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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
二章『祝福なき婚礼、誓いの怪盗』
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21話『怪盗vs皇子、黒き婚礼の決戦』

 聖堂の中央、まさに王政と魔術が交差する厳粛の場。その最前列には、勇者パーティーの面々が整然と座していた。

 フィリアは正面に座するときわめて厳粛だったが、アッシュたちの突入の気配を感じ取った瞬間、その横顔がわずかに揺らいだ。


 その動きを──ノアが即座に察知し、無言の制止をかける。


「立ち上がれば……私たちだけじゃない。ミルディア王国まで帝国から敵としてみなされる──外交問題にもなりかねない」


 ノアの低い囁きは、氷のように冷たく理性的だった。しかし、その瞳の奥には明確な覚悟が宿っていた。だがそれでも、フィリアの手は剣に届かない。彼女はわかっていたのだ。

 今、彼女が剣を抜けば、この式場に流れる血だけではなくなる──それも、誰のためにもならぬ血が。


 ●


 爆音と共に、聖堂内を煙と破片が舞った。

 俺──アッシュは、三角帽を手で押さえながら、煙の中を静かに、だが確実に歩を進める。


 目の前には、アメリア姫。そして婚姻の儀の象徴たる──精霊石。

 俺たち怪盗団の標的はこの二つ──今、目の前にある。


(姫と精霊石、ダブルで頂いて帰る……)


 視線は、まっすぐにそのふたつを射抜いていた。


 だが、当然ながら帝国近衛兵たちが姫の周囲を固めている。魔力結界、武装結界、強化された盾と剣。──完全防御の構え。だが、笑えることにそこには俺が“細工”を施してある。


「ごきげんよう、帝国精鋭の皆さま。……どうぞ、目隠しのお時間です」


 俺が指を鳴らすと、近衛兵の展開する魔力結界が“逆流”した。

 それは濃密なスモークを四方に吹き出すトリガー。魔力ジャミングも仕込んである。視界と魔力感知を一挙に奪われた近衛兵たちは、あっという間に混乱に包まれた。


「な、なにが起こって──ぐっ!?」


「視界が、奪われ……!」


 兵士たちは次々に動揺し、呼吸すらままならなくなる。白と金の荘厳な聖堂が、瞬く間に闇の煙で塗り潰された。

 そして──その混乱の中を縫うように、シロが魔道符をばら撒きながら進んでいく。


「本日、混乱担当のシロです。皆様、どうぞよろしく」


 その声は静かで上品、しかし足取りは恐ろしいほどに正確だった。


 シロの放つ魔道符が空中に、床に、柱に、次々に展開される。符には光が宿り、まるで星々が爆ぜるような魔力の鼓動が会場を染めていった。


「誘導式……空間式……おまけに幻影干渉型。さて、どれが当たりでしょう?」


 明らかに陽動目的のそれらが散らばる中、観客はパニックを起こし、近衛兵たちも対応に追われる。


「ご協力、感謝します」


 微笑みと共に、シロはさりげなく指を鳴らした。符が一斉に閃光を放ち、さらに会場の混乱は倍増する。


 そして、最大の突破力──クロが動いた。


 両腕に携えた魔力をぶんぶんと振り回し、軽く爆発をさせながら、一直線に姫の方へ走る。


「ラブロマンスには! 爆発が必要でしょーがあああああッ!!」


 叫びながら跳躍。まさに猛獣。いや、爆走する陸戦型の恋愛兵器。


 そのときだった。


 鈍い音が一閃、響いた。


「にゃあっ!?」


 クロの身体が宙を舞い、吹き飛ばされた。


 姫の前に立ち塞がったのは。


「ふん……無様だな、小娘」


 冷笑の下、彼は帝国における至高の剣を引き抜いていた。


 レオニス皇子。


 彼の構えは完璧で、立ち姿は威厳そのもの。まるで“王権”を体現するかの如くだ。


「婚姻の儀に乱入か。……悪趣味にも程があるな、下賤の賊ども」


 冷ややかに、しかし誇り高く彼は言う。

 その手に握られた剣。この帝国の象徴であるはずのそれは、黒い魔力を帯びていた。まるで“生きている”かのように、剣から闇が滴り、地に染み込んでいく。


「《祝福の因子》と……魔王軍の闇魔法。そんな掛け算、聞いた覚えないんだけど」


 レオニスの剣は異質だった。

 剣本来の“聖”の性質は消え、代わりに圧倒的な“禍々しさ”が宿っていた。さらに、彼の身体から溢れる魔力は、常人のそれを遥かに上回る。明らかに《祝福の因子》の影響だ。


 俺は息を呑んだ。その剣に宿るべき聖なる輝きはなく、代わりにまとわりついているのは、異質で、濁って、ねっとりとした魔力。光のはずが、闇に堕ちていた。


「お前、その剣……何をした?」


「再定義しただけだ。光も闇も、力に過ぎん」


 レオニスがふっと笑う。そして、その姿が──突然、消えた。


「っ──!」


 次の瞬間、目の前にレオニスが現れた。


 それはただの移動だった。しかし、瞬間移動錯覚するほどの速度だった。


 ギンッ!! 

