白夜、ぬくもりの中で
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「……にゃあ」
白い毛並みの猫が、宿の帳場の奥で丸くなっている。
「白夜、そこ、布団干し中なんだけどなあ……」
澄乃は小声で言いながらも、そっとその脇にしゃがみこみ、白夜の横腹を軽く撫でた。ふわりと毛が舞う。白夜は眼を細めたまま、動かない。完全に熟睡している。
「今日はあったかいからねえ。どこにいても、うとうとしちゃうよね」
振り返ると、宿の帳場の奥では、蒼が湯呑みにお茶を注いでいた。ほんの少し湯気が立ちのぼっていて、それが春の光に透けている。
「白夜、いつからここにいるの?」
澄乃が尋ねると、蒼は少し考えてから答えた。
「最初に見かけたのは、川の橋の上。冬の終わりだった」
「へえ。うちの近所に来るようになったのは……中学のころかな。なんかずっと前からいる感じするよね。神社にも行くし、お風呂場にもいるし」
白夜はもともと野良猫だったが、「宿の猫」として客にも顔を覚えられ、今ではちょっとした名物になっている。名前も、澄乃が勝手に呼び始めたものだった。
「白くて、夜みたいに静かで、なんか……遠くを見てる感じがしたから」
「……似てる、かもね」
ぽつりと蒼が言った。
澄乃は振り返らないまま、静かに笑った。
客のチェックアウトが終わり、掃除の時間までの束の間の休憩。宿の廊下に、風が通る。
どこかから、誰かが木戸を閉める音がした。
人の暮らしの音が、確かに、ここにある。
「……私ね、白夜がここにいる理由、なんとなくわかる気がするんだ」
「理由?」
「うん。この町って、どこか少しだけ、止まってる気がするの。白夜も、時間が静かに流れる場所を探してたんじゃないかな」
澄乃の言葉に、蒼は返さなかった。
けれど、目を伏せたまま、お茶の湯呑みを手にした指が、ほんの少しだけ、震えていた。
白夜が小さく伸びをした。
春のひかりの中、猫の体温が布団に沈む。
――そのぬくもりは、確かに今、ここにあった。
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