君は約束を破った。
君は約束を忘れなかった。だけど、約束を破った。
「二十歳になったら、あの場所で……二人でまた会おうね」
君は、陽だまりの笑顔で僕にそう言った。
「忘れちゃだめだよ?」
君は悪戯っぽく僕に笑いかけた。
「忘れられる訳ないじゃないか」
だって君は……。
僕は約束の場所で一人呟く。
その言葉は宙に消え、冷ややかな冬の風に流されてゆく。
成人式の日、僕は同窓会を断って真っ先に僕はその場所へ向かった。
あの日は春だった。君と最後にここに来た日。
満開の桜が僕と君を囲んでいて、花びらを乗せた桃色の風が、僕たちを包み込んでいた。
「ほら、僕はここに来たよ」
僕は来た、君との約束を守ってここに来た。
でも、ここに君はいない。
君と最後に会ったあの日、病院で君は僕に言った。
「約束、忘れないでね」
それだけ、僕との約束を大事に思っていてくれることが嬉しかった。
それでも、君は約束を守れそうにないことが悲しかった。
「僕が、君を連れて行くよ」
だから、僕は泣き笑いの表情でそう言った。君が約束を守ることができなくても、僕が君との約束を叶えると、君をあの場所へ連れて行くと。
「ありがとう」
君はそう言った。目に涙を浮かべながら。
一人で来るこの場所はひどく寂しかった。
君がいないこの場所は僕には広すぎて、ただ僕の心の傷を抉って、その傷に孤独という名の塩を塗り込んでくるようだった。
君の病態が悪化して、会えなくなったその時も冬だった。
寒くて、空気は乾燥していて、口を開けば端が裂けそうになる。君の両親からの電話で涙を流したあの日。僕の両の目から流れ出る涙だけが、やけに温かかったのを覚えている。
「また来よう。その時にはきっと」
冬が終わり、春が来た。
「君と最後にこの場所に来たのも春だったね」
ポツリとそうこぼす。
「そうだね。桜が満開で、どこを見てもピンク色で、とっても綺麗だった。今みたいに」
そういう君の声からは、隠せないほどの嬉しさが感じられた。
君は約束を破った。二十歳になったその年、君はずっと病院にいたのだから仕方のない事だけれど。
僕は、君を乗せた車椅子を押して、約束の場所にやってきた。
「ごめんね? 約束、守れなくって」
「じゃあ、また来よう。僕が君を連れてくるよ。いつだって」
君は約束を破った。だけれど、君は約束を忘れなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
本作品は手遊びに書いて、エブリスタのコンクールに応募したものを転載したものになります。
連載中の作品とは一切関係ないです。(約束ばっかしてるなコイツ)
ノリノリで書いてたら、やたらとポエミーな劇物が出来あがってしまいました。
作品間の地の文の温度感の違いに風邪をひきながら楽しんでいただければと思います。