 振り下ろされる魔剣。俺はとっさに剣を構えて受け止めたが──


「ッ……ちょ、ま」


 俺の剣は、レオニスの一撃を受けた瞬間に砕け散った。


「その剣、もしかして破壊特化?」


「ふん、貴様の剣が脆いだけだ」


 まさに“力の暴君”。

 そのままの勢いで俺の身体は吹き飛ばされた。咄嗟に展開した魔法障壁で直撃こそ避けたが、ダメージはゼロじゃない。


 俺は地を転がりながら立ち上がると、腰の短剣を抜いた。


 ──まずい、と正直に思った。


 強すぎる。

 俺の想定を大きく上回るほどに。


「クロ、シロを援護! このお坊ちゃんは俺が引き受ける!」


 焦る俺は慌てて2人に指示を出す。

 目の前の皇子──レオニスは俺の想定を遥かに上回る強さだった。《祝福の因子》に対して甘い想定をしていた事実。

 祝福の因子──ゲームでは名前が出るが技としては無く、その効力も未遂で終わるため本質的な部分は俺自身理解できていなかった。


 それ故に《祝福の因子》の効力が俺の想定から外れるのであれば、シロ1人ではヴァルグを倒すことなどできない。


 クロは短く頷き、シロのもとへ跳び出した。

 一方──シロは魔力の奔流の中、ヴァルグとの魔法戦に挑んでいた。だが、形勢は明らかに不利。いや、完全に押されていた。


《祝福の因子》による強化を受けたヴァルグの魔力は、質も量も尋常ではない。まるで魔力が自律しているかのように、周囲の空間ごと支配している。

 そこまで行くと、もはや魔法の技量でどうこうなるレベルで無いのは火を見るより明らかだった。


 クロは既に手負い。反応速度だけで何とかシロの援護に飛び込む。俺は短刀を抜き、手持ちの道具を使って皇子との応戦を開始した。


 レオニス・バルナス──帝国の王子。魔王軍と姫の庇護を受けているとはいえ、本人の戦闘力も並ではない。

 洗練された剣技に、闇の魔力と《祝福の因子》のバフが重なり、一撃一撃が“即死”レベルの威力を持っていた。


 真正面からぶつかれば、こちらの武器ごと粉砕されるのは目に見えている。だから、俺は動きでいなす。斬撃をかわし、短刀で流し、懐に飛び込んで一撃、魔道具で爆発、逃げて蹴って煙幕──それでも足りない。


 レオニスの体力は一切削れていない。まるでダメージが通っていない。高火力技のない俺の攻撃では、《祝福の因子》による防御バフを受けた彼にダメージが入っている様子は一切ない。

 得意の煙幕を用いた撹乱作戦も、彼の剣がひとつ空気を撫でると霧消し、気配を消した隙をつく攻撃もそもそも当たったところで通りはしない。


 雲霞の中で、俺は舌打ちを飲み込んだ。


「マジかよ、イージーモードのつもりで来たらバグボス出たんだが?」


 舐めていた。

 “祝福の因子”の強さを。


 奢っていた。

 自分自身の強さを。


 冗談ぶって出てきたそのセリフは、焦る本心をはったりで覆い隠したものだった。


 相手の攻撃こそなんとか回避できている。だが、やつの防御力の高さに対して、俺の“一撃は弱いが手数で責める”攻撃では無意味だった。攻撃が通らない相手にどう勝てというのか。


