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絵画世界

作者: 清水進ノ介

絵画世界


 ある所に一人の異端の画家がいた。彼の描く絵はあまりに写実的。まるで絵の中に、本物の世界があると、錯覚するほどだった。それが評価されればよかったのだが、悪い噂ばかりが流れ、彼の絵は全く売れなかった。絵の中から、時折笑い声が聞こえてくるだとか、腕が伸びてきて絵の中に引きずりこまれるだとか、不気味な話ばかりが広がってしまっていた。


 ある日画家が、新しい絵の構想を練っていると、一人の老人が訪ねてきた。老人は開口一番、画家に仕事を頼みたいと言った。

「私にお仕事のご依頼?なにをお望みでしょう?」

「あんたは、まるで本物のような絵を描くらしいな。そこで頼みだが、満開の桜の絵を描いてはもらえないか」

 画家が詳しく話を聞いてみると、老人の妻は病に伏せ、死ぬ前に桜が見たいと言っているらしい。

「妻は桜が好きでな。あいつが好きな桜の花見遊山だけは、毎年どれだけ忙しくても、必ず二人で行っていた。だが、もう……」

「今は秋ですからね。冬を超えることは、出来ないだろうと。承知しました、三日ください。三日で描き上げましょう」

「代金はいくらでも払う。言い値で払おう」

「いえ、今はお代は結構です。然るべきときに、相応のものを頂戴しに参りましょう」


 それから三日が過ぎ、画家は立派な桜の絵を描き上げた。絵の中から、風にゆれる桜のざわめきや、花びらが飛び出してきそうな、それは美しい仕上がりだ。老人は感嘆の声を上げて喜び、絵を持ち帰った。そしてその数か月後、老人は画家に礼を言う為に、彼を自宅に招いた。

「妻は笑顔で息を引き取った。ありがとう。あんたの絵には悪い噂があるが、あんなものは噓っぱちだな」

「いえ、お役に立てたなら幸いでした。しかし私は一つ、謝らなければ、いけないことがあるのです」

「なんだと?」

「この桜の絵は、未完成品なのです。私は完成していないものを、そうと分かった上で、あなたにお渡ししました」

「そんな馬鹿な。こんなに素晴らしい絵じゃないか」


 老人が桜の絵を見ると、おかしなことに、絵の中に女が立っていた。昨日までは、この絵に女なんていなかったはずだ。女は満開の桜を、幸せそうな顔で見上げている。

「私はですね、あなたが依頼に来たときに、この絵の構想が、ワッと頭に浮かんだのです。仲睦まじい夫婦が、満開の桜を見上げている、そんな構図が浮かび上がった」

「これは、この女は、妻じゃないのか。妻がまだ、若い頃の……」

「火のない所に煙は立たぬ、という言葉がありますからね。噂とは、そんなものです。それで、お代の話になりますが」

「待て、待つんだ。この絵はなんだ、なぜ妻が絵の中に……」

「私は言いました。お代は然るべき時に、相応のものを頂戴しに参りましょうと」

 その時、絵の中から、女の笑い声が聞こえてきた。そして絵から腕が飛び出してきたかと思うと、老人の手を掴み、そのまま……。


 それから何年の時が過ぎたかは分からぬが、どこかの美術館に、一枚の絵画が展示されていた。遠方からその絵だけを、わざわざ見に訪れる人がいるほどの人気だ。それは夫婦が手を取り、微笑み合い、満開の桜を見上げる、美しい絵画だった。だが一つだけ悪い噂があり、夜中になると、絵の中から、夫婦の笑い声が聞こえてくるらしい。

 

おわり

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