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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
一章 『参上、モノクローム怪盗団!』
2/60

2話『怪盗団、初手からクライマックス』

 夜の王都は、妙に静かだった。

 月は、薄雲の切れ目からちらちらと顔を出しては隠れ、まるでいたずら好きな子どものように空を彷徨っている。ひんやりとした夜風が肌を撫で、どこか湿気を含んだ空気が鼻腔をくすぐった。雨が近いかもしれない。けれど、それはまだ先のこと。


 今夜、俺たちモノクローム怪盗団が狙うのは、王都の北側、石畳の丘の上に構えられた大邸宅――エルセラ家。

 その名を知らぬ者は、王都にはいない。貴族社会の中でもとびきり“濃い”血筋。代々、王家との太いパイプを誇り、政商として権力を回し、魔術部門への投資で政治と軍事の両輪を支配する。

 つまり、上級国民――の中でも、特に悪質な部類だ。


 民衆からすれば、顔も見たくない連中。絹の衣に身を包みながら、笑顔で人々の血と金を搾り取るような。そういうタイプの人間は、どの世界にも、どの時代にも確かに存在していて、いつも大抵こういう屋敷に住んでいる。


「リーダー、今回のターゲットはいつもと違って……結構ヤバいよね?」


 クロが、ひそやかな声で囁いてきた。

 その声には、明確な不安が滲んでいた。無理もない。相手が相手だ。今回の標的は、ただの成金でも、怪しい商人でもない。


 屋敷を守るのは、魔導結界。さらに訓練された衛兵たち。そして、最悪なことに、王国直属の魔術研究部隊との強固なコネクション。

 言い換えれば――今回は「本物」がいるということだ。


「やるしかねぇよ。……こういう連中こそ、俺たちが狙わなきゃ意味がねぇ」


 俺は、呟くようにそう言った。

 その手には、金属製の煙玉。月光にかざして軽く回してみせる。手になじんだこの感触は、俺たちの“退路”であり、“美学”でもある。


「また、どうせオチはポンコツでしょ」


 シロが冷ややかな目でこちらを見る。

 銀髪が夜風にさらりと靡き、その表情には一切の感情がない。……と思いきや、僅かに唇がつり上がっていた。冷静で知的、時に容赦がないが、それでも俺たちの“頭脳”として、この上なく頼れる存在だ。


 俺が“体”なら、シロは“脳”。そしてクロは……うん、筋肉だ。小柄で可愛らしい外見に反して、爆発物と破壊工作のエキスパート。パーティー会場で爆笑しながら爆破準備してるタイプ。いわば、天真爛漫な破壊神。


 この三人で俺たちはモノクローム怪盗団――“義賊”として動いている。

 見かけは小さな集団だが、やることは国家規模の大それた悪戯だ。


 今夜は、その最たるものになる。


 俺たちは、屋敷の裏手――木々の影が濃く落ちる小道から忍び込んだ。

 事前に魔導結界の死角を緻密に割り出し、警備の穴を突いたルートだ。ここで音を立てたら終わり。まるで舞台袖を忍ぶ役者のように、俺たちは足音ひとつ立てず、闇を這う。


 ――ことの発端は、三日前のことだった。


「リーダー、ちょっとコレ見て」


 クロが持ってきたのは、やたら豪華な金箔付きの招待状。

 妙に気取った筆記体で書かれた文字には、「エルセラ家主催、王都上級貴族限定・晩餐会のご案内」なんて仰々しいタイトルが躍っていた。


「……つまり、顔見せパーティーか。王家の使者も来るって書いてあるな」


「そうそう。だから、招待されて行くんじゃなくて――忍び込んで、盗むの」


「……泥棒らしい泥棒ってやつか」


 俺は、思わず口元を緩めた。

 金持ちどものパーティーに潜り込んで、豪華な空間のど真ん中で“お宝”を堂々と盗み出す。

 ――まったく、これほど絵になる仕事もそうそうない。


 しかも、このイベント。

 俺は“知っていた”。

 ――かつて俺がプレイしていた、RPGゲームの中でも特に印象的な展開。モノクローム怪盗団と勇者一行が、初めて直接顔を合わせる場面だ。


 もちろん、その展開も込みで、俺たちは入念に準備した。

 招待状の出処を調べ、屋敷の構造図を引っ張り出し、魔導結界の構成式を一つずつ解析し、さらには罠の配置や解除条件を実地で調査した。


 地味で、退屈で、胃の痛くなるような作業だったが……それが、俺たちのやり方だ。

 どれだけ舞台が派手でも、その裏では泥にまみれるような下準備が必須。その一点だけは、ゲームでも現実でも変わらない。


「今回のターゲットは、“記憶水晶”だ」


 エルセラ家が地下金庫に秘蔵している、特級の情報媒体。

 魔力を媒体として記憶を封じる特性を持ち、民衆の搾取の記録から王家との裏金の流れ、果ては禁忌とされる魔物取引の証拠までが保存されている――らしい。


「それが暴かれたら、王都もちょっとはマシになるかもしれないよね」


「うん、やろうよリーダー!」


 二人の声が、静かに響く。

 俺は、それに頷いた。ゆっくりと。

 ――義賊を名乗る者として。

 そして、原作イベントの分岐を可能な限り抑えるためにも。


 今夜が、その本番だ。


 俺たちは、動き出した。


  ――エルセラ家、地下第二層・金庫室。


 王都の喧騒から遠く離れた、屋敷の最奥。

 重厚な石造りの回廊をいくつも潜り抜け、魔導トラップと偽装の扉をすり抜けた先。そこに存在するのは、貴族どもが「本当に知られたくないもの」だけを隠す、閉ざされた領域。


