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ポンコツ怪盗団に転生したけど、敵のフリして勇者育ててます  作者: 振り米
二章『祝福なき婚礼、誓いの怪盗』
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10話『祝祭と爆破と、時々シスター』

 ──馬車が空を飛んだ。


「うおおおおおお!?!?」


「爆破されたああああ!?!?」


 叫び声が空を裂いた。戦士ダリオの野太い声と、魔法使いノアの高い声音のトーンが見事に混ざり合い、見事なハーモニーを奏でていた。ちなみにギターは爆発音で、ベースは地鳴り。


 森の小道に響いたのは悲鳴というには真に迫りすぎた咆哮で、草木すらも一瞬だけ揺れを止め、自然の摂理が「え、何今の?」とざわついたほどだ。


 馬車がふわりと宙を舞う様は、まるで絵本のワンシーンのよう。子どもには見せられないタイプの絵本である。ノアがとっさに風魔法を展開し、馬車の落下速度を操作することで何とかゆるやかに落下させた。


 土煙の中で、馬車は小さく「ギュムゥ……」と情けない音を立てて着地し、御者台のカバンがぴょこんと跳ねた。お馬さんには幸い外傷もなく、着地間も無く草をもぐもぐ食べている。呑気である。


 パーティーの勇者、フィリアは馬車から飛び降りるや否や剣を抜き、煙の向こうへと鋭い視線を向けた。


 だが──そこには、もう誰の姿もなかった。


 残されたのは爆発の名残り、舞い上がる土埃、焦げた空気、そして何より、ふわふわと空を漂う馬車の破片。それらがまるで「どう? 派手だったでしょ?」とでも言いたげに、悠々と落ちていく。


「……また、あいつら……!」


 歯噛みするフィリアの目に、剣より鋭い怒気が灯る。だが彼女が言う「あいつら」は、魔王軍でも盗賊団でもなければ、大群のゴブリンたちでもない。


 ただひとつ、例のあの連中──


『モノクローム怪盗団』。


 この名を耳にするだけで、怒りとトラウマが同時に刺激されるパッケージ仕様。誰が設計したんだこの感情ジェットコースター。


 ●


 森の影。草むらの中で、俺──アッシュは双眼鏡を畳んで、隣の少女の肩をぽんと叩いた。


「……ド派手すぎる」


「えへへ。でもちゃんと調整したんだよ? 火傷しないし、爆風も寸止め。優しさは大事かなって」


 高笑いをあげたのは、爆発系ヒロイン代表クロ。その無邪気な笑顔は、破壊神のそれだった。


「いや、寸止めで安心できるか! 給料減額だクロ」


「ええええ!?!? やだー! 今月スイーツバイキングの新作チーズケーキ食べに行く予定だったのにぃ〜!!」


 涙目のクロがぎゅっと袖を引っ張ってくるが、俺は視線をそらした。哀れみは、判断力を、狂わせる。と、誰かが言ってた。多分。


 横でシロが淡々とノートをめくりながら言う。


「……クロはあと三回までセーフ。ギリ黒字」


「なんだその財務ライン!? 俺の時より甘くね!?」


「やったー☆ シロ大好きー!」


「くっ……組織内格差か……」


 クロがシロに飛びついて抱きついた瞬間、なぜか森の鳥が一斉に飛び立った。たぶん、エネルギー反応的な意味で警戒したのだろう。


「ったく……次はもうちょい地味にやれよ。あんまり派手すぎると、こっちもバレる」


「了解〜。じゃあ次は煙幕撒いてからパンでも投げる?」


「お前の中で“地味”って単語どう定義されてんだよ!」


 後方で、ため息がひとつ。


 シロが小さく呟いた。


「……無意味なちょっかいは、ほどほどに」


「いや、割と今の時点で無意味感は天元突破してる気がするんだが……?」


 正論を言ってるはずなのに、なぜか俺が論破された空気になるのはなぜなんだ。


 ●


 そんな感じで軽くお見舞いを済ませたあと、俺たちは目的地である帝国首都バルナスへ到着した。


 街は──祭り一色だった。


 パレード、装飾、紙吹雪。どこを見渡しても「祝え!」の圧が凄まじくて、花の香りと音楽と人混みの三重奏が、頭の奥をふわふわさせてくる。


 クロが屋根の上で足をぶらぶらさせながら言った。


「絵に描いたような祝賀ムード、だねぇ」


「いや、もう絵を越えてるだろこれ。浮かれすぎじゃ無いのか流石に」


 通りの下ではパレードの準備。装飾を抱えた兵士が駆け回り、屋台の兄ちゃんたちは元気に客引きしていた。ちなみに一軒だけ“祭典名物・モノクローム怪盗団饅頭”という異彩を放つ店があった。熱烈なファンの可能性もあるかもしれないが、たぶんあれは罠だ。


