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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
二章『祝福なき婚礼、誓いの怪盗』
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20話『祝福されぬ者たちへ』

 ──たとえば、それが本当に幸福のはじまりだったのなら。


 ──たとえば、この空がずっと澄みきっていたのなら。


 朝の帝都バルナスは、まるで絵画のなかに閉じこめられた空気のようだった。

 季節の香りが希薄で、風はなく、雲もなく、誰かが定規で測ったみたいな真っ直ぐな陽射しだけが、尖塔を撫でるように降っていた。


 教会の石造りの壁は冷たく、硬く、無感情だった。

 それでも、ある種の熱量だけがそこにはあった。人混み。喧騒。期待。無関心。欲望。全部ひっくるめた”大群衆”という名の塊が、教会の前の広場を埋め尽くしていた。


 子どもたちは何かを知らず、ただ楽しく、旗を振る。

 大人たちは何かを知っていて、けれども楽しげに笑っていた。

 それが真実か偽りかという議論は、そもそも今日この場所にはふさわしくない。


 教会の中は、静かだった。


 石の床の上に敷かれた赤い絨毯。

 真鍮の燭台に火が灯され、天井に吊された光の装飾がゆらゆらと影を描く。

 帝国軍部の上層、議会の要人、外交官、他国の王族。その誰もが、今日という「儀式」に、あるいは「政治的行事」に、それぞれ異なる意味を見出していた。


 そんななかで──アメリア姫は、静かに佇んでいた。


 白のドレスは、絹のように柔らかく揺れ、だが決して揺らされない芯のような気配を帯びていた。

 彼女はよく訓練された人形のように、動かず、微笑まず、まっすぐに正面だけを見つめている。


 その横には、レオニス皇子。

 淡い金髪と整った顔立ちに、王家の血統という鎧を纏った男。剣も誓いも、愛さえも備えている──はずだった。


「……」


 司祭が祈りの言葉を口にする。

 まるで雨粒が静かに水面に落ちていくように、言葉が石壁に吸い込まれていく。

 息を潜めるように、全員が待つ。

 見守る。

 この瞬間を。

 何かが確かに、決定されるその”直前”を。


 そして、アメリア姫が小さく口を開こうとしたそのときだった。


 ──ドォォン! 


 音が落ちてきた。


 天井の、はるか上から。

 それは雷でもなく、鐘の誤作動でもなく、鳥が羽ばたいた音でもなかった。


 もっと、ずっと意図的な。

 破壊するために、明確に狙われた音。


 轟音とともに天井が砕けた。

 教会内を走る冷たい空気が、一瞬で熱と煙に塗り替えられる。

 白い石片と、黒い煙と。交わり合って叫び声が混ざりに混ざった灰色となって同時に落ちてきた。


 司祭の祈りは中断された。

 というより、祈りという概念そのものが、破片と一緒に床へ砕け散った。


 観客席にいた貴族の誰かが立ち上がって叫ぶ。

 軍人が剣に手をかける。

 外交官たちは互いに視線を交わす。

 そして、市民のほうからは、巨大な獣のようなどよめきが広場全体に波紋のように広がっていった。


 レオニス皇子が剣を抜いた。


 躊躇はなかった。

 動作も、視線も、すべてが訓練された者のものだった。

 しかし、彼のその手からは、どこか微かに震えるものがあった。

 それが怒りなのか、緊張なのか、それとも──予感なのか。


 周囲の兵士たちも即座に反応し、盾を構え、教会の中心に布陣を組みはじめる。

 誰もが、次に来る「何か」を警戒していた。

 爆音はそれだけでは終わらない、と。


 そして確信していた。

 これは自然現象ではない。偶然でもない。


 これは、事件だ。

 誰かが意図して、ここに「割り込んできた」のだ、と。


 だからこそ、誰よりも早く気づいた者がいた。


 アメリア姫である。


 彼女は、粉塵の中でも目を閉じなかった。

 瞬きもせず、まっすぐに砕けた天井を見上げた。

 その視線の先には、もう、誰かの影が見えていた。


 まだ姿ははっきりとしない。

 爆煙がカーテンのように垂れて、陽光を遮っている。


 それでも彼女は確信していた。


 この混乱のなかにある一筋の“演出”を。

 この混沌のなかにある“美学”を。


 それはあまりにも──演劇的だった。


 まるで、この混乱すらも「仕組まれた」シーンのように。


 広場の向こうからは、まだ人々のざわめきが続いている。

 誰かが走る足音。

 誰かが泣く声。

 誰かが笑っている──? 


 遠くで、鐘が鳴りつづけていた。


 それが本当に祝福の鐘だったのかどうかは、誰にもわからない。

 あるいは最初から、これは祝福などではなかったのかもしれない。


 けれども、この空はまだ、絵のように澄んでいた。

 音が破裂し、煙が満ち、すべてが壊れかけているというのに──


 空だけは、どこまでも無傷だった。


 そしてその、完璧に青い空の下へ──彼らが、降ってくる。


 物語は、ついに”舞台”の幕を上げようとしていた。


 ●


 天井って、案外脆い。

 いやまあ、ちゃんと作ればそれなりに強いはずなんだ。建築基準法とかあるし。まあこの世界にあるかは知らないが。でも、それも爆薬と覚悟の前では無力って話で。


 どーん、と爆音が鳴ったのは、たぶん予定より三秒早かった。

 つまり、クロのいつもの“ちょっとした誤差”である。


 ……おいクロ、お前さ、時計って知ってる? 


