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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
二章『祝福なき婚礼、誓いの怪盗』
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17話『屋根の上、物理と魔法の実技試験』

 忽然といなくなった怪盗様が、先程まで余興を演じていた場所をぼうっと眺めていた。どれくらいたっただろうか、わたくしは静かに視線を落とした。


 薔薇の花びらが、胸元でふるふると震えている。風はないのに、まるで心の奥に触れてしまったものが、目に見える形で揺れているようだった。


 ──これは、ただの余興。

 ──そう、ほんのひとときの、空想のような戯れ。


 なのに……どうして、こんなにも胸が熱くなるのでしょう。


 静まり返った塔の中で、わたくしはひとり、考える。

 ……いいえ、“ひとり”ではなかった。

 ほんの少し前まで、わたくしの世界には誰もいなかったというのに。

 言葉を交わし、視線を合わせ、冗談をかわす──それだけのことで、まるで、この場所が“牢”ではなく“部屋”に変わったような気がした。


 これは、夢ではないのでしょうか。


 もしこれが幻なら、どうか少しだけ、もう少しだけ続いてほしい。

 薔薇が枯れるまで、せめてそれまでは。


 ──わたくしは、囚われの姫。

 それは誰に言われなくても、理解しています。


 でも、こうして目の前でカードをばら撒いて、慌てて拾って、ちぐはぐな手品で笑わせて……そんな男の人が「君の夜の三十分を盗みに来た」なんて言ってくれるロマンチックな世界を、誰が想像したでしょう。


 わたくしの知る大人たちは、皆、言葉を削ぎ落とし、思惑を隠し、真実に蓋をします。

 けれど、この怪盗は違った。

 ふざけて、はぐらかして、それでいて、妙に真っ直ぐだった。


(……どうして、あなたはそんな顔で笑うのですか)


 ──まるで、誰よりも哀しみを知っている人のように。


 そう、わたくしには分かります。

 あなたもまた、仮面を被っている。

 軽口の裏に、何かを抱えている。

 その秘密に、わたくしは触れてはいけないのでしょう。

 でも──


 ……もしも、許されるのなら。


「あなたの仮面を、ほんの少しだけ、外して見せてはいただけませんか?」


 そう願ってしまったことを、どうか神よ、お許しください。


 これは、ただの戯れで、

 ただの余興で、

 ただの通りすがりの夜の出来事。


 でも、今夜、わたくしの中で、確かに何かが揺れました。

 風のないはずの部屋で、カーテンが揺れるように。

 閉じたはずの心の奥で、何かが目を覚ますように。

 失敗したはずの手品が、最後には美しい一輪のバラを咲かせるように。


 今この瞬間だけは──


 “姫”ではなく、“ひとりの少女”として笑っていても、よろしいでしょうか? 


 静かな夜の塔に、わたくしの小さな祈りが、そっと零れていく。


 ……誰にも聞こえないように。


 けれど、どうか、あの人だけには、届きますように。


 ●


 夜明け前の王城を、静かに越える。


 闇に溶け込むように、俺たちは屋根の上を渡っていた。空には夜の名残と、新しい朝の匂いが混ざっている。星々がまだ瞬いているというのに、空気はすでに夜明けの気配を孕んでいた。


