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過去に書いた小説

人魚姫は海底王国の強制お見合いがイヤすぎたので人間の国で奴隷だった男と偽装結婚しようとする話

作者: 生肉こむぎ

「アーテお姉さま! どうしてお見合いの最中に抜け出したりしてきたのです!」

 妹のカラが、憤慨したように言う。

 寝台代わりの海藻に絡まって眠っていた私は、ぐったりしていたけど、カラの……かわいい妹の顔を見ると元気が出てきた。

 

 カラはこの国の三人目のお姫様だ。私は一応、二人目。王位継承権はお兄様とお姉様が争っているけれど、私、アーテと妹のカラは財産分与だの王位継承権だのからは離れて暮らしている。

 

 私は人間の国の読み物をこっそり執事さんにお願いして買ってきてもらって、国王陛下おとうさんがくれるお小遣いの範囲内で趣味のことをして暮らしていた。

 

 王族なのでバイトとかはできない。

 こっそり海底クレープのお店を身分を偽って手伝ってたら、三日で辞めさせられた。

 

 海の学校も危ないから駄目って言われて通えなかったけど、家庭教師をつけてもらって、海底王国の歴史や、ちょっと苦手な数学や地理や生き物のことや、魔法のこと、地上のことなんかを勉強した。

 

 私は成人する。来年で、十八歳だ。

 足の尾びれもすっかり長くなり、大人の人魚になりつつある十四歳のカラも分かってくれると思うけど、自分の体は大人になったけど、まだ心は成長しきっていない。

 

 まだ子供でいたかった。最近は、もう大人になっちゃったのかと、気持ちが嵐の日の海の表面みたいに不安定になる。

 

 でも……。

 ペットのチョウチンアンコウのクーたんと喋って、巨大クラゲの上でぽよんぽよんしながら――魔法がかかっているので紙は浸水しない――本を読んだり、妹のカラとお喋りをしながら地上の果物を食べたり、罪人の海老とかウニとかイカとかを食べて生活するのかと思っていた。

 

 私はずっとこの生活が続くと思っていた。

 なのにお父さんが、結婚相手候補として、複数人の外国の人魚と会える国際的なパーティーを開いてくれたんだけど……。


(ああ、駄目だ、思い出しちゃう……)



『ふうん。君がこの国の国王陛下の娘……思っていたより、お父上に似ていないんだね。なんていうか、もっと、お父上みたいに人間くさい子かと思ってた』

 

 そこに来た私の結婚相手候補第一号くんが、あまりにも印象が悪すぎた。いや、容姿はもう、人魚族のおとぎ話の英雄みたいな美青年だったけど。……なんていうか……。


『蛮族の血が混じってるってどんな気分? 君も人間みたいに同族を殺すのが好きなの? ほら、戦争ばかりしてるでしょう。愚かな人間達は』


『でも本当に君は、国王陛下じゃなくて王妃様に似てラッキーだね。国王陛下は……なんていうか、筋肉質なゴリラか猪みたいだ。いや、地上の怪物だよ。ゴリラと猪は。いや、悪い意味じゃないんだけどね』

 

 どう聴いてもどう解釈しても悪い意味だろうが! と思った。

 お父さんを侮辱した直後に、彼がまだ口を開いた。

 

『でも人間族は信用ならないけど、君は一応同胞だと思ってるよ』

 笑顔でウインクされた。なんだコイツ、舐めてんのかと姫にあるまじき事を思ってしまった。

 


「お姉様、今からでも戻りましょう!」

「お腹が痛くなったって言って帰ったんだから、今更のこのこ戻っていけないよ」

「お姉様が話していたお相手は海底公国パトラキアンズの王子様でしてよ……! もったいないの一言につきますわ……!」

「ええー。私じゃなくて、アナシアさんのほうが結婚相手に向いてるよ」

「あの小国の……”赤髪のアナシア姫”の事をお姉様は言っていまして? 狂いざめとあだ名のお父上をもつ、あの……?」


「うん。私よりあの人のほうが、お姫様って感じで良いと思う」

「まあ。聞いて呆れます……。アーテお姉様は海底王国キルトス=エンデの由緒正しき姫君ですのよ。アナシア様は……その……正直、もっと小さな国の王子様と結婚するべきだと思いますわ」