 レオニスの繰り出す攻撃を俺はただいなし続ける。


「コソ泥。先ほどまでの軽口はどうした?」


「いや、王子様が魔王とお姫様に介護されてる図って、けっこう面白いよ? 他力本願の割に強がるんだなあんたは」


「強がる? ──違うな、強いのさ」


 その言葉と共に、一閃。


 剣が空気を裂くと、黒い魔力斬がその空気ごとこちらを裂かんと飛来する。例え避けきれても、その刃には余波がある。当然それも、人の命を刈り取るには十二分な威力だ。


「トリックアーツ──“道具強化”ッ!」


 慌てて俺は短刀に最大限のバフをかける。さらに防御魔法を展開する。


 だが──


「ぐっ……!」


 全力で受けた短刀は、ガードしたその瞬間、軽く砕け飛んだ。

 接近戦では埒が明かない。バックステップで距離を取る。


 そして、少しの間にシロとクロの戦況を見ようと横を向く。

 その刹那、横で何かが崩れる音──クロの悲鳴が飛んできた。


「シロッ! クロッ!」


 そこに映るの光景は、ヴァルグの重力魔法がシロを地に伏せ、押し潰しているものだった。そしてその奥ではクロは吹き飛ばされ、倒れている。


「魔道符──中々良い魔術構成だが、相性が悪いですな」


 ヴァルグの口元に冷笑が浮かぶ。


 重力魔法により、シロの魔術符は全て地面に圧し潰されていた。


 並の重力魔法であれば別の話だが、シロとクロを押さえつけるそれは《祝福の因子》による強化を受けた重力魔法。指先一つ動かせるか怪しい。

 こうなっては魔道符は発動もままならず、仮に発動をしてもまともにコントロールができない。


 ──まずい、まずい、まずい。

 本当にまずい。

 俺の驕りのせいで、俺自身にしっぺ返しが来るのはいい。


 だが、それが大切な仲間である彼女達を窮地に立たせてしまっているこの状況。


 俺は苛立っていた。──自分自身に。

 何が皮肉屋だ。

 この状況こそが奢った俺に対する皮肉的な状況じゃないか。


 シロが動けない。クロは倒れ、俺は──


「貴様の相手は私だ。終わりにしてやる」


 レオニスが剣を振るう。黒き魔力が波のように押し寄せてくる。避けるだけで精一杯だ。


 ──クソッ、どうする。俺一人じゃ無理だ。三人で相手取れば何か策があるはずなのだ。俺たちは3人揃って怪盗団だ。


 だが、レオニスがそうはさせない。

 繰り出される剣技、黒い魔力斬。俺はそれを回避するので手一杯だ。


 ……いや、違う。

 俺の策が甘かったのだ。そのせいで不利な状況を作ってしまった。

 俺がレオニスを単独で倒せると驕り、ヴァルグの強さを低く見積もってしまった俺の責任。


「ちぃッッ!」


 舐めていた。

《祝福の因子》によるバフの力を。


 ──いや、もしくは既に、彼らはそれを実用化するほどの何かを研究しきっているのでは。


 魔力斬が俺の肩を掠める。


 今はそんなことを考えている場合では無い。ネガティブな感情は捨てろ。そんなもので状況は良くならない。俺は今レオニスを相手取りながら、2人を打開させる手を打たなくてはならない。

 思考を切り替え、俺はファントムレイヤーを起動。クロ特製の魔道具爆弾の“気配”を消す。


 レオニスの攻撃を最後の短刀で捌き、避けながら認識されない爆弾を見えない軌道で投擲し、配置する。


「さて……この二人の小娘には、罰を与えねばなりますまい」


 ヴァルグが瓦礫を集積し、魔力で圧縮する。巨大な岩塊と化したそれは、重力魔法によってシロの頭上へ──


「やめろぉぉぉぉおおッ!」


 クロの絶叫。


 俺は叫ぶ。


「──起動!」


 隠していた魔道具爆弾が炸裂する。岩塊の内部から、そして足元からも。


「──なにっ」


 ヴァルグがその声に何かを勘付くがもう遅い。

 大量の轟音。


 轟音。閃光。魔力の流れが乱れ、ヴァルグの制御が崩れる。魔法に使う集中力のリソースを無理矢理にでも割かせる。


 それにより、クロは拘束から解き放たれると──シロはまだ抜け出せていない。

 魔道符の使えない状況、クロは身体能力の高さがあるのだがシロはからっきし。抜け出せないのも当然だ。


 そしてその爆発はレオニスにも向けて放っていたのだが──


「小虫でも飛ばしたのか?」


「無傷かよっ──って、んだそれ!」


 当然のように無傷、それだけでない。

 レオニスが掲げる剣に、漆黒の魔力が蠢いていた。あり得ない魔力量。空気が歪むほどの──必殺の一撃。


「終わりにしよう──婚姻の儀の余興としてはいささか低俗すぎる」


 そして──振り下ろす。


「断罪闇光《サンクティオ=レイ》」


 ──まずい。


 そこまでの高火力技、俺に防ぐ術はない。

 そしてその範囲も広く、今から避けるようでは間に合わない。


「トリック・アーツ! “身体強化”“道具強化”それと、魔力壁起動!!」


 持ちうる全ての防御技を並べる。が、間違えなくたりない。


 迫る漆黒の魔力の奔流。

 俺は覚悟を決め、全力で防御体制に入る──すると。


「アッシュには……アッシュには傷つけさせないッッッ!!」


 シロの声。怒声というより、魂の叫びだった。

 俺の前に──大量の魔力符が展開される。


「防御符、全展開!!」


「バカ! それじゃ反撃できないだろ!」


 シロは、ヴァルグが怯んだ今動かすことのできる魔力符のリソースを全てこちらの防御に回した。


「いいの、今はあなたを守る……それだけで!」


 そして──


「アッシュは、私たちの──!」


 クロが飛び込んでくる。


「クラッシュ・コメットッッッッ!」


 それはクロの奥義。火属性・衝撃属性・光属性の重魔法を組み合わせた爆発による破壊術式。

 レオニスにさえ届く切り札を、俺を守るためだけに。


「やめろクロ! それはお前自身のために──!」


「違う! アッシュがいなきゃ、私たちは意味がないの!!」


 違う。

 俺の甘すぎる想定のせいで、それなのにどうして2人は俺なんかを──


 ──そして。


 防御符も、クラッシュ・コメットも、クロも。


 俺の全力の防御も。


 全てが、皇子の魔力の奔流に──呑まれた。

ここで2章も折り返しです。

こっからめっちゃ盛り上がりますので期待してぜひブックマークを!!!

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