「もう少しで、朝になるね」


 シロがそうつぶやいた。手には収集した機密書類。魔王軍と王家の契約書、財務文書、それに……アメリア姫との小さな誓い。


「私は帰ったらでっかいプリン! バケツサイズでよろしいかしら、アッシュ伯爵?」


 クロが勝手に帰還後の報酬を宣言する。


「またその話かよ。お前、戦利品の換算方法がスイーツ基準なんだな」


「うん、甘いモノは正義だし? 悪は滅びるし? あと、ダイエットは明日から!」


 にっこり笑うクロの笑顔は、それはもう邪気がなかった。どこまでも無垢な、でも破壊力だけはバケモノ級の笑顔だ。


「帰ったら……そうだな。とりあえず、寝たい」


 俺は帽子を押さえながらそう呟いた。夜通しの作戦は骨が折れる。そろそろ布団のぬくもりが恋しい。あと、ついでに常識人の仲間も恋しい。いねぇけど。


 だが、その願いは叶わなかった。


「……貴方たち! 止まりなさい!」


 冷たい風を切って、声が飛んできた。俺たちの進路を、三つの影が塞ぐ。

 いかにも怪しい俺たちは、いかにも怪しく屋根を跳んでいるのだから、いかにも正義な彼らがその道を塞ぐのもある意味当然のことだろう。


 そこにいたのはそう──


「げッ!? 勇者ちゃん御一行!」


 クロが芸人じみたリアクションで肩を跳ね上げた。腰に手を当てて、全身で「うわー来ちゃったー!」感を演出してる。無駄にプロ。


 そこにいたのは──勇者パーティー。フィリア・ノア・ダリオ。魔王軍を打ち砕くために選ばれし聖なる三人、いわばこの世界の『表の正義』だ。


 そして俺たちは──『影の怪盗』。


「………………貴方たちは……まさか」


 フィリアが俺たちの顔を認識するや、じとっと目を細める。そして「うげぇ」と台詞を加えたくなるほどのいやそうな表情をこちらに全力投球で投げつけてくる。

 バレたか、いや、バレるか。これだけド派手で目立つ格好をしているのだからな。


 ならばやることは一つ。


 俺は帽子を押さえ、構えた。


「貴方たちは、まさか──と問われたら。名乗らせていただこう。ええと……そ、その……我らは──」


「えーっと、白い、なんか、アレが照らしてて……」


「黒い、なんか、それが、いい感じに、隠れてて!」


「……つまり、その、そう! そういうノリの怪盗団……だ!」


「……え? なに、忘れたの?」


 俺らの締まりの悪い口上に対して、勇者ちゃんはしっかりとツッコミを入れてくれる。ありがたい。もはや女神だ。


「忘れた忘れた、せーのっ!」


「「「我ら、モノクローム怪盗団! (汗)」」」


 勇者たちの空気が凍る。特に魔法使いノアの視線が刺さる。針山レベル。


「は、はぁ……? 何その茶番。朝からテンション高すぎでしょ……!」


 ピンク色の髪をくしゃりとかきあげると、すぐに真面目な顔に戻した。

 そしてノアの掌に、魔力が宿ると空気が一変した。


「全く、冗談じゃないんだから──コード:イグニス!」


 詠唱と共に、鮮やかな炎の魔力が奔る。次の瞬間──爆風が路地を焦がす。夜明け前の薄暗い屋根は、真昼のように明るく染まった。


「氷壁展開」


 即座にシロが魔道符を展開。氷の障壁が立ち上がり、炎と激突する。蒸気が上がり、視界が真っ白に染まる。


「ぐ……また止められたっ!」


 ノアが歯噛みする。シロの顔は、いつもどおり涼しげ。


「あなたのコード魔術は見切ってる」


「なんですって……!」


「そりゃあ、毎回『コード』って言ってから撃ってくれるからね。親切設計」


「うるっさいなぁもう! こちとら呪文構築に制約があるんだよ!」


 ノアの声がどこか切実だった。まさかのシステム批判。


 シロは構わず次の魔道符を起動。風と氷の複合魔法が唸る。


「風氷連陣──コードより速くてごめんなさい」


「謝る気ゼロだろッ!」


 派手な魔法の応酬で、屋根瓦がガンガン吹き飛ぶ。ここ、お城の近くなんだけどなぁ……明日ニュースになるなこれ。


 一方その頃、物理方面はというと──


「行くぞ! うおぉぉぉぉぉッ!!」


 ダリオが、大剣を片手で振り回しながらクロに突進。風圧だけで小屋の屋根が吹っ飛ぶ。なんだこの人、どんな筋肉してるんだ。


「やっほー☆ ダリオくん、今日も元気だね!」


 クロは軽やかに身をひるがえし、屋根から屋根へと跳ねる。動きが軽すぎて、もはやアニメーション。


「はいっ、コレおみまい!」


 クロの投げたのは相も変わらずいつもの魔道具爆弾──なのだが。


 ──ぽんっ。


 爆発は小規模、響いたのはパーティーでよく聞くようなあの音。そして、何故か舞い散る紙吹雪。


「爆破式クラッカー・バージョン5! 開発コンセプトは、『うるさくて迷惑』!」


「爆発力をもっと実用的に活かせ!!」


 ダリオのいう通りであった。


 爆音と紙吹雪に包まれながらも、ダリオは怯まずに突撃してくる。クロもそれを軽やかにかわし、時折投げる爆弾で陽動。やってることはギャグなのに、戦場スキルは間違いなく高いのが悔しい。


