると思っていた。

 自分自身の力を、過信していた。

 それがこのザマ。


 腕の中にはクロがいる。意識を失ったままの彼女の体は驚くほど軽く、それが逆に怖かった。


「……クロ、おい、もう着いたぞ」


 反応はない。それでも、少しでも安心させたくて、俺はいつも通りの声色で語りかける。喉は焼けて、言葉にするだけでも痛みが走る。それでも、言わなきゃいけなかった。


 ようやくの思いでベッドにたどり着き、クロをそっと寝かせる。


 その額に触れると、微かに汗ばんでいた。


 呼吸は浅く、熱もある。だが、脈はまだしっかりと感じられる。……生きてる。それだけで、今は十分だった。


「……よく、頑張ったな」


 自分でも驚くほどの、弱々しい声が漏れる。


 彼女の手を握る。するとそれ応えるように──クロは、小さく、俺の手を握り返してきた。


 その掌の中。


 あの“精霊石”が、しっかりと握られていた。


「クロ、お前……」


 あの騒動。あの地獄のような戦場。轟音と悲鳴、魔力の嵐。最も大事な仲間がその場に倒れていた中でも、クロは──作戦の一端を、確かに遂行しきったのだ。


「……やっぱすげーよ」


 思わずそう呟いて、鼻をすすった。


 これが、俺の言葉の限界だった。


 心に渦巻くものは多すぎて、言語化できなかった。称賛、後悔、焦燥。


「目的の一つは……達成した」


 自分に言い聞かせるように、もう一度、言葉を重ねる。


 でも、誰よりも俺がわかっていた。


 この石ころ一つのために、あまりにも多くを置き去りにした。命も、絆も、希望も、未来さえも。


 クロに魔力回復と体力回復のポーションを飲ませる。

 傷具には消毒をして、薬草を塗り包帯を巻く。


 最後に、肩に毛布を掛けると、俺は静かに立ち上がった。

 足取りは重い。だが、動かなければ、きっと潰れてしまいそうだった。


 俺は屋上に出た。


 静まり返った帝都の夜。高く積まれた雲の切れ間から、冷たい星がこちらを見下ろしている。


 夜風が、火傷した頬をひりつかせた。だけど、そんな感覚がむしろ心地よかった。


 俺の掌には、クロがそれでも諦めなかった精霊石がある。

 だけど──隣にいるはずだった少女は、もうここにはいない。


「シロ……」


 小さく呟いたその名に、夜は何も応えない。


 帝国の貴族たちが集まる聖堂。あの場所で、シロは囚われた。誰よりも冷静で、誰よりも知的で、誰よりも俺を守ろうとしてくれた少女。


 そして、俺は──選んだ。


 クロを、選んだ。


 シロを見捨てたわけじゃない。見捨てたくなんてなかった。でも、あの瞬間。シロは俺たちを助ける選択をして、俺はその選択に甘んじて逃げ出した。


 それを選んだのは、他でもない、俺自身。


「……はっ、偉そうに『作戦』とか言って……結局、選択肢を潰していったのは、俺じゃねぇか……」


 つぶやきは自嘲にまみれて、夜の風に溶けていった。


 冷静? 皮肉屋? 観察眼? そんなもんが今、何の役に立つ。


 俺はただ──


 あの光景が、脳裏から離れない。


 あの瞬間のシロの微笑み。諦めたような、でも俺に希望を託すような目。


 そうだ。あの顔を見た時──


 心臓が凍りついた。


 あれは、昔と同じだった。


 それは昔、俺が俺を“モノクローム怪盗団のリーダー・アッシュ”だと認識するより前の話。この世界に転生してすぐの“最愛の仲間”を失った日と、まるで同じだった。


 大切な仲間を見捨てた、あの日の俺。

 貴族に売られ、使われ。無惨にも殺された彼女の姿が脳裏にフラッシュバックする。

 助けたかったのに、何もできなかった、無力な“人間”だった頃の俺。

 ──この世界に転生した俺を、アッシュたらしめる、あの時の記憶。


 それが──また繰り返されるかもしれない。


「クソが……」


 拳を握りしめた。


 あの頃から俺は強くなったと思っていた。勇者を育てるなどと上から目線に物を言っていた。でも、実際はあの頃から俺は何も進歩しちゃいなかった。


『人間、自分が正しいって信じた瞬間がいちばん背が高くなる。でも、高くなりすぎると、他の人が小さく見えてきてさ。それは誰かを見下ろす目線になっちゃう』


 それはグリ──俺が、フィリアに伝えた言葉。

 それが今、ブーメランとなって返ってくる。


 震えるほどの怒りが、自分の中で渦を巻く。


 敵に対してだけじゃない。自分自身に、無力さに、そして──この世界の理不尽さに。


「……必ず、取り返す」


 誰にも届かなくていい。けれど、自分の心にだけは届かせたかった。


 シロは言った。待っているから、と。


 姫に言った。盗んで見せる、と。


 俺は冗談は言っても、本当の意味で嘘つきにだけはなりたくなかった。


 そう、これは誓いだ。


「シロも、姫も、俺の尊厳も……ぜんぶ、だ」


 奪われたものは、取り返す。

 焼き払われた絆なら、もう一度繋ぎ直す。


 そのためなら、どれだけ醜くても構わない。


 夜の帝都を見下ろしながら、俺は静かに立ち尽くす。

 星の光さえ冷たく感じるこの闇の下で──

 ただ一つ、確かなものがあった。


 それは、燃えるような怒りと、魂に刻まれた決意だった。

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