 そんな軽口を飲み込んだまま、俺は朝焼けと煙の入り混じる空間に、ヒラリと身を躍らせた。

 教会の天井を突き破って降下、なんてまともな神経じゃできない。が、俺はまともじゃない。


 帝国の未来を背負うレオニス皇子とアメリア姫。その2人の婚姻の儀。

 それを、これ以上ないくらいに盛大に、派手に、盛りに盛ってぶっ壊す。


 地面まで、あと十メートル。

 六メートル。

 三メートル。


 最後の一瞬でマントを翻し、着地の衝撃をごまかしながら、完璧な間で声を放つ。


「Ladies and Gentlemen!」


 爆煙の中から現れる影。まるで舞台装置のように響く足音。

 俺は片手で三角帽を押さえながら一歩前に出る。

 地味に膝が痛い。けど、そこはプロ根性でスルーだ。


「誓いの言葉を交わす前に!」


 バァン! ステンドグラスが粉砕された瞬間、白と黒の影が飛び込んでくる。


「白いヴェールが花嫁を隠し」


「黒い真実が笑顔を隠す!」


「今宵、誓いを盗むは──義賊の流儀!」


 クロが指を鳴らす。パッと魔導式スポットライトが灯り、俺たち三人を照らした。

 芝居がかっている? そりゃそうだ。俺たちは舞台役者だ。舞台は世界、観客は帝国全土。


「──って、にぎゃぁぁぁあああああ眩しい!! 誰だこれ仕込んだの!!」


「クロです!」


「そういうのは事前に言ってくれ!!! 目ぇ焼けるかと思った!」


 けれど、それすら“演出”にしてみせるのが、俺たちの流儀だ。


「っとと、そんな事より──姫よ! 我らが来た! 婚姻の儀に、異議あり──せーのっ!」


「「「我ら、モノクローム怪盗団!!!」」」


 空気が、凍る。

 神父は口を開けたまま棒立ち、兵士たちは剣に手をかけて目を見開いている。

 市民の歓声か悲鳴か、よく分からないざわめきが、遠くから波のように押し寄せてくる。


 でも俺たちは、そのすべてを“演出の一部”として受け止める。


 背後で、シロが静かに手を振る。魔導照明が炸裂し、ステンドグラス越しの朝の光と混じり合って、聖堂はまるで一夜限りの劇場になる。


「完璧」


 シロが周りには聞こえない程度の声で呟く。お前な、そういうのはせめて俺にも聞こえないように言え。


 続いてクロが前に出る。両手で爆弾を振り上げ──


「ふんっ!」


 投げる。


 ぶっ壊されたのは、通路脇の神父像。盛大に粉砕。神様、すまん。


「はっはー! これはレプリカだな!」


「いや本物だろ! 見ろよ、手に十字架握ってたぞ!」


 クロが得意げに笑う。まったく、こういう時だけ妙にテンション高い。


 ──これが、俺たちのスタイルだ。

 過剰で、雑で、けれど忘れられない。そんな騒がしくて”押し付けがましい正義”。


 視線を走らせる。兵士たちはすでに陣形を取り、教会の外でも騒ぎが拡大している。

 その喧騒のなか、一人だけ──微動だにせず、楽しそうに笑っていた男がいた。

 その男は剣を抜いて構えるバルナス皇子の横にすっと移動する。


 黒革のロングコート、研ぎ澄まされた殺気、冷たい視線。


 バルナス皇子の側近にして、軍部の幹部、ヴァルグ。

 そして──魔王軍幹部。


「面白くなってきたな……」


 低く、誰にも届かないはずの声が、なぜか俺の耳だけに引っかかった。

 何なんだよ、あの感じ。どっからどう見ても悪役だし、黒幕感がハンパない。


 おいおい、そっちがワクワクしてどうする。

 こっちは命がけの舞台だっつの。


 というわけで、改めてチーム紹介を。


 俺、アッシュ。転生者で、怪盗で、たまに空飛んだり穴掘ったりもする。役割はツッコミと計画立案と雑用。


 シロ。白髪の冷静魔術師。情報戦・照明係・頭脳担当。表情は淡白だが情熱は密か。


 クロ。脳筋火薬娘。爆破と笑顔が得意。家事スキルはSSランク。その熱意は戦場でウェディングケーキが作れる程。


 この三人で構成されるのが、モノクローム怪盗団だ。

 今回のターゲットは、精霊石と──アメリア姫。


 この世界でも随一の美貌を持つ、無表情姫君(実際は表情豊かなんだけどね!!)。

 その婚礼という国家的イベントを──ド派手にぶっ壊すのが、今回の「お仕事」。


 ……動機? 

 そんなの、今ここで言うのは無粋ってもんだろ。


 とにかく、爆煙は十分。観衆の注目も掴んだ。兵士は動揺、敵将は静観。

 条件は揃った。ここからが本番だ。


「さて、皆さま!」


 俺はもう一度、帽子を軽く押さえながら声を上げる。


「お時間を頂戴するのは、ほんのひととき──その代わり、あなた方の記憶には、一生残ります!」


 自分でも分かる。バカバカしいくらい芝居がかってる。でも、それがいい。

 これくらい“バカ”じゃないと、この国の常識はぶち破れない。


 姫は──動かない。

 いや、動けないのか。でも、その目はしっかりと俺を見ていた。


 夜の約束。あの静かなまなざし。あの“意志”。


 恐怖はない。

 そこにあったのは、覚悟だった。


 俺はほんの一瞬だけ、その視線を受け止めて、ウィンクを一つ。

 そして、帽子のつばを指先でつまんで、低く、囁くように言った。


「さあ──お祭りを始めようか」


 爆炎、歓声、悲鳴。

 教会という名の舞台は、完全に俺たちのものになった。


 この日、帝都バルナスにおける“歴史”は一つ幕を閉じ──

 そしてもう一つ、“伝説”が始まった。


 それが俺たち、

 ──モノクローム怪盗団の仕事ってわけさ。


二章も中盤!こっから熱くなるよ!

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