 そして、俺の前に立つのは──フィリア。


 月光に照らされたその姿は、まるで聖堂の彫像のように整い、鋭い眼差しは一瞬たりともこちらの動きを逃さない。空気が、ピンと張り詰める。勇者の名は伊達じゃない。


 手のひらが、自然と汗ばむ。こりゃ、やる気だな。


「怪盗アッシュ。こんな時間に、王城で何を?」


「夜の散歩ってやつさ。ほら、運動不足解消? 最近、肩こりがひどくてねぇ」


 肩をすくめながら応じると、彼女の表情がさらに険しくなる。冗談は通じないタイプ。知ってたけど。


「……剣、抜きなさい」


 その声音に、微かな殺気が滲んでいた。なるほど、問答無用ってことか。ならばこちらも応じよう。


 俺は静かに剣の柄に手を伸ばす。鞘走りの音が、月下に静かに響く。


 ──鍔迫り合い。距離、ゼロ。


 互いに構える暇すらなかった。彼女が踏み込むと同時に、俺の剣も反射的に動いた。金属同士がぶつかり、鋭い火花が弾ける。


 衝撃が腕を走る。重い。振りも速い。だが──読める。


「今夜は捕獲作戦かい? まさか夜襲?」


「まさか、城で泥棒を?」


「質問を質問で返すなっての、勇者ちゃん。……まあ、俺たち怪盗だし? 盗まれた方にも隙があるっていうか」


「開き直るなぁぁぁ!!」


 その叫びと共に、フィリアが剣を横一文字に振り抜く。振るいの早さに加え、聖属性の魔力が斬撃を補強している。こちらが避けても、魔力の刃だけがさらに追撃してくる。


「うわっと! えげつねぇ!」


 飛び退いてかわすと、足元の瓦がばらばらと崩れ落ちる。あっぶな。あと五センチ右だったら、イケメン台無しコースだ。

 それにしても、今日は瓦屋さんが儲かる日になりそうだな。


「ふむ……少し、腕を上げたか?」


「当然よ。こっちだって、薪割りで鍛えてるんだから!」


「いや、それ剣術関係ねぇだろ!」


「問答無用ッ!」


 次の瞬間、フィリアは一気に間合いを詰めてくる。踏み込み、斬り下ろし、回転、突き。


 ──四連撃。加えて魔力弾も合間合間にはなってくる。正確、かつ容赦なし。


 俺は紙一重で受け流し、体を捻りながらカウンターの構え。が、彼女の剣は既に次の構えへと移行していた。流れるような剣筋。すげぇ、ちゃんと訓練してやがる。


「……ちょっと、動き良すぎじゃない? 真面目に修行した?」


「したわよ! 王国式剣術の上級過程、ちゃんと合格したんだから!」


「それ、どのくらい凄いの?」


「王国騎士の中堅どころよ!」


「微妙!!」


 俺のツッコミに合わせるかのように、フィリアが強烈な突きを放つ。その軌道は正確無比──だが、呼吸は浅い。急所は外してる。手加減されてる……のか? 


(いや、それとも──)


 そこまで考えた瞬間、横から斬撃が飛んできた。彼女の剣が軌道を逸らしたと思ったら、瓦礫を跳ね上げるフェイント付き。クソ、真面目にフェイントも使ってくるのか。


 俺は瓦礫を足で蹴り払い彼女の剣を弾いたついでに魔力弾も小型魔道具爆弾で迎撃する。なんてすごい手際だ。自画自賛しちゃうじゃん。


 そんな、戦闘も激化の一途を辿ろうとしていた最中。

 俺はぴたりと動きを止めた。


「ティータイムにしようよ、勇者様」


「は?」


 真顔でお茶を提案すると、フィリアの動きが一瞬止まる。


「戦闘中にお茶を提案するなぁぁぁぁ!」


 そう言いつつ斬りかかってくるも、ひらりと身を傾けてその攻撃を避ける。


「じゃあ朝食? サンドイッチ派? おにぎり派? 梅? 鮭? それとも──ツナマヨ?」


「梅……じゃなくて! 違う! そういう話じゃないの!!」


 その隙をつき、俺は横にステップ。フィリアの背後へと回り込むように動き、すっと剣を納める。構えを解いて両手をひらひらと上げる。それが、俺からの──終戦の合図。


「やる気はない」ってことを、言葉よりも先に行動で示す。


 空気が、一瞬だけ緩んだ。


 高まっていた魔力の波動が、風に流されるように消えていく。


 ダリオとクロも、ほぼ同時に動きを止めた。ノアは詠唱の途中で「……は?」と首を傾げている。あいつ、たぶん混乱してる。ああ見えてすごく真面目だから。


 そして──シロは、どこから取り出したのか、既にお茶淹れる構えしてるし。


 そのとき──俺は、帽子のつばを軽く押さえて言った。

このへんからシリアス続くからな!みんな覚悟しろよ!

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