「なんで? 賢そうだし、国を支えそうじゃん。私より向いてると思うなぁ」


「お姉様。お姉様はもう少し姫としての自覚を持つべきですわ。わたくし達は国のためにあるのです、自分の感情だとか、個人の意見だとかのために、国の繁栄を損ねるような真似はしてはいけないのですよ……!」


「あ。カラ、もしかして、王子様のこと、好きなの?」

「えっ……!」

 カラが顔を真っ赤にする。

「格好良かったもんね。見た目は。お父様のことを野蛮人の血を引くとかなんとか言ってたけど」

「……そんなことを?」

 妹が傷ついたような顔をする。カラはほんとうにお父さんが大好きだなぁと思った。



「うん。……ねぇ、カラ、私、地上に行こうと思う」

「……どうしてです? いくら魔法が使えるからといって、人魚族が地上に上がるのは危険でしかありません。連中、人魚の肉を食べると不老不死になるとかほざいて、人魚を見れば襲いかかってくるそうですよ!」


「ううん。そんな事ないと思うなぁ」

「根拠はあるんですのっ?」

「私、子供のとき、一回お父さんに……いや、国王陛下に連れられて地上に行ったけど、きらきらまぶしくて、街が真珠みたいに白くて、海が見えて、アイスクリームがすごい美味しかったよ」


「そんなのはなんの根拠にも……」

「私、今のうちに行かないと、執事さんとかに止められるから。じゃあね……また会おうね」


「……おねえさま! わたくし、寂しゅうございます!」

 カラが目をうるうるさせて、抱きついてきた。

 

「でも、魔法で人間の足になるのも楽しいし。ごめん。諦められないや。このままだと確実に誰かと結婚させられちゃうし。そしたら私、一生その人の許可なしに地上とか行けないし。人間の流行りの書物とか……冒険譚とか読めなくなるし」


「…………」

「うん。ごめんね」

「でも、他にも色んな場所があるのに、どうしてわざわざ地上に行くんですの?」

「きっと。お父さんの血が、私にも流れてるから……」

 お父さんは、人間として暮らしていたけれど、ある日、海底族としての血が目覚めて、海底へとやってきて、前王との戦いで前王を打ち倒してしまった人だ。

 

 最初は皆から蛮族の少年だと言われていたけど、そのうち、誰からも愛され尊敬される国王陛下になっていた。

 

「でも……アーテお姉様……」

「私は地上が恋しいんだと思う。人魚は海から離れられないっていうけど、私は四分の一は人間だから……」

「それは私もですわ」

「それに私には、計画があるんだ……」

「……もう止めません」

 妹がそう言ってくれた。

 

「でもわたくしもついていきます」

「えっ」

「お姉様の身に何かがあったら、大問題ですもの」

 それはカラさんにも言えるんじゃ……? と思ったけど、妹は朝日を浴びたような明るい水色の瞳をきらきらさせて、「わたくし、ついてゆきます」と言った。



●  ●  ●  ●  ●



 白いワンピースドレスに麦わら帽子姿の妹と、黒いワンピースドレスに黒い頭巾をつけた私が、人間の港町をほっつき歩いていた。

 

 

 妹は、砂浜ちかくの道路を歩くカニに向かって、「あら、ごきげんよう。お元気?」と微笑んで話しかけていたので、観光客が大爆笑して、私に「かわいい妹さんだね」と言ってきた。

 

 

「で、計画っていうのは何ですの? わたくし達、どうやら悪目立ちしているようですわ」

「それはね、カラちゃんがココナッツとかをあんなにいっぱいおかわりするからだと思うよ。換金所で人間のお金と交換してもらったから良かったけど……人間族のお金はレートが高いんだから、あんまりココナッツ食べちゃだめだよ」