 シロが手帳に走り書きしながら呟いた。


「……特設市場もできてる。帝国内外から珍味が集まってる模様。婚礼記念の限定スイーツも出てる」


「スイーツ!」


 即反応するクロ。お前のスイーツセンサー、脊髄に直接繋がってるのか。


 それを無視して、俺は真面目に任務の確認を始めた。


「俺たちの狙いは《精霊石》──婚姻の儀にて用いられる儀式用の宝だ。式場は中央大広場にある教会。市民は広場までは入れるが、教会内部は貴族と軍関係者で固められてるって話だ」


「お姫様が石に祈って、光がブワーってなって、みんな感動して涙ぽろぽろして財布が空になるやつだよね!」


「最後のとこ余計だろ」


「てへっ☆」


「てへっ☆じゃねぇよ……問題は、式典のどさくさにどう紛れるか、だな」


 地図を広げると、シロがすぐに地下の通路について話し始めた。元々あった下水道や貴族用の避難経路など、古い記録から拾い上げたルートが何本かあるらしい。


「このルートを使えば……祭壇の真下、もしくはすぐ裏手に出られる。成功すれば──最短で接触可能」


「にゃはー、地下道か〜。ゴキブリとか出ない?」


「お前なら話せるだろ」


「うん、話せるよ?」


「え、嘘……じゃないのか……?」


 クロの目がやけにキラキラしていた。やめろ、目を合わせるな。


 ●


「ねえ、あの人……なんか変じゃない?」


 唐突な言葉とともに、フランクフルト片手にクロが屋根の上からそう呟いた。

 この状況で「変なのはお前だろ」と即答したくなるが、それはとりあえず飲み込む。


 ついさっきまで「打ち合わせ」と称して地図を広げていたのに、クロはどこからかいい匂いに釣られて消え、戻ってきたらこれである。さっきまではスイーツに目を輝かせていたのに、買ってきたのはフランクフルト、しかも自分の分だけ。