 魔封結界、遮断結界、精神干渉防止魔法――あらゆる防御が幾重にも張り巡らされた、鉄壁の守り。まさに、“権力の墓場”とも言うべき空間だった。


 そのど真ん中に、静かに鎮座していた。


 ――記憶水晶。


 拳ほどの大きさの、水色の宝石。

 硬質な煌めきの中で、ほんのりと内側から光を発している。

 それはまるで、深海の底に差し込んだ月明かりのような静謐さを湛えていた。


「……あったな」


 俺は呟き、静かに一歩踏み出す。

 空気が、少しだけ重くなる。警戒結界の干渉域に入った証だ。


 記憶水晶の周囲には、五重の結界と即時起動式の魔導警報が仕掛けられている。うかつに触れれば、屋敷全体に非常警報が鳴り響く。加えて、この水晶そのものにも感応式の防衛魔法が刻まれており、魔力に触れただけでアウト、という徹底ぶりだ。


 ――だが、こっちもそれくらいは織り込み済みだ。


「シロ、頼む」


「……わかってる。あと三十秒、静かにしてて」


 シロは、無駄な言葉を一切省いて応じると、膝をついて作業に入った。


 彼女の動きに、迷いは一切ない。

 薄く開かれた指の間から、特殊な魔導符を次々と取り出しては、結界の歪みに沿って設置していく。符が接触するたびに、わずかな霧のような魔力が空間に滲み、それがまた新たな調律となって結界構造を明らかにしていく。


 美しかった。

 いや、感動すら覚えるほどの作業だ。

 シロの頭脳と技術は、間違いなく一級品だ。魔術師としても、解析者としても、彼女がいなければ俺たちの作戦は半分も成功していない。


 一方その頃、クロは部屋の出入り口にぴょこぴょこと跳ねながら、警戒態勢を維持していた。

 動きは愛らしいが、目の奥は真剣そのものだ。クロの警戒はああ見えても一流だ。違和感を感じたら猫が毛を逆立てるようにしてビクんと動く。動いたら一秒以内に逃げる覚悟でいなければならない。