「申し訳ありません……わたくしとした事が、あまりのココナッツとパイナップルの美味しさに、我を忘れてしまいましたわ」


 言いながら、妹は海老のオリーブオイル焼きや、牡蠣かきの塩レモン焼きを頬張る観光客を、羨ましそうな目で見ている。

 

「でも、随分と罪人がたくさん出ているのね。海老や牡蠣があんなに食死刑になっているのを初めて見ましたわ」

「ううん。その話はまた今度にしよう」

「お姉様のおっしゃる通りにいたしますわ」

「まずはもっと街の内陸部に行こう」

「誰かに会うんですの?」

「……うん」


 

 私には計画があった。婚姻は、すでに誰かと関係があれば無かったことにすることもできる。

 

 地上で適当な男性をみつくろって、偽装結婚してしまえば良いのだ。

 

(でも問題は、誰に頼むかなんだよな……)

(知り合いも居ないし……それに、私が海底王国の姫だって言ったら、フツウは怖がるよな……と、思ってたけど)

(絶対にお願いを断れない立場の人にお願いすれば良いんだ)



「よし。決めた。あの人に頼もう」

「……頼むって、なにを?」

 妹が言う。「観光の絵葉書でも描いてもらうんですの?」

 絵葉書を売っているおじさんが居たのだ。

 

「偽装結婚をお願いする」

 そっと、視線を向ける。

 視線の先には、鎖のついた鉄の首輪をつけた、服がボロボロの、肌が泥や砂ぼこりで汚れてしまっている、かわいそうな状態の、おにいさんが居た。二十代なかばくらいに見える。


「……まさか、あの、首輪に繋がれた人に?」

「けっこう格好いいし、小綺麗にしたらカラちゃんが好きだった王子様よりイケメンじゃないかな」

「……お姉様……。まさか、計画ってその偽装結婚……とやらで、鎖の彼を盾にして、婚姻の申し込みを全てはねのけるつもりかしら」

「そうだよ」

「お姉様、止めておきましょう。今からでも間に合います、考え直し――」

「あの! おにいさん!」

「……何」


 死ぬほど冷たくて、嫌そうな表情だ。私のドレスを見て、「…………」何も言わずに、面倒事に巻き込まれんのはお断りだという顔をしている。

 

「私と結婚して下さい」

「……はぁ? 何言ってるんだあんた。大丈夫か。この首輪が見えないのか?」

「見えてますよ。私の偽装結婚の相手役を務めていただきたいんです」

 続けて言ってみる。

 

「……どこのお貴族様だよ」

 馬鹿にした口調で彼が言った。

 

「ちょっとした、海の近くの王国です」

 私が言うと、困惑の極みみたいな表情を、その黒髪の青年はした。

「YESと言って頂けるのなら、私、お金を払って貴方を連れて帰りたいんですけど」

 私が言う。


「おい! 店主! こいつら冷やかしだ、追っ払ってくれ!」

 奴隷の美青年が大声で店主を呼んだ。

 

「なんだぁ? ……おや、……コイツに何か用事ですかい? コイツは、安くはないですぜ」

「いくらですか」

「百九十枚銀貨です。金貨2枚でも大丈夫ですが」

「持ってますの? お姉様」

 耳元で妹が囁く。

「そんなには持ってないなぁ……」

「じゃあまた、お金のご用意ができたら、お越し下せえ」

「あ。そうだ。このブローチと交換で」

「こ……これは! マジックレッド・ルビー!? いや、そんなまさか」

「どうぞ鑑定なさって下さい」

「お姉様、それはカイルお兄様がくれたルビーでは……?」

「うん。でもお兄ちゃんがくれたこれ、お兄ちゃんが人から貰った物をくれた物だし」

 なんかお兄ちゃんへの愛憎がこもってそうで、はやく手放したかったんだよね。

「すげぇや、ホンモノだぞ。これは……。陽の光に当てるときらきら内側が波打って、光ってやがる。……はぁぁぁ、すげぇや……」

 店主が言う。

 それからニコッと脂ぎった顔に笑みを浮かべた。

 