 しかもフランクフルトの油が指について、それを舐めながら「これが本場の味なんだな……」と感慨深げに言っていた。屋台のフランクフルトに本場の味なんて無いだろ。


 俺はため息をつきながら、その隣に腰を下ろした。

 目の前には喧噪と歓声が入り混じる祭りのパレード。夜に向けて街全体が浮き足立っていて、人々は紙吹雪のようにあちこちを舞っていた。


「……お前の行動全般が変だから、今さら誰かを指して“変”って言われてもな」


「いやいや違うの。そういうボケじゃなくてさ。あそこ、あの人──」


 クロの声が、すっと少しだけ真剣になる。


 指差す先へと目を向けたアッシュは、一瞬まばたきをした。

 ──人ごみの中に、ぽつんと浮いているような影がある。


 それは、一人のシスターだった。


 年の頃は二十代前半。白と灰の修道服に身を包み、端正な顔立ちで静かに通りを見つめていた。

 整った顔。慎ましい所作。雰囲気も服装も“清らか”という形容がこれ以上ないほど似合っていた。


 だが。


 どうにも彼女だけ、別の空気を纏っていた。


 まるでそこだけ時差があるような──祭りの明るさが、そこだけ届いていないような、そんな奇妙な違和感。

 人々の笑顔と歓声が波のように押し寄せるなか、彼女の周囲だけが静かだった。音が、ない。色が、ない。温度さえない。


「……確かに、ちょっと浮いてるな」


「でしょ? それに……なんだろう。見覚えがある気がするんだよね。会ったことないはずなのに」


 クロが言葉を選ぶように、眉をひそめながら言った。


「またそれか」


 俺はつい苦笑しながらも、視線はそのままシスターに向け続けた。


 クロのこういう直感──曖昧で説明のつかない「におい」のような感覚は、過去に何度も的中している。

 理屈じゃない。おそらく、生まれつき何かがぶっ壊れてるんだろう。いや、良い意味で。


「シロ、確認頼む。あのシスター、既知の人物か?」


「はいはい」


 すぐ隣で寝そべっていたシロが、興味なさげに大きな冊子をパラパラとめくる。指は器用に動くが、表情はどこまでも無機質だ。若干むくれているようにも見える。


「記録データ……接触ログなし。つまり初見さん。とくに“怪しい”記録も見当たらないよ」


「だって、匂いがするんだよ」


「お前は犬か」


「どっちかって言うと猫だよ! ほら、なんかそのグワーってきたりシャーってくる匂いあるじゃん!」


「擬音で語るな……」


 アッシュは目を細めたまま、もう一度シスターを見つめた。

 そして気づいた。彼女の胸元──十字架のネックレスが、わずかに光を反射している。


 だが、それはこの帝国の修道院で使われるものとは形状が異なる。

 確か、アルヴィエーレ公領の祝福派──アメリア姫の生まれ故郷の修道会が使っていたものだ。


 その断片が、脳裏でぴたりと繋がる。

 クロの言う“知ってるような気がする”という違和感は──あの姫と、どこかで交わった人間の“匂い”だ。


「ねえねえ、あの人何か今回の精霊石についての情報持ってるかもよ!」


「……試す価値はあるな」


「でしょ!」


 クロが勢いよく立ち上がる。どこから取り出したのか、唐突に旗のようなものを振り回しながら宣言した。


「よし、演出班、出陣だね!」


「演出班って何だよ」


「今作った! 主演はアッシュ! 役柄はグリ!」


「……あー……」


 帽子を深く被り直す。肩がずるずると落ちる。やる前から敗北感である。


「まあいいけどさ、最近使いすぎて疲れるんだよねあのキャラ」


 “グリ”──俺の用意している幾つかの偽装人格のひとつ。真面目そうに見える青年。

 最も信用されやすいが、最もアッシュの本質から遠いキャラでもある。


「比較的一番“うさんくさくない”モードだからね。爽やかで、善人で、ちょっと天然で、でも芯はある。そういうの、女の子は信用しやすいから。まあアッシュは何演じても、うさんくさいけど」


「悪質な詐欺の口上にしか聞こえねぇよ……」


 それでも、俺は立ち上がった。


 自分で言っておいてなんだが、やっぱりクロの直感がひっかかっていた。

 この祭りの熱狂の中で、彼女だけが別世界の住人のように存在している。それがただの偶然とは思えなかった。


 数分後、アッシュは「グリ」になっていた。


 服装も、姿勢も、目つきも。全てが切り替わっている。

 余計な警戒心を与えず、だが丁寧に距離を詰められる“理想のキャラ”。器用すぎて逆に性格悪く見えるタイプだ。


 シスターは、まだ通りの片隅でたたずんでいた。

 視線はパレードに向いているようで、どこにも向いていない。

 まるで、仮面だけをその場に残して、中身はどこか別の場所へ行ってしまっているかのような──そんな虚ろさがあった。


(さて……問題は、どう声をかけるか、だ)


 そのとき、風が吹いた。

 不意に、ひらりと。


 どこからか、白いハンカチがふわりと空に舞い上がった。紙吹雪の中を縫うようにして浮かび、まるで小さな羽のように舞って──やがて、俺の足元に落ちた。


「おおっと、これは」


 笑顔をつくりながら、わざとらしくも自然にそれを拾い上げる。


「落としましたよ、シスター」


 その一言が、場を切り開く。


 シスターがこちらを向く。表情は変わらないが、瞳の奥に少しだけ“焦点”が戻るのが見えた。


「ええと、それは私のものではありませんけど……」


 そして背後から、ピピッと魔道具による通信音。


《演出班シロです。風の角度計算完了。ハンカチ飛ばし成功です》


《現場担当クロ、猫回収完了。次の演出ポイントへ誘導中》


 ……猫? 


「にゃあ!」


 足元に、毛並みのいい黒猫がすり寄ってきた。というか、執拗に足に絡みついてくる。

 おそらく“計算済みの演出”である。やめろ、こういう演出で好感度を稼ぐな。


「ああ、ええと、これは……猫ですね」


 その瞬間、どこからか舞ってきたパンフレットが、グリの顔面にぺたん。


「ぐわっぷ」


 変な声出しちまったじゃねーか。


《視界ゼロだぞおい!!》


《大丈夫、完璧なコメディ構成。可愛い+ちょいドジ+動物で、女子ウケ120%》


《演出班は現在次のギミックへ移行!! 魔法花火、点火準備中》


《クロ、頼むからそれだけはやめてくれ》


 クロは本当にすぐ爆発だの花火だのをぶち込もうとしてくる。芸術家じゃないんだから、やめてくれ。


(……俺、何の劇やらされてんだ?)