「……よし、出た」


 シロが低く呟いた。


 その瞬間、彼女の指先の札がぱっと燃え上がり、ひときわ鮮やかな光を放った。

 直後――空間を遮っていた五重の結界が、まるで波紋のように揺れ、音もなく崩れ落ちていく。


「解除完了。五秒以内に水晶を回収して」


「あいよ」


 俺は一歩踏み出し、ためらいなく水晶へ手を伸ばした。

 この瞬間が、一番神経を削る。

 解除しきれていない罠、見落とした術式、設定の誤差。たった一つのミスが命取りになる。


 しかし――


「……反応なし。いける」


 そっと手に取った記憶水晶は、ほんのりと冷たく、指先に微細な魔力の振動が伝わってくる。だが、警報は鳴らなかった。


 俺は、それを慎重に用意していた箱に収納する。

 蓋を閉じると、「カチリ」と静かな音が響いた。


「……完了っ!」


「やった……リーダー!成功したね!」


 クロが、抑えきれない興奮を噛みしめるように、小さな声で喜びの小躍りを始めた。


 俺は黙ってその頭を軽く撫で、再び周囲を警戒するように視線を巡らせた。

 壁、天井、床。異常なし。気配の乱れもない。


「よし、脱出開始。遮断結界は維持、足音は完全に殺して、来たルートを逆走する」


「了解。二十秒後に再移動、追跡痕は全消去済み」


「目的地は――パーティーの本会場だ」


 シロが即座に応じる。

 この緊張感の中でも、いつもと変わらないテンポで。


 ――だが。なぜ、一切バレずに記憶水晶を盗み出したというのに、俺たちはさらにリスクの高い“本会場”へ向かうのか。


 それは――そう、俺たちの流儀だからだ。


 こっそり盗んだまま帰るのは、ただの窃盗犯。

 俺たちは“怪盗団”だ。

 見事に盗み出した戦利品を堂々と見せつけ、そのうえで派手に逃げ切る。それが俺たちモノクローム怪盗団の“美学”ってやつだ。


 それに――


 あの会場には、奴らがいる。


 ――勇者一行。


 ゲームのシナリオ通りであれば、今日の晩餐会には王都に立ち寄った彼らが招かれているはず。

 つまり、ここで俺たちと“初遭遇”し、最初の小規模戦闘イベントが発生する流れになる。


 俺は、あのゲームのイベントが好きだった。

 故に、原作から外れないようにこのイベントを踏み逃すわけにはいかなかった。


「……そんじゃ、行きますか」


 俺は箱を懐に仕舞い込み、ゆっくりと立ち上がった。

 この先に待つのは、ただの乱入劇じゃない。

 運命の歯車が、ようやく音を立てて動き始める――その瞬間だ。


 ――エルセラ家、大広間。


 天井に吊るされた巨大なシャンデリアが、まばゆい光を会場全体に降り注いでいる。

 金と銀に彩られたカトラリー、高級絨毯、色とりどりのドレスやタキシード。そこはまさに、貴族たちの社交の頂点。権力と虚飾の集積地だった。


 だが、その瞬間――会場の空気が一変する。


 ――ドォンッ!!


 爆音と共に天井が派手に吹き飛び、無数の石片と煙が舞い上がる。

 会場の誰もが反射的に顔を上げる。その視線の先、瓦礫と光の狭間に現れたのは――


「待たせたな、上流階級の諸君!」


 ――俺たち、モノクローム怪盗団だった。


 爆破の余波を受けながらも、俺・シロ・クロの三人は、見事なフォーメーションでシャンデリアにそれぞれ飛び乗る。


 眩い照明に照らされて、風になびく漆黒の外套。

 足元には煙幕。静寂を切り裂くように、俺たちは堂々と口上を叫んだ。


「――白い月光が我らを照らし」


「――黒い夜空に混ざり込む」


「――気高くも華麗なる、義賊の美学!」


 会場がざわめいた。


 貴族たちは目を見開き、誰が何を言い出すよりも先に、本能的な「異物」の気配に戸惑い、怯えている。


 まさに理想的な舞台。完璧な登場――


 ――の、はずだった。


「……って、あれ?」


 その刹那、シャンデリアが重みと爆発によるダメージで落下した。

 シロとクロは動物のようにぴょんと跳ねて見事に着地。かく言う俺は――


「ぐわっ!?」


 ゴシャァアアッ!!


 シャンデリアの装飾ごと派手に転げ落ち、背中から盛大に絨毯へと激突した。

 着地、失敗。というか、着地以前の問題だった。


「いっっっってぇ……!」


「どこが気高くて華麗?」


「気高い背中の強度に敬礼だね!」


「いいから黙れ! いまのことは全部忘れろ忘れろ」


 俺は呻きながら身を起こし、反射的に手を挙げた。


「せーのっ!」


「「「我ら、モノクローム怪盗団!」」」


 ……強引な締めくくりにもかかわらず、どうにか名乗りは完了。


 会場は、唖然とした沈黙に包まれていた。

 貴族たちの脳内が、「誰だこいつら」「何をしている」「シャンデリアの被害は保険適用されるのか」といった混乱で渦巻いているのが見て取れる。


 ――だが、一人だけ。


 この屋敷の主人だけは、他とは明らかに違う表情をしていた。

 彼の視線は、俺の手元に釘付けだった。


 そこに握られているのは――


「なっ……お前たち、それは……!?」


 顔を真っ赤にし、脂肪を蓄えた腹をワナワナと揺らしながら、貴族――エルセラ卿が震える指を突きつける。


「お、いい目の付け所してるじゃない。これ? そうそう、あんたが地下金庫に“誰にも見られたくない”って大切にしまってた……」


 俺はゆっくりと手を掲げ、記憶水晶を見せびらかす。


「――“記憶水晶”ちゃんだよ。無事、お迎えにあがりました」


「な……なんだとォォッ!? 警備は! 警備は何をしているッ!!」


「今頃、地下と外壁を巡回してますよ~。しかも念入りにね。そっちに意識が向くよう、“幻術魔法”を施しておいたから」


 俺は痛む背中をさすりながら、どこか得意げにウィンクをひとつ。

 貴族たちはポカンと口を開けているが、俺たちの言葉が何を意味するのか、徐々に理解し始めているようだ。


 その時――


 ピシィッ、と空気が引き締まるような音がした。

 魔力の放出音。


 俺は反射的に腰にぶら下げた剣を抜き、こちらに向かって飛んできた魔力弾を叩き壊す。


「……あなたたち。何をしているの?」


 少女の声がした。


 まっすぐこちらに向けて伸ばされた腕。先ほどの魔力弾は、その指先から放たれたのだとすぐに理解した。

 その視線の先に立っていたのは――


 金髪の少女。ボブカットの端正な髪型に、白銀の装飾をあしらった荘厳な甲冑。

 その手には、聖なる輝きを纏った一本の剣。


 ――聖剣。


 俺は一瞬、思考が止まった。


(……あれ、聖剣? え、勇者?)


 ゲーム知識が脳内で総動員される。

 確か、この世界の勇者は聖剣を手にすることで“選ばれし者”として覚醒する。

 そして確か――


(主人公、金髪の……男じゃなかったか?)


 目の前の彼女は、少女だ。

 だが、間違いなくその剣は“本物”の聖剣だった。

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