「毎度あり!」

「……畜生!」

 奴隷の格好をさせられている、たぶん奴隷の美青年が何か怒鳴った。

「何がしたいんだ! 俺をどうするつもりだ。本当の事を言え。俺はもう殺しはまっぴらだ!」


「……ころし?」

「えっ」

「毎度ありー! 返品は不可ですぜ、お嬢さんがた」

 ニヤリ、と店長が嫌な笑顔でわらった。



●  ●  ●  ●  ●



「さっきは悪かった。てっきり、暗殺の手伝いとか、逃亡した奴隷を追いかけて狩ったりさせられるのかと思ってた。……取り乱してすまない」

「大丈夫ですよ」

 私が、最初のときよりも彼が心を開いてくれた感じがして、嬉しくて笑顔で言う。


「俺の名前は、メイヤ・ジェカルバだ」

 路地裏で、首輪を外された青年が名乗った。

 

「私は、アーティリアン・キルトス=エンデ。でも私はアーテって呼ばれるのが好きです」

「アーテ様」

「アーテで大丈夫ですよ!」

「……そういう訳には……」

「わたくしはカララティアナです。親しい者は皆、愛情を込めてカラと呼びます。わたくしの事はカラ様と呼んでくださいね」

「カラか。よろしくな」

「お姉様! この人!」

「あははは」

……魔法が切れそうになってきた。だんだん、酸素を吸うのが大変になる。もう一回、魔法薬の錠剤を飲んで、妹にも飲ませる。


「その薬はなんだ? 病気か?」

伝染うつりはしません」

 妹が言う。

「というか、飲まないと死んじゃうけど、飲めば元気だから!」

 私が言う。


「……ほんとに、なんなんだ、あんたら。素性も不明だし……。どこかの外国の豪族か……豪商か、豪農の娘か?」

「人を殺したっていうのは、本当ですか?」

「気になるか? 俺があんたらを殺すと思うか?」

「分かりません。でもたぶんしない気がします。……えっと、答えづらいなら良いですけど……」

 私が聞く。

「殺した」

「もしかして、戦争ですの? 快楽殺人者には見えませんわ」

「ああ。戦争だ」

「おかわいそうに」

 妹が悲しそうな顔で言う。

 

「……なんだ、その目は。俺はこう見えても二十五歳だ。子供カラさんに憐れまれる筋合いはねぇよ」

「……なにがあったんですか? 奴隷……というものになるなんて」


「十三歳から傭兵に居たんだが、十八の時に戦争捕虜になった。故郷に命からがら帰ってきたら、家とその回りが全焼してて、出火元が俺の家だって役所の連中が言いやがる。他の家を立て直す金を払ったせいで借金だらけになって、気がついたら奴隷になっていた」


「まぁ……」

「大変でしたね。……辛かったでしょうね」

 私が言う。

「あんたまで同情するな。よくある話だ」

「でも、辛かったですよね……」

「やめてくれ。あんまり傷をえぐると泣き出すぞ」

 彼がおどけて言う。口元は意地悪そうに歪められているが、目には一瞬、不安そうな色が浮かんでいた。

 

「……あの……、ちょっと聞いても良いですか?」

「何だ」

「偽装結婚でらぶらぶの恋人同士というか婚約者のふりをして欲しいのもあるんですけど、その前に泊まる宿屋を……なるべく安全で、まあまあ安い所を……案内して欲しいんですけど」

「……任せろ。俺はこの街で生まれたし、この街のことならだいたい何でも知ってた」

「では行きましょう」

「その前に大浴場に行ったほうが良いかもしれないな」

「え?」

「大浴場?」

「ああ。いや、お前たちは身ぎれいだが、俺は……その、小汚いし、湯を浴びるべきだろう」

「……それが済んだら、これからの事を話したいんだけど、良いですか?」

 私が言う。

 青年は、困った顔をした。

「え、あれ、だめですか……?」

「いや。駄目じゃないが、それより……」

「…………?」

「……その、お前の後ろの半分魚みたいな顔の男、知り合いか?」


……そこには、ペットのクーちゃんを買い与えてくれた張本人の、執事さんが立っていた。


「姫。お父上がお待ちです。お父上がこれ以上お怒りになる前に、今すぐ海底王国にお戻りになるべきかと」

 