 そんなグリの内心をよそに、隣のシスターが──ふと、小さくくすっと笑った。


 風に乗って届いたその笑みは、意外なほど自然で、どこか人懐っこい響きを持っていた。


(……あ、これ、わりと効いてるな)


「……まるで劇みたいですね」


「いやあ、人生は舞台って言いますし」


 そんな気の利いた風な言葉を、できるだけ無害そうな声で返す。

 いかにも“こういう時に言いそうな旅人”を演じながら。


 シスターはしゃがみこみ、猫の頭を撫でた。

 その手つきは柔らかく、優しかった。けれど、同時に何かが抜け落ちている。


 撫でる指はそっと触れているのに、その意識はずっと遠くのどこかへ──


「この子……どこから来たのかしら。毛並み、きれい」


「さっきまで、どこかで幸せの毛繕いでもしてたんじゃないですか?」


 そんなセリフで返すと、シスターはふふっと声を漏らした。


「そうだと、いいですね」


 その笑顔は、ほんの一瞬の輝きだった。


 誰にでも向けられるような、儀礼的な微笑。──ではない。

 そこには確かに“揺れ”があった。

 けれど、次の瞬間にはもう閉じていた。

 まるで光が一度だけ漏れて、すぐに硬い扉が閉まったみたいに。


 ……沈んだ、深い“諦め”の色が、まだ目の奥に残っている。


 この人は、何かを背負っている。


 そう思った瞬間、アッシュ──いや、グリの視線はふと彼女の胸元に落ちた。


 いや、あれだからな。誤解すんなよ? 

 べつにその豊満な胸元に意識が向いたわけじゃないからな。ほんと、マジで。


 ──俺が目をやったのは、その胸に光る、銀の十字のネックレスだ。


《……アッシュ、どうしてシスターの胸を凝視しているの?》


 無線からシロの声が、氷点下の温度で突き刺さってきた。

 この状況でだけやたら観察眼が鋭いの、逆に犯罪だろ。


《ちげーよ……あのネックレス、バルナス帝国のものじゃない。アルヴィエーレ公領の祝福派──アメリア姫の生まれ故郷の修道会が使ってたやつで間違いない》


 言いながら、心の中で確信が芽を出す。

 このシスターは偶然そこにいる“市井の人”ではない。

 おそらくは──姫と何らかの接点がある人物。


 ちょうどそのとき。


「……旅のお方?」


 と、シスターがぽつりと尋ねた。

 グリは微笑を湛えたまま頷く。役作りは完璧だ。むしろ演者としての自分を褒めたい。


「ええ。“グリ”と申します。風の吹くまま、気の向くままの旅人です」


「変わった名前ですね」


「よく言われます。でも、気に入ってるんですよ。“灰色”の意味があるらしくて。白でも黒でもなく、その中間」


「グレー……曖昧な色ですね」


「ええ。だからこそ、いろんな景色になじみやすい」


 その言葉に、彼女の瞳がかすかに揺れた。

 ほんの一滴、水面に落ちるような変化。

 見逃していたらそれまでだが、見つけたなら──きっとそこに何かがある。


 沈黙が降りた。

 その静けさの中、シスターはぽつりと呟いた。


「……今日は、あまり、笑ってはいけない気がしていて」


 不意にこぼれた言葉だった。

 自分でも言うつもりじゃなかったのか、口にした直後に少しだけ息を止めるような仕草をした。


「もしかして、大切な人が……」


 そう尋ねかけた瞬間、彼女はかぶりを振った。けれど否定の動きは緩慢で、何かをのみ込むように。


「いえ。そうじゃなくて。ただ──」


「──たとえば、アメリア姫について、とか?」


「……っ!」


 空気が、止まった。


 まるで風そのものが、ひと呼吸ぶんだけ時間を止めたかのように。

 ざわめきが遠のき、視界が一瞬だけ狭くなる。

 そして、彼女の瞳に走った──明確な動揺。


(……ビンゴ)


 グリ──いや、アッシュは、心の中で小さく頷いた。

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