●  ●  ●  ●  ●


――海に沈み、ゆっくりと地底をめがけて進んでいく。サンゴや貝や色とりどりの魚に、感嘆の声をメイヤさんがあげた。

「すごい……まるで、冒険物語の、中のようだ。……うつくしいな……何もかもが」

「私は地上のほうが感動したけどなぁ」

「あんなもの、いつでも見られる。こんなに美しい場所は生まれて初めて見た」

「うふふ。メイヤさんも良いことを言いますわね」

 妹が嬉しそうにはしゃぐ。

「皆さん、急いで下さいよ」

 執事さんが警告した。


「まったく、若者が風呂に入る間待っていただなんて、国王陛下になんと言い訳をすれば……」

 執事さんが海の中で言う。


「水の中で呼吸ができるなんて、夢のようだな……」

 メイヤさんがつぶやいた。私は彼の手をぎゅっと握る。彼が抱き寄せてきて、髪を撫でた。妹が「素晴らしい演技ですわね! さすがです」とメイヤさんを褒め称えた。

 

 執事さんは、ああ、……呆れた……みたいな顔をしている。



「ああ、俺の可愛いカラとアーテ! どこに行っていたんだ!」

 玉座に座った国王陛下おとうさんが、怒っていた。

 

「ちょっとお出かけですわ!」

 妹が慌てて言う。

「心配したんだぞ……!」

「地上に行っていました!」

 私が言う。

「なっ……!」


 国王陛下が、唖然とした。

 

 そして私が、お風呂に入ってピカピカになった元戦争捕虜の、どう見ても人間の国の王子様にしか見えない超絶美形のおにいさんと手を繋いでいるのを見て、ゾッとした顔になる。

 

「……まさか、祝福を与えたのか? その男娼のような人間にか!?」

 お父さんが言う。

「うん。お父さん、男娼のようなってどうかと思うけど、そうだよ。私達とっても、らぶらぶなの」

「どういうつもりだ! お前は一国の姫だぞ」

「この人以外とは絶対結婚したくない」

 思いのほか棒読みになったけど、言う。

 

「……それは本当か?」

 国王陛下が、メイヤさんをジロリと威厳のある険しい表情で睨みつけた。

「うん。おとうさん」

「お前は黙ってなさい。お父さんはこの若者と話があるんだよ」

 優しい声で、子供を相手にするように国王陛下が言う。

 

「若者よ、我が娘と恋仲というのは、誠か。答えよ」

「はい、本当です。海底王国の国王陛下」

「…………」

「お祝いしてくれる? お父さん」

 私が言う。

 たぶんキレられる気がする。

 

「では、結婚申し込みがニ件あるという事だな。法律に基づいて、公国王子と人間の若者には、剣での決闘をしてもらおう」

 

●  ●  ●  ●  ●



「決闘……!?」

「だめです、メイヤさん、もう嘘は大丈夫です、さすがに命の危険に晒すわけにはいきません。棄権して下さい」

「いや。俺は戦うね」

「なんで……?」

「奴隷から救ってくれた恩人に、恩返しがしたいんでね……! それに俺は十三の時から傭兵団で働いていた。ずっと軍人なんで、戦う事は慣れてる」

「でも、嫌だって言ってませんでしたか」

「殺すのは嫌だが、剣の試合は好きだ。矛盾してるだろ」


「惚れてるのか? 人間族のくせに、人魚に?」

 隣の国の王子が馬鹿にした口調で言う。

 

「ま、まさか、もう一件の申し込みって……」

「僕は高貴なる海底公国パトラキアンズの第六王子だ。第六王子とはいえ、やはり強国の姫と結婚するべきだと思うんだ。それにアナシア姫が、やたらと周りの客に君のことを褒めていた。僕にも、自分よりもアーティリアン姫が僕にはふさわしいと言ったしな。あのアナシアが褒めるんだから、きっと君は素晴らしい妻になるだろう」


 いや、それ、たぶん貴方を押し付けられただけ――!



●  ●  ●  ●  ●


 

 王子様が崩れ落ちた。

 

「馬鹿な……! この僕が、剣で……! 負けるなんて……!」

「残念だったな。お前、剣で本当の殺し合いなんてした事ないんだろ。剣の動かし方が甘いんだよ」

「……ッ野蛮人が、どうして人魚と婚姻しようとしている、なんの魂胆だ!」

「惚れたんだ。だから恩返しがしたい」

「……はあ!?」

「彼女は優しい言葉をかけてくれた。彼女はボロ雑巾みたいに汚れてた俺に対しても、平気な顔してフツウに接してくれた。それに彼女は美人だ」

「そんな理由で……!?」

「母親以外に優しくされた事がなかったもんでな」

「…………」

「性格の良いめちゃくちゃ美人な娘に、優しくされた。救われた。惚れるのにこれ以上理由がいるか?」

「えっ!」

「彼女がしろと言うなら婚姻でもなんでもするし、俺は一生彼女を不自由から守るつもりだ」

「まぁ! お姉様!」

 妹が自分が告白されたみたいに真っ赤になっている。

 お父さんはまだ不快そうな顔をしているが、部屋から「何事か」と言ってこちらに来た前王おじいちゃんに、王妃おかあさんが「アーテに恋人ができたんですよ」と言って、クスクスと笑った。

 

「という訳で、姫様。婚姻しようと、しなかろうと、俺はいつまでも貴女のお願いごとを叶えるつもりですよ」


「じゃ、じゃあ、とりあえず、家族の紹介を聞いて下さい! こっちがお母さんで……こっちがお父さんで……あっちのお爺ちゃんが、前王で……前王はお母さんのお父さんで……」


 お父さんのほうを向いて、「なんだか、私と貴方が婚姻した日を思い出しますね」と、お父さんと出会わなければ海底女王になるはずだったお母さんが、くすりと笑った。

 

 お父さんが、困ったような、照れてるような、不満そうな、でも、どこか肯定するのを渋るような曖昧な表情をした。


「しかし、なぜアーテは一言も恋人が居ると言わなかったんだ」

「秘密くらい誰にでもありますよ。人魚族ですもの」

 お母さんが笑った。

 お父さんはますます、不機嫌そうにする。ちょっと寂しそうでもある。

 

 

 いっぽう、メイヤさんは瞳をきらきらさせて、凄く幸せそうにしている。

 

「これからよろしくお願いします、姫様」

「いや、あの、敬語じゃなくて良いです!」

「じゃあ二人きりの時はそうしよう」

 ふたりきり……。

 その響きに、なぜか胸がドキドキして、止まらない。

 

「結婚……するのか……この、人と……」

「どうしたんだよ。自分が言ったんだろ。結婚してくれって」

「胸がなぜかドキドキして。苦しいです」

「おい。親の前でいちゃつかせるつもりか?」

「人魚族は耳がそこまで良くないので、この距離だと何を言っても聞こえてないです。魔法を使わない限りは」

「そうか。…………」

「あの、すみません、なんか、弱ってる所につけこんで、婚姻にまで持ち込んでしまって」

「そんなことより、人の姿も十分、美しかったが、人魚の姿は……まるで、神話の女神のようだな。あんたの家族も、まるで古代王国の伝説のなかの人物みたいだ」

「またまたぁ」

「本気だよ」

「お父さんもお母さんも、けっこう家では生々しい喧嘩とかしますよ」

「……俺が、惚れてるのも、本当だからな」

「…………」

「アーテ。あんたが嫌じゃなかったら、これからも、あんたのそばに居て良いか」


 うなずいた。私は彼の手を取ると、「メイヤさんが嫌じゃなければ」と言った。彼は、「だから、俺は本気だって言ってるだろ」と言って、しばらく無言になった。

 

 

「好きだよ」


 彼がつぶやいた。私は、胸を甘く打つ、初めての感覚と幸福感に、驚いていた。

